51.唐揚げは人を狂わせる
前の会社の先輩の事をふと思い出した。出来の悪い新人だった私を根気強く指導してくれた大恩人だ。仕事でミスをしても頭ごなしに怒鳴ったりする事などせず、場合によっては「俺の教え方が悪かったかも」なんてこちらを気遣ってくれるほど優しい人だった。
飲みにもよく誘ってもらったが、そこでも先輩は人格者だった。私が「〇〇さんって仕事上のミスが多くないですか。この前もあの人の後処理で大変でした」なんて愚痴をこぼした時なんかも「確かにミスは多いかもね。でも、あの人は他の業務も受け持ってて大変だから、その辺は考慮してあげないと」と、こちらの言い分を聞きつつも決して誰かを否定したり、ましてや陰口を叩くような態度を取るようなことはなかった。
そのように私だけでなく、職場内全てに配慮が出来る人だった。教育係が彼でなかったら、社会人としての私は全くの別物になっていただろう。そう思うと、この出会いには感謝以外何物もない。
誰にでも分け隔てなく優しい先輩。ただ、そんな彼にも例外はあった。とにかくカーネル・サンダースに厳しかった。先輩らしからぬドス黒い感情を発露させながら、カーネルをディスるかのように発したこの言葉を今でもはっきりと覚えている。
「地元にケンタッキーが来たんだけど、まったく商売にならなくて撤退したからね」
嘲る様な口ぶりでこの言葉を発する先輩から滲み出すのは純度100%の「ザマァ」という悪意。何故これほどまでにケンタッキーを憎んでいるのか?別に先輩がカーネルに親を殺されたとか、妻や恋人を寝取られたとかそう言うわけではない。原因は先輩の出身地が大分県の中津市だったことに起因する。
大分県中津市。言わずと知れた唐揚げの聖地。先輩曰く、この地に住む人々の唐揚げ愛は別次元。食事の献立を考える際に「あと一品欲しい」と思ったらノータイムで唐揚げが挙がるほどで、朝昼晩と食卓に並ぶことも珍しくないとの事。ちょっと食べ過ぎだろう。
そしてこれは家庭によって違うのかもしれないが、基本的にこの地では「唐揚げは専門店で買うもの」と相場が決まっているらしい。数年前の唐揚げブーム後を経験した今なら理解できるが、先輩と出会った当時の私の感覚では「唐揚げ専門店」という概念にあまり馴染みがなかったので驚きだった。ちなみにネットを使って少し調べてみたのだが、確かに人口約8万人の街に50件以上もの唐揚げ屋さんが存在するらしい。人口1,600人に対して1件。コンビニの数よりうどん店のほうが多い丸亀市同様、同じ日本とは思えない異世界だ。
そんな土地で生まれ育った先輩なので、必然的に彼の中には中津唐揚げに対する誇りと、そして同時に他の揚げ物系の鶏料理を蔑む傲慢さが存在していた。特に世界を制覇したと言っても過言でないカーネルのレシピに対するそれは憎悪に近いものだった。90年秋にケンタッキーが中津に出店するものの、売上が芳しくなくて95年5月に撤退した件についても「生まれた時から美味い唐揚げを食べ続けてる中津の人間は舌が肥えているので、ケンタッキー如きでは勝負にならなかった」というのが先輩の見解だ。実際、「ケンタッキーは唐揚げに潰された」という伝説が中津市には残っているらしい。そしてその件を一種の武勇伝として考えていたような素振りも伺えた。きっと中津人の彼にとって末代まで語り継ぐべき痛快事だったに相違ない。
まあ、この手のタイプは大阪のたこ焼きや福岡の豚骨ラーメン、仙台の牛タンに宮崎の鶏の炭火焼と全国至る所に存在し、そしてそれに関して意見、ましては反論でもしようものならその人との人間関係を著しく毀損するものだ。「クソ上司には情状酌量の余地があるのに、カーネルは一方的に断罪ってのはちょっとなぁ」と思ったし、「他の料理と同じで人それぞれ好みはありますよね」とも思ったものだが、「中津唐揚げ原理主義者」の彼にそんな理屈はとても通じそうになかった。「唐揚げは人を狂わせる」のだ。「なるほど、中津の唐揚げって凄いんですね」と、当時の私は当たり障りのない返答しか出来なかった。
