眠り姫
眠り姫
――ガリリ、と乾いた重い金属音が、アークの船体を震わせた。
全長12メートル、幅4メートルの船体が、宇宙の墓場の中心で静まり返る「同型艦」のドッキングポートにしっかりと噛み合う。外側は宇宙の風雪にまみれて煤けているが、奇跡的に漆黒の闇の中に異様な存在感を放っていた。
「……接続完了だ、カイト」
操縦管制室のメインモニターの端で、NOVAがやれやれといった風にホログラムの腕を組む。
「外部センサーの反応は微弱だけど、気密は保たれているみたいだね。……もっとも、中に何が待ち受けているかは保証しないけどさ」
カイトは無言でうなずくと、操縦席から立ち上がり、リビング脇の倉庫から使い古した手持ちのワークライトと、愛用の万能レンチを引っ掴んだ。物言わぬ機械と工具の匂いが染み付いた手で、カイトは気圧調整を済ませたエアロックの重いハッチを開け放つ。
シューーー……と、古びた空気が澱んだ通路へと吐き出されていく。
アークの狭いが機能的な居住区を背にして、カイトは足を踏み入れた。 足を踏み入れた同型艦の内部は、まるで時間が凍りついたかのように静まり返っていた。
中はアークと同型艦のため、ほぼ同じ、しかし中の室内構成は変わっていた。入ってすぐにメイン管制室、その奥には狭い廊下があり、小さな部屋が幾つも作られていた。ドアを一つ一つ開けて行く、キッチン、リビング、寝室らしき部屋が4室、さらにバス、トイレがあった。そして一番奥、青白い非常灯が明滅するだけの薄暗い通路を抜けた先に、一つの区画――コールドスリープ室が存在していた。
「おい、NOVA。……こっちの計器も、さっきから変なノイズを拾ってるぞ」
「当たり前でしょ。アークのコンピューターと、この残骸のメインコンピューターがが互いのコードを呼び合って、まるで磁石みたいに共鳴しているんだからね。……それにしても、なんだい、この船は、時間経過が二百年も経ってるね」
「二百年だと?」
「まだコンピューターが息をしてるのは驚きだね」
「ほら、その扉の向こう、厄介なもんがあるよ」
カイトがワークライトの光を向けた先。 そこには、重厚なカプセルのガラス面に囲まれた、外部の喧騒を完全に遮断する空間があった。凍てついた同型艦の最奥で、すべてのシステムエラーの中心に鎮座するそのカプセルの中で――見知らぬ少女が、静かに眠りについていた。
「おい、NOVA.どうする?」
「しょうがないでしょ、ここで解凍したらその途端今度こそ永遠に眠るわね、そのお姫様、ポッドごと回収よ」
青白い非常灯が明滅するコールドスリープポッド、カイトが見つめる中、重厚なガラス張りのカプセルに接続されたアークのコンピューターが低く唸りを上げる。
「準備はいいかい、カイト? 私のシステムから解凍シーケンスの信号を送るよ。……もっとも、200年も眠っていたお姫様が目覚めたとき、いきなり君の顔面を殴り飛ばさない保証はないけれどね」
NOVAの皮肉めいた声が船内に響く、 カイトは無言で頷き、カプセルの制御パネルに配線を直結した。
「おい、頼むからお上品に寝ぼけててくれよ……。せーのっ」
カイトが手動のスイッチを力強く押し込む。 瞬間、カプセルを包んでいた冷却ガスが激しい音とともに噴き出し、内部の圧力バルブが逆転する。ガリガリと鈍い音を立てながら、これまで固く閉ざされていた強化ガラスのハッチがゆっくりとスライドして外側に開いた。
白く立ち込める冷気の中から、ふわりと漂ってきたのは――長年放置された鉄とオゾン臭の中に混じった、微かな甘い香りと、そして確かな「生きた人間」の気配だった。
「っ……、うっ……」
微かに喉を鳴らし、身じろぎしたのは、完璧な美しさを残したまま眠っていた少女だった。彼女はゆっくりと長いまつげを持ち上げ、冷え切った外の世界へとその瞳を開く。
視界の先で、油まみれの作業着を着てレンチを持った冴えない男が、物珍しそうに覗き込んでいるのが目に飛び込んでくる。さらに、宙に浮かぶモニターの端では、冷ややかな微笑みを浮かべたAI(NOVA)のホログラムがこちらを値踏みするように見つめていた。
カノンは混乱と冷気の中、背筋をスッと伸ばし、震える指先でカプセルの縁を掴むと、枯れた声ながらも毅然とした態度でこう言い放った。
「……あなた方、どちら様ですの? ……私に触れるなど、どこのどなたの許可を得て……っ!」
目覚めた瞬間から一歩も引かないその高貴な態度は、ボロボロの宇宙の墓場というロケーションにおいて、あまりにもシュールで場違いな輝きを放っていた。




