78話 日の御方
「では聞こう。第三者の手に渡れば危険である術式陣を、貴様は何故開発した。それこそ、貴様が天帝天照を殺害する為ではないのか?」
月の御方による夢の中で、彼女が星の御方に問い質した事とほとんど同じ内容の言葉を、シキさんが紡ぎます。
それに対し、“天照の間”の出入り口に立ち塞がる星の御方は、軽く目を伏せました。
「……違うよ。そもそも月のが持ち去った設計図にあった術式陣は、日のの奴を見て、天照の地位についた者皆が必要になるかもしれないから、開発していたんだ」
「はあ? 意味不明なんだケド。太陽の守護神って誰かを暗殺しねーとやってけないよーな地位なのかよ?」
ふと、私はハヤテさんの言葉に違和感を感じました。
だって私、使われた術式陣は、“天照の間”で使う事を前提に開発されたものだと知っているので、場所の都合上、そんなところに仕掛けても対象者は絞られて…――――。いえ、違いました。
あの、「“天照の間”で使う事を前提に開発された」という言葉は、天照議事堂の入口で見せられた悪夢の中で、月の御方が口にした言葉。
ハヤテさんが知っている訳がありませんでしたね。
けれど、星の御方が言っていた通り、その悪夢が「術者と被術者二人の知識だけで構成されたもの」だったなら、あれは月の御方が知っていた事である可能性があります。
「ハヤテさん、私はそんな話聞いた事ありませんよ? …それより星の様、月の御方が持って行ったという設計図の術式陣、あれは“天照の間” で使う事を前提に開発されたものだという事は本当ですか?」
「っ!? ゼーレ、どこでそれを……!」
「……ああ、他者を殺める物でないならば、自害用という事か」
『それは…どう、いう事…ですか……?』
どうやら、悪夢の中で月の御方が言っていた事は本当だったようです。
でも、シキさん、一人頷いてないで何か解ったのなら説明お願いします!
さっきまで静かだった月の御方も気が付いたのか、戸惑いの心の声が響いてきてますし。
「ちょ、シキ様、何で“天照の間” で使う事を前提ってだけで自殺用って事になんだよ? 話について行けねーんだけど…」
「………」
けれど、シキさんはハヤテさんから説明を求められても、沈黙後に軽い溜息を吐くだけで答えてくれません。
このまま、沈黙の悶着状態が続くと思ったのですが…、やはりシキさんはシキさんでした。
無駄な時間になりそうだと思ったのでしょう。
一瞬で青い光の粒子を発生させたと思ったら、次の瞬間には星の御方にザバリと大量の水を掛け、あっという間に距離を詰めたのです。
…うん。既視感のある光景ですね。
前に見たのと違う事と言えば、シキさんが片手に月の御方を引きずったままだという事でしょうか?
当然のごとく、今度は星の御方の絶叫が響きました。
「シキ様、それ……」
「少々邪魔だが問題無い」
ハヤテさんが微妙な目で、シキさんの両手を塞ぐ事になった二人を見やりました。
それにしても、本当に大丈夫なのでしょうか?
シキさん、ユーリさん相手だと国際問題とかとっても気にしていたのに、月の御方と星の御方には容赦がありません。
「行くぞ。先程の理由ならば、歩きながらでも可能だろう?」
「あ、そうですね!」
「あー…、そっか。ここで立ち話する必要はねーもんな」
そして天照議事堂の入口に辿り着くまでの道すがら、シキさんは簡潔に教えてくれました。
地上世界の様に様々な寿命の種族がいる場合はともかく、天上世界という単一の種族しかいない場所で、たった一人、体の時間の進みが異なるという事は、それだけで苦痛が発生するのだと。
天帝天照は、日が出ているべき時間はずっと“天照の間”で太陽の光となるべき神術を使わなければならないはずで、その間、体内の時間が二倍で進むという事は嫌でも周囲の人より早く歳を取ってしまうのです。
そしてシキさん曰く、知的生命体は、少数派をあまり良くないものとして認識する本能を持っている場合が多いとの事。
つまり、日の御方に対し、周囲からの排他的な視線もあった可能性があるそうです。
シキさんが説明している間、途中で星の御方は意識が回復したものの、口を挟む事はありませんでした。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「イヤ、でもまさか、裁判まで付き合う事になるとか思わなかったぜ」
「流石にこの判決には我も驚いたがな」
月の御方を捕まえてから三日。
私達は雷の御方と一緒に、星の御方を伴って再び“天照の間”まで来ていました。
…いえ、違いますね。今は…―――
「これで今日から君が日の御方ですね。さて、と。後は空席になりました月の守護神の座と、星の守護神の座の人選をし、それから………」
そうです。
星の御方は日の御方、もとい日の守護神・天帝天照の地位に就いたんです!
