スメラ到着
第28話 金持ち、無一文になる
アークがスメラの大気圏へ入ると、眼下に青と緑の大地が広がった。
惑星の大きさは、俺たちがいた星とそれほど変わらない。重力もほぼ同じらしく、NOVAによれば身体への負担を気にする必要もないらしい。
そんな数字より、俺には窓の外の景色の方が気になった。
「……綺麗だな」
海岸線から内陸へ向かって緑が続き、その中に都市が溶け込むように広がっている。高い建物もかなりあるのに、不思議と息苦しさがない。街そのものが森や川を避けて造られているようにも見えた。
「ずいぶん自然が残ってるわね」
レイナも窓へ顔を寄せる。
カノンはしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「……オルテシアより、少しだけ綺麗かもしれませんわね」
「今の『少しだけ』を付けるまでに三秒かかりました」
NOVAがすかさず言った。
「計ってませんわよね?」
「もちろん」
「では、その三秒はどこから出てきましたの!」
そんなやり取りを聞きながら、俺はアークを宇宙港へ降ろした。
着陸を終え、ハッチが開く。
外へ出た瞬間、思わず足が止まった。
「……なんだ、これ」
空気がうまい。
思い切り吸い込んでも、胸の奥に引っ掛かるものが何もない。微かに草の匂いがして、その向こうから花のような香りまで流れてくる。
「大気成分に特筆すべき異常はありません」
NOVAが横から言った。
「そういう意味じゃねえよ」
「では、カイトの詩的表現として記録しておきます」
「記録すんな」
レイナも大きく息を吸った。
「でも、本当に気持ちいいわ」
「空気に金を払ってもいいくらいだな」
「その発言は後ほど後悔する可能性があります」
「なんでだよ」
「いえ、今はお気になさらず」
なんだ、その含みのある言い方は。
宇宙港の外へ目を向けると、さらに驚いた。
とにかく開放的だった。
人も多いし、大小さまざまな船がひっきりなしに発着している。それなのに軍港のような張り詰めた感じがない。
見たこともない姿の連中が普通に歩いているし、その間を荷物を抱えた商人や旅行者らしい者たちが行き交っている。
MIRAも俺たちと一緒にホログラムの姿で歩いているが、誰一人として気に留めない。
「MIRA」
「はい?」
「お前を見ても誰も驚かないな」
「そのようですね」
MIRA自身も周囲を見回した。
「ホログラムによる自律知性体が珍しくないのでしょう」
「ずいぶん進んだ星だな」
「カイト」
NOVAが俺を見る。
「なんだ?」
「私を見ても誰も驚いていません」
「お前は見た目じゃ普通の人間だろ」
「そういう意味ではありません」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「いえ。説明が必要なら結構です」
「なんか腹立つな」
後ろでMIRAが小さく笑った。
でも、気に入った。
誰も俺たちを詮索しない。
追い回してくる連中もいない。
空気はいい。景色もいい。街も面白そうだ。
「よし」
俺は遠くに見える市街地を眺めた。
「せっかく来たんだ。今日はいいホテルに泊まって、うまいものでも食おうぜ」
「賛成ですわ!」
カノンが即答した。
「珍しく意見が合ったな」
「当然ですわ。せっかくこれほど美しい星へ来たのですもの。宿まで貧相では台無しですわ」
「そうだな。金ならあるし」
「…………」
NOVAが黙った。
俺はその顔を見た。
「なんだよ」
「いえ」
「なんだよ、その顔」
「幸せそうでしたので、もう少し眺めていようかと」
「やめろ。その言い方は嫌な予感しかしない」
「では、お伝えします」
NOVAがにっこり笑った。
「カイト。あなたの全財産ですが、スメラでは使えません」
「…………は?」
「ですから、使えません」
「いやいや、待て」
俺は端末を取り出した。
「あるぞ」
「ありますね」
「これだけあるんだぞ」
「存じています」
「だったら」
「使えません」
「なんでだよ!」
「スメラの金融網と、あなたの資産を預けている金融機関には互換性がありません。通貨としての交換体制も確認できません」
「両替は?」
「できません」
「なんとかならないのか?」
「なりません」
俺は端末に表示された数字を見た。
何度見ても変わらない。
俺が元いた星なら、もう働かなくても一生遊んで暮らせるだけの金だ。
「……俺、金持ちだよな?」
レイナが肩をすくめた。
「帰ればね」
「ここじゃ?」
「無一文ね」
「…………」
NOVAが俺の肩に手を置いた。
「おめでとうございます」
「何がだよ」
「一生遊んで暮らせる大富豪から、飲み物一本買えない男への転落です」
「めでたくねえよ!」
カノンが呆れたように俺たちを見る。
「でしたら、わたくしの身分を明かせばよろしいのではなくて?」
全員がカノンを見た。
「……なんですの?」
NOVAが首を傾げた。
「どなたに?」
「ですから、この星の然るべき方にですわ。わたくしはオルテシア皇国の皇女ですのよ」
「それを証明するものは?」
「…………」
「さらに申し上げれば、ここでオルテシア皇国の皇女という肩書きにどれほどの信用価値があるのかも不明です」
「…………」
「現在、カノン様とカイトの資産価値はいい勝負ですね」
「わたくしを資産に含めないでくださいます!?」
レイナが吹き出した。
俺は笑えなかった。
「じゃあ、どうすんだよ。飯も食えねえぞ」
「アークへ戻りましょう」
レイナが言った。
「なんで?」
「売れる物くらいあるでしょ」
俺はアークを振り返った。
「……ジャンクか」
「それなら、あなたの専門でしょう?」
NOVAが言う。
「金持ちになったのに、またジャンク漁りかよ」
「安心してください」
「何が?」
「金持ちだったのは、さっきまでです」
「お前、今日やけに楽しそうだな!」
俺たちはアークへ戻り、後部倉庫を開けた。
中には予備部品や工具、金属片、用途の分からない機械まで、いつの間に積んだのか分からない物が山ほどある。
俺はその前に立った。
一生遊んで暮らせる金はある。
だが、それでは飯一つ食えない。
頼りになるのは、目の前に積まれたガラクタだけ。
「……結局、これかよ」
「カイトらしくてよろしいかと」
「うるせえ」
俺は箱を一つ引っ張り出した。
「よし。売れそうな物、探すぞ」
遠い星まで来ても、やることは変わらないらしい。
俺たちのスメラでの生活は、まずジャンクを金に換えるところから始まった。




