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50.内臓改造 その弐・かつや編

 老いを素直に受け入れる人生も選べるだろう。私ももう老境に差し掛かった身。小振りの鰆の西京焼きと筑前煮、ほうれん草の胡麻和えにわかめの味噌汁なんて献立が晩御飯に相応しいナイスハイミドルだ。しかし、私はそれに抗う。年甲斐もなく脂ぎった豚骨ラーメンを喰らい、そして喰い足りなければ「替え玉」を繰り返す、そんな腕白な中年でありたい。そのためには味覚が満足する前に容量面でギブアップしてしまう胃袋を鍛えなければ・・・


「若い頃のように思う存分替玉を楽しみたい」そんな中年のささやかな願いを実現するため、胃袋の拡張に切磋琢磨し続ける筆者の日常を赤裸々に書いた「内臓改造シリーズ」の第二弾を今回はお届け。前回の「43.内臓改造・コメダ珈琲店編」以降も毎食のご飯を心持ち大目によそったり、丸亀製麺で頼む天ぷらをもう一つ追加したり、昼マックのポテトをMからLにサイズアップしたりと、日々涙ぐましい努力を続けている筆者。おかげでまるごとソーセージ2個で満腹になっていた脆弱な胃袋も今ではその程度では満足出来ないほど。まるでHi-STANDARDさながらのグローイングアップ感だ。

 おかげで明らかに以前より多く食べられるようになってる気がするが、ボリューミーなお店に通用するかは実際に腕試しをしてみないと分からない。そこで今回は「大盛り界の暴走機関車」の異名を持つ「かつや」に挑んでみようと思い立った次第だ。


 

 常に味よりも量のほうが先に話題になる「かつや」改めて言うまでもないがとにかくボリュームが凄い。完全にブレーキが壊れているこいつとの戦いはコメダ珈琲よりも圧倒的に危険なものとなるだろう。実際、これを執筆している今現在(※2025年12月頃)、「豚ロース天とチキンカツ丼」という期間限定メニューが提供されているが、HPに掲載されているその商品の写真は豚ロース天とチキンカツが親の仇のように盛られているせいで禍々しい印象すら受ける。おかげで本来二次元である写真が三次元的立体感をこちらに感じさせてくるほど。まるでエッシャーのだまし絵のような奇怪さだ。控えめに言って商品開発担当者の頭のネジが外れているとしか思えない。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」は古代中国の兵法家・孫氏の言葉。この名言に倣って「豚ロース天とチキンカツ丼」のボリュームと自身の胃袋を比較検討した結果、このクレイジーな期間限定メニューに挑戦するのはまだまだ時期尚早。きっと、まるごとソーセージで伸びてた鼻をポキリとやられる事だろう。

 なので、以前にブラザー(※このエッセイの読者諸兄の事)であるマイヨ氏が「かつやは豚汁定食。かつやの豚汁はどのチェーン店より旨い。ヒレカツが2枚だけというのも、胃にもたれない最適解」とおススメしてくれた「豚汁ヒレカツ定食」で腕試しと行くことにした。これなら何とか勝負に持ち込めるかもしれない。



 実はかつやではカツ丼しか食べた事がなかった筆者。必然的にメニューもカツ丼のページしか見た事がなかったので、意識して定食系のページを見るのは今回が初めてだったのだが、意外な事実に気付いた。レギュラーメニューの定食系は割と普通っぽいメニューが多いではないか。「ロースカツ定食」のロースは120g。これは「松のや」の「ロースかつ定食」、「とんかつ和幸」の「ロースかつご飯」と同じサイズだ。「ヒレカツ定食」や「メンチカツ定食」もごく一般的な量といった印象。常軌を逸した期間限定メニューばかりに目を奪われていたので「最低でも200g超のロースが出てくるのでは?」と内心ビクビクしていたが、どうやら杞憂となった形だ。定食を見る限り常識的な部分も伺える。

 更に新たな発見も。なんと「豚汁ロース定食」のロースはわずか80gと、かつやに存在しているのが不思議なほどの軽量級。どうやらみそ汁よりもボリューミーな豚汁に変更してあるので、それに合わせてサイズダウンしているようだ。いやはや、かつやがそんな配慮が出来る子とは知らなかった。「盛れば何でも解決すると思っているのがかつや」と思っていたが誤解していたようだ。TV版では基本的に嫌な奴だけど、「大長編ドラえもん」では友情厚い一面を見せるジャイアンの様に、かつやにも私が知らない優しい一面があったという事らしい。 


 

