戦利品
「……あなた方、どちら様ですの? ……私に触れるなど、どこのどなたの許可を得て……っ!」
目覚めた瞬間から一歩も引かないその高貴な態度は、ボロボロの宇宙の墓場というロケーションにおいて、あまりにもシュールで場違いな輝きを放っていた。
「おっと、目を覚ましたか、お姫様。いきなり怒鳴るなよ、命の恩人に向けたセリフじゃないぜ」
カイトは面倒くさそうに首をポリポリと掻きながら、手に持ったワークライトの光を少し落とした。
「命の恩人……? 私がなぜ、このような下等なガラクタの溜め溜めに……。それに、あなた方の纏っているその粗末な布切れは何ですの? 私は帝国皇女カノン・フォン・オルテシア……。速やかに専属の侍従を呼びなさい!」
「はいはい、お高くとまってるところ悪いけどよ、ここにお前の帝国なんて残っちゃいねえよ。200年寝てる間に全部パーだ」
NOVAがホログラムの腕を組み、面白がるような笑みを浮かべて口を挟む。
「おやおや、お目覚め早々お怒りのようだけど、状況証拠を教えてあげる。私達のアークのコンピューターとあなたの乗っていた同型艦のコンピューターが共鳴してね、私たちが引っぱたきに来なかったら、あなたはその冷えた棺桶の中で永遠におねんねしたままだったんだよ?」
カノンはNOVAのホログラムと、目の前にいる無造作な男を交互に見据え、ようやく自分の置かれた異常な状況を理解し始めたのか、わずかに青白い唇を震わせた。
「200年……? そんな、馬鹿な……。私が父上に命じられて、あの特異点宙域の観測任務についてから……たった数日しか……」
「数日だろうが二百年だろうが、現実はお前の頭上で鳴り響いてるこのボロ船のエンジン音の通りさ。おまけに――」
カイトは視線を背後の荷室へと向け、やれやれといった調子で頭を抱えた。
「お前を収容するついでに引っ掴んできた今回の戦利品の中に、なんかヤバそうな『遺産』が混じっちまってな。このままだと、お高くとまったお姫様と一緒に、俺の平穏なスカベンジャー生活まで木っ端微塵になりそうなんだよ」
「……戦利品? 私の眠る聖域を荒らし、あまつさえ我が帝国の財産を持ち去るというのですか!」
「持ち去るも何も、この宇宙の墓場で野ざらしになってたガラクタだ。いつもの買い取りブローカーに叩き売って、今日の燃料代とタバコ代に変える予定のな」
カイトの平然とした物言いに、カノンはもはや怒りを通り越して絶句し、ボロボロになったドレスの裾をぎっと握りしめた。
「ふざけないでちょうだい……! その中に、我が帝国の中枢機関でのみ使用されていた『三等星辰儀の認証キー』が混じっているはずです。それを今すぐ私に返しなさい! それは、父上から預かった――」
「父上からなんだ? 帝国残党の仲間入りでもして、一旗揚げるのか?」
「――いいえ、私をこんなところに置き去りにした連中への、せめてもの挨拶代わりにしてやりますわ」
カノンの瞳の奥に宿った底冷えするような光を見て、カイトはわずかに眉をひそめた。ただのお騒がせな寝起きのお姫様だと思っていたが、どうやらこの目の前の少女も、自分と同じくらい厄介な秘密と事情を抱え込んでいるらしい。
「まあ、いど端を叩くのは故郷のガレージに着いてからだ。行くぞお姫様、手製のメビウスリングコイルがいつ爆発するかも分かんねえからな。しっかりシートに張り付いてなきゃ、今度こそ文字通りおだぶつだぜ」
ボロ船のエンジンが再び低く唸りを上げ、アークはカイトの故郷であるうらぶれたジャンクヤードへ向けて、銀河の闇を滑るように進んでいった。