結局、しばらくして先輩は転勤していったので一緒に働いていた頃は食べる機会はなかったが、TVなんかで取り上げられて知名度が上がった中津唐揚げはデパートの催事コーナーに頻繁に出店するようになり、遂に私にもそれを食べる機会が訪れた。それも「唐揚げ日本一」の称号を得た事もある「唐揚げのもり山」だ。先輩との出会いから早数年。この大分を代表する有名店で中津唐揚げの神髄に触れる事が出来たので、実際に食べた感想を率直に述べさせて頂こう。「とにかく味が濃い」に尽きる。カルピスを原液で飲んでいるような心境と近しいので、からあげクンを食べる時のようなカジュアルな気持ちで相対したら痛い目を見る代物だった。
唐揚げは基本的に大なり小なりの下味がついているが、中津のこれはちょっとやり過ぎな気がするのは私だけだろうか。一般的な唐揚げはそのままでもご飯のおかずになるけど、ポン酢をかけたりスパイスをまぶしたりと、色々と味変をする余地は残されている。しかし、中津の唐揚げに至ってはプラスアルファの味変をしたら更に味付けが濃くなるのでそれが出来ない。あまりにも好戦的な唐揚げだ。仮にプラスアルファするとしても「大根おろし」のように本来の濃さを中和するようなものくらいだろう。
その後も何度か食べたが、食べる度に受ける印象は大幅に違った。体調や直前の食事メニューによって印象が変わったのだろう、心から「美味い」と思える幸福な日もあれば、やはり「濃くてつらい」と味蕾が唐揚げの濃度に当たり負けする日もあった。唐揚げと疎遠な生活をしてきたとまでは言わないものの、確かに頻度は高くない人生を歩んできた。そんな唐揚げ経験値が低い私が食べるには手強過ぎる代物だったのだろう。
何にせよ、この「もり山体験」を通して感じたのは「中津人は凄い」と言う畏敬の念。先に中津の家庭では「あと一品欲しいと思ったらノータイムで唐揚げ」と言ったが、こんなパワフルなやつを「もう一品」扱い出来るなんて。例えば「焼き魚」と「煮物」が食卓に並んでる時、ちょっと足りないと思ったお母さんがこれ系の唐揚げを追加する事になる。アグレッシブな献立にも程がある。何という強靭な舌と胃袋。中津の人のタフネスさには只々脱帽するしかない。
確かにこの味に慣れている人たちの前ではケンタッキーの出る幕などないのだろう。
こうして先輩と中津唐揚げの思い出を振り返ってみると、改めて自身の保守的な唐揚げ観が浮き彫りになってくる。どうやら私は学生時代に「ほっともっと」の「唐揚げ弁当」を知って以降、それで満足しきっているらしい。唐揚げは個人の嗜好が大きく影響する難しいジャンル。下味の付け方や衣の厚さ、揚げ時間の長さやスパイス加減と、個性をつけやすい料理ゆえに色んな唐揚げが「誰かの特別なオンリーワン」になっているが、私的には本気で唐揚げを喰いたいと思った時はこれ一択。私の嗜好である「下味そこそこ」「衣が薄め」の基準を完璧に満たしているので、これさえ食べてれば確実に自身の「唐揚げ欲」は満たされる。そのせいだろう、定食屋に行っても唐揚げ定食を注文する気が起きない。
そんな消極的な唐揚げライフを送っていたとは言え、唐揚げ専門店が量産され、既存のチェーン店も新規メニューとして唐揚げを次々と投下してきたコロナ禍以降の唐揚げブームの渦中ではさすがの私もそれらニューカマー達と相対する機会が増えた。世の中の大きなうねりに逆らわず、素直に身を任せる事こそ熟練のジャンクフード喰いが取るべき適切なアプローチだ。
