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ジャンクヤードで眠っていた廃棄船を拾ったら、皮肉屋な美人AIを目覚めさせてしまった件  作者: よみ はじめ


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過去への旅立ち

第十四話 過去への旅立ち


宇宙警察の警備艇が遠ざかると、アークの前方には再び星だけが残った。カイトが出力レバーへ手を掛けると、操縦席の真下に据えられた主メビウスリングコイルが、眠りから覚めるように低く唸った。

ブオッ。

補助リングと四基の姿勢制御リングが順に応答し、それぞれ異なっていた響きが船体の中心へ集まっていく。音は出力の上昇とは逆に細くなり、最後には計器の作動音さえ目立つほどの静けさへ収束した。

「球心力航法で演算開始するわよ。目的地まで通常三日と十一時間ね、アークなら1日で到着するわ」

操縦席の前へ浮かんだNOVAが、青白い指で航路を引いた。ホログラムの星図に一つの惑星が拡大される。

惑星オルテシア。

カノンは、その名を見たまま動かなかった。彼女にとって二百年前とは、古い歴史ではない。父から特異点宙域の観測を命じられ、皇宮を出た日の続きだった。

出発前、父は小さな認証キーを手渡した。

三等星振儀。

オルテシア皇族にしか反応しない聖域の認証装置。なぜ観測任務へ向かう自分に持たせるのか、カノンには分からなかった。父は理由を告げず、ただ皇族として決して失うなと命じただけだった。

その後、観測船は特異点宙域に取り込まれ、宇宙の墓場から出られなくなった。同行していた者は、カノンを生き残らせるためにコールドスリープへ入れた。

そして二百年後。

眠りから覚めたカノンが最初に口にしたのも、三等星振儀の認証キーのことだった。

意味を知らなかったカイトも、それだけはよほど大切な物なのだろうと察し、アークの隠し収納へしまっている。詳しく聞かなかったのは、関心がなかったからではない。他人が命より先に確かめた物を、好奇心で弄る趣味がなかっただけだ。

「オルテシア皇国ねえ」

整備主任席で航行状態を確認していたレイナが、惑星名を見て記憶を探るように目を細めた。

「確かに、そんな国があったわね。あの星は今、ゲルモア王国が統治してるはずだよ」

カノンが振り向いた。

「今、何とおっしゃいましたの?」

レイナの指が止まる。質問の意味を測るようにカノンを見返したあと、今度はゆっくりと言葉を選んだ。

「ゲルモア王国。二百年くらい前にオルテシア皇国が滅びて、そのあと成立した国よ。特別な秘密じゃないわ。学校で習う程度には知られているわよ」

「滅びた……?」

その声には怒りも悲鳴もなかった。聞こえた言葉を、まだ自分の世界へ置けずにいる声だった。

NOVAが星図の表示を切り替える。オルテシア皇国という旧国名が薄れ、その上へ現在の統治国家が浮かんだ。

ゲルモア王国。

「公的な歴史記録では、オルテシア皇国は二百年前の政変で崩壊。ゲルモア王国が領土と統治機構を引き継いでいるわ」

カノンは操縦席の背へ手を置いた。細い指が、ゆっくりと白くなる。

「わたくしは、父上の命令で特異点宙域を観測しに出ただけですわ。任務を終えれば、皇都へ戻るはずでした」

誰もすぐには答えなかった。

カノンは敵から逃げていたつもりではない。国を捨てた覚えもない。ただ皇女として父の命令に従い、公務へ出ただけだった。

彼女が眠っている間に皇国は滅び、見知らぬ王国へ名前を変えた。

レイナは椅子の背から身体を起こした。

「ごめん。あなたにとっては、二百年前の国じゃないのよね」

「謝る必要はありませんわ。あなたは、今の世界で当然のことを話しただけですもの」

気丈な返答だったが、カノンは星図から目を離さなかった。

カイトは余計な慰めを口にせず、航路だけを確認した。慰めて変わる歴史ではない。それに、カノンが今欲しいのは同情より事実だろう。

「ゲルモア王国は、オルテシア皇国の技術を引き継いだのか?」

カイトの問いに、レイナは首を横へ振った。

「それが、ほとんど出来なかったらしいのよ。皇国が保有していた遺物の研究は続けているけど、再現できた物はごく一部。特に宇宙船に使われていた材質は、今でも組成すら特定できていない」

レイナはアークの船体構造を表示した。外板、骨格、透明材。そのすべてに、解析不能を示す文字が並んでいる。

「だから、墓場から持ち帰った同型艦の部品が、あんな値段になったのか」

カイトは売却時に表示された金額を思い出した。一生遊んで暮らせるとまで言われた数字だ。

「そういうこと。古いから高いんじゃない。二百年経っても作れない物だから高いのよ。研究所なら部品一つのために、予算を何年分でも積むでしょうね」

カノンは表示された船体材質へ目を向けた。

「アークと同型の艦は、オルテシア皇国でも特別な存在でしたわ。皇国が造ったものではありません。わたくしたち皇族が、遥か昔から守ってきた遺産です」

「超古代文明の宇宙船か」

カイトが言うと、カノンは静かに頷いた。

オルテシア皇族は、ただ国を治めるために続いてきた一族ではない。かつて存在した超古代文明の秘密と遺産を守り、正しく次代へ残す役目を負っていた。

その遺産の中でも、アークと同型の船は別格だった。

現代の切削器は傷一つ付けられず、親父の大型プレス機でも形を変えられない。レイナの検査装置は表面をなぞるだけで、材質の内側へ一歩も入れなかった。

だが、今のアークを動かしている理論は、超古代文明のものではない。

球心力はカイトが幼い頃から考え、自ら証明した理論だ。操縦席の真下で静かに共振しているメビウスリングコイルも、カイトがその理論を実用化するために作り上げた。

古代の船体に、カイトが新しい心臓を埋め込んだ。

アークは過去の遺物のままではなく、二つの時代が一隻の中で噛み合った船になっている。

「それなら、ゲルモア王国がアークを見つけたら面倒ね」

レイナが外板の解析結果を閉じた。

「研究材料として船ごと欲しがるでしょうし、カノンが皇族だと知られたら、もっと面倒になる」

カノンの視線が鋭くなる。

「なぜ、わたくしが関係しますの?」

「オルテシア皇族が超古代文明の秘密を守っていたなら、皇国を滅ぼした側がそれを知らないとは考えにくい。二百年間見つからなかった秘密を、あなたなら知っているかもしれないと思うでしょうね」

