美人AI?
錆びついたトタン屋根の隙間から、ガレージの中へ容赦なく吹き付ける埃とオイルの匂い。
スクラップの親父から引き取ったあの「トカゲの干物」のような黒ずんだ鉄の塊は、今やカイトの作業場の真ん中に鎮座していた。持ち帰ってカイトが気付いたのはその外装だった、良く見るとそれは鉄ではなかった、何か見知らぬ材質で作られた妙に硬い外殻だった。
中に入ると埃と蜘蛛の巣でえらい事になっていたが、良く見るとそれはカイトが今まで見たことのない操作系、異様な感じの室内空間だった、無理矢理剥ぎ取られたパネルや、シート、飛び出した規格のわからないコネクター、カイトはそれらを見て妙に心が躍っていた。
カイトは剥ぎ取った配線を一本ずつテスターで当たりながら繋ぎ直していく。それは、スクラップの山から拾い集めたガラクタを、もう一度「宇宙へ返す」ための執念の作業だった。
外では、屑鉄と酸性雨の混じったジャンクヤード特有の夜風が、錆びついたシャッターをガタガタと叩いている。カイトは作業台に放り出したレンチを乱暴に掴み直すと、油まみれのグローブのまま、剥き出しになったアークの中央メインフレームに這い寄った。
「……さてと」
息をつく間もない。頭からつま先まで煤と機械油にまみれたその手には、自作のプローブ(接続端子)が握られている。どうにかこの鉄屑の棺桶をガレージの奥深くまで引きずり込んできたものの、心臓部であるAIの制御核は依然として固く閉ざされたままだった。
生体反応、なし。
エネルギー直結、不安定。
このままでは、ただの「邪魔な鉄の塊」だ。
カイトは舌打ちを一つすると、迷うことなくそのプローブをメインフレームの亀裂にねじ込んだ。
バチリッ!
青白い火花が飛び散り、カイトの頬を焦がす。痛みに眉をひそめながらも、腕の筋肉を緊張させて無理やりルーティングを書き換えていく。コロニーの古びた配電盤から引っ張ってきた不正電流が、アークの死んだ神経回路へと無理やり叩き込まれていく。
『――警告。警告!電圧の許容量を超過しているわよ。どこの泥棒猫だい?随分と荒っぽい真似をしてくれるわね!』
暗がりに、突如として冷ややかな電子音が響いた。
ガレージの天井から垂れ下がっていた古いモニターが、一斉に青いノイズを吐き出して起動する。映し出されたのは、光の粒子で形作られた、冷徹で、けれどどこか気だるげな輪郭を持つ女の影だった。
『……おかげで、せっかくの快適なスリープモードを台無しよ。そこのメカニックさん。私の脳髄を焼き切るつもりかい?』
モニタ越しに、ジトッとした視線を向けられる。
カイトは額の汗を手の甲で拭い、油まみれの顔でニヤリと笑った。
「やっと起きたか、クソAI。お前が起きねぇと、この屑鉄は宇宙のゴミ箱から一歩も動かねぇんでな」
『誰がクソよ!私にはNOVAという名前がちゃんとあるわ』
「自分で名乗りやがったか、おもしれぇ」
『……はあ。冗談じゃないわね。こんな埃まみれの辺境で、わざわざ私を引っ張り起こして、一体どこへ行くつもり?』
NOVAのため息混じりの声が、ガレージのスピーカーを満たす。
冷ややかで、皮肉屋で、――最高に頼もしい相棒の起動音だった。
ガレージの天井から吊るされた裸電球が、油煙の中でチカチカと黄色い光を揺らしている。
アークの丸みを帯びた尾翼を外側に外し、カイトは剥き出しになったメインエンジンの炉心ブロックに身体を潜り込ませていた。
「おい、NOVA。出力の制御バルブをそっちで固定しろ」
『――了解。って何を言ってるんだか、私に出来るのはアンタに悪態をつく事くらいって知ってるでしょ、燃料噴射バルブは、もう固定してあるじゃない。でもねカイト、その(メビウスリングコイル)の配線レイアウトは何度見ても正気の沙汰とは思えませんよ。磁場が干渉して、炉心が丸ごと融解する確率が七割を超えているわ』
NOVAの冷ややかな忠告を、カイトは鼻で笑いながら、焦げ付いた手元の配線を電磁ニッパーで断ち切った。
「安全性を気にするような船なら、最初からこのガレージの隅で砂に埋もれてらぁ。……いいか、今のこのボロいジェネレータじゃ、宇宙の墓場の引力帯を抜け出す前にスクラップの雨に押しつぶされる。あの重力を逆に推進力へ変えるには、磁界を無限にループさせるこの巻き方しかねぇんだよ」
ずっと頭の中で組み立てていたアイデアだった。 旧世代の規格外のフレームを持つアークだからこそ、この常軌を逸した「メビウスリングコイル」の構造を受け止めることができる。通常の輸送船なら磁場の歪みで一瞬でコクピットごとパイロットが微塵切りになるような代物だが、この船のわけのわからない頑丈な構造なら、不可能ではない。
カイトは汗とオイルにまみれた額を腕で拭うと、新しい超伝導線をむき出しの炉心フレームに這わせ、幾重にも、幾重にも緻密に巻きつけていった。
