墓場からの帰還
第六話 墓場からの帰還
荒野を渡る乾いた風に、聞き慣れない低音が混じった。
スクラップ置き場の小屋で伝票を眺めていた親父は、くわえていた葉巻を止めた。棚の工具が小刻みに震え、窓ガラスの向こうで砂埃が舞い上がる。
外へ出た親父の目に、空から降りてくる黒い船体が映った。
「……帰ってきやがった」
アークはスクラップの山を避けながら高度を落とし、半壊したガレージの前で静止した。出発時に吹き飛ばしたシャッターは、親父が脇へ寄せただけでまだ地面に転がっている。
親父は眩しそうに目を細めた。
あの船が頑丈なのは知っている。プレス機へ押し込んでも、フレームには傷一つ付かなかった代物だ。それをカイトが飛べるようにしたことも、この目で見た。
だが、動くことと、宇宙の墓場から戻れることは別だった。
着陸脚が地面へ触れ、アークの重みで砂が沈む。エンジン音が止まると、しばらくしてハッチが開いた。
カイトがいつもの作業着姿で降りてきた。
「よう、親父」
親父は葉巻を外し、頭の先から足元まで眺めた。
「手足は揃ってるな」
「数えてきたのか?」
「帰ってきた奴しか数えられねえからな」
カイトは返事の代わりに、転がったままのシャッターを見た。
「まだ直してなかったのか」
「墓場から戻れたら、お前に直させるつもりだった」
「戻れなかったら?」
「鉄屑置き場を少し広げる」
「合理的だな」
親父は鼻を鳴らし、アークへ近づいた。
「それで、どうだった。宇宙の墓場は」
「ああ、屑鉄の山だ」
「ここを見て育った奴の感想とは思えねえな」
カイトは船尾へ回り、貨物ハッチの開閉装置へ手を伸ばした。
「見るか?」
「そのために生きて帰ったんだろ」
重い扉が開くと、親父の表情が止まった。
貨物室には、古い船から外してきた機器や部材が隙間なく固定されている。制御装置、動力系統の部品、太い配線束、見慣れない金属ケース。カイトが積載限界まで詰め込んだため、人が通れる隙間すらほとんど残っていない。
親父は葉巻を口から落としかけ、慌てて指で挟んだ。
「お前……墓場を片づけに行ったのか?」
「使えそうな物を積んだだけだ」
「これが『だけ』なら、強盗は荷物持ちだな」
親父は貨物室へ足をかけ、手前の部品を調べた。表面には百年分の汚れがこびりついているが、刻印も接続部も残っている。
「これを一人で外したのか?」
「NOVAもいた」
青白い光がカイトの横に集まり、NOVAのホログラムが浮かび上がった。彼女は宙で身体を傾け、貨物室を覗き込む親父を見下ろした。
「私は手を汚していないわ。彼が勝手に船を剥いで回っただけ」
「お前は口だけだったな」
「優秀な指揮官は、自分で荷物を担がないものよ」
「何も指揮されてねえ」
親父は二人のやり取りを聞き流しながら、一つの制御装置へ手を置いた。
「こいつは見たことがねえ。規格も刻印も今の物じゃないな」
「ニ百年前の船から外した」
「ニ百年?」
親父が振り返ったところで、船内から足音が聞こえた。
カイトの作業着を着たカノンが姿を現す。大きすぎる袖を折り、裾を踏まないよう片手で持ち上げながら、ハッチの縁から外を見渡した。
錆びた重機。積み重なった船体。油染みの広がる地面。風に揺れるトタン小屋。
カノンの眉間に、はっきりと皺が寄った。
「……ここが、あなたの住む場所ですの?」
「そうだ」
「まるで帝国の廃棄物処理区画ですわ」
「褒め言葉として受け取っとく」
親父はカノンを見たまま動かなかった。
カノンがタラップを降りる。地面へ足を着けると、舞い上がった砂を避けるように作業着の裾を持ち上げた。
親父の目がさらに開く。