 そして早速の前言撤回。出て来た「豚汁ヒレカツ定食」はちょっとおかしい佇まい。それもそうだろう、立ち食いそばが入っててもおかしくない丼に並々と豚汁が注がれているのだ。長年色んな所で定食を食べてきたが、このサイズ感はちょっとおかしい。目視確認で隣の席の人が食べているレギュラー豚汁と比較してみたが、推定2倍は優にある。どうにも持て余しそうだ。この規格外の量のせいでヒレカツと白米を食べ進めるにあたり、どのタイミングで豚汁を挟んでいくべきなのかさっぱり分からない。汁物を飲むいつものタイミングで二倍の量を飲むべきなのか、それとも飲む回数を二倍に増やすべきなのか。どうやら長年にわたって鍛えてきた「定食喰いの勘」が通用しそうにない。


 このようにビンビンな違和感を感じさせてくる巨大豚汁。中学英語でお馴染みの「NEW HORIZON」の会話の流れくらい不自然な代物だ。不自然ついでにこの豚汁に驚く「Ⅰ(私)」と、この異常なサイズがジャストフィットする世の中の偏執的豚汁愛好家たちを擬人化した「MIKEマイク」のやり取りを「NEW HORIZON」風に表現してみよう。


Ⅰ:Mike, I ordered the pork miso soup set meal at Katsuya and they brought out a ridiculously huge bowl of pork miso soup.(マイク、かつやの豚汁定食を頼んだらバカみたいに大きい豚汁が出て来たんだけど)


MIKE:A ridiculously huge bowl of pork miso soup? How big is it?(バカみたいに大きい豚汁?どれくらいの大きさ?)


Ⅰ:It's about twice the size of a regular pork miso soup. It's insane.(普通の豚汁の2倍ってところかな。狂ってるよ)


MIKE:Really? I think people who like pork miso soup will be happy.(そうかな、豚汁好きは嬉しいと思うよ)


Ⅰ:No, it's hard to finish drinking it all. Wasn't simply changing the miso soup to pork soup enough for them?(いや、飲み干すのが大変だよ。みそ汁が豚汁に変更されるだけでは気が済まなかったのかな?)


MIKE:I like pork miso soup, so I think it's fine. Oh, Junko's here. Let's all play tennis.(僕は豚汁が好きだからアリだと思うけどね。あっ、JUNKOが来ましたね。みんなでテニスをやりましょう)


Ⅰ:Yeah, let's play tennis.(そうだね、テニスをしよう)


 

 やたらとJUNKOがテニスをしたがる理由が永遠の謎であるように、かつやが盛りたがる理由も我々は未来永劫理解出来ない。そう、世の中には考えても意味がないものがある。今分かっているのは「定食は完食しなければならない」という、人として遵守すべき絶対的な掟のみ。偵察のつもりが敵主力部隊と真正面から鉢合わせたかのような危機的状況ではあるが、食べる以外に活路はない。それに多少の不安は抱えているものの、ブラザーであるマイヨ氏とMIKE氏がおすすめしているのも事実だ。彼らを信じ、「豚汁ヒレカツ定食」を食べ進めることにした。




 お惣菜や冷凍食品でない、リアル揚げたてとんかつは久方ぶりなのでテンションが自然と上がる。実は家族の高齢化により、今や我が家の食卓では揚げ物は絶滅危惧種。食べ始めてすぐに「やはりとんかつは揚げたてに限る」という当たり前でありふれた、素朴な真実を実感した。

 揚げたてのカツで亢進した食欲が食べる勢いを加速させる。カツを口に入れ、一口嚙んだら間髪入れずに飯を頬張る。そいつを飲み込んだら再びカツを。と、忙しなく喰い散らかしていくと咀嚼と嚥下のバランスが崩れて口腔内がカツと白米でオーバーフローしそうになる。そこで登場するのが汁物である豚汁だ。定食における汁物の重要な機能は「嚥下の補助」これで口いっぱいに頬張った飯とおかずを流し込むのが男らしい定食の食べ方である。今回はみそ汁の代用として豚汁が投入されているわけだが、ここでちょっとしたアクシデントだ。みそ汁と豚汁は見た目は似ているものの、それを形作る物質の構成比率が大きく違うことに気付いた。

 みそ汁の構成要素は9割以上が水分だ。大きめの具が入っていたとしても8割をなかなか切る事はないだろう。それに対し、豚汁は水分が6~7割。具が多いやつなら5割程度まで水分が低下する事がある。そして「盛れば何でも解決すると思っているかつや」の豚汁は当然のように具沢山。おかげで頬張っている飯やカツをみそ汁感覚で流し込もうとすると豚肉・じゃがいも・大根・こんにゃく・にんじんが口腔内へ雪崩のように押し寄せてくる。結果、豚汁のミソスープ部分だけが胃へと流れていき、口の中は相変わらずカツと飯、それに加えて豚汁の具で満員御礼状態。木の実を口いっぱいに頬張っているリスさながらの状態になってしまう。


