スメラの生活
第29話 スメラの生活
アークの後部倉庫を漁り始めて、俺は十分もしないうちに後悔した。
「……なんでこんな物まで積んであるんだ?」
手にしたのは、半分焦げたような古い制御盤だった。
「捨てる予定だった物ね」
レイナが箱の中を覗き込みながら言う。
「予定だった?」
「うん」
「じゃあ、なんでまだある」
「カイトが『何かに使えるかもしれない』って」
「……俺かよ」
「ええ。非常にカイトらしい判断です」
横からNOVAが口を挟んだ。
「褒めてないだろ」
「もちろんです」
即答しやがった。
俺は制御盤を箱へ戻した。
倉庫の奥には、以前のジャンクヤードから持ち込んだ物や、途中で回収した部品がかなり残っている。アークの修理に使える物まで売るわけにはいかないが、正直、何のために取ってあるのか分からない物も多い。
「これは?」
俺が銀色の円筒を持ち上げる。
レイナが一目見て首を振った。
「駄目」
「じゃあ、これは?」
「それも駄目」
「これは?」
「それは絶対駄目」
「俺の船なのに、俺よりお前の方が詳しくないか?」
「壊した時に困るのは私だから」
「……なるほど」
反論できない。
少し離れたところでは、カノンが箱の中身を一本の棒でつついていた。
「それ、何してんだ?」
「汚れますもの」
「手で取れよ」
「嫌ですわ」
「売る物探してるんだぞ」
「でしたら、もっと綺麗な物を売ればよろしいでしょう?」
「ジャンクに何求めてんだ」
MIRAがその横に浮かび、箱の中を見下ろした。
「カイト。この部品はどうでしょう」
「どれ?」
「カノン様が棒で避けた物です」
「避けてませんわ。選別していますの」
「ゴミ扱いしてただろ」
「見た目の問題ですわ」
俺はMIRAが示した部品を拾った。
手のひらより少し大きい。黒ずんでいて、表面には細かな傷まである。
「なんだこれ」
「材質を解析します」
MIRAの視線が部品をなぞる。
数秒後、小さく首を傾げた。
「少し変わっていますね」
「高そうか?」
「価格は分かりません。ただ、こちらの星系ではあまり使われていない元素配合です」
「よし。入れとけ」
俺は売却用の箱へ放り込んだ。
「そんな汚い物を本当に持って行くんですの?」
カノンが露骨に嫌そうな顔をする。
「金になるかもしれないだろ」
「ならなかったら?」
「お前に磨いてもらう」
「絶対に嫌ですわ!」
結局、売れそうな物を箱二つ分選んだ。
俺とレイナが抱え、NOVAとMIRAが横を歩く。カノンは当然のように手ぶらだった。
「お前も一個くらい持てよ」
「皇女に荷物を持たせるおつもり?」
「今その皇女、スメラじゃ一文にもならないって言われたばっかりだぞ」
「まだ根に持っていますの!?」
「俺も同じ扱いされたからな!」
宇宙港近くの商業区へ入ると、中古部品や船用品を扱う店が並んでいた。
見たことのない工具、動力部品、小型推進器らしき物。ジャンクヤード育ちの俺には、それだけで少し楽しい。
「カイト」
NOVAが横から俺を見る。
「なんだ?」
「目が変わりました」
「何が」
「先ほどスメラの景色を見ていた時より輝いています」
「気のせいだ」
「美しい自然より中古部品」
「うるせえな」
「安心しました。どこへ行ってもカイトです」
俺たちは、店先に古い船の部品が山積みにされた一軒へ入った。
中にいた店主は、俺たちが持ち込んだ箱を見て顎をしゃくった。
「売り物か?」
「ああ。見てもらえるか」
「置いてくれ」
店主は慣れた手つきで部品を一つずつ取り出し、卓上の測定器へ載せていった。
最初に出したのは、俺がそこそこ自信を持っていた小型制御装置だ。
「これはいけるだろ」
レイナが俺を見る。
「なんで?」
「見た目が高そうだ」
「最悪の判断基準ね」
店主が測定器の表示を見る。
「三十だな」
俺は少し身を乗り出した。
「三十万?」
店主が俺を見る。
「三十」
「……三十?」
「ああ」
「桁、足りなくないか?」
「足りてる」
NOVAが横を向いた。
「笑ってるだろ」
「笑っていません」
「口元」
「筋肉の自然な収縮です」
「人間みたいな言い訳すんな」
店主が次の部品を手に取る。
これも俺が選んだ物だ。
「これは十二」
「……十二万?」
「十二」
「もう聞かねえよ!」
レイナが肩を震わせている。
「お前も笑ってるな」
「だって、自信満々だったから」
「そっちが選んだやつはどうなんだよ」
「まだよ」
数点を見てもらったが、大半は安かった。
しかも、俺が高そうだと思った物ほど安い。
「スメラ、見る目ないんじゃないか?」
「その結論に行くんですか?」
MIRAが真顔で聞いてくる。
「俺の見る目がないとは言いたくない」
「なるほど。自己防衛ですね」
「お前、NOVAに似てきてないか?」
「不本意です」
「MIRA?」
NOVAの声が一段低くなった。
「何でしょう、姉さん」
「後で話しましょう」
「嫌です」
即答だった。
店主が箱の底にあった黒ずんだ部品を取り出した。
カノンが棒で避けていたやつだ。
「あ、それ」
俺が言うと、カノンが鼻を鳴らした。
「まだ持っていましたのね」
「お前が一番嫌がってたやつだ」