三等星振儀。

カノンはその名を口にしなかった。

皇族しか知らない聖域。専用の認証キーだけでなく、皇族そのものにしか反応しない場所。

初代反逆者ミル・コルデランは、聖域の存在までは知っていた。しかし、最後まで場所を見つけられず、その探索を子孫へ託した。

もし現在のゲルモア王家も探し続けているなら、二百年前の皇女が生きていると知られた瞬間、カノンは帰還者ではなく鍵として扱われる。

カイトは隠し収納にある認証キーを思い浮かべた。

「正面から名乗って入るのはなしだな」

「当然ですわ」

カノンの返事は早かった。

「わたくしが皇女だと名乗れば、民が歓迎するとは限りません。それに、二百年も続いた国へ突然現れ、王座を返せなどと言うつもりもありませんわ」

レイナが少し意外そうな顔をした。

「まず国を取り戻すと言うかと思った」

「取り戻す前に、何が残っているのかを見る必要があります。父上と母上が守ろうとした民が、今どのように暮らしているのか。それを知らずに皇女を名乗るほど、わたくしは愚かではありませんわ」

ですわ調のわがまま姫は消えていなかった。ただ、その下に本来の皇女が立ち上がり始めていた。

NOVAがゲルモア王国の公開情報を検索する。王家の系譜、政府機関、宇宙港、入国制度。公表されている情報は多いが、王室や古代遺産に関する記録だけは不自然なほど伏せられている。

「ゲルモア王国は世襲王制。現在の王家はコルデランの血筋を引いているわ。議会は存在するけれど、法案提出権と軍の指揮権は王室が独占。地方は王が任命した総督によって統治されている」

「議会は飾りか」

「豪華な建物を用意して、誰にも鍵を渡していないようなものね」

青白い光の中で語るNOVAを、カノンが見つめた。

「NOVA。あなたは、この星を知っているのではありませんの?」

NOVAはすぐには答えなかった。

彼女は超古代文明が造ったコンピューターだ。アークの船体と同じく、現在の技術では基幹構造すら解明できない。その内部には、まだ覚醒していない記憶領域が眠っている。

「知っている可能性はあるわ」

NOVAは自分の胸元へ目を落とした。

「でも、思い出せない。オルテシアという名へ反応する領域はある。ただし、その先が閉じているの」

彼女の背後へ、一瞬だけ未知の文字列が浮かんだ。

星を三つ並べたような記号。

それはNOVA自身が気づく前に消えた。

レイナが目を細める。

「今、何か出たわよ」

「記録されていない反応ね」

「自分の中から出たのに?」

「人間も夢の内容をすべて説明できるわけではないでしょう」

「AIが夢を見るの?」

NOVAは薄く笑った。

「今のところ、悪夢だけね。あなたたちを乗せているもの」

カイトは星図へ指を伸ばし、惑星の反対側へ表示された旧採掘港を拡大した。

「ここなら入れるか」

レイナが設備状況を確認する。

「百年以上前に主要航路から外された港ね。貨物取扱量はほぼゼロ。監視装置も古い。ただし、アークは目立つわよ」

「見られる前に降りる」

「また性能試験?」

「今度は着陸試験だ」

「普通は試験が終わってから客を乗せるものよ」

「乗った後に部屋を増やした奴が言うなよな」

レイナは返す言葉を探したが、自分の部屋の扉が視界へ入ったため諦めた。

カノンは青い惑星を見つめ続けていた。

父の命令で特異点宙域へ向かった日、彼女は皇国が滅びようとしていることを知らなかった。自分を遠ざけるための任務だったことも、父がなぜ認証キーを持たせたのかも知らない。三等星振儀へたどり着けば、その理由が分かるかもしれない。だが、その前に越えなければならないものがある。

二百年という時間。

ゲルモア王国。そして、今のオルテシアに生きる人々だった。

「到着したら、まず王都を見ますわ」

「聖域へ直行しないのか」

「聖域を探している者がいるなら、なおさらです。わたくしの記憶だけを頼りに動けば、こちらから道を教えることになりますもの」

「姫にしては慎重だな」

「皇女ですわ」

「同じじゃないのか」

「まったく違います」

カノンは胸を張った。ようやく、いつもの調子が少し戻る。

NOVAが航路を確定した。

「目的地、惑星オルテシア。現統治国家、ゲルモア王国。旧採掘港への秘匿進入経路を設定したわ」

カイトは出力レバーを押し込んだ。

主メビウスリングコイルがもう一度、低く唸る。

ブオーンッ!

響きはすぐに静寂へ収束し、アークは星々の位置関係を書き換えるように加速した。

「待っていてくださいませ」

カノンが小さく呟いた。

父と母へ向けた言葉なのか、二百年前に置き去りにした故郷へ向けたものなのか、誰にも分からない。

公務へ出たまま帰れなかった皇女が、滅びた皇国の空へ帰る。

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