 汁物としての機能を取り戻すべく豚汁の具を先に食べてしまおうとするも、具沢山なので中々終わりが見えない。やはりかつやは一筋縄ではいかない。定食では揚げ物を盛らない代わりに豚汁の具を盛っているようだ。そして豚汁が2倍なのが「豚汁ヒレカツ定食」必然的に具材の量も2倍だ。しかも具材一つ一つが大きくて噛み応えがある。これらを咀嚼しているうちに満腹中枢が刺激されていくのが分かる。最初は特段大きいと思ってなかった、まだ十分な量が残ってるヒレカツがやけに大きく見えてきた。


 どうやら罠にかかったようだ。ぱっと見は「飯+おかず+汁物」に思えるかつやの「豚汁ヒレカツ定食」だが、その本質的構造は「飯+おかず+おかず」だ。これは気を抜いてはいけない。ちんたら喰ってたら食べ終える前に満腹中枢がギブアップ宣告すること必至。解決策はただ一つ。急いで食べる事だ。

 


 選択肢も退路もない戦いだったが、何とか完食。右往左往してたので決して内容が良い戦いではなかったが、それをリカバリー出来る程度には仕上がってる胃袋にも気付いた。

 ここでこの試練を私に与えてくれたマイヨ氏、そしてMIKE氏に謝辞を述べたい。


 しかし、軽く様子見のつもりが全力の戦いになるとは。そしてこれは後から気付いたのだが、かつやにはみそ汁が存在しない。あるのは豚汁だけ。つまりみそ汁を使って強引に流し込む戦術が無効化されているわけだ。かつやに挑むには濃厚な味付けに耐えうるタフな味蕾、悪魔的な量の肉と米を処理する高性能な消化器官が必要なのは知っていたが、更に嚥下力まで求められていたとは。「やはりかつやは侮れない」そう思った休日の昼食だった。




「豚汁ヒレカツ定食」から数ヶ月経った。その後も何度かかつやに通っている。ご存じの方も多いと思うが、かつやでは一食食べると「100円引きチケット」がもらえる。「豚汁ヒレカツ定食」を食べた際に貰ったそれを期限内に使わなければならないのでカツ丼を食べに行ったらまたチケットを貰った。それを使いに行ったらまたチケットを貰ったので、また行って・・・と、終わらないループを繰り返している。これはもう「揚げ物の永久機関」と呼べる状況だが、これはあくまでも一部のタフガイにだけ起こり得るもの。どうやら私もそこそこの実力を身につけ始めているようだ。

 その証拠に今まで一番小さいサイズの「梅(ロース80g)」しか頼んでこなかったカツ丼も今や「竹(ロース120g)」で頼めるようになった。しかも豚汁も一緒に頼む豪快さ。明らかに胃袋は大きくなっていると断言出来る。そう、「努力は必ず報われる」という言葉に嘘はなかったのだ。


 とは言え、まだ通過点。ロースが160gのカツ丼「松」には遠く及ばないし、期間限定メニューに至ってはその背中すら見えない。これからも精進あるのみだ。そのためにMIKEと、その親友であるKENに喝を入れてもらって今回は終わりたいと思う。


KEN:Apparently, there was a middle-aged man who was completely full after eating Katsuya's "Pork Miso Soup and Pork Fillet Cutlet Set Meal."(かつやの「豚汁ヒレカツ定食」で満腹になってた中年男性がいたらしいね)


MIKE:Really? What a pathetic man.(本当かい?情けない男だね)


KEN:Absolutely. And apparently he's getting all cocky just because he ate the "Take" size katsudon.(まったくだよ。しかもカツ丼の「竹」を食べたくらいで調子に乗ってるらしいんだ)


MIKE:That's no good. A real man should order the "Matsu" size katsudon.(それはダメだね。男子たるものカツ丼は「松」を頼まなくちゃいけないよ)


KEN:That would be great. Oh yeah, and we have to order some pork miso soup as a side dish too. Of course, the double portion. Right, Mike?(そうありたいね。そうそう、そしてサイドメニューに豚汁も頼まなくちゃね。勿論、倍量のやつを。そうだよね、MIKE)


MIKE:It's pretty obvious now that I love pork miso soup.(すっかり豚汁好きってバレてしまってるね)


KEN:Everyone already knows Mike loves pork miso soup. Oh, Junko's here. Let's all play tennis.(MIKEの豚汁好きはもうみんな知ってるよ。あっ、JUNKOが来たね。みんなでテニスをやりましょう)


MIKE:Yes, let's play tennis.(そうだね、テニスをしましょう)

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― 新着の感想 ―
かつやの豚汁ヒレカツ定食は、仰る通り飯+おかず+おかずの陣容。 ヒレカツと米によりパサついた口腔内を豚汁で洗い流すのではなく、米と豚汁によりホッコリした口腔内にパリッとしたヒレカツで刺激を与え、乱さ…
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