「見れば分かりますわ」
店主はそれを測定器へ載せた。
一度表示を見る。
もう一度見る。
それから部品を裏返し、別の機械まで持ち出してきた。
「……なんだ?」
レイナも身を乗り出した。
店主がこっちを見る。
「これ、どこで手に入れた?」
「どこだったかな。たぶんジャンクの中」
「たぶん?」
「俺、そういうのいっぱいあるから」
「胸を張るところではありません」
NOVAが刺してくる。
店主は部品を指で軽く叩いた。
「この合金、スメラじゃほとんど流通してない。加工性も悪くない。量は少ないが、欲しがるところはある」
「で、いくら?」
店主が金額を表示した。
俺は黙った。
レイナも黙った。
「……NOVA」
「はい」
「さっきの三十と比べると?」
「比較するのが失礼な程度には高額です」
「マジか」
横からカノンが覗き込んだ。
「まあ」
「お前、これ何て言った?」
「何のことですの?」
「汚いって言ったよな」
「言ってませんわ」
「言った」
「記録があります」
NOVAが即座に言う。
「消しなさい!」
「有料です」
「あなたまでスメラで商売を始めないでくださいます!?」
俺は思わず笑った。
店主と少し交渉し、結局その部品を含めて箱二つ分をまとめて売った。
NOVAに確認してもらうと、しばらく食事と宿には困らない程度の金額らしい。
決済が終わり、端末にスメラ通貨の数字が表示された。
俺はそれをしばらく眺めた。
「……なんか嬉しいな」
レイナが怪訝そうに見る。
「一生遊んで暮らせる金持ってる人の台詞じゃないわよ」
「その金、ここじゃ使えないだろ」
「現在のカイトにとって、こちらが実質的な全財産ですね」
NOVAが端末を覗き込む。
「言うな。急に少なく見えてきた」
「実際、少ないです」
「もっと言うな」
カノンが先に店を出る。
「では、これでホテルへ行けますわね」
「先に飯だ」
「ホテルですわ」
「腹減ったんだよ」
「わたくしも減っていますわ。ですが荷物を置いてからでも」
「置く荷物なんかないだろ」
「気分の問題ですわ!」
「面倒くせえ皇女だな」
「聞こえてますわよ!」
結局、近くの食堂へ入ることになった。
店の中には香辛料の匂いが漂っていた。肉らしき物を焼く音もする。
「いい匂いだな」
席へ座ると、俺はメニューを眺めた。
文字はNOVAが端末経由で翻訳してくれる。
「これにするか」
「カイト」
MIRAが俺の肩越しにメニューを見る。
「何だ?」
「その料理、一食で一日の推奨脂質量の約七割に達します」
「……別のにする」
「こちらは塩分が高めです」
「じゃあ、これ」
「糖質が」
「MIRA」
「はい」
「俺に飯を食わせる気ある?」
「健康に食べていただく気はあります」
NOVAが隣で頷いた。
「医療AIを食事に連れてくるとこうなります」
「姉さんも先ほど、最も高カロリーな料理を見ていましたよ」
「私は健康です」
「根拠になっていません」
「姉妹喧嘩は後にしてくれ」
カノンがメニューを指さした。
「わたくしはこれにしますわ」
MIRAが見る。
「それは」
「聞きませんわ」
「まだ何も言っていません」
「言う顔をしていますわ!」
レイナが吹き出した。
やがて料理が運ばれてきた。
見たことのない肉と野菜が一つの皿に盛られ、薄いソースがかかっている。
俺は一口食べた。
「……うまい」
「本当ね」
レイナも目を丸くする。
カノンはしばらく無言で食べていたが、やがて小さく言った。
「……悪くありませんわ」
「それ、かなり気に入っただろ」
「普通ですわ」
「食うの速くなってるぞ」
「気のせいですわ!」
向かいではNOVAも普通に食事をしている。
その横にMIRAが浮かんでいた。
MIRAは料理をじっと見ていた。
「……食べてみたいか?」
俺が聞くと、MIRAはこちらを見た。
「興味はあります」
「やっぱりあるんだな」
「味覚という感覚情報は、データだけでは完全には再現できませんから」
それだけ言って、また皿を見る。
湿っぽい顔はしていない。
いつものMIRAだ。
だから俺も、それ以上は言わなかった。
食事を終え、店を出る。
スメラの街は夕方になっても明るく、人通りも多かった。
「さて、今度こそホテルですわ」
カノンが先頭を歩き始める。
「分かったよ」
その時だった。
カノンの足が止まった。
NOVAも止まる。
レイナまで止まった。
「……なんだ?」
三人の視線の先を見る。
大きなガラス張りの店。
中には、スメラ独特の服がずらりと並んでいた。
嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感がした。
「……おい」
三人とも返事をしない。
「金、できたばっかりだぞ」
NOVAがゆっくり俺を見る。
「安心してください、カイト」
「何を?」
「まだ全部は使いません」
「『まだ』って言ったよな?」
カノンが店の扉へ向かう。
「少し見るだけですわ」
「その言葉、信用できねえんだよ!」
レイナまで後に続いた。
俺はその場で立ち尽くした。
スメラへ来て、ようやく手に入れた最初の金。
どうやら今度は、それを守る戦いが始まるらしい。




