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49.塩こん部長と大槻班長

 一体誰が、どんな理由で調査しているのか皆目見当も付かないが、「理想の上司は誰ですか?」なんてアンケートをよく目にする。そしてこの手のアンケートは往々にして有名な芸能人やスポーツ選手ばかりが上位に。そんな意外性も当たり障りもない結果を見る度に私はこう思う。


「何で俺に聞かないんだ?」と。


私ならもっと業務遂行力、対人能力、統率力、しかもリーダーシップとカリスマ性に溢れた人材を推挙出来るのに。先ずは「塩こん部長」だ。


 塩こん部長。自炊をされないブラザーは知らないかもしれないが、株式会社くらこんが販売している「塩こんぶ」のパッケージに長年プリントされている名物キャラクターだ。ご当地キャラ界でくまモンが頂点に君臨しているように、「昆布=塩こん部長」のイメージを確立させている彼は乾物界の頂点に立つ男と言っても過言ではない。

 おそらくは得意先廻りでもしているのだろう。スーツを肩に掛けて歩く部長のイラストは実に渋い。それからは「営業ってのはな、足使って、汗かいてなんぼなんだよ」と部下に薫陶する彼のセリフが聞こえてきそうだ。


 そんな全身からハードボイルドが滲み出している彼のプロフィールを株式会社くらこんのHPで確認してみた。


所属部署・・・しおこん部


役職・・・部長


座右の銘・・・「塩こんぶのように他人のよさを引き出す人間であれ」


夢・・・「世界中をくらこん塩こんぶで埋めつくし、 健康で幸せな食卓を演出すること」


 彼の塩こんぶ愛がビンビンに感じられるプロフィールではないか。そして「自己アピール」の欄には


「くらこん塩こんぶで人々の心を幸せにし世界平和に役立てば本望だ」


との一言が。まったく、世界平和とは。器が大きいにも程がある。YAZAWAに負けないほどBIGな男がここにいる。


 しかも彼は「部長」だ。その肩書きにそれほど有り難みを感じない方も多いと思うが、それはきっとドラマや漫画の影響だろう。現実世界の「部長」は結構偉い。例として日本一有名なサラリーマンである島耕作の歩みを見て頂こう。「課長」から始まり、


部長

取締役

常務

専務

社長

会長


 このように出世していくが、まずは管理職である「課長」への昇進できる確率自体がそこそこ低い。ずっと会社にしがみついてればエスカレーター的に昇進出来た昭和は過去の事。令和の今では企業規模や人事制度の違いがあるので一概には言えないが、大企業では新卒同期半分以下しか課長になれないと言われているのでなかなかにシビアな倍率だ。そしてそこから「部長」に上がれるのは更に少ない。同期入社の1割以下しか部長になれないのは普通だし、役職付きがあまりいないスリムな経営をしているところだと100人中3~4人といったケースもあるらしい。

 つまり、塩こん部長はその狭き門を潜り抜けたエリートという事になる。


 そう言うわけで部長に昇進するだけでも充分過ぎるほど出世しているわけだが、そこへ辿り着くと更に上を目指せる次なるチャンスもまた生まれる。それが「部長」から「取締役」への出世だが、これはサラリーマンとして最も重要なターニングポイントと言えるだろう。何故なら取締役は労働者のように雇われ使われる側ではなく、会社の経営や意思決定を行う役員という立場。つまり、取締役になるという事は「経営者側」になるということを意味するのだ。そこまで行けばサラリーマンとしての栄誉を極めた状態と言えよう。

 

※・・・以下は妄想癖のある筆者の頭の中で展開されているストーリーです。実際にこういう設定はありませんのでご注意ください


 しかし、当たり前だがそれは部長になれる確率よりも遥かに低い。大企業なら1,000人に1人未満と言われる狭き門だ。それゆえに出世競争は熾烈。塩こん部長と同じペースで出世した同期たちは仕事そっちのけで「社内の出世争い」と言う椅子取りゲームに血眼になっている。権力への誘惑は容易に人を狂わせるのだ。

 だが、俺たちの塩こん部長は違う。彼らが肘掛付きの椅子にふんぞり返り、権謀術数の策をめぐらせて他人の足を引っ張ろうと画策している間も愚直に取引先に顔を出す塩こん部長。人は偉くなると大切なものを見失いがちになるが、注視すべきなのは上役の顔色ではなく顧客の顔色だ。どちらがビジネスマンとして称賛されるべきなのか、考えるまでもない。

