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48.ハードボイルドな朝食 ~ コメダ珈琲のモーニング ~

「長年に渡って戦い続けてきた宿敵が血の繋がった兄弟だった」のように些細なものから「密かに恋焦がれていた女性がゴリゴリの腐女子だった」なんてヘヴィなものまで、世の中には知らなければよかったと思える事が無数にあるが、「ひじき煮を心から美味いと思っている自分」ほど知りたくなかったものはない。

 今回はそんなお話だ。


 それは去年の夏、いつものように一人グルメ旅に行った時の事。ホテルにチェックインし、フロントで宿泊料を払った私にホテルマンが「朝食チケット」なるものを手渡してきた。「ご利用は8時から何時まで云々~」と、彼が懇切丁寧に説明してくれるわけだが、こちらとしては何を言い出してるんだと困惑する始末。そうか、どうやらWEBでホテル予約をした際に間違えて「朝食付きプラン」を選択してしまっていたらしい。これは困った。家族や友人と行く旅行ならともかく、一人旅は必ず素泊まりにするのが私の流儀なのに。他者に判断を委ねることなく、その瞬間に食べたいものを食べる。これこそが一人旅の特権ではないか。実際、ホテル近くに中華街があったので中華粥を頂く爽やか系の「朝食プランA」、もしくは朝っぱらから脂ぎったラーメンを攻めるギトギト系の「朝食プランB」と、様々な候補を検討していた矢先だったのに、ホテルの朝食を無理矢理ではないが押し付けられる事になるとは。


 確かにご飯に焼き魚、納豆、小鉢と生卵、そしていつもはあまり食べないのに、何故か旅行中の朝になると無性に食べたくなる味付け海苔、そんな旅行感丸出しの朝食も悪くない。それをお代わりを駆使して限界まで食べ、すぐにはチェックアウトせずに時間いっぱいまで部屋でゴロゴロ過ごす。それは「旅を満喫している」と心から思える瞬間。この時間を楽しむために旅行に行ってる人もいるくらいだろう。

 だが、歳をとったとはいえ私もまだまだ現役。若いやつらには負けられない。時間を惜しむように急いでチェックアウトし、ご当地グルメや滅多に食べられないチェーン店を攻めるのはジャンクフード喰いのハードボイルドな生き様。ホテルの朝食をゆっくりと食べるのは年金を受給出来るようになった65歳になってからでも遅くはない。   


 とは言え、朝食チケットを使わないなんて事が道徳的に許されるのだろうか?否、それでは宿泊代に上乗せされている朝食分の料金を損する事になる。それは命より大事なお金をどぶに捨てる行為。私は「一人の人間」である前に「一人のジャンクフード喰い」であるが、「一人のジャンクフード喰い」である前に「一人の貧乏人」だ。

 こうして私は十数年ぶりにホテルの朝食を食べる決意をした。


 翌日起床後、軽くお風呂に入り身を清めてから朝食会場へ。時刻は朝8時を少し回ったところ。帰りの電車は15時なので、可能なら11時頃に一食、そして14時頃にもう一食食べたかった。ちょっと無謀な計画かもしれないが、一人グルメ旅行は品数が命だから無理は承知。そのために朝食はなるべく軽く済ませておこうと思い、トーストと野菜サラダなんかの洋食を選ぼうと思っていたら和食しかないとの事。これはまずい展開だ。私の経験上、選択肢が少ない、または選択肢自体がないホテルの一点集中型の朝食はエネルギーが分散されていない分、気合が入ってる可能性が高い。更におかわり自由。「ひょっとしたらガッツリ食べさせられるかも」と、朝から謎の不安感に襲われる自分がいた。


 手渡されたトレイを持って空いた席に。改めて眺めてみて思った。なんとまあ、豪華絢爛たる朝食だろう。


・サバの塩焼き

・お味噌汁

・野菜サラダ

・玉子焼き二切れ

・明太子 約大匙二杯

・浅漬け

・ポテトサラダの小鉢

・ひじき煮の小鉢

・生卵


 この怒涛のおかずラッシュをお代わり無しで乗り切るなんて不可能だ。そもそも、メインのサバの塩焼きがそこそこ大きい。塩加減次第ではこれ単品が2杯の丼飯を要求してくるだろう。玉子焼きや明太子といった少量のおかず群にも最低一杯は必要だし、生卵が玉子かけご飯を強制してくるで更に更にのもう一杯。合計すると丼飯4杯?稽古後の相撲レスラーなら軽く「ごっちゃんです」で済ませられるかもしれないが、初老に差し掛かろうとしているナイスミドルにとっては荷が重過ぎる状況だ。

