スメラ古代歴史館
32話 スメラ古代歴史館
翌朝、俺たちはホテルの一階にある食堂へ集まっていた。
大きな窓から朝の光が差し込み、昨夜とはまるで違うスメラの街が見えている。空はどこまでも澄んでいて、通りを行き交う人の姿まで妙にくっきり見えた。
「……朝からそんなに食うのか?」
俺はカノンの皿を見た。
パンらしきものが二つ、焼いた肉、卵に似た料理、それに果物まで載っている。
「一日の始まりですもの。当然ですわ」
「昨日、夜食がどうとか言ってなかったか?」
「夜食と朝食は別ですわ」
「胃袋の担当部署が違うのか?」
「何を訳の分からないことを言っていますの」
向かいでレイナが笑った。
「でも、ここの朝食おいしいわね」
「ああ。それは認める」
俺も皿の上の焼きたてらしいパンをちぎった。昨日の食堂もそうだったが、スメラの料理は妙に口に合う。
「カイト」
NOVAが隣から声をかけてきた。
「なんだ?」
「昨夜はよく眠れましたか?」
「ああ。久しぶりにまともなベッドだったからな」
「そうですか」
何となく返事が固い。
「どうした?」
「何もありません」
その時、MIRAが淡々と言った。
「私が戻った後、すぐに眠ったようですね」
レイナの手が止まった。
カノンも止まった。
「……戻った?」
「どこからですの?」
MIRAは二人を見る。
「カイトの部屋ですけど?」
カノンの眉が跳ね上がる。
「昨夜、カイトの部屋に行きましたの?」
「はい」
「何をしに?」
「特に何も」
今度はレイナまで俺を見る。
「……何も?」
「俺を見るなよ!」
「でも」
「だからなんだよ、フォログラム相手に何するってんだ」
「カイト、誰もそこまでは聞いていません」
NOVAが静かに言った。
「じゃあその顔やめろ!」
「通常の表情ですが、何か?」
「嘘つけ」
MIRAだけが不思議そうに全員を見回していた。
「何か問題がありましたか?」
「お前が一番強いな……」
朝から妙な疲労感が増えた。
俺は残っていた飲み物を一口飲み、話を変えることにした。
「それより、今日は行きたいところがある」
「どこ?」
レイナが聞く。
「古代歴史館だ」
今度は空気が少し変わった。
NOVAが俺の胸元を見る。
「例の紋章ですね」
「ああ」
俺は服の中からペンダントを取り出した。
菊の花に似た紋章。
「九十八・八パーセント一致、でしたわね」
カノンが言う。
「そう。ここまで似てるのに放っておく方がおかしいだろ」
「ようやく本来の目的を思い出しましたね」
NOVAが言った。
「今日一日くらい遊んでもいいだろ」
「私は何も言っていません」
「言ってる顔だぞ」
MIRAがペンダントを見る。
「古代歴史館の屋上にある紋章との形状差は、ごく一部です。制作年代の違いによる変形の可能性もあります」
「だろ?」
「ただし、現時点では関係性を断定できません」
「分かってる。だから見に行くんだよ」
朝食を終えると、俺たちはホテルを出た。
朝のスメラは昨夜より賑やかだった。
それでも騒々しさはない。通りは広く、人の流れにも余裕がある。建物の間には植物が多く、風が抜けるたびに葉が小さく揺れていた。
「本当に空気がいいわね」
レイナが深く息を吸う。
「オルテシアも悪くありませんけれど……」
カノンが周囲を見る。
「認めるのか?」
「何をですの?」
「スメラの方がいいって」
「そのようなことは言っておりませんわ!」
「今、かなり近いところまで行ったぞ」
「考え過ぎですわ、スメラも捨てたものではないと思っただけですの」
しばらく歩くと、通りの先に大きな建物が見えてきた。
「あれだな」
昨日、アークから見た時にも目立っていた建物。
近くで見ると、思っていたよりさらに大きい。
白い石材のような外壁に、金属を組み合わせた造り。古い建築をそのまま再現したというより、古代の意匠を現代技術で作り直したように見える。
地上5階建てくらいか、そのてっぺんに尖った塔がありその下の側面に昨日空から見た例の紋章が刻まれている。よく見れば宮殿に見えない事もない。
とても美しい建物だった。
正面には広い階段があり、豪華さを盛り上げている。玄関にはどでかい扉があり、今はそれが左右にスライドされて、開かれている。
扉の上には同じ菊の紋章があった。
俺は無意識に胸元へ手をやった。
「……やっぱり同じに見えるな」
「正確には九十八・八パーセントです」