 きっと取引先や上司から厚く信用されているし、出世争いに毒されてない若手社員からは「塩こん部長は俺の憧れっス」と激しくリスペクトされている事だろう。そして女子社員からは「塩こん部長、抱いて下さい。不倫でいいので」と猛アタックされるも、「自分を大事にしなくちゃいけないよ」と相手を傷つけないようにやんわりと断るはず。女性が誘ってきたら100%近い確率でベッドインする節操のない島耕作とは大違いだ。

 そして家族が寝静まった後、一日の終わりに書斎でワイルドターキーのロックとキューバ産の葉巻を嗜む塩こん部長。これこそが真のハードボイルド。是非とも北方謙三にノベライズして欲しいものだ。


 そんな汗をかきながら働く、昭和気質の愚直なサラリーマンである塩こん部長こそ私にとっての理想の上司だ。島耕作?悪いやつではないけどあれはちょっと違うな。確かに汗をかいてる時もあるけど、それよりも汁を出してるイメージの方が強くて品行方正な私的にはちょっと受け付けない。すまん、耕作。


 



 ちなみにくらこんの「塩こんぶ」は浅漬けを作るのに最適だ。キュウリ、キャベツ、白菜、何でもいい。適当な大きさに切った野菜をポリ袋に入れ、「塩こんぶ」をまぶして冷蔵庫で15分程度寝かせれば完成だ。スーパーのカット野菜と組み合わせれば独身のブラザーでも手軽に作れるのでおススメしたい。

 さらに余談だが若い頃の筆者はくらこんの「塩こんぶ」を知らなかったので晩酌用の浅漬けをコンビニで200円とか300円で買い続けていた時期がある。「塩こんぶ」を使えば同じ量を原価50円かからずに簡単に作れたのにと思うと、無知だった当時の自分をぶん殴ってやりたくなる。「軽く1万円以上損しているんだろうな」と思うと悔しくて仕方がない。部長、もっと早く貴方に会いたかったよ。


 それでは、塩こん部長に続いてもう一人挙げさせて頂こう。それは「大槻班長」だ。いついかなる状況でも人生を楽しむことを忘れない「人生の達人」だ。


※・・・以下は福本伸行先生の国民的ギャンブル漫画「カイジ」シリーズのネタバレを含みます。「カイジ」シリーズは「ダメな大人の一般教養」なので未読の方はそれを読んでから続きをどうぞ。


 本名・大槻太郎。カイジシリーズの第二部「賭博堕天録カイジ」で借金返済のために帝愛グループの地下工事現場に送られたカイジの上司(もしくは上司的立場)にあたる人物だ。その頭脳、人心掌握術は彼らを使役している帝愛幹部も一目置くほど。そして更にどう考えても詰んでると思われる状況でも「ノーカン!ノーカン!」と粘り強く交渉するメンタルのタフさも兼ね備えている傑物だ。

 そんな彼の主たる仕事は工事現場の監督だが、本業以外にも勤務時間後に他の労働者への物品販売も行っている。娯楽の少ない地下で働く仲間のために労働後の貴重な自由時間を割いてお菓子やビールなんかの物品販売をしてくれるのだから奉仕の精神に溢れていると言わざるを得ない。しかも彼が販売するビールは常にキンキンに冷やしてある。何という気が利いた、そして何という優しい男なのだろう。

 とは言うものの、完璧な人間など存在しないので彼が販売するそのビールや焼き鳥が若干ぼったくり価格、人によっては「暴利を貪ってる」と言いたくなるレベルのお値段なのはご愛敬だ。更にぼったくり行為だけでは飽き足らず、いかさま賭博で苦楽を共にする労働者仲間からペリカ(地下でのみ流通している通貨。これがないとビールも焼き鳥も買えません)を毟り取っているのもご愛敬。更に更に言うとそのいかさま賭博で馬鹿どもを借金漬けにして毎月給与からピンハネし、それを原資として美味いものを食べに行ったりしてるのもご愛敬。繰り返すが完璧な人間など存在しない。誰だって悪い所や欠点の三つ四つはあるものだ。

 