 これは平素の「おかず観」を改めて臨まないと乗り越えられない試練らしい。普段なら大匙二杯の明太子で丼飯が喰えてしまうほど、筆者の食生活は貧しい。ただ、この場をその様なやり方で臨もうものなら敗戦必至。いつもの清貧さは捨て、とにかく贅沢に食べ進めないといけない。


「まずは小鉢や少量のおかずたちを片付けてしまおう」と、ひじき煮に手を付けてみたのだが・・・何という事だろう、こいつがこの旅行のハイライト、最大の思い出となってしまった。昨今のひじき煮と言えば大豆や油揚げを加えたものが主流だが、こいつはひじきと細切りの人参のみのシンプルな構成。これは私の最も好むところだ。特にホクホクとした食感が過剰なインパクトを与えてくる大豆が入ってないのは珍しくも嬉しい。おかげでひじきを強く感じられる。そしてほんのりと感じられる柚子の風味(※)も心憎いアクセント。旅行中の朝にジャストフィットする爽やかさだ。具材、味付け、そしてシチュエーション。全てが揃っている。魂が震えるほどのひじき煮ではないか。


※・・・筆者はバカ舌なので本当に柚子が入っていたかは不明です

 

 そしてすぐに恐怖に震えた。素朴な味わいだが箸休めには遠い味付け。多少味が濃いのでご飯が欲しくなる系のひじき煮だ。これだけで丼飯1杯を美味しく頂けそうだが、そんな事をしてしまえば私の脆弱な胃袋がオーバーフローするのは目に見えてる。

 更に困難さを増したこの局面に対応すべく貧乏人の矜持を捨て、いつもなら「玉子焼き→ご飯→明太子→ご飯」と行くところを「明太子と玉子焼き→ご飯」と効率重視のダイナミックなショートカットを駆使しながら食べ進める。そうやって順調に食べ進め、ラストの3杯目の丼飯で今は亡き「さくら水産の500円ランチ」で編み出した大技、「焼き魚と玉子かけご飯のコンボ」を決める。これはご飯に卵をかけた後、醤油を入れずに焼き魚の旨味と塩分で食べ進めるラグジュアリーな大技だ。

 最後に一口分残しておいたひじき煮を口に含む。口腔内に柚子の風味の余韻を残しつつ、丼飯3杯に及ぶ戦いは幕を閉じた。


 満腹になった体を引きずりながら自室へと戻った私。旅にはアクシデントがつきものだが、まさか朝食からこんな事になるとは。もう、旅のプランは崩壊したと言っても良いだろう。

「やってしまった感」に包まれる中、色んなものを諦めた筆者は二度寝をした・・・



 ひじき煮に貪りついた朝食から数か月。「釈然としない」とでも表現すべきだろうか、何とも言えない感情に囚われていた。その原因は結局帰りの新幹線の時間までお腹が空かなかったせいで行けなかったラーメン屋のせいではない。ラーメンの代わりに駅弁を買って帰る事も出来たのに、繰り返されたお代わりの代償として血糖値スパイク状態になった脳では駅弁選びに身が入らず、何も買って帰らなかったせいでもない。それはひじき煮を食べた朝が私の中で「幸福な記憶」として刻まれている事だった。

 腹一杯食べ、チェックアウト時間の11時までゴロゴロしていたあの日、明らかに私は幸福を感じていた。完全にまったりモードへ突入してしまったおかげで二度寝をし、更にはもう一回お風呂に入りダラダラする始末。きわめて凡庸だが、それこそが日本人らしい旅行の到達点と言える時間だった。


 しかし、こんな記憶が忌々しい。常にタフガイでありたいと思っている私にこんな幸福な朝食は似合わない。何かしらの「攻め」の要素が入っている朝食を頂くのが私という人間ではなかったのか?