そんな唐揚げのニューカマー達の中で最も評価しているのはすかいらーく系列でガストでも注文出来る「からよし」の唐揚げだ。すかいらーくの経営陣が何かのインタビューで「からよしの唐揚げのおかげでガストはコロナ禍を生き残る事が出来た」と言っていたが、実際、かなり評判が良いらしい。おかげで今や完全にガストの定番メニューとして認知されている感がある。これをネギトロ丼と一緒に頼むのが最近の私のスタイルだ。
ガストのネギトロ丼。何の変哲もない「まぐろのたたき」に主張が薄い無個性なネギ。酢飯ではない普通のご飯。あおさが入ってるような海鮮向けのアレンジも一切してない、チープさすら漂うみそ汁。柚子の風味がするお漬物。あまりにも中途半端なネギトロ丼だ。完全に海鮮丼好きガチ勢のヘイトを買うタイプだが、それでも私はこれを愛している。「何を食べたいのか分からない」そんな時に重宝するからだ。これさえ食べておけば常にそれなりの満足感が得られる。
そしてこのネギトロ丼を更に美味しく頂くための技法が「唐揚げを1個だけ追加」だ。ネギトロパートを贅沢に、そして豪快に食べ進めてご飯を余らせ、そいつを唐揚げでフィニッシュさせる。「ほっともっと」に近い感じの唐揚げが海の幸に慣れてきた舌に乱暴な旨味、そして胃袋に充足感をもたらしてくれる。こうして「からよしの唐揚げ」は完全にスタメン入りとなった。
とは言っても、主力とは言い難いのも事実。ベンチスタートと言っても代走や左のワンポイント的な扱いでしかない。これはあくまでも味変の一種。豚骨ラーメンで例えるなら高菜的位置づけなので、ネギトロ丼の代わりに唐揚げ定食を頼むほどではない。確かに良い仕事をしているが、まだまだ「ガストブラックカレー」や「うな重」のようなスター選手には敵わないのが現状だ。
対して最も期待外れだったのは「吉野家」の唐揚げ。これはちょっと残念な結果だったとしか言いようがない。
私と吉野家の付き合いも結構長い。もう人生の3分の2以上を共に歩んでいる盟友だ。その吉野家が唐揚げを出すというのなら食べる以外の選択肢は義に厚い私として存在しない。しかも「吉野家のから揚げはデカいし、おいしいし、最高!おすすめ!」「もはや牛丼屋ではなくから揚げ屋!」「人生で食べたから揚げで一番」と、ネット上では「からよし」以上の大評判。そういった点でも試さないわけにはいかないが、さすがに「唐揚げ定食」を頼んで大量の未知の唐揚げと対峙するのは保守的な私からすればリスクが高い。なので、いつもの定番、「牛丼+半熟卵+みそ汁」を頼み、唐揚げを1個だけ追加する策を取ってみたのだが、あまり芳しくない印象を受けたのは前述のとおり。どうにも相性が悪過ぎる。大ぶりなサイズ、そしてぶ厚い衣のパワータイプの唐揚げだったので、薄い衣が好きなもやしっ子の私の好みには合わなかった。それに下味もちと抑えすぎ。
ただ、これはあくまでも私の好みの話。「私の好みではないな」と思いつつも、先に述べた高評価の嵐の理由も理解出来た。唐揚げに食べ応えを求める体育会系の男子にとってこのパワータイプな一品は完全にストライクど真ん中なはず。これはこれで「誰かの特別なオンリーワン」であることは想像に難くない。
それに「油淋鶏」や「タルタル南蛮」といった「唐揚げ+α」のメニューもあったので、それらのソースと絡めるのなら衣の厚さと下味の薄さが逆にメリットとなるのかもしれない。ぶ厚い衣にじゅっくりと染み込むソース。悪いはずがない。いつか来る「胃袋が鶏肉を求めて荒ぶってる日」が来たらそれらを攻めてみたいと思う。
このように他のお店でもちょくちょく新しい唐揚げを試してみたが、やはりほっともっとの唐揚げには敵わない。HPにある、