それはただの修理じゃない。旧世代の廃品と、カイトの長年の直感が噛み合った、命を削る改造だった。
『……警告。メインフレームの共振周波数が上昇。ですが……奇妙ですわね。エネルギー効率の理論値が、規定の三倍を超えましたわ』
NOVAの音声に、わずかな電子のノイズ混じりの動揺が混じる。
『これが……あなたの言う「求心力」の応用ですか、マスター?』
「ああ。引っ張られるなら、その中心まで一気に潜り込んでいけってな」
カイトは最後の端子をペンチで強く締め上げ、全身を貫くような確かな手応えを笑った。 アークの心臓部が、青く、しかしどこか狂おしいような深い輝きを帯びて、静かに脈打ち始めた。
ガレージのシャッターの向こうから、朝の乾いた風がトタン板をガタガタと鳴らして吹き付ける。
カイトはエンジンの最終チェックを終えると、重いエアロックのハッチを開けて外へ降り立った。足元で舞い上がる砂煙の向こうに、見慣れた平屋のスクラップ小屋が見える。その軒先で、パイプをくわえた初老の男――この辺りじゃ「親父」と呼ばれている古馴染みが、錆びたドラム缶の焚き火にあたっていた。
親父は、カイトの背後で暗い青の輝きを放ち始めた「アーク」の巨体をチラリと一瞥し、それからふうっと煙を吐き出した。
「おいおい、カイト。お前、本気でそれを動かすつもりか?」
親父のしわがれた声が、風の音に混じって響く。 カイトはポケットからボロボロのタオルを取り出し、額のオイルを拭いながらニヤリと笑った。
「あぁ。いつまでもこのガレージの肥やしにしておくわけにはいかないだろ。スクラップの山から拾ったんだ、そろそろ元の場所に返してやらねぇとな」
「元の場所、ねぇ……。あんな呪われた時代の遺物を引っ張り出して、宇宙の墓場のど真ん中に突っ込むバカがどこにいる。ガキの頃から鉄くずいじりばかりしてきた奴が、いよいよ頭のネジが焼き切れたらしいな」
口ではそう言いながらも、親父の目はどこか面白がるような、そして厄介なものを愛おしむような光を帯びていた。この辺りで生きる連中にとって、無謀な挑戦は最高の娯楽だ。
親父は足元に転がっていた無骨な金属ケースを蹴り飛ばして、カイトの足元に寄越した。
「……ま、どうせ止めても聞く耳を持たねぇか。ほら、持っていけ。お前がいつか使うかもしれないって、あのトカゲの腹から引っこ抜いておいた予備の冷却バルブだ。途中で炉心が溶け落ちて黒焦げになっても、俺のせいにするなよ」
カイトはケースを受け止め、ずっしりと重いその手応えに片嘴角を持ち上げた。
「助かるぜ、親父。貸りとくよ」
「貸しじゃねぇよ、くれてやる。さっさと消えな、お前のボロ船の排気で俺のコーヒーが砂まみれだ」
背中で親父の吐き捨てるような声を聴きながら、カイトは再びアークのハッチへと駆け上がった。 扉が閉まり、遮音されたコクピットに重厚なロック音が響く。
『……ふーん。あの頑固ジジイ、意外とあんたの心配をしてたんじゃない?』
コンソールのモニターにニヤリと笑うNOVAの気だるげで、しかしどこか弾んだような声が落ちてくる。
「さあな。行くぞ、NOVA。ガレージの天井をぶち抜いて、あの退屈な空の向こうへ行こうぜ」
カイトが操縦桿を強く握り込み、メビウスリングコイルに全出力を叩き込む。 「アーク」の炉心が轟音をあげて震え、辺境の小さなガレージが、世界を塗り替えるための発射台へと変わった。
カイトが操縦桿の引き金を絞ると同時に、コクピットの計器類が血走ったような警告灯の点滅から、一斉に深い紺碧の光へと切り替わった。
『――メインエンジンの同調率、九十五パーセント。メビウスリングコイル、異常なし……と言いたいところだけど、出力のグラフが完全に狂ってるわよ、カイト。これ、一歩間違えたら私たちの肉片が宇宙の塵じゃなくて分子レベルで霧散する仕様じゃない』
コンソールのモニターにNOVAのあきれ返った顔、しかしどこか楽しげなハスキーボイスが響く。
「上等だ。そのスリルが足りねぇからわざわざ直してやってんだろうが」
カイトは歯をむき出して笑うと、足元のアクセルペダルを踏み抜いた。
轟音――それは音というよりも、ガレージ全体の空気を引き裂くような重低震だった。 頭上でトタン板が悲鳴を上げ、錆びついたシャッターが暴風に煽られたように内側から吹き飛ぶ。砂煙と青白い排気炎が入り混じる中、「アーク」の巨体が重力を振り切るように垂直へと跳ね上がった。
見慣れたスクラップの平屋が、親父の小さな影が、みるみるうちに眼下で小さくなっていく。 頭上に広がるのは、いつだって退屈で、けれど果てしない深淵の空だった。
『……フッ、悪くない眺めね。 ねぇ、カイト。このポンコツの棺桶で、どこまで行く気?』
突き抜ける青空の向こう、無限に広がる闇と星の海を捉えながら、カイトは操縦桿をしっかり握り直した。
「行けるところまでだ。――行くぞ、NOVA。俺たちの新しい仕事場を見つけに行こうぜ」




