5-27 「私が監視しているという事実が重要なのです!」
さて、そんな二人を遠方から遠眼鏡で眺める人影があった。
「悔しい。悔しくてよエミール様!」
イリア・リンスフォードはその柔らかな茶の髪をなびかせながら、何とも悔しそうに腕を震わせた。
淑女教育をされていなかったら、あまりの悔しさに地団太を踏んでいたであろうイリアを見ながら、護衛でついてきたブライアン・リブレットは嘆息する。
「イリア嬢、落ち着いてください」
「まぁ、ブライアン様! これが落ち着いていられますか!
あんなに可愛らしいお姉様を独り占めして!」
「私だってお姉様とデートしたいのに!!!」と、シスコン全開でヒステリーを起こすイリアに、ブライアンは「この妹マジでヤバいな」と言う感情を持ったが綺麗に隠すことにした。
アレクシオに護衛任務を兼ねて、久方ぶりに帰郷したブライアンであったが、帰ってからと言うものこの苛烈な妹君に毎日のように振り回されている。
「お姉様は私にだってあーんってしてくださいますもの! エミール様だけじゃないわ! それなのに! あんなに! なれなれしく!! あー悔しい!」
側に控えていたイリア付きの侍女・リザが、どうどうと主人を宥めているがうまくいかない。
それもこれも、あの愛を隠そうともしない色気全開の兄のせいである。ユーフェミア嬢の為にも少しは自重してほしいが、それこそ無理な相談だろう。
「きゅーっ! きゅっきゅ!」
「エメラルディア様もそう思いますでしょう? 初心なお姉様相手にエミール様、調子に乗りすぎですわ!」
ブライアンの相棒である風の騎竜、エメラルディアは「そーだそーだ!」とでも言うように、イリアの言葉に頷いていた。念話こそしていないはずなのに、どうしてかこの1人と1頭、非常に仲がいい。
エメラルディアは昔から調子がいいところがあったが、ここまでではなかったはずだ。少なくとも西大陸の竜の頂点たるエミールに、こんな不敬なことを堂々とするほどではなかったと思っているが、そうではなかったようだ。ぶっちゃけ辛い。
「エメラルディア、いい加減にしろ。あとでオパーリアに叱られるぞ」
オパーリアという名を聞いて、エメラルディアはびくんと震えた。罰が悪そうな顔をしたエメラルディアは、何とかごまかそうと言うのか「きゅぅぅっ」と呻くように鳴きながら、空へと舞い上がっていく。
「ごまかしやがって」
「オパーリア様、怖いですもの。仕方ありませんわ」
しれっとそう言ったイリアは、上空を旋回するエメラルディアを見ながらクスッと笑った。そうやって微笑む姿は、可憐で愛らしい令嬢だと言うのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
なお、オパーリアというのは今の騎竜の長にあたる竜である。
真白に煌く体躯を持つ美しい雌竜で、イリアは既に顔合わせをすましていた。
齢300年を超える彼女は、騎竜の中ではもう随分と年を重ねた竜なのだが、竜の乳母としてエミールの側に仕えたこともある実力者だ。
優しく厳しい彼女であるが、その真心を以てしてもエミールはカインが召喚されるまで、竜にも人にも傲慢野郎だったのが悲しい現実である。
そんなオパーリアはそのうち登場するから少し待っててもらって、今はこちらの話である。
イリアは(ユーフェミアは認めなかったが)2人のデートを快く送り出した後で、何食わぬ顔でブライアンと2人のデートの追跡を開始した。
ブライアンは必死に「兄上にすぐバレますから」と止めたのだが……
「バレようがバレまいが関係ないのです! 私が監視しているという事実が重要なのです!」
などと言って聞かなかった。
どう考えても最愛の姉が、祭りで何をしているか見守りたいのだろう。
とんだシスコンストーカーである。突撃しないだけマシだと思うしかない。
「そんなに悔しいなら、最初からユーフェミア嬢と一緒に花祭りに来たらよかったではないですか」
ユーフェミアはイリアにそれを何度も望んでいたのだ。それをさっくりと断っていたのは、まぎれもなくイリアである。