「おい、カイト」
「なんだ」
「宇宙の墓場へ行ったんだよな」
「ああ」
「船を拾いに行ったんだよな」
「部品を拾いにな」
親父は顎でカノンを示した。
「その嬢ちゃんは、どの部品だ?」
カノンの顔が一気に険しくなった。
「誰が部品ですの!」
「喋る部品らしい」
「わたくしはカノン・フォン・オルテシア。由緒正しきオルテシア帝国の第一皇女ですわ。少しは言葉を慎みなさい!」
親父はカノンを見つめ、次にカイトを見た。
「墓場で頭を打ったのは、お前か?」
「俺じゃない」
「わたくしでもありませんわ!」
NOVAのホログラムが親父の肩近くまでふわりと移動した。
「身分については本当よ。問題は、その帝国が百年前に消えていることだけ」
「消えてなどおりませんわ!」
カノンがNOVAを振り返る。
「わたくしが戻れば、帝国の現状などすぐに分かります。第一皇女であるわたくしに、何の報告も届いていないことの方がおかしいのです!」
「ニ百年間、寝室を留守にしていた人へ報告書を届けるのは難しいでしょうね」
「言い方がいちいち腹立たしいですわ!」
親父は短く笑った。それ以上は追及せず、貨物室へ視線を戻す。
「事情は知らねえが、生きてるなら荷物より扱いは楽だ。飯を食わせりゃ勝手に歩く」
「皇女を野良動物のように扱わないでくださる!」
「元気もある。上等だ」
親父は葉巻をくわえ直し、スクラップ置き場の奥にある大型搬送車を指さした。
「まず荷を降ろすぞ。この量じゃ、ここで選別しなきゃ買い取り屋にも見せられねえ」
カイトはすぐ搬送車へ向かった。
「動くのか、あれ」
「お前が出ていった翌日まで動いてた」
「昨日壊れたのか?」
「今朝までは壊れてなかった」
「つまり分からねえんだな」
「機械なんて動かしてみりゃ分かる」
カイトは運転席へ乗り込み、始動スイッチを押した。搬送車は咳き込むような音を立てたあと、黒い煙を吐いて沈黙する。
もう一度押しても動かない。
カノンが距離を取った。
「爆発するのではなくて?」
「爆発する元気があれば動く」
カイトは運転席から降り、エンジンカバーを開けた。配線を一本抜き、端子を工具で叩いて差し戻す。再び始動スイッチを押すと、搬送車は不満そうな振動を撒き散らしながら動き始めた。
NOVAのホノグラムがその周囲を一周する。
「見事ね。修理ではなく、脅迫で機械を働かせたわ」
「動いたなら修理だ」
「あなたの理論では、息を吹き返せば医療行為なのね」
「死んでから言え」
親父が荷台へ乗り込み、最初の機器へ固定具を掛けた。
積み替えが始まった。
カイトと親父は余計な話をせず、部品を一つずつ船から降ろしていく。カノンは最初こそ離れて見ていたが、親父が大型の装置を上下逆に置こうとしたところで、思わず声を上げた。
「それを横倒しになさらないで!」
親父の手が止まる。
「壊れるのか?」
「内部の姿勢軸が固定されておりません。その向きで衝撃を与えれば、調整に数日かかりますわ」
「何の装置だ」
「星間航法用の重力偏差補正器ですわ」
親父は装置をゆっくり戻した。
「使えるのか?」
カノンは表面の表示を見て、側面の手動ロックへ触れた。
「主系統は生きているはずです。もっとも、これは旧式ですけれど」
「旧式ねえ」
親父の目が変わった。
以後、親父は部品を降ろすたびにカノンへ尋ねた。カノンも、自分の艦に積まれていた物をガラクタ扱いされるのが気に入らないらしく、名称と用途を次々に説明する。
「これは環境制御用の補助中枢ですわ」
「これは?」
「緊急時に艦内の気密を区画ごとに維持する装置です」
「こっちの箱は」