 これは何かしら激しい体験をすることで記憶を上書きしなければならない。旅行中の朝にもかからわず、攻めて、攻めて、攻めまくった記憶で。そう思い、私は再び旅に出た。気合が入った朝食を食べる事で軟弱になっている自身の心に喝を入れるために。

 


 そうして出かけた旅行二日目の朝。チェックアウトしてから街をブラブラしながら何を食べるべきか考えてみたが、何時までたっても答えは出ない。近所にチェーン店がないド田舎住まいゆえ、それらで朝食を楽しむことが出来る数少ないチャンスに慎重になっていたのもあったし、そもそもチェーン店の朝食が魅力的過ぎるのが決断を鈍らせる。

 とりあえず松屋の「ソーセージエッグ定食」をロックオン。これは私の中で最も朝食らしい朝食と言える存在だ。関東で社畜をしていた若い頃、非常にお世話になっていた。私ももう立派なナイスミドルになった事だし、今までの感謝の意味も込めて玉子が倍量になった「ソーセージエッグW定食」なんかどうだろう。文句なしのチョイスに思える。と、思いつつもやよい軒の看板が目に入ったら「納豆定食」の姿が脳裏に浮かんでくる。こいつも「ソーセージエッグ定食」に負けず劣らずお世話になっていたので捨てがたい。それにやよい軒はお代わりが自由。「ひじき煮事件」の丼飯3杯の記録をここで超えに行く、単純に物量面での「攻め」もありかもしれない。そんな事を考えながら店先に行って店頭のポスターを眺めていたら「ミニすき焼き定食」なんて知らない朝食メニューが。おやおや、朝からすき焼きなんてもの悪くないぞ。これはこれで「攻め認定」だ。


 と、色々なお店を見て回りながら試行錯誤した結果、今回もグルメ一人旅なのですぐに消化されるパン系が望ましいと方向修正。そうなれば朝の大盤振る舞い加減では右に出るものがいないコメダ珈琲のモーニングしか考えられないだろう。

 今更説明する必要もないと思うが、コメダ珈琲ではモーニングの時間帯にドリンクを頼むと無料で「山食パン(トースト)」 or「 ローブパン」、それと「ゆで卵」「玉子ペースト」「おぐらあん」の中から一つを選ぶことが可能だ。100円とか200円を追加で投じてモーニングを頼める喫茶店は数あれど、完全無料なのは「流石はコメダ」と言わざるを得ない気前の良さだ。



 こうしてひじき煮の記憶をコメダのモーニングで上書きする事にしたわけだが、「それはちょっと弱いのでは?」と思われたブラザーもいらっしゃるだろう。もちろん、Exactlyそのとおりでございます。私のようなハードボイルドな男がこの程度の朝食で満足するわけない。今回の朝食のコンセプトはズバリ、「コメダで朝食を注文したらモーニングの存在を忘れてて大変な目に遭った」の再現だ。

 SNSでちょくちょくやらかしているのを見かけるこのモーニングの誤爆。お腹が空いていたので意気揚々とサンドウィッチとドリンクを頼んだらまさかのモーニングで予期せぬボリュームアップを強いられる羽目に。おかげで朝っぱらからパンにパンを重ねる小麦地獄に陥ってしまった・・・。そんな冷や汗が出る様な状況を自作自演だ。そう、スタイリッシュな男の一人旅とは往々にしてこうした小粋な趣向を凝らすものだ。


 


 コメダ珈琲に入り、二切れの玉子サンドに唐揚げが付いた「ミニコメプレート」と「カフェインレスコーヒー」を注文。そして「モーニングはトーストとローブパン、どちらにされます?」と、私に尋ねてくる店員さん。もし彼がサディスティックな性格なら「おやおや・・・モーニングを失念されてませんか?ククク・・・」と、狼狽しながらメニューを再確認する客を眺めて楽しむ状況だろう。しかしご存じのようにこちらは想定内。間髪入れずに「トーストと玉子ペーストで」とスマートに答える。きっとそんな私の優雅な所作を見てこの店員さんも腹の中で唸ったに違いない。「なるほど、モーニングを組み込んだ上での注文法か。この紳士、出来るぞ」と。 


 ちなみに何故このような誤爆が頻繁に起こるののか、その理由も解明出来た。それはとてもシンプルな理由で、食事を目的に来店したお客さんは「食事→飲み物」と頼むのが一般的な注文法だからだ。私のこのケースを例にすれば、


