宇宙警察
第十三話 宇宙警察
宇宙警察へ通報してから一時間もしないうちに、三隻の警備艇が黒いガス雲を割って現れた。先頭の船体には、第七外縁管区を示す白い環状章が描かれている。二隻は航行不能になった小型船を包囲し、残る一隻が貨物船へ接舷した。
アークの連絡筒へ入ってきたのは、灰色の制服を着た四人の警察官だった。先頭の男は五十代ほどで、短く刈った髪に銀色が混じっている。貨物船の通路へ縛り上げられた二人と、床へ転がる大型レンチを見比べたあと、カイトへ視線を向けた。
「第七外縁管区、巡察隊長のグレイグだ。救難信号へ応じた民間船は、あなた方で間違いないか?」
「たぶんな」
「自分のことだろう」
「救難信号を出したのは俺じゃない」
グレイグは一度目を閉じた。報告書へ書く言葉を選んでいる顔だった。
「では確認する。貨物船を襲撃していた船を航行不能にし、容疑者六名を拘束。こちらの船内にいた二名も制圧し、閉鎖されていた船倉から児童十二名を救出した。ここまでは正しいか?」
「だいたいな」
「どこが違う?」
「小型船は壊してない。少し落ちる場所を変えただけだ」
グレイグは背後の警察官を振り返ったが、誰も説明できなかった。NOVAが彼の横へ滑るように現れ、航行不能になった小型船の状態を空中へ表示した。
「機関も操舵系統も正常よ。ただし推進器を起動すると、船尾の球心力中心が右へずれるよう固定してあるわ」
グレイグは表示された数値をしばらく眺めた。
「解除できるのか?」
「カイトなら」
「なら、引き渡し前に戻してもらいたい」
「逃げるぞ」
「警察艇が三隻いる」
「さっきまで一隻の民間船から逃げてた連中だ。三隻見たら、もっと頑張るかもしれん」
グレイグは通信端末を取り出した。
「牽引する。解除は必要ない」
「賢明ね」
NOVAが頷くと、グレイグは微妙な顔をした。褒められたのか、試されたのか判断できなかったらしい。
船倉では、医療班が子供たちの状態を確認していた。十二人はいずれも栄養状態が悪く、腕や首には個体識別用の簡易タグが取り付けられていた。救難信号を送った少年だけは、警察官に送信機を渡したあともカノンの服の端をつかんで離さなかった。
カノンは困った顔をするでもなく、少年の隣へ座っていた。昨夜買ったばかりの服が床の汚れを吸っている。それを気にする様子はない。
「この子たちは、どこへ連れて行かれますの?」
医療班の女性が端末を確認した。
「まず管区の保護施設へ移します。身元が分かれば家族を探しますが、この船の記録はほとんど消されていました。時間がかかるかもしれません」
「保護施設とは、安全な場所なのでしょうね?」
「警察の管理下です」
「それは答えになっておりませんわ」
女性警察官はカノンを見た。大きな声ではない。それでも、彼女が曖昧な返事を許すつもりがないことは伝わった。
「子供専門の職員がいます。部屋も食事も用意します。事情聴取は、本人たちの状態を見ながら行います。無理には話させません」
カノンはようやく頷いた。
「でしたら、お任せします。ただし、この子たちは大人に命令され、閉じ込められてきました。保護という名で、また別の命令を重ねないでくださいませ」
「約束します」
女性警察官は制服の胸章へ手を当て、まっすぐ答えた。
少年がカノンを見上げる。
「一緒に来ないの?」
カノンの表情がわずかに揺れた。二百年前なら、皇女の一言で宮廷の保護施設へ入れられただろう。今の彼女には国も護衛もなく、自分の部屋さえ、拾われた船の片隅に作ってもらったばかりだった。
それでも、少年の前で迷いを見せなかった。
「わたくしには、確かめなければならないことがありますの」
「また会える?」
「ええ」
カノンは即答した。
カイトが少し離れた場所から彼女を見る。約束の根拠を尋ねる気にはならなかった。皇女というものは、根拠ができる前に約束し、それを現実にする生き物なのかもしれない。
少年はようやく服から手を離した。警察官に付き添われて歩き出したが、連絡筒へ入る直前に振り返る。
「ありがとう、お姫様」
カノンは微笑み、胸の前で手を重ねた。
「次に誰かが困っていたら、今度はあなたが手を差し伸べてくださいませ。それで十分ですわ」
少年が頷く。子供たちは一人ずつ警察艇へ移され、船倉に残っていた怯えた気配も、少しずつ消えていった。
レイナは最後の子供を見送ると、壁へ背を預けた。
「姫という肩書きも、たまには役に立つのね」
「たまに、とは何ですの?」
「買い物以外で使っているところを初めて見たから」
「わたくしは常に皇女ですわ」
「昨日、靴を三足抱えて値引きを頼んでいた時も?」
「あれは国家財政を守る交渉です!」
NOVAが二人の間へ降りた。
「国家の領土が足元だけなら、非常に堅実な政策ね」
いつもの調子が戻ったカノンを見て、カイトは船倉の奥へ向かった。
