ジャンク船
冷え切ったコーヒーの底に残る微量の苦みを飲み下し、カイトは作業台の隅にマグカップを置いた。
荒野を渡る風が、トタン屋根の隙間からガレージの中へ湿った砂を吹き付ける。ここは辺境の惑星、いつどこで誰が捨てたとも知れないガラクタと、行き場を失った連中が流れ着く吹きっ晒しの街だ。
カイトの手には、いつでも古いオイルと鉄粉の匂いが染み付いていた。 生まれ育ったのは、この街からさらに離れた、星間輸送の底辺を這うような工業コロニーだった。親の顔も碌に知らず、物心ついた頃には、巨大な貨物船の腹に潜り込んで油まみれの配管を這いずり回っていた。
「……動かねぇなら、叩いて直せ」
それが、生きていくための唯一のルールだった。 最新鋭の電子制御なんて洒落たものは、この辺境じゃただの「壊れたらおしまいの一発屋」だ。頼りになるのは、自分の五感と、レンチ一本でねじ伏せられる旧式の機械だけ。
手っ取り早く日銭を稼ぐため、カイトは自然と「重機や大型貨物船の輸送・サルベージ」の裏稼業に身を投じていた。 使い物にならなくなったクレーン車や、巨体の油圧シリンダーをねじ伏せ、時には宇宙のゴミ捨て場から使えそうなパーツを引っ剥がして生き延びる。周囲からは「ガキの頃から鉄くずをいじり続けている変り種」と呼ばれていたが、カイトにとって、ボロを磨き上げて息を吹き込ませるこの泥臭い仕事だけが、奇妙に居心地の良い居場所だった。
だが、どれだけ稼ぎ、どれだけ重い鉄を動かしても、心のどこかに乾いた風が吹き抜けるような退屈さがあった。 どこへ行っても同じようなスクラップの山、同じような利益勘定の顔ぶれ。自分の人生も、あの巨大な貨物船の底でただすり潰されていくだけの歯車の一つではないか——そんな冷めた諦めが、いつも胸の奥にあった。
あの朝、ガレージを出て、あのスクラップ置き場へと足を踏み入れるまでは。
埃っぽい荒野を愛車のトラックで走り抜け、錆びついたトタンの門をくぐる。 いつもなら、使えそうなモーターや配管の山を効率よく漁って、裏のカウンターですぐに買い取りを済ませるはずだった。だが、その日に限って、なぜか足が自然と置き場の奥へ、普段は誰も近づかない吹きっ晒しのエリアへと向かっていったのだ。
積まれた解体船の影を縫うように歩き、廃棄物の山を回り込んだその時——。
砂埃の向こうに、妙に引っかかるシルエットが目に入った。 まわりのスクラップがすべて無惨にひしゃげた四角い鉄くずである中、そこだけが奇妙な流線型を保ち、まるで時代に取り残されたトカゲの干物のように、半身を砂に埋もれて転がっていた。
(……なんだ、あいつは)
無意識のうちに足がそちらへ引き寄せられる。 鉄くずまみれの日常をただ生き延びてきた男の足が、その日、初めてまったく違う運命の歯車へと踏み込んだ瞬間だった。
油と鉄粉の匂いが染み付いたスクラップ置き場に、夕暮れの赤い光が横たわっていた。
カイトがその「ガラクタ」と出会ったのは、何の変哲もない、ただの買い出しの日のことだった。
いつもなら、使い物になりそうな油圧シリンダーや、まだコイルが巻けるモーターの巻き線を探して、山のような廃棄物の中を漁る。だがその日は、なぜか奥まった吹きっ晒しのエリアへと足が向いた。
他の解体途中の貨物船や、ぐにゃぐにゃにひしゃげた戦闘艇の残骸が積み上げられた一角。そのさらに影に、押し込まれるように転がっていたのが、それだった。
長さはおよそ12メートル。幅4メートル、高さ3.5メートル。 くらいか?
丸みを帯びた細長い胴体は、半分砂に埋もれているが妙に流麗な形を保っていた。まるで、宇宙の底から引き揚げられたトカゲの干物か、あるいは誰にも見捨てられた鉄の棺桶だ。
だが、カイトはそのシルエットの前で足をとめた。
効率だけを求めた量産型のスクラップなら、とうの昔にプレス機にかけられてキューブ状の鉄塊になっているはずだ。なのにそいつは、奇妙なバランスで「船の形」を保っていた。外板の継ぎ目には、、無いな?
「……おい」
カイトは立ち止まり、錆びついて見えるハッチの表面をグローブ越しに叩いた。 コン、と乾いた、しかし芯のある鈍い音が響く。薄いアルミ箔のような現代の船体とは違う、分厚い多層装甲の感触があった。
そこへ、足元を引きずるような足音が近づいてくる。 スクラップ置き場の親父だ。口にくわえた葉巻の先を赤く灯しながら、親父はけだるそうに鼻を鳴らした。
「おっ、目利きだな、カイト。そいつはそこらのゴミとはワケが違うぜ。」
親父は面倒くさそうに片目を細め、その黒ずんだ鉄の塊を眺めた。
「数年前、うちのクレーンが遠方の外縁宙域から引っ張ってきた代物さ。持ち主の身元も分からん。データバンクは綺麗に消されてるか、あるいは焼き切れてやがる。おまけにメインエンジンは完全に死亡していてな。うちのプレス機じゃ、この妙な特殊合金のフレームが硬すぎて歯が立たねぇんだ。場所塞ぎで困ってたところさ」
親父はニヤリと笑い、くわえた葉巻の灰を地面に落とした。
「どうだ? スクラップの山から掘り出した掘り出し物だ。持ってくか? ……ま、動かすには一から十までお前のその油まみれの腕が必要になるがな」
カイトは黙ったまま、もう一度その冷たい外壁に手を当てた。 中身が空っぽだろうと、エンジンが焼き付いていようと関係なかった。この無骨な骨組みの中に、まだ何か眠っているような気がした。
「いくらだ?」
「持ってくってんなら、引取り手数料おまえ持ちで……そうだな、そこらの電磁スパナ一丁分でいい。どうせこのままじゃ、うちの敷地を狭くする粗大ごみだ」
カイトはフッと鼻で笑い、腰にぶら下げていた使い古しの工具を放り投げた。
「決まりだ。俺が片付けてやるよ」
それが、すべての始まりだった。
スクラップの山から拾い集めたボルトと鉄板を叩き込み、使い物にならなくなった配線を総とっかえし、血の滲むような手作業でどうにか「宇宙を飛べる形」に縫い合わせたボロ船。
——その船の名前を、カイトは「アーク」と名付けた。
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