荒ぶるメビウスリングの余韻を背後で飲み込みながら、アークの狭い居住区は、どこか奇妙な静けさに包まれていた。
操縦席でダッシュボードに足を投げ出し、やれやれとタバコに火をつけようとしたカイトの背後で、パキリ、と乾いた音が響く。振り返ると、そこにはボロボロになった皇室のドレスの裾を引きずったカノンが立っていた。200年のコールドスリープと先ほどの激しいGで疲弊しきっているはずだが、その背筋は折れるどころか、まるで薄氷のようにピンと張っている。
「おい、お姫様。そんな格好であちこちウロつくなよ。船酔いでぶっ倒れても俺は知らんぞ」
「……誰が船酔いなどするものですか。それに、この見苦しい格好……一体どうしろと言うのです。私の故郷では、このような不衛生な鉄屑の中で過ごすなど、汚濁の刑罰ですわ」
カノンは両腕を抱え込み、煤けた船内の空気から身を護るように身震いした。
カイトは面倒くさそうに息を吐き出すと、ガリガリと頭を掻きながら立ち上がった。
「はいはい、ご立派なお姫様。あいにく宮殿みたいな個室は用意してやれねえが、使っていない寝室なら一つだけある。……ま、元々はガラクタ置き場を片付けただけの部屋だがな」
そう言ってカイトが顎でしゃくったのは、狭い廊下の奥にある、一番小さなドアだった。
中に入ると、辛うじてベッドと小さな換気モニター、そして壁際に申し訳程度のロッカーがあるだけの殺風景な空間が広がっている。
「ここを使いな……それと、そのボロ布みたいなドレスのままだと、お前が寝転がるだけでうちの床が汚れるんだわ。そこに備え付けの作業着の予備がある。サイズは少し大きいが、我慢しろ」
カイトが無造作に放り投げたのは、黒ずんだ綿のジャンプスーツだった。
カノンはそれを汚物でも見るような目で凝視し、さらにカイトを睨みつける。
「……これを私に着ろと? 帝国皇女たる私が、こんな下等な男の作業着を……っ!」
「着るもんがそれしかねえんだよ。嫌なら素っ裸で凍えてるか、その破れたドレスで過ごすんだな。どっちがマシかは勝手に選べよ」
カイトはそれ以上相手をせず、冷たく言い捨ててバタンと乱暴にドアを閉めてしまった。
静まり返った小部屋の中で、カノンはしばらくの間、その無骨なジャンプスーツを見つめて立ち尽くしていた。
しかし、肌を刺すような冷気と、自身の衣服から漂う煤けた匂いに耐えかねたのか、彼女は小さく悔しそうな息を吐き、震える指先でそのボタンに手をかけ――数分後、裾を大きく折り返し、袖を捲くった不格好なジャンプスーツ姿でドアを押し開けた。
「……これで満足ですの?」
廊下にいたカイトは、その姿を見るなり、思わずふっと吹き出した。
「あはは、似合ってるじゃねえか。宇宙船の整備士ってより、どっかの星の落ちこぼれドロイドみたいだな」
「なっ……! 人を馬鹿にするのも大概にしなさいっ!」
真っ赤になって頬を膨らませるカノンに、カイトはフッっと鼻で笑うと、小さなプラスチックのマグカップにコーヒーを入れて渡した。
「ほら、さっきの詫びだ。口に合うかは知らねえが、温かい合成コーヒーくらいは淹れられる。……もうすぐ俺の故郷の貿易港だ。覚悟を決めな、お姫様、ここから先は、俺の馴染みのヤバい連中がうろつくシマだぜ」
カノンは受け取ったマグカップを両手で包み込み、湯気の向こうでカイトの背中をじっと睨みつけながらも、凍てついた心を解かすように、恐る恐るその液体を口に含んだ。
アークのエンジン音が一段と低くなる。小規模なコロニーとクレーターが入り混じるカイトの故郷――アークが飛び立ったジャンクヤードが見えてきた。




