5-25 「二回も聞かれるとは思わなかったなぁ」
さて、熱心にエミールから好物を聞きだそうとするユーフェミアを見ながら、エミールはにこにことユーフェミアについて考える。
妹のエミリアは良くも悪くも正しく公爵令嬢だ。
兄であるエミールの前では辛辣な竜であるけれど、人前では正しく感情を隠し、品よく麗しく、優雅に微笑むこころ優しき淑女というのが、エミリアに対する世間の評価である。
一方、ユーフェミアはエミリアよりもよほど感情的なのだと、アレクシオに来てから改めて感じた。
エミールは、淑女然としたユーフェミアを知っているわけではない。
彼がユーフェミアを認識したのは、あの婚約破棄の茶番劇が最初で、そこに嘘は全くない。
王都で噂になっているように、実は昔から思い慕っていたなどと言う事実は一切なく、あの日のユーフェミアに恋に落ち、それから求婚して日々を過ごす間に毎日恋に落ちている。
だからエミールは、エミリアと同じような淑女としてのユーフェミアを正しく認識しているわけではない。
正直、今のユーフェミアを見て王太子妃に望まれるほどの才女かと聞かれたら、誰もが首をかしげるだろう。
エミールの前では、頭はいいが華麗に苛烈な恋愛ぽんこつの、食事にちょろい可愛い最愛の女の子にしか見えない。
エミールの母であるリブレット公爵夫人は、エミリアともユーフェミアともまた違ったタイプの令嬢であるが、それでもエミリアの母であるだけはある公爵夫人だった。
今日のユーフェミアのように、食事の一つ一つに必死に感情を押さえながらも目を輝かせ、食材を噛み締めるたびに何とも言えない満足そうな顔で、心の底から美味しいと表現するユーフェミアをみていると、今まで興味のなかった食事が、真実楽しくてしょうがない。
許されるのであれば、この可愛いユーフェミアを膝にのせて、その小さな口に手ずから食事を与えて楽しみたいと思っている。
まぁ、それを行おうものならひっかれれて泣かれてしまうだろうから、今はまだやらないが。
「もう! 聞いてるんですか!?」
「もちろん聞いてるよ。僕が君の言葉を、一言でも聞き逃すわけないじゃない」
「どうだか! さっきから全然、私の問いに答えてくれないじゃないですか!」
「だって本当に、好きな物って言われても思いつかないんだよ。僕、あんまり食事に興味が無いから」
食に興味が無い?
と、ユーフェミアは「こいつ何を言ってるんだ?」とでも言うような顔をしてエミールを見つめた。
真意はどうであれ、ユーフェミアが自分を見つめてくれることがエミールはへらりと笑ったのだが、その顔がユーフェミアの神経を刺激する。
「……このアレクシオの街に暮らして、食に興味が無い?」
「うん」
「海産物と輸入食品で溢れたこの街で、食に興味が無い?????」
「二回も聞かれるとは思わなかったなぁ」
ニコニコしながら頷くエミールを、ユーフェミアは信じられない気持ちで見つめた。
ユーフェミアの生まれは王都だが、幼少期は領地で暮らしたこともある。
リンスフォード公爵家が治めるリンスフォード領は、雪深い山を中心とした領地である。魔石がとれる鉱山と共に暮らしているため、主な産業は魔石産業で、特産品は林檎。領民たちは、鉱山で魔石を掘り、狩猟と山間の谷で山羊と羊を飼って暮らしている者が殆どだ。
冬場は雪に覆われ、凍えるほどに冷たいが、人々は家にこもって魔石の加工品や羊からとった羊毛を紡いで作品を作り、長い冬が明けて春になったらそれを売って生計を立てるのが、あの領地での一年である。
昔は魔獣の被害が多かったが、ユーフェミアが生まれた頃には少なくなったと聞いている。なお、それがおおよそエミールの貢献のおかげであることをユーフェミアは知らない。
まぁ、それは置いておいて。
リンスフォード領はそういった冬山の土地。山の実りと狩猟が食生活のメインで、冬場は基本的に強い酒と保存食で暮らす土地だ。
魔石産業が豊富なため、近隣の領地から麦や食料を輸入して賄い、土地特有の保存食文化とあとは寒さを耐えるための度のキツイ酒の文化が発達した土地、それが愛すべき故郷リンスフォード領だ。
アレクシオとは真逆を行く土地柄であるが、ユーフェミアの生まれ故郷であるので、暮らすには厳しい土地だが、それでも愛してやまない故郷である。
それに対して、先ほども言ったがアレクシオは本当に真逆を行く土地だ。
温暖で暖かい、ディシャールの海の玄関口と言っても過言ではない、新鮮な海産物と輸入特産品の多いこのアレクシオで暮らして、食に興味がないなんて、リブレット公爵家の嫡男が言うセリフではない。
「公爵家のご飯あんなにおいしいのに」
「ユーフェミアがそう言ってくれるなら、うちの料理長喜ぶね」
「泣いてますわ! 仕えてる公爵家の跡取り息子に「興味ない」とか言われたら!!」
ユーフェミアは、アレクシオにきてすぐ出された料理感動して、仕事の邪魔をせぬように料理長にお手紙を書いた時の事を思い出す。
丁寧に、とても美味しかったとしたためたお手紙を書いた次の日に、リブレット公爵家の料理長だと言う、厳しく気難しそうなおじいちゃんと言っても差し支えないような料理長がやってきて、泣きそうな顔で手紙の礼を言われた時、「感動しいなのかしら?」などと思ったのだが、嫡男がこれじゃああいう反応になってもしょうがないのではないだろうかと1人結論付ける。
実際は半々だ。
料理長は食に興味が無い代名詞であるエミールが連れてきた、未来の公爵夫人に料理をべた褒めされたうえに、お手紙まで貰ってしまったのだ。
エミールが食に興味ないのは昔からなので、半ば諦めてしまっているところがあるのだが、ユーフェミの賛辞にガチ泣きしそうだったし、実際に夜にちょっと泣いた。
顔が怖いせいで、淑女たちに怯えられやすい料理長であったが、その心根はとかくやさしく涙もろいとこのある、部下思いの料理長として公爵家の使用人たちから好かれている男である。
話がまた脱線したので戻そう。
これは、食育が必要なのかもしれないと、ユーフェミアは思った。
人生の半分を損しているとまでは言うつもりはないが、好物がないというのは寂しい。食卓に好物が出た時、お呼ばれした茶会で美味しいお菓子に巡り合った時の高揚感。
淑女の仮面の下に押し込めた心を、エミールがちょっとでも感じ取れたらいいのにと思う。
その延長戦で、ちょっとぎゃふんと言わせたいと思ったのは内緒である。
ユーフェミアがエミールを思ってうんうん唸ってるのを、エミールはにこにこと見つめている。
何を考えているかまでは分からないが、好きな人が自分の事を考えていてくれるのはやっぱり嬉しい。たまらなく嬉しくて、ニコニコしてしまう。
「ほら、ユーフェミア。冷めちゃうよ」
「んっ!」
エミールに促されて、ユーフェミアはハッとしたようにまた料理に手を伸ばす。
美味しいものは美味しいうちに、熱いものは熱いうちにがモットーなユーフェミアは、エミールの食育に思いを馳せながら、せっせとカレー料理を口に運んでいったのだった。




