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ジャンクヤードで眠っていた廃棄船を拾ったら、皮肉屋な美人AIを目覚めさせてしまった件  作者: よみ はじめ


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遠くから帰って来た者たち

33話 遠くから帰ってきた者たち


「……皇帝?」


 俺は目の前の老人を見た。

 どう見ても、さっきまで展示ケースの前で古い記録を調べていた研究者にしか見えない。


「一応な」


 老人はそう言って、俺のペンダントをもう一度見た。


「だが、ここでは館長でいい」


「いや、そう言われても急には無理だろ」


「慣れるまで好きに呼べばいい」


「陛下を好きに呼べる人間なんて聞いたことありませんわ!」


 カノンが慌てて背筋を伸ばした。

 さっきまでの余裕がきれいに消えている。


「オルテシアの皇女だったな」


 老人がカノンを見る。


「は、はい。カノン・オルテシアですわ」


「そうか……本当に残っていたのか」


 その声には驚きよりも、どこか安心したような響きがあった。


「残っていた、とはどういう意味ですの?」


「その前に、場所を変えよう。この話は展示室の真ん中でするものではない」


 館長が職員へ目を向ける。


「奥の研究室を使う」


「承知しました、陛下」


「だから館長でいいと言っているのだがな」


 職員は困ったように笑った。


「それは私には無理です」


「皆、融通が利かん」


 皇帝って、こんな感じでいいのか。

 少なくとも俺が想像していた皇帝とはずいぶん違った。

 俺たちは一般展示区画のさらに奥へ案内された。

 そこはさっきまでの華やかな展示室とは違い、壁一面に古い記録媒体や復元途中の資料が並んでいた。中央には大きな円形の机があり、その上にいくつもの立体映像が浮かんでいる。