私「ミニコメプレートとカフェインレスコーヒーをお願いします」


店員さん「ミニコメプレートとカフェインレスコーヒーですね。モーニングはトーストとローブパン、どちらにされます?」


と言った流れになる。こうやってモーニングを追加せざるを得ない状況に陥るのだろう。勿論、食事メニューを少しサイズ感が小さいものに変更するという危機回避法もあるにはあるが、確固たる信念を持って選んだ食事メニューを翻意出来る人間などそうそういない。かと言って「モーニングを喰わぬは男の恥」なのでモーニングを断るわけにもいかない。これがこの罠の逃れられない巧妙さ。こうして今日も日本のどこかのコメダで誰かが冷や汗をかいているのだろう。


 そうして出て来たミニコメプレートと玉子ペーストが添えられたモーニングの食パン。これはもう「ミニコメプレート大盛り」と言い換えても差し支えない圧巻のボリューム。モーニングの存在を失念してた人ならスリルを感じ、ガクブルになる量だろう。しかし、今回の私はそれを待ち構えていた状態。貞子だってTVから出てくると知っていれば全然怖くないように、この圧倒的物量でも少しも怯む事はない。それどころか達成感とか優越感に近い感情、言うなれば「やってやった感」すら感じていた。さて、食事を楽しもう。

 そうして食べ始めてすぐに思い知らされたのが「たかがモーニング、されどモーニング」という事実。食前は「たった半切れのトーストに玉子ペースト」と高を括っていたものの、私のような胃袋が小さめなナイスミドルにとってその増量分はちょっとした試練。更に玉子サンドのメニューに追い討ちをかけるように玉子ペーストを注文してしまったので畳みかけるような玉子、玉子、玉子の連打。コメダの玉子ペーストは結構ボリューミーなので、今回のミニコメプレート大盛りでは卵3個分は優にあるはず。それだけ食べるとさすがに腹にくる。コメダの玉子ペーストを心から愛しているとは言え、今後の段取りを考えると小倉あんで抑えておくべきだったのかもしれない。


 こうしてモーニング誤爆組の苦労を自身の胃袋で体感した私。完食はしたものの、激しい満腹感を感じていた。炭水化物よりタンパク質の方が消化が悪いせいだろうか、10時前の朝食だったにもかかわらず夕方まで一切お腹が減らない結果に。おかげでひじき煮事件の時と同様、この旅も前回と同じく「旅行中の一食のロス」と相成ったわけだが、心の中は何かに吹っ切れた感情で満たされていた。攻めの結果として一食ロスした自分を責める気なんか起こらなかったし、むしろ自分で自分を褒めてやりたい気分だった。

 そしてコメダ珈琲を出た私は見知らぬ街を歩き始めた。清々しい気持ちを胸に抱きながら。

 


 そして話は現在へ。コメダで「ミニコメプレート大盛り」を食べてからかれこれ3カ月ほどが過ぎた。近いうちにまた旅行にでも行こうかなと思い、最近は朝ラーメンが食べれるお店をネットで検索したりしている。前回、前々回と「量が多い朝食」を攻めたので、次は「濃度が高い朝食」を攻めてみるもの悪くない。そして濃度が高いと言えば「家系ラーメン」は外せない。そう思って朝ラーメンを提供してる家系のお店を検索してみたら思った以上にヒットするので驚いた。どうやら全国には朝っぱらから醬油豚骨にブッ込んで行く猛者がワラワラと存在するらしい。「朝から家系ってヘヴィじゃないのか?」と、その場を想像し怯んでしまいそうになるのと同時に嫉妬に近い感情も湧き上がってくる。


「負けていられない」と。



 

 このような現状を見て頂ければ分かるように、もうひじき煮の呪縛からは解放されている。「ミニコメプレート大盛り」のおかげで貪欲でアグレッシブな魂を取り戻した私、まだまだ若いやつらには負けられない。時間を惜しむようにチェックアウトの時間より早く飛び出し、朝っぱらから脂ぎってギトギトな家系ラーメン攻めたいと思うのはジャンクフード喰いのハードボイルドな生き様。旅先のホテルで朝食を取るのはもっと歳を取ってからでいい。


 そう、旅行者らしい朝食を食べるのは年金受給者になってからでも遅くはないから。

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― 新着の感想 ―
更新待ってました! 旅先のホテルのモーニングは食べ終わった後の後悔がセット。 でも、ディズニーに行く時だけは、このホテルの朝食バイキングが唯一の楽しみ。 (園の中の食事って高いし混んでるし、あんまり…
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