「分かってるよ」
NOVAの返事はいつも通りだったが、視線は扉の紋章から外れない。
中へ入ると、想像していたより明るかった。
高い天井。
広い吹き抜け。
中央には巨大な立体映像が浮かんでいる。
そこには、現在のスメラが再建されていく様子が映し出されていた。
「これは……」
レイナが足を止める。
説明表示には、古代戦争後のスメラについて記されていた。
地上環境の崩壊。
地下施設への避難。
長期にわたる地下生活。
そして、およそ千五百年後の地上復帰。
「千五百年……」
カノンが小さく呟く。
「そんなに長い間、地下で暮らしていたのか」
「記録によれば、地上環境が安定するまで複数世代が地下で生活していたようです」
MIRAが展示を読み取る。
「それだけ時間が経てば、失われるものも多いわね」
レイナの言葉に、NOVAが頷いた。
「実際、記録欠損率はかなり高いようです」
展示を進む。
最初は現在のスメラ文明の復興史。
その次は地下時代。
さらに進むと、戦争以前の資料が少しずつ増えていった。
ただ、断片的だった。
壊れた記録媒体。
意味の分からない文字列。
一部だけ復元された星図。
「思ったより残ってないんだな」
俺が言う。
「そうですね」
MIRAが答える。
「現在のスメラ人自身も、古代文明の全貌を把握していない可能性が高いです」
カノンが周囲を見回した。
「それなら、あの紋章は何ですの?」
「それなんだよな」
建物の上と扉には堂々と掲げられている。
でも、ここまで見てきた展示にはほとんど出てこない。
「変だな」
俺は案内表示を確認した。
現在史。
復興史。
地下時代。
古代戦争。
さらに奥に、別の区画があった。
「第一王朝以前……」
表示を見て、俺は足を止める。
「行ってみる?」
レイナが言う。
「ああ」
奥の区画は、急に人が少なくなった。
展示も華やかさが消えている。
古い碑文。
半分崩れた立体記録。
復元途中の星図。
研究資料らしいものまで並んでいた。
「ここは展示というより、研究所に近いですね」
NOVAが言う。
「そう見えるな」
その時、少し離れた場所に一人の男がいるのが見えた。
年配だった。
派手な服ではない。
落ち着いた色の上着を着て、展示ケースの前で何かを調べている。
職員か研究者だろう。
俺は少し迷ってから、その男へ近づいた。
「すみません。ちょっと聞いていいですか?」
男が振り返る。
「何かね?」
「この建物の上と扉にある紋章なんだけど」
俺はペンダントを出した。
「これと、ほとんど同じなんだ」
男の目が止まった。
ほんの一瞬だった。
でも、はっきり分かった。
さっきまでと顔が違う。
「……それを、少し見せてもらってもいいかね?」
「ああ」
俺はペンダントを外して渡した。
男は黙って見る。
表。
裏。
縁。
紋章の細部。
想像していたより長い。
「何か分かるのか?」
男はすぐには答えなかった。
「これは……どこで手に入れた?」
「分からない」
「分からない?」
「物心ついた頃には、もう首に掛かってたんだ」
男の視線が俺へ戻る。
「誰から渡されたかも?」
「知らない」
「そうか……」
またペンダントを見る。
「君は、どこから来た?」
「バール」
男の手が止まった。
「……バール?」
「ああ。外じゃジャンクヤード星って呼ばれてるけど」
今度は明らかに表情が変わった。
「バール……まだ人が暮らしているのか」
「知ってるのか?」
男は俺の質問には答えず、今度は後ろのカノンを見る。
「そちらの方々は?」
カノンが一歩前へ出た。
「わたくしは、オルテシア皇国皇女カノンですわ」
男の目が見開かれた。
「……オルテシア?」
「ご存じですの?」
男はしばらく何も言わなかった。
俺とカノンを交互に見る。
それからNOVA。
MIRA。
レイナ。
「君たちは……」
その時だった。
「陛下」
後ろから声がした。
歴史館の職員らしい男が、こちらへ急いで歩いてくる。
「こちらにいらしたのですか。探しました」
「…………陛下?」
俺は目の前の老人を見る。
カノンも固まっていた。
「ちょっとお待ちなさい」
老人を見る。
職員を見る。
もう一度老人を見る。
「この方が……スメラ皇帝ですの?」
老人は少し困ったように笑った。
「一応な」
そして手の中の俺のペンダントを見た。
「だが、ここでは館長でいい」