帝国の紋章が残る密閉コンテナには、警察の鑑識班が集まっていた。表面の識別番号は削られているが、円環と三つの星だけは深く刻まれ、工具で削ろうとした痕跡すらない。
グレイグがコンテナを指した。
「この印に心当たりがあるそうだな」
カノンは紋章の前へ立った。指先で円環の縁をなぞり、三つの星へ触れる。
「オルテシア帝国宮廷直属艦隊の紋章ですわ。通常の輸送艦には許されません。皇族、あるいは宮廷が管理する特別な物資を運ぶ船だけに使われていました」
「二百年前の国家か」
「帝国は、なくなったと決まったわけではありません」
グレイグは否定しなかった。代わりに鑑識結果を表示する。
「コンテナ自体は古い。素材の劣化から見て、少なくとも百五十年以上前に製造されている。ただし、封印装置は三年前に一度解除されている」
レイナが身を乗り出した。
「中身は?」
「空だ」
「それを、子供を運ぶ船へ積んでいた?」
「空の箱に価値があるのか、以前は何か入っていたのか。捕らえた連中へ聞くしかない。ただ、貨物船の乗員三名は監禁されていた。操縦区画にいた二名と、小型船の六名が人身売買組織の構成員らしい」
カイトはコンテナの接合部を調べた。
「三年前に開けた奴は、今も中身を持ってるかもしれないな」
「捜査はこちらで引き継ぐ」
グレイグの声がわずかに強くなった。民間人にこれ以上首を突っ込まれたくないらしい。
「そうしてくれ」
カイトがあっさり引くと、今度はグレイグが疑った。
「追わないのか?」
「箱の中身はな」
カイトはカノンを見る。
「だが、この印がどこから来たかは調べる」
カノンは紋章を見つめたまま言った。
「帝国の宮廷艦隊が拠点としていた惑星は一つだけです。帝都惑星オルテシア。そこへ行けば、少なくともこの紋章が二百年後まで残っている理由は分かりますわ」
NOVAが星図を展開した。現在地から遠く離れた宙域に、一つの惑星が青く浮かぶ。現代の登録名は、ただの管理番号へ変わっていた。オルテシアという名は、航路データの古い記録にしか残っていない。
「通常航法で八日。球心力航法なら二日半ね」
「帝国の情報は?」
レイナが尋ねると、NOVAは検索結果を並べた。ほとんどが空欄だった。
「二百年前、大規模な内乱と周辺国家の侵攻があった記録までは残っている。それ以降、帝国政府の公式通信は途絶えたわ。惑星そのものは現在も有人登録だけれど、統治機構の詳細は非公開。外部との交易記録も極端に少ない」
カノンは青い惑星へ手を伸ばした。ホログラムなので指は表面をすり抜ける。
「帰るのか?」
カイトが聞いた。
カノンはすぐには答えなかった。
二百年前、眠りについた時には、目覚めれば帝都へ戻れると思っていた。父も母も、宮廷も、帝国も、昨日と同じように存在すると信じていたはずだ。
だが、星図に浮かぶ故郷は、もう彼女の記憶の中だけにある惑星ではない。
「帰る場所が残っているか、確かめに参りますわ」
声は静かだった。
それでも、皇女の言葉だった。
グレイグはコンテナを証拠品として封印し、アークへ捜査協力番号を送った。
「新しい情報が出れば連絡する。ただし、オルテシアへ向かうなら注意しろ。あの宙域は管区外だ。警察の救援は期待できない」
「救難信号は出せるだろ」
「受け取る船がいればな」
カイトはアークへ戻りながら肩をすくめた。
「今度は俺たちが出す側か」
NOVAが隣を漂う。
「あなたの救難信号は、助けを求める文章より脅迫文に近くなりそうね」
「来るなら早い方がいい」
「救助船ではなく警備艦が来るわよ」
「結果は同じだ」
背後でグレイグが深いため息をついた。最後まで報告書の分類に困る船だったらしい。
警察艇との接舷が解除される。
アークの操縦席へ戻ると、レイナはすでに機関系統を確認していた。カノンは後部座席へ座ったが、いつものティーカップは持っていない。青く浮かぶ故郷の惑星から、一度も目を離さなかった。
カイトが操縦席へ腰を下ろす。
「NOVA、航路を出せ」
「帝都惑星オルテシア。球心力航法で三日と十一時間。途中、未登録宙域を二か所通過するわ」
「船は?」
レイナが計器へ指を走らせた。
「問題なし。むしろ、三日もあれば観測器を一つ増やせる」
「増やすな」
「相談はしたわ」
「今のは宣言だ」
「理解が早くなったわね」
主メビウスリングコイルが起動する。
ブオッ、と低い唸りが船体の奥から立ち上がり、補助リング、姿勢制御リングへ順に広がっていく。いくつもの音が重なり、やがて一つの静けさへ収束した。
アークがゆっくりと船首を巡らせる。その先にあるのは、二百年前の帝国。カノンの故郷。アークの謎につながるかもしれない惑星。
そして、誰も知らない現在だった。
「参りましょう」
カノンが言った。
カイトは出力レバーを押し込む。
「今度こそ、行き先は決まってる」
アークは宇宙警察の警備艇を背に、失われた帝国へ向けて加速した。