「醤油とにんにく、生姜の風味が効いたから揚は、ごはんとの相性が抜群です。さらに、ガーリックが香るスパイスと、さわやかな風味のシチリア産レモン果汁をかければ、もう一段おいしさがアップします」
の説明に嘘偽りなし。この唐揚げを食べると、とにかく飯が欲しくなる。そしてこの唐揚げを何倍も引き立てるブースターが添付の二袋。「レモン果汁」と「から揚げスパイス」だ。特に後者は差し障りのないネーミングにそぐわぬ強い中毒性を持ってる。若い頃はこいつらを一度にかけていたが、歳を取り老練さが身について来たのだろう、小刻みに調節しながら食べるのが今の私のスタイルだ。初手はネイキッドな唐揚げから始まり、次にレモン果汁。そしてスパイスの小袋を段階的に増やしていき、ラストはそれを全投下。この最終形態こそ「ぼくがかんがえるさいきょうのからあげ」だ。こうなったらもう、白米を掻き込む動作が止まらない。
しかし、妙にくせになるこのスパイスの原材料は一体何なんだろう?ハッピーターンにまぶしてある「ハッピーパウダー」にも言える事だが、明らかに依存症的なものを引き起こしている。これはもう、絶対に「脱法スレスレ、もしくはバッチリ違法な何かが入っている」としか考えられないが、それについて調べるのは止めておこう。本来摂取してはいけない成分が入っているかもしれないので、真実を知ってしまったらほっともっとの唐揚げとハッピーターンを心から美味しく食べることが今後出来なくなってしまうだろう。知らない方が幸せな事もあるのだ。
そう言うわけで先輩には申し訳ないが、私にとってのオンリーワンはほっともっとの唐揚げだ。やはり唐揚げの好みは人それぞれ。先輩の「中津唐揚げ原理主義」も認めるが、「ほっともっとタカ派」や「ケンタッキー教徒」についても認めて欲しい。ゆえに先輩と再開する事があればその事を説得し、理解してもらいたいと思う。カーネルをディスる邪悪な姿はもう見たくない。やはり先輩にはナイスガイであって欲しいのだ。それに他の揚げ物系鶏料理を容認する事は・・・
そう、先輩の自身のためでもあるから。
実はネットで調べてみたらケンタッキーが中津に再出店、繁盛しているという恐るべき事実が判明した。しかも2007年に再出店してからずっと営業しているので結構長い。完全に中津に定着しているではないか。ネットに残っていた過去の新聞記事を読んでみたが、どうやら下記のように上手く共存しているらしい。
・中津唐揚げ=おかず
・ケンタッキー=おやつ
確かに「なるほど」と思える棲みわけだ。これは個人的感覚だが、中津のそれは絶対に白米が欲しくなるが、それゆえに「小腹が空いた」なんて状況では食べづらい気がする。そんな状況に相応しいのはケンタッキーやからあげクンだろう。
・・・何て冷静に分析してる場合ではない。早く先輩にケンタッキーの存在を受け入れさせないと。今までのように彼が「中津人はケンタッキーなんて喰わない」という誤った考えに固執し続けているのならマズい状況だ。それを否定している中津の現状を知ることで訪れるのは悲しい結末。彼の中の大切な何かが壊れ、深く傷つき、失意に暮れる未来だ。ただ、それで済むなら不幸中の幸いかもしれない。最悪のケースではアナキン・スカイウォーカーがフォースの暗黒面に堕ちたように、唐揚げの暗黒面に堕ちてしまう事だってあり得る。だが、もう再出店から20年近くの時が経っている。それはこの事実を知らないままで生きるには長すぎる時間だ。すでに「闇堕ち」し、変なマスクと黒いマントを着て「コーホー、コーホー」と言ってるかもしれない・・・
そうなればもう、私に出来ることは何もない。彼の魂の安息を願い、祈る事しか・・・
しかし、何という魔性の食べ物だろう・・・
そう・・・
唐揚げは人を狂わせる・・・