 そんな個性的なキャラクターゆえにカイジシリーズを代表する名物キャラとなった大槻班長。その人気は本来のカイジシリーズのスピンオフ作品として「一日外出録ハンチョウ」が生まれるほど。そしてその作品の記念すべき第一話目が「サラリーマンひしめく昼食どきの立ち食い蕎麦屋で昼飲みをキメる」という内容だったが、初読の際は痛く感動したものだ。塩野七生の「ローマ人の物語」の「ハンニバル戦記」に「天才とは、その人だけに見える新事実を、見ることのできる人ではない。誰もが見ていながらも重要性に気づかなかった旧事実に、気づく人のことである」と書かれていたが、その天才の定義に当てはまるのが大槻班長。何故なら「人が働いている時間帯に飲む酒は本当に美味い」という真理に気付いているのだから。優越感はそれだけで酒の肴になるのだ。


 一流の人間になるには一流の人間の行動を模倣することから始まる。ゆえに私も大槻班長の教えに従い、忙しなく昼飯を掻き込んでいるサラリーマンを眺めながらの優雅な一杯をちょくちょくやっている。基本的に車社会である田舎は自宅以外で昼飲みした瞬間に詰んでしまう過酷な環境なので、実践するのはいつも電車移動がメインの旅行中となるが、いつだって昼飲みは甘美なひと時を私に提供してくれる。


 そして2025年の初冬。私は「餃子の王将」という夢のシチュエーションで彼の教えを実践する事となった。王将で飲む事への渇望に関しては「37.よろしく王将」で語らせて頂いているが、それから苦節6か月。実に長い時間が過ぎたが遂に念願の「王将の餃子で一杯」だ。

 さて、実際に店舗に来てみると注文が非常に難しい事に気付く。王将で一杯やる事に対するイメージトレーニングは常に行っていたのに、なかなか注文が決められない。何故なら今回は一人昼飲み。複数人で訪れるのなら問題ないが、「注文数」と「ボリューム」の加減が難しすぎる。状況は昼食も兼ねたガチの飲み食いではなく、昼下がりのフラッと立ち寄った中華屋での一杯。私の胃袋のコンディションを考えると「餃子+α+β」の3皿、もしくは「餃子+α」の2皿が注文出来る料理の限界。メニューが豊富な王将をこの品数制限で戦い抜くのは正しく至難の業だ。

「餃子」はマストなので必ず注文するとして、それでは他を何を頼むべきか。私は油淋鶏に目がないのでどうしてもそれを頼みたいが、かと言って滅多に行けない王将で青椒肉絲を食べ損ねるのはつらい。それに飲んでる最中、急に食べたくなる麻婆豆腐をノーマークにするのもリスクが高すぎる。そもそも「餃子」のチョイスが正しいのかも分からない。王道である「餃子」の対極に位置する邪道、「にんにく激増し餃子」も未食なので気になって気になって仕方がない。ただ、餃子系を二皿はやり過ぎだろう・・・


 なんて事を考えながら席に着いたのだが、メニューを開いた瞬間にそんな悩みは杞憂だった事に気付く。五代裕作や私のように物事を決めきれなくて周りをイライラさせる優柔不断なタイプの悩みに応えてくれる新サービス(※筆者が知らなかっただけでかなり昔から展開されていたようです)が爆誕していた。それは既存のメニューを半分量で頼める「ジャストサイズメニュー」本来はどの品もそこそこのボリューム感がある王将なのでこれはかなり有難い。これで「AかB」で迷っても「AとB」と答える事が可能となった。

 ただ、注意点としては330円の餃子がジャストサイズなら175円とコスパが落ちるデメリットがある。我らのように慎ましく生きている貧乏人は旅先とか久しぶりに会う友人との飲む際に限定して利用しよう。日常使いではフルサイズが基本だ。


 早速、基本である「餃子」を押さえつつ、ジャストサイズの「油淋鶏」と「にんにく激増し餃子」を注文。もちろん、おビールも忘れない。ここから様子を見ながら追加注文していくスタイルはまさに横綱相撲。勝利宣言をしたいくらいだ。

 平日のお昼過ぎだからだろう、あっという間に注文した商品が目の前に並ぶ。焼きたての餃子をハフハフと口に含み、そいつをおビールで流し込む。やはり王将の餃子は美味い。そしてそれを肴に飲むおビールは激しく美味い。更に言うと人が働いてる時に飲むビールは悪魔的に美味い。