「座ってくれ」


 館長に促され、俺たちは席についた。

 MIRAだけは椅子を使わず、俺の横にそのまま立っている。

 館長は向かいに座り、俺のペンダントを机の上へ置いた。


「まず確認したい。君は本当にバールから来たのだな?」


「ああ」


「生まれも?」


「たぶん」


「たぶん?」


「物心つく前のことは覚えてない。けど、俺が育ったのはバールだ」


「なるほど」


 館長は少し考え込んだ。


「現在のバールについて教えてくれないか」


「現在って言われてもな……」


 俺はレイナを見る。


「ジャンクばかりよ」


「それで説明を終わらせるな」


「間違ってないでしょ」


「まあ、間違ってないけど」


 俺は館長へ向き直った。


「大昔はもっとまともな星だったらしい。でも、俺が生まれる少し前に巨大隕石が落ちた。そのせいで文明が一度ほとんど潰れた」


 館長の表情が変わった。


「隕石?」


「ああ。今は復興してる途中だ。昔の船やら施設やらが大量に壊れて残ったから、それを拾って直したり売ったりして暮らしてる奴が多い」


「それでジャンクヤード星か」


「外の奴らはそう呼ぶ」


 館長は椅子へ深く座り直した。


「……そうか。バールはまだ生きていたのだな」


「だから、なんで知ってるんだ?」


 今度こそ聞いた。

 館長は机の操作盤へ触れた。

 空中に星図が浮かぶ。

 スメラを中心にした、ずいぶん古そうな星図だった。


「この歴史館を作った理由の一つは、我々の先祖がどんな文明を築いていたのか、そして何処へ行ったのかを調べるためだ」


「スメラ人が?」


「正確には、現在のスメラ文明が、だな」


 館長は星図の中心を指した。


「古代のスメラ文明は一度途絶えている」


 カノンが言う。


「先ほど展示にありましたわね。戦争の後、千五百年もの間、地下にいたと」


「その通りだ」


「でも地下に逃げた人たちがいるなら、完全に途絶えたわけじゃないんじゃない?」


 レイナが聞く。


「人は残った。だが文明は別だ」


 館長の答えは短かった。


「千五百年は長い。記録媒体は壊れ、施設は失われ、何より世代が変わった。地上へ戻った時には、古代スメラについて分からないことの方が多くなっていた」


 MIRAが星図を見る。


「文明の連続性が失われたということですね」


「そうだ」


 館長はMIRAを見た。


「君は理解が早いな」


「医療用AIですので」


「……AI?」


 館長が少しだけ目を細めた。


「はい」


「そうか」


 それだけだった。

 驚きもしない。

 MIRAの方が一瞬止まった。


「反応が薄いですね」


「古代史を調べていると、驚く基準が壊れる」


「理解できます」


 妙なところで意気投合している。


「それで?」


 俺は星図を指した。


「バールがここに関係あるのか?」


「ある」


 館長が操作する。

 スメラから複数の線が伸びた。

 無数の航路が、星図の外へ広がっていく。


「古代戦争の末期、スメラから多数の船団が脱出した」


 カノンの表情が変わった。


「脱出……」


「当時の記録はほとんど残っていない。だが、断片的な航路記録だけはいくつか復元できた」


 一つの航路が拡大された。

 その先に文字が浮かぶ。

 俺は思わず身を乗り出した。


「……バール」


「古代表記を現在の読みへ直したものだが、ほぼ同じだ」


「じゃあ……」


「バールは、スメラから出た船団の一つが向かった星だ」


 しばらく誰も喋らなかった。

 俺は星図と館長の顔を交互に見る。


「待てよ。じゃあバールの人間は……」


「遠い昔、スメラを出た者たちの子孫である可能性が極めて高い」


「可能性?」


「完全な記録がないからな。学者は断言を嫌う」


「皇帝なのに?」


「皇帝だからといって歴史を書き換えるわけにはいかん」


 それは妙に納得できた。

 館長は別の航路を表示した。


「そして、もう一つ」


 カノンの目が星図へ吸い寄せられる。

 そこに浮かんだ名前を見て、彼女が息を呑んだ。


「……オルテシア」


「こちらも古代の航路記録に残っている」


「そんな……」


 カノンは立ち上がりかけて、また座った。


「では、オルテシア皇国も……」


「スメラから旅立った者たちの末裔だろう」


 カノンは何も言わなかった。

 いつもなら何か言い返しそうなのに、ただ星図を見つめている。


「皇族も?」


 ようやく出た声は小さかった。

 館長は頷いた。


「それについては、かなり確度が高い」


「……本当に?」


「第一王朝末期の記録に、皇族の多くを複数の船団へ分けたとある」


 カノンの指が膝の上で強く組まれた。


「スメラの皇族が……」


「血統を残すためだったのだろう。スメラに残った者は、ごく少数だった」


 館長はカノンをまっすぐ見た。


「オルテシアの皇統が今も続いているのなら、君はその一つが生き残った証だ」


 カノンの目が少し潤んだ。

 でも、泣かなかった。


「……わたくしは」


 一度言葉を切る。


「遠いところから、戻ってきたということですの?」


 館長は穏やかに笑った。


「そう考えていいだろう」


 カノンは俯いた。


「そう……ですのね」


 レイナが何も言わず、隣でカノンの肩へ軽く手を置いた。

 NOVAも珍しく皮肉を言わなかった。

 俺は星図を見る。

 バール。

 オルテシア。

 そしてかなり離れてあるスメラ。


「じゃあ、他にもあるのか?」


「何がだ?」


「スメラから出た奴らが作った星」


「あるだろうな」


 館長が星図を縮小する。

 いくつもの航路が暗闇の向こうへ消えていく。


「我々が確認できているのは、ごく一部だ」


「人間がいる星が多い理由も……」


 NOVAが呟く。


「これで説明できる可能性がありますね」


「我々もそう考えている」


 館長が答えた。


「人はスメラから宇宙へ散った。そして長い時間をかけ、それぞれ別の文明を築いた」


 俺はペンダントへ目を落とした。


「じゃあ、これもバールと関係あるのか?」


 館長の顔が少し険しくなる。


「おそらくな」


「おそらく?」


「紋章そのものは知っている」


 俺の胸が鳴った。


「これは何なんだ?」


 館長はペンダントへ指を伸ばした。


「古代スメラ第一王朝の皇統を示す紋章だ」


「…………は?」


 レイナが俺を見る。

 カノンも顔を上げた。

 NOVAだけがペンダントをじっと見ている。


「待て待て待て」


 俺は手を上げた。


「俺はジャンク屋だぞ」


「知っている」


「今聞いただろ!」


「だからこそ興味深い」


「興味深いで済ませるなよ!」


 館長が笑った。


「安心しろ。それを持っているだけで君を皇族認定するつもりはない」


「当たり前だ!」


「ですが、カイト」


 NOVAが口を挟む。


「状況はかなり面白くなりました、こんな性格の皇族がいたら、天地がひっくり返ります」


「言い方を考えろ、他人事だと思って楽しんでるだろ」


「はい」


「即答すんな!」


 MIRAが静かに言った。


「カイトの出自を調査する必要性が上昇しました」


「お前まで楽しそうに言うな」


「私は通常運転ですが、何か?」


「最近それ、NOVAから移ってないか?」


「参考にしています」


「やめろ」


 館長が俺たちを見て、また笑った。


「なるほど。君たちは面白い一行だな」


「よく言われる」


「私は言われたことありませんわ」


「カノンは単体で十分面白いだろ」


「どういう意味ですの!」


 少しだけ、いつもの空気が戻った。


 館長は立ち上がる。


「今日から君たちはスメラの一級客人として扱う」


「一級客人?」


「皇帝権限だ」


「急に皇帝らしいこと言い出したな」


「たまには使わんとな」


 カノンが慌てて立ち上がった。


「よろしいのですの? わたくしたちは今日会ったばかりですわ」


「十分だ」


 館長は星図を見た。


「スメラから旅立った者たちの子孫が、何千年、何万年という時間を越えて帰ってきた」


 それから俺たちを見る。


「客として迎えない理由がない」


 俺は何となく返事ができなかった。

 昨日まで、この星はただ空気が綺麗で、飯がうまくて、金が使えない星だった。

 それが今は違う。

 バールも。

 オルテシアも。

 俺の首にずっと掛かっていた、このペンダントも。

 全部がスメラへ繋がり始めている。

 そしてたぶん。

 これはまだ、入口に過ぎない。

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