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ジャンクヤードで眠っていた廃棄船を拾ったら、皮肉屋な美人AIを目覚めさせてしまった件  作者: よみ はじめ


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未知の空間

館長がアークの入口をくぐった。

 その瞬間、足が止まった。

「…………」

 俺は後ろを振り返った。

「どうした?」

「いや」

 館長はゆっくり船内を見回した。

「ここは……アークなのだな?」

「そうだけど」

「私は今、数千年前の古代戦闘艦へ入ったはずなのだが」

「入ってるぞ」

 館長がもう一度周囲を見る。

 壁も床もきれいに仕上げられ、照明も柔らかい。昔の無骨な船内を知っている俺からすれば、今では完全に別物だ。

 レイナが胸を張った。

「中は全部、私が直したわよ」

 館長の顔が止まった。

「……全部?」

「ほとんど全部ね」

「古代戦闘艦を?」

「だって使いにくかったんだもの」

「…………」

「どうしたの?」

「いや……少し待ってくれ」

 館長が額を押さえた。

「私は何十年も、この時代の艦艇の内部構造を知りたくて研究してきた」

「そうなの?」

「その答えが今、目の前にあると思っていた」

 レイナが周囲を見回した。

「残念ね」

「残念で済ませるのか」

「だって、もう直しちゃったもの」

 館長が俺を見る。

「カイト」

「なんだ?」

「なぜ止めなかった」

「俺に聞くなよ!」

「船主だろう」

「使いやすくなったんだからいいだろ」

「よくない!」

 初めて皇帝に本気で怒られた。

 横でカノンが呆れたようにため息をつく。

「陛下のお気持ちは分かりますわ」

「だろう?」

「ですが、レイナにその手の話をしても無駄ですわよ」

「どういう意味?」

「便利になるなら壊しますもの」

「壊してないわよ! 改良よ!」

NOVA が淡々と付け加えた。

「実際、居住性は大幅に向上しています」

「NOVA、お前まで」

「事実です」

 館長が肩を落とした。

「古代史というものは、こうして失われていくのか……」

「大げさだな」

「カイト」

「はい」

 俺は黙った。

 その後、館長を連れて船内を回った。

 操縦席、居住区、簡易厨房、レイナが増設した収納、俺たちが普段使っている場所。

 館長は最初こそ残念そうだったが、しばらくすると別の意味で興味を持ち始めたらしい。

「しかし、よくここまで改装したな」

「構造が素直だったから」

「素直?」

「変なところに配線がないのよ。必要な場所に必要なものがある。古い船なのに、むしろ今の船より触りやすかったわ」

NOVA が少しだけ首を傾けた。

「設計思想としては当然ですが」

「あなたたちの当然は、今の技術者には当たり前じゃないの」

「そうなのですか?」

「そうよ」

 館長が壁へ手を触れながら歩く。

「外から見た時も思ったが、この艦は小さいな」

「十二メートルしかないからな」

「古代戦闘艦としては、もっと大型だと想像していた」

「私も最初はそう思ったわ」

 レイナが答える。

「でも中は意外と無駄がないの。だから住めるようにするのも、それほど苦労しなかった」

「それほど?」

「まあ、全部やり直したけど」

「それを苦労と言うのではないか?」

「そう?」

 館長が諦めたように笑った。

 俺たちは船尾側へ向かった。

 ここもレイナが一度完全に手を入れている。

 配線も床材も壁面も、全部だ。

「この辺りまでか?」

「ええ。ここから先は機関部だから、さすがに全部はいじってないけど、点検はしてるわ」

 レイナが壁を軽く叩く。

「この裏は?」

「外殻」

「こちらは?」

「構造材と配線スペース」

「なるほど」

 館長は興味深そうに見ている。

 その時だった。

 低い音がした。

 誰も喋らなかった。

「……今の何?」

 レイナが周囲を見る。

NOVA の表情が変わった。

「確認します」

「アーク?」

 俺が聞く。

「異常は検出されていません」

「じゃあ今の音は?」

「不明です」

 その言葉で、空気が少し変わった。

NOVA が不明と言うのは珍しい。

MIRA が壁へ顔を近づけた。

「姉さん、船内の構造情報に変化があります」

NOVA がすぐに MIRA を見る。

「どこです?」

「ここです」

MIRA が指差した。

 レイナがさっき叩いた壁だった。

「そこ?」

「はい」

 俺も壁を見る。

 何もない。

 普通の壁だ。

 次の瞬間、その中央に一本の細い光が走った。

「え?」

 レイナが一歩下がった。

 光は縦に伸び、途中から左右へ広がっていく。

「ちょっと待って」

 壁の一部が静かに奥へ沈んだ。

 その向こうに暗い空間が現れる。

「…………」

 誰も動かなかった。

 俺が最初に口を開いた。

「レイナ」

「何」

「ここ、壁だったよな?」

「壁だったわよ」

「扉じゃなくて?」

「壁!」

「でも開いたぞ」

「見れば分かるわよ!」

 レイナが壁際へ駆け寄った。

 手で縁を触る。

 中を覗き込む。

 そして、顔を上げた。

「ありえない」

