アーク改装
第七話 アーク改装
翌朝、親父から紹介された修理工房へ向かう船内で、カノンは不満を隠そうともせずに言った。
「でしたら服が先でしょう?」
「船が先だ、快適な艦内は俺の夢だからな」
「わたくしの尊厳はどうなるのです?」
カイトは操縦席から振り返り、大きすぎる作業着の袖を見た。
「心配するな、残ってる」
それ以上は相手にせず、アークを降下させた。
親父が「船医」と呼んだレイナの工房は、貿易港の外れにあった。大型の格納庫が三棟並び、その前には船首を潰した輸送船や、片側の推進器を失った採掘艇が修理を待っている。アークが空き区画へ降りると、周囲の整備員が次々に作業の手を止めた。
着陸した船からカイトが降りるより早く、赤茶色の髪を後ろで束ねた女が格納庫から出てきた。油の染みた作業着の腰に工具を下げ、片手には検査端末、もう片方には食べかけのパンを持っている。
女はアークを一周するように眺めた。
「葬式なら裏の区画よ」
「修理に来た」
「棺桶が自分で飛んでくる時代になったのね」
「中身も入ってるぞ」
そこで女はようやくカイトを見た。
「あなたは?うちの店は初めてかしら?」
「親父はどうした?この店はいつから女が仕切るようになったんだ?」
「父はもうだめよ、腰をやっちゃってね、今は私がここの主人よ」
「悪いな、店を間違えてたみたいだ」
カイトはそのまま反転した。
「待ちな!その船を直すんだろ、それが直せるのはうちだけだと思うけどね」
レイナは残りのパンを口へ放り込み、ニヤリと笑った。
「あたしはレイナ、心配しなくても、親父がやってる時からあたいがここを仕切ってたからね、仕事の内容は変わらないさ」
カイトは半分疑い深そうにしてたが、諦めたように肩を落とした。
「カイトだ、船内のリフォームだ、出来るな」
「任せな、しかし見た事の無い船だね?」
レイナはアークの外板へ検査端末を当てた。波形が一瞬だけ現れ、すぐに消える。設定を変えて何度か測り直したが、結果は同じだった。
「これ、何でできてるの?」
「分からん。親父のプレス機でも潰れなかった」
「その話は聞いた。半分は酒のせいだと思ってたけど、どうやら機械の方が素面だったらしいわね」
レイナは切削器を持ってこさせ、刃先を外板へ当てた。甲高い音が格納庫へ響いたが、数秒後に丸く潰れていたのは工具の刃だけだった。熱溶断器も外板の汚れすら焼けず、超音波検査も内部構造を読み取れない。
レイナは壊れた工具を作業台へ置き、アークを見上げた。
「外装は無理ね。削れない、溶けない、測れない。これ以上続けると、船より先に工房が壊れる」
その時ハッチから降りてきたカノンが、当然のように胸を張った。
「帝国製の艦艇ですもの。現代の粗末な設備で扱えるはずがありませんわ」
レイナはカノンの大きすぎる作業着へ一度だけ目を向けた。
「帝国は服の寸法まで未来的なの?」
「これは借り物です!」
「よかった。そこまで進んだ文明なら、私には理解できないところだったわ」
カノンが言葉を失っている間に、レイナは船内へ入った。
外装とは対照的に、操縦席の周囲はカイトが集めた中古部品と増設配線で埋まっていた。規格の異なる機器を金属帯で固定し、壁際には蓋のない補助回路が並んでいる。レイナは一通り眺めたあと、感心とも呆れともつかない息を吐いた。
「外は古代文明、中は現場判断ね」
「飛ぶようにはしてある」
「それが一番たちの悪い修理なのよ。動かなければ誰かが直すけど、動いてしまうと誰も止められない」
レイナは床へ膝をつき、配線を一本ずつ追い始めた。雑に見える配置にも、電力系統と制御系統を干渉させないための規則がある。継ぎ接ぎではあっても、無秩序ではない。それに気づいてから、彼女の手つきが少し変わった。
メイン回路の電源の奥へ腕を差し入れたところで、その手が止まった。
「カイト。これは何?」
動力エンジンに巻いたカイトのオリジナルコイルを見たレイナが聞いてきた。
帯状の導体を一度ひねり、表裏のない一つの輪へ仕上げた超伝導コイルだった。レイナは端子の位置を確かめ、指先で導体を一周なぞった。しかし一周したはずの指は、最初とは反対側へ戻っている。
「メビウスリングコイルだ」
「名前を聞いたんじゃないわ。なぜ、こんな巻き方をしているの?」