「医療室用の滅菌庫ですわね。なぜ持ち出したのです?」
カイトは箱を荷台へ押し込んだ。
「蓋が開いたからだ」
カノンは呆れた顔で彼を見た。
「価値も分からずに積んだのですか?」
「墓場で鑑定してたら帰れなくなるじゃねえか」
「ならば、わたくしに尋ねればよかったでしょう」
「寝てただろ」
カノンは口を閉じた。
NOVAが宙で微笑む。
「正論が時差で刺さったようね」
「あなたは黙っていなさい!」
日が傾く頃、ガレージの前には降ろされた部品が整然と並んでいた。
親父は最後の装置を調べると、手についた油を布で拭った。
「これは俺だけじゃ値段を付けられねえな」
「安物か?」
「逆だ。下手に値段を口にしたら、俺が買い取る羽目になる」
親父は、カノンが重力偏差補正器と呼んだ装置を軽く叩いた。
「この辺じゃ、こんな物は博物館にもない。動くなら専門の買い取り屋を呼ぶ。三人は必要だ」
「一人じゃ駄目なのか」
「一人だけ呼んだら、そいつの言い値になる。三人呼べば、欲深さが正しい値段を付けてくれる」
カイトは納得したように頷いた。
「人間も使い方だな」
「機械と同じにするな」
翌朝、親父が呼んだ三人の買い取り業者がやってきた。
最初は古びたガレージと並べられた部品を見て、三人とも露骨に顔を曇らせていた。それが一つ目の装置を検査した途端、態度が変わった。
二つ目で口数が減り、三つ目からは互いの動きを警戒し始める。
「これは、本当に墓場から?」
眼鏡をかけた業者が、震える指で検査器の表示を確かめた。
カイトは壁にもたれたまま答える。
「ああ」
「どの宙域だ」
「場所も買うのか?」
業者は黙った。
親父が葉巻の煙を吐く。
「欲しいなら、部品とは別料金だ」
鑑定は昼過ぎまで続いた。
現在では製造できない素材、失われた回路、規格そのものが残っていない制御素子。動かない機器でさえ、分解するだけで十分な価値があるという。
とくに重力偏差補正器の内部が生きていると分かった瞬間、三人の業者はその場で競りを始めた。
提示額が跳ね上がるたび、カイトは黙って端末を見ていた。
対してカノンは、数字よりも部品の扱われ方に戸惑っていた。
「なぜ、そのような旧式装置にそこまで執着なさるのです?」
業者の一人が顔を上げる。
「旧式?」
「わたくしの艦では、予備を含めて三基搭載されていましたわ」
三人の視線が一斉にカノンへ向いた。
カイトが目を閉じ、親父は横を向いて笑いをこらえた。
「三基……?」
業者の声が裏返る。
カノンは、自分が何かまずいことを言ったらしいと気づいた。
「い、今の話はお忘れなさい」
誰も忘れなかった。
最終的に、アークの修理へ使えそうな部品と、正体の分からない数点を除き、戦利品の大半が売却された。
契約端末に合計額が表示される。
カイトは無言で桁を数えた。
一度では足りず、指でなぞりながらもう一度数える。
「親父」
「なんだ」
「端末が壊れてる」
「壊れてるのは、お前の懐だ。今まで空っぽだったから、数字が入ると拒否反応が出る」
カイトはまだ端末を見ていた。
「これだけあれば、アークを直せるな」
親父は呆れた顔をした。
「最初にそれか。家でも土地でも買える額だぞ」
「家ならある」
カイトは半壊したガレージを見た。
親父も同じ場所を見る。
「それを家と呼ぶなら、穴の開いた箱も豪邸だな」
「雨は半分くらい防げる」
「半分は降るんだろうが」
カイトは端末を閉じると、親父へ向けた。
「シャッター代を引いとけ」
親父の眉が上がる。
「珍しいな。墓場で良心でも拾ったか?」
「また発進するとき邪魔になる」
親父は一瞬黙り、やがて笑った。