 ここのところご無沙汰だった「油淋鶏」も良い仕事をしている。いかにも中華屋で飲んでるという感じが舌にもハートにも心地よい。そして王将には「餃子の完成形」とでも言うべきスタンダード餃子が存在するし、昼間っから多量のニンニクを投下するリスクが甚大ゆえになかなか注文出来ずにいた「にんにく激増し餃子」も大当たり。「激増し」の看板に偽りなし。この異端の餃子のアグレッシブさはただ事ではない。とてもではないが仕事中のサラリーマン的にはご法度だろう。特に営業職の人が食べたら取れる契約も取れなくなる事確実なほどに凶悪。ただ、申し訳ないが小生は旅行中の身。暴力的なにんにくの海にダイブしても一切問題なし。「平日の昼間から大量のにんにく」そんなところにも優越感を感じる。我ながら素晴らしいチョイスだった。

 あっという間に飲み干したので次は酎ハイへと移行。そのタイミングでジャストサイズの麻婆豆腐を追加投入。やはり麻婆豆腐は急に食べたくなるので油断は出来ない存在だ。

 王将のHPにも「ちょい飲みにピッタリ」なんて文言が記載されていたが、一人飲みにも関わらずこれだけ多くの料理を楽しめるなんて。ジャストサイズとは何という革命的なサービスなのだろう。


 


 私は慎み深い人間なので、満席になるようならお店の回転を考えて早々に退散しようと考えていたのだが、さすがにお昼の2時過ぎではそんな慌てる様な事もなし。しかし流石は天下の王将。満席になったりはしなかったものの、遅い昼食を求めたお客さんが入れ代わり立ち代わりする盛況ぶりだった。おかげで時間を気にしてるのか、焦るように炒飯を掻き込む庶民を眺めながら班長のような優越感を感じさせて頂いた。

 そして自身と同じようにアルコールを頼んでいるお客さんの存在に気付いた私の中に別の感情が湧いてきた。それはお互いに他人から見ると「こいつら昼間っから飲んで何してるんだ、働け」と思われている人間たちが共有するある種のシンパシー。言葉は交わさずともお互いが理解していたと思う。「我々は同志だ」と。

 特に瓶ビールと餃子だけを注文し、競馬新聞を読みながら一杯やってるおじいさんがいて妙に気になった。何というスマートな、何という洗練された昼飲みスタイルだろう。それに比べると更に酎ハイをお代わりした挙句、ジャストサイズの炒飯まで頼んだ私はちょっとがっつき過ぎていた。このおじいさんに対してはシンパシーよりもリスペクトのようなものを感じた。きっと彼も理想の上司に挙げられるべき人材かもしれない。在野の賢人とはいるものだ。


 しかし、実に優雅な昼飲みだったと今でも思う。このような至福の時間を過ごせたのも大槻班長のおかげ。ありがとう、大槻班長。無事に借金を返し終え、地下から出られたら一杯奢らせて下さい。


 今回は塩こん部長と大槻班長を紹介させて頂いたが、きっと読者の皆様もこの二人の名前が挙がらない「理想の上司アンケートの不自然さ」に気付かれたに相違ない。そう、絶対に世のサラリーマン達は大谷翔平やイチローよりも塩こん部長を上司にしたいと思っているに決まっているはずだ。

 そこで読者の皆様にお願いだ。もし、「理想の上司」のアンケートを受ける事になったら自身が信じる人の名を挙げて欲しい。主催者が望んでそうな当たり障りのない答えを言う、そんなビジネスマンらしい気配りも時には必要だが、それよりも本当に尊敬に値する人物の名を世に知らしめる事の方が今回のケースではより一層大事だ。相手が「塩こん部長、誰だよそれ」と思おうが我々の知った事ではない。同調圧力に屈さず、本音で答えようではないか。

 

 但し、島耕作は止めた方がいい。申し訳ないがあれはちょっと違う。確かに汗をかいてる時もあるけど、それよりも汁を出してるイメージの方が圧倒的に強い。なので申し訳ないが・・・


品行方正な私、そして品行方正な方ばかりのこのエッセイの大多数の読者的にはちょっと受け入れ難い。


すまん、耕作。



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― 新着の感想 ―
 初めまして。斉藤寅蔵と申します。  いやー、大槻班長の昼飲み。  あれ読んだら絶対やりたくなっちゃいますよね。  蕎麦屋ではなく、餃子屋という手もありましたか。なるほど。  都合により残念ながら当面…
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