カイトはレイナの隣へしゃがんだ。
「球心力反転エネルギーを取り出すためだ。普通の環状コイルでは、流れが一周したところで同じ向きへ戻る。だがメビウス構造なら、表へ戻るまでに二周する。その間に、中心へ収束する力の向きを反転させられる」
レイナはすぐには答えなかった。冗談を疑う顔ではない。言葉の一つ一つを、自分が知る物理法則のどこへ置くべきか考えている顔だった。
「球心力というのは、重力の別名?」
「違う。重力は、全てが丸まろうとする時に現れる結果の一つだ。俺が見ているのは、その前にある力だ」
「ずいぶん大きく出たわね」
「小さい頃から考えてきた。今さら小さくはできん」
レイナはわずかに口元を緩めた。
「理論は証明できているの?」
「俺の中では、とっくにな」
その言い方には、虚勢も迷いもなかった。
操縦席の上へ青白い光が集まり、NOVAがホログラムの航路図を展開した。二本の軌跡が、宇宙の墓場の立体図へ重なる。
「補足するわ。私は当初、既存の重力場を基準に航路を計算していた。でも墓場の内部では、残骸そのものが互いに干渉し、重力場の予測値は急速に崩れた」
一本目の航路が途中から大きく逸れ、漂流船の群れへ突っ込んでいく。
続いて表示された二本目は、複雑に入り組む残骸の間を縫い、墓場の中心から帰還地点まで途切れずに伸びていた。
「カイトの球心力理論を演算基準へ組み込んだ結果、予測精度は従来方式の数倍に向上した。私たちが墓場へ到達し、同じ船で帰還できたのは、その計算があったからよ」
レイナは航路図を見上げたまま、しばらく動かなかった。やがてメビウスリングコイルへ視線を戻す。
「その理論を、航法だけでなくエネルギー源にも使おうとしているわけね」
「使おうとしてるんじゃない。もう使ってる」
「完成しているの?」
「完成したから今ここにいる」
レイナは初めて声を立てて笑った。
「なるほど。あなたが面倒な客だということだけは、完全に証明されたわ」
その後の点検は早かった。外装や船体構造には手をつけず、船内だけを改装する。操縦系統と補助電源を整理し、墓場から持ち帰った同型艦の環境制御装置へ交換する。居住区にはリビング、キッチン、バス、トイレ、寝室はカイトとカノン用に二つ作ることになった。
「快適に暮らせるようにお願いしますわ」
カノンが確認すると、レイナは端末から目を上げなかった。
「任せな、宮殿並みとは言わないがね」
「その例えをおやめなさい」
「鍵も付けるわ」
「では許します」
カイトは思わずカノンを見た。
「鍵だけでいいのか?」
「あなたが入れないなら、壁一枚でも宮殿ですわ」
レイナは改装内容を入力し終えると、見積額を表示した端末をカイトへ差し出した。
数字を見たカイトの眉が動く。
「嘘だろ、、稼ぎの半分じゃねえか」
「船一隻を、中身から作り直すのよ。半分で済んだことを喜びなさい」
「足元を見てるな」
「見てるわ。この船を直せるのは、たぶん私だけだもの」
悪びれもしない返事だった。カイトが端末を返そうとすると、レイナは受け取らず、メビウスリングコイルへ目を向けた。
「ただし、三割はまけてあげる」
「急に良心が生えたのか?」
「そんな高価な部品、うちには置いてないわ」
「条件は?」
レイナはようやくカイトを見た。
「後で、球心力の話を聞かせて。航法計算から反転エネルギーまで、最初から全部」
「話だけで三割?」
「安いと思う?」
「俺の理論がな」
レイナは少し目を細めた。
「安心して。聞いただけで盗める程度なら、三割も払わないわ」
カイトもわずかに笑った。
「聞くだけなら構わん」
「契約成立ね」
カイトが承認欄へ指を置くと、改装費が決済され、残高から数字が消えた。
その様子を見ていたNOVAのホログラムがレイナの隣までゆっくり浮かんでくる。
「ずいぶん高い授業料を払うのね」
「逆よ。私が修理して、彼に授業をさせるの」
レイナは端末を腰へ戻し、もう一度メビウスリングコイルを見た。
「三割くらい、こちらから払っても惜しくないわ」
カイトは聞こえなかったふりをして船を降りた。
背後では、レイナがすでに整備員へ指示を出し始めている。その声は先ほどまでと変わらなかったが、時折メビウスリングコイルへ向ける目だけは、未知の鉱脈を見つけた採掘屋のように輝いていた。