「何が?」

「ここは外よ」

「外?」

「この壁の向こうは外殻なの。空間なんかあるわけない」

 俺も中を覗いた。

 細い通路が続いている。

 少なくとも数メートルはある。

「あるけど」

「だから、それがおかしいのよ!」

NOVA が無言で内部を見ている。

「NOVA?」

「測定中です」

「こんな場所、知ってたか?」

「いいえ」

「……お前が?」

「はい」

 館長が NOVA を見た。

「この艦のメイン AI だったのではないのか?」

「その認識で間違いありません」

「それでも知らない?」

「私の艦内構造情報には存在しません」

MIRA が中へ半分入りながら言った。

「私の情報にもありません」

「お前は勝手に入るな!」

「危険はありません」

「そういう問題じゃない!」

 MIRA がこちらを振り返った。

「少なくとも、現在確認できる範囲では」

「その言い方が怖いんだよ」

 レイナはそんな会話も聞かず、壁と通路を何度も見比べている。

「絶対におかしい……」

「そんなに?」

「私はここを全部剥がしてるのよ」

「全部?」

「壁も床も配線も。ここには何もなかった。外殻まで確認してる」

 館長の表情が研究者のものへ戻った。

「つまり、この空間は隠されていたのではない?」

「違う」

 レイナが即答した。

「こんな長さの通路を隠せる余裕なんかない。この方向へ行けば、とっくに船の外よ」

 俺は通路の奥を見る。

「じゃあ、あれは何なんだ?」

「私が聞きたいわよ」

NOVA が静かに目を閉じた。

 数秒後、目を開く。

「外部寸法を確認しました」

「どう?」

「変化ありません」

「十二メートル?」

「全長十二メートル。外形、質量分布にも大きな変化はありません」

「なのに中に通路が増えた?」

「はい」

 館長が一歩近づいた。

「内部空間を測れるか?」

「試します」

 少し間があった。

NOVA の眉が僅かに動いた。

「……興味深いですね」

「何が?」

「現在のアーク内部の有効容積が、以前の測定値を大きく超えています」

 レイナが NOVA を見る。

「どれくらい?」

「概算ですが」

NOVA が一度周囲を見渡した。

「約三倍です」

「三倍?」

 俺は思わず声を上げた。

「外からは十二メートルなのに?」

「はい」

「中だけ?」

「そのようです」

 俺は通路を見る。

「なんだよそれ」

MIRA が言った。

「空間増幅技術の一種かもしれません」

「知ってるのか?」

「理論上は」

「アークにそんな機能があるって?」

「それは知りません」

「お前も知らないのかよ」

「姉さんが知らないのですから、私が知っている可能性は低いでしょう」

「妙に納得できる説明だな」

 館長は完全に通路へ見入っていた。

「古代記録にも、このような技術の記述はない」

NOVA が答える。

「少なくとも、通常の艦艇機能として公開されていた可能性は低いでしょう」

「なぜ今、起動した?」

 誰も答えなかった。

 俺を見る。

 カノンを見る。

 皇帝を見る。

 最後に、俺の胸元へ視線が集まった。

 ペンダント。

「……俺?」

「まだ何も分かっていません」

NOVA が言う。

「カイトが原因とは限りません」

「でもタイミング良すぎないか?」

「同意します」

「どっちだよ」

 カノンが通路を見ながら小さく言った。

「わたくしが乗っていた時には、一度もこのようなことはありませんでしたわ」

「俺もだ」

「私もです」

 レイナが続ける。

「それに、皇帝陛下が乗ったのは今日が初めて」

 館長が静かに言った。

「つまり、何かの条件が今日初めて揃った可能性がある」

NOVA は答えなかった。

 否定できないということだろう。

 俺はもう一度、開いた通路を見る。

「入るか?」

「当然よ」

 レイナが即答した。

「自分の船に知らない場所があるなんて気持ち悪すぎるわ」

「俺の船なんだけど」

「私が直した船よ」

「勝手に所有権増やすな」

「カイト」

NOVA が俺を見る。

「私が先行します」

「危険か?」

「分かりません」

「分からないのに行くのかよ」

「だから私が行くのです」

 そう言って NOVA が通路へ足を踏み入れた。

MIRA も当然のようについていく。

 レイナ、館長、カノン。

 最後に俺。

 全員が入った。

 数歩進んだところで、俺は振り返った。

 入口の向こうには、いつものアークの船内が見えている。

 こっちは、明らかにその外側まで続いている。

「なあ、NOVA」

「はい」

「俺たち今、どこ歩いてるんだ?」

NOVA は少し考えた。

「アーク内部です」

「そういう答えを聞きたいんじゃない」

「では現時点では、私にも分かりません」

 その答えを聞いて、俺は黙った。

NOVA にも分からない。

 アークにはまだ、俺たちの知らない場所がある。

 いや。

 今日まで存在すらしていなかった場所が。

 通路の奥で、淡い光が一つずつ灯り始めた。

 まるで何千年もの眠りから、何かが俺たちを迎えるように。

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