5-26 「これはデートなんかじゃないわ」
「美味しゅうございました……」
アレクシオのカレー料理堪能したユーフェミアは、そう言うと「ごちそうさまでした」と両手を合わせた。エミールとカインのおかげで、念願のカレー料理をたくさん堪能できたユーフェミアは、ここ最近一番に上機嫌である。
なお、この世界における「いただきます」と「ごちそうさま」は精霊神の教えの1つである。
富と恵は、須らく精霊からの贈り物とされているため、日々の恵への感謝として使われているので、精霊神への祈りの言葉であるのだが、前世持ちのユーフェミアからしてみれば日本の文化と大差がない気がする。
「アレクシオ大好き」
「気に入ってもらえたのは嬉しいけど、妬けちゃうな。僕の事もこの街と同じくらい好きになってくれたら嬉しいのに」
さらりと聞こえた口説き文句を聞かなかったことにして、ユーフェミアはベンチから望める海を眺めた。
大型の魔石帆船がいくつも浮かぶアレクシオの港は、ユーフェミアにはとても新鮮な光景で、未亜にとっては少し懐かしい光景だ。
ユーフェミアの生まれ故郷であるリンスフォード領は先述した通りの冬山だが、未亜の生まれ故郷は日本の北の大地にある港町だった。
夜景が綺麗なその町で暮らした幼い日々は、辛く悲しいことの方が多かったが、観光地として綺麗に整備された街並みは好きだった。
両親が死んでからは内陸の方を転々と、実父に引き取られてからは更に反対側の海の方へと居を変えたが、幼い記憶の中には母と一緒に数年に一度やってくるという豪華客船を見に行った記憶がほんのり残っている。
その記憶が残ってたせいか、未亜の持っていた将来の夢の中に莉愛と義母と世界一周旅行に行くという夢があった。
どこまでも広い世界が見たかったのだ。
「お母さんがおばあちゃんになる前に行こうね! 絶対だよ!」と莉愛と約束した日を思い出すが、結局未亜は若いまま、雪の中に閉ざされて生涯を終えてしまったから、叶うことはないままだ。
未亜が亡きあと、莉愛と義母はその夢を叶えられただろうかと、思わず考えてしんみりしてしまう。
「ユフィ?」
「あぁ、いえ……ちょっと懐かしくて」
「懐かしい? ……ユーフェミア、前世は海街生まれ?」
「はい、北の大地の海生まれなのでアレクシオの海とは違いますが」
少なくとも、今頬を撫でる風のような温かさはない土地だ。流氷は流れてこない側だったけれど、義母に連れられて莉愛と見に行ったことは数度ある。
肌を突き刺すような、酷く冷たい風と潮の香。
それでも、懐かしさを感じる程度には好きだったのだろう。
そういえば、今世では海をこんな近くで見るのは初めてな気がする。
「……エミール様の街は、いい町ですね」
「褒めてくれるの? うれしいなぁ。でも、まだまだこんなもんじゃないよ」
「そうなんですか?」
「ユフィ、春の花祭りの楽しみが市だけって思って無いよね?」
違うのだろうか? と、ユーフェミアは首を傾げた。個人的にはカレー料理を食べる段階で、今日のクライマックスを迎えたつもりでいるし、頭の中では海を眺めながらエンドロールのつもりでいた。
だがまぁ、冷静に考えればそうだろう。
花飾りで彩られた以外に、市場でのカレー祭は花祭りとあんまりにも関係が無い。
ユーフェミア的にカレーフェスティバルだっただけである。
「アレクシオをもっと案内してあげる」
エミールはそう言って立ち上がると、ユーフェミアに手を差し出した。
ユーフェミアは、じっとその手を見つめたあと、恐る恐ると言った様子で自分の手を伸ばして、その手に触れて、立ち上がった。
きゅっと手を握られ、にこりと微笑まれたのが気恥ずかしくて、ぶんぶんと首を振りながら「これはデートなんかじゃないわ」と必死に言い聞かせるが、これがデートじゃないならなんだと言うのだろう。
最早、誰も信じないだろう言い訳を必死に考えながら、ユーフェミアはエミールに連れられるまま、アレクシオの街中へと舞い戻った。
デートはようやく中盤戦である。




