第九話 今さら戻ってくれなんてもう遅い
「ひ、ひぃ!? 何だこの速さは! 迎撃しろ、構えろ!」
トレイダが叫ぶがもう遅い。
フェンリと王牙は”ただのポーズの練習”だと思っていた毎日の格闘訓練により、異世界の肉体スペックが限界突破していた。
フェンリの鋭い爪が聖騎士の鎧を次々と引き裂き、王牙の巨大な棍棒が人間族の兵士たちを木の葉のように叩き飛ばしていく。
妙なポーズの威圧感に気圧され実戦経験の浅い聖騎士の部隊は、わずか数分で半数が戦闘不能に陥った。
「ば、馬鹿な……! コージではないただの部下に我が精鋭が全滅だと……!? クソ、こうなったら全員道連れだ!」
追い詰められたトレイダが、半狂乱になって右手の黒い杭を自爆起動させようとした。
その瞬間
――ガシィッ。
「悪の組織の怪人じゃあるまいし、自爆して手柄を立てるなんて、お前らしくないじゃないか」
トレイダの背後に一瞬で回り込んだ俺は、冷たくそう告げて彼の右手首を掴んで強引に捻り上げた。
「なっ!? お、お前はコージ! いつの間に背後に――」
「オツヤクだからな。……名乗れ」
「は? 何を行って――」
「オツヤク復唱!!」
後ろでフェンリと王牙が声を揃えて叫ぶ。
「敵が名乗っている間は、手を出さない!!」
「なめるなよ、化け物めがぁあ!」
トレイダが混乱しながら左拳を振り回すが、名乗りのルールを拒否した男に、容赦する必要はどこにもない。
手首をへし折る勢いで杭を奪い取り、ガラ空きになったトレイダの鳩尾に強烈な前蹴りを叩き込む。
さらに上半身が折れ曲がった彼の顔面へと、非情な膝蹴りを突き上げた。
――ゴキィッ!!
「ぶふぉッ!?」
トカゲ族最強の戦士と言われたトレイダが、鼻血を吹き散らしながら地面に崩れ落ちた。
変身すらしていない人間状態で、完全なるワンパンKOだった。
「く、そ……。コージ、頼む……国に戻って、結界を張り直してくれ……。お前が消えてから、聖都は連日、魔族の襲撃を受けて本当に詰みかけているんだ……! 戻れば王も姫も、お前を聖騎士に戻すと……」
地面を這いずりながら、トレイダが涙目で悲痛な懇願を口にする。
だが用済みだと罵って俺を捨てたのは他ならぬアイツらだ。
今さら都合の良いことを言われても知ったことではない。
「自分たちから”醜いから出ていけ用済みだ”と言ったんだ。吐いた唾は呑むなよ」
冷たく言い放ち掴んでいたトレイダの手首を放す。
トレイダは屈辱と恐怖に顔を歪めながらも、完全に戦意を喪失した部下たちを引き連れ、這うようにして森の向こうへと去っていった。
手元に残された黒く禍々しい杭を見つめる。
凄まじいエネルギーが蓄えられているが、これをどうにかアジトの動力源として利用できないだろうか。
「首領! 流石の御技にございます! 敵の秘密兵器を瞬時に奪い取るなど、まさに神業!」
「オツヤク万歳!!」
背後でフェンリと王牙が例のポーズを決めながら大はしゃぎしているが、手早く屋敷の掃除の続きをするぞと促し、俺たちは意気揚々とアジトへ引き上げた。