ブライアンがそう言うと、イリアはその可愛らしい口をむうっと尖らせて「だってお姉様、エミール様の事、憎からず思ってるんですもの」と言葉を続ける。
「……そうなのですか? 俺にはそうは見えないんですけど」
「お姉様の男嫌いは筋金入りですもの。本当に嫌な男だったら、そもそもエミリア姉様の誘いでもここには来ませんし、あんな風に触らせることなんてしません。それに……」
「あんな風に、淑女の仮面を外したりしないわ」と言う言葉を、イリアはぐっと飲みこんだ。
今では誰も信じないかもしれないが、社交界のユーフェミアは氷の薔薇の淑女である。
淑女の鉄仮面は厚く、イリアが知る限りその鉄仮面こうも容易く外すことができるのは、これまでずっとイリアだけだったのだ。
生まれて間もなくからずっと一緒にいたのに、イリアはユーフェミアがカレーと言う食べ物を好きなことを知らなかったし、あんなにもくるくると表情を変えながら食事をするユーフェミアを知らなかった。
悔しい。
出会ってから、たった一ヶ月で最愛の姉の心を引き出すなんてと、イリアは猛烈に悔しさを感じるしかない。
人並み以上に独占欲が強い自覚はある。
姉の幸せを願って一歩引いたイリアだったが、それでも悔しいものは悔しいのだ。
イリアには、ユーフェミアに対して負い目がある。
ユーフェミアがイリアを思ってそれを隠そうとしているので、イリアはずっと知らないふりをしているが、イリアは知っているのだ。
ユーフェミアが、あのくされ元王太子と婚約していたのが、全てイリアの為だと言うことを。
何も考える事のない令嬢だったら気がつかなかったかもしれないが、イリアはユーフェミアの最愛の妹で、その妹として胸を張るべく努力してきた令嬢なのだ。
冷静に考えれば平民の母を持つイリアが、いずれ成人して婿を迎えるなり、嫁に行くことになるにあたって、ただ『12公爵家が一つ、リンスフォード家の末娘』と言う肩書よりも、『王太子妃、ユーフェミア・リンスフォードの妹』という肩書のほうが強く、十分すぎるほど後ろ盾だと分かる。
王太子の事を知らなかった時は、それでもまだよかった。
10歳の時に、自分の生まれのあれやこれやに絶望し、生まれてこなければよかったと願った自分に「生まれてきてくれてありがとう」と、希望をくれた姉が、いずれ王妃になって幸せになるのだと疑わなかったからだ。
それを、あの王太子は絶望に突き落とした。
まだ13歳だったイリアを邪まな目で見て、最愛の姉を罵倒される。
屈辱だった。
王太子でなければ殴り飛ばしていたのは間違いない。
それと同時に、イリアの為にユーフェミアが、この醜悪な王子と結婚するのかと思うと胸が張り裂けそうだった。
だからこそ、イリアは無抵抗にあの婚約破棄の茶番劇に参加したのだ。
この無能な王太子が、ユーフェミアと結婚しない道を自ら選ぶのであれば、自分はどうなっても構わなかった。
そうでなれば結果として、ユーフェミアが公爵家を継ぐという、あるべき正しい形に戻るだけだ。
イリアが誤解されて、公爵家を追い出されようと、平民に落とされようと、修道院に送られようとどうだっていいと、15歳の若さで決意するほど、イリアは追い詰められていた。
結果として、ユーフェミアがそれを許すことなく、あのドクサレ王太子を断罪し事なきを得たが、今でもイリアはユーフェミアがそれを望まないと知っているけれど、自分を責めている。
自分の存在が、ユーフェミアに苦しい10年を与えたという事実を。
だからこそ、ユーフェミアには幸せになってほしい。
できれば、誰にも負けない、ユーフェミアにだけに愛を捧げる、真っすぐで一途な、最高で最強な人と。
そう、現状一番の筆頭であるエミール・リブレットに、イリアはなんだかんだと言いながら期待をしているのだ。
嫉妬で頭が沸騰しそうでしょうがないが、ユーフェミアが受け入れだしている以上、イリアは協力を惜しまない心積もりだ。
けれどもまぁ、本当にやりたい放題で、心底腹立たしいけれども。