最初は、何故か次の候補に私の名前が上がっていたのですが、雷の御方が刑罰として星の御方にやって貰おうと発言した事から、元日の御方傘下の人達が賛成して今に至ります。
ようは、地下世界への封印を解いて地上世界を混乱させた償いは、寿命を削って地上世界を照らす天照になってこそ償えるのだとかなんとか。
「く、僕は神力が多くないから一生ならないものだと思っていたのに、あの手があったなって…。や、普通は順序が逆だよ? 何でそこで伊耶那岐神様はいらっしゃったんだ…!?」
元星の御方で現日の御方が、何やらブツブツと言いながらも扉を開きました。
中はあの騒動の時のまま、破壊された執務机と椅子が転がり、干乾びかけた植物の破片があちこちに散らばっています。
…床も壁も天上も、汚れていますがどこも破壊されてはいないようです。
さすが、地上世界全てを照らす神術に耐えられる部屋なだけはありますね!
そうです。私達、今日はこの部屋を掃除しに来ました。
執務机と椅子の搬入まで行う予定です。
あ、アイさんは無事目が覚めましたよ!
今日は、病み上がりな上に散らかしたのは私達だとユーリさんから掃除を拒否されたので、アイさんとユーリさんは雷の御方の家でお留守番ですが。
「つか思ったんだけどさ、この部屋、扉閉じて中で誰かが陽光の神術放ったら即終了じゃね?」
「…まあ、我が出した植物はそうだな」
「あ、それじゃあ、私がやります!」
そこで上がったハヤテさんの発言。
光で焼き尽くすと言っても過言ではない神術で掃除するなんて、思ってもみな方法でした。
まさに、神術に強い“天照の間”ならではのやり方ですね。
ところが私が手を挙げたところで、問題が発生しました。
「駄目だ!!」
「絶対に駄目です!!」
旧星の御方であり現日の御方と、雷の御方の両方から反対されたのです。
「この部屋で神術を使うと、寿命が削られるって言ったよね!? しかも執務机と椅子は高熱に耐えられるようにしてあるから、残るんだよ!?」
「掃除の為だけにこの部屋で陽光の神術を使えば、地上世界で一瞬だけ太陽が出現するという怪奇現象が起きてしまいます!!」
けれど、反対する理由は、二人ともバラバラでした。
まあ、机とかが残ったり、地上世界で怪奇現象が起こるのは、あまりいただけないですね。
結局、私達は地道に作業する事になりました。
…とはいっても、シキさんが水の魔術でゴミを纏めて部屋の入口まで押し流し、私を含めた天津神系神族の三人が天井と壁、地上世界組の二人が床を乾拭きするだけでしたが。
明らかに、私達が翼ある組の量が多いです。
当然のごとく、シキさんとハヤテさんは早々と作業が終わってしまいました。
そこから何故か、ハヤテさんが雷の御方の足元まで走って行きます。
「雷の守護神様、ちょっとオレと交替! オレが飛行魔術で飛んで続きするから、シキ様と執務机取って来てくんね!?」
なるほど! 他の人が拭いている間に、別の作業を入れるんですね!
…ごめんなさい、今ちょっとだけ作業が少ないとかズルいなー、と思ってしまいました。
「ああ、そうですね。君達二人だけでは、ここまで戻って来れないところでしたね。解りました。星…いえ、日の、君の妹達に変な事はしないでくださいね?」
「…雷の、君、僕への認識がちょっとおかしくないかい?」
「裁判の時に聞いたこれまでの経緯から考えますと、あまりの溺愛っぷりに誰でも心配になりますよ…」
…そうでした。そういえば、いらない事に、私と旧星の御方であり現日の御方との、血の繋がりが判明しました。
両親に会えた事は良かったのですが、こう…現日の御方と正しく兄妹だったというのは、何か…なにか……フクザツな気分です。
いらない事を思い出して悶々としながら拭き掃除を続けていると、何故かハヤテさんが私の近くまで飛んで来ました。
え、ちょっと! 雷の御方が担当していた天井の方をやってくださいよ!
「ゼーレ、ちょっとお願い事があんだけど…」
「掃除範囲を減らすのは無しですよ?」
「違うって!! …えっと、アイとしてくれた約束の話なんだけど、さ」
ちょっと失礼だったようです。さぼりではない、みたいですね。
けど、そこで言い辛そうにもじもじしてても、さぼってるのと同意義なんじゃ……。
案の定、現日の御方から微妙な視線が送られてきました。
「ハヤテさん? 約束ってどれの事ですか?」
「えっ、いくつかやってんの!? …えっと、ゼーレが高木か天照になれたらってヤツなんだけど」
「ああ、あれですね! 大丈夫です。約束は守りますよ?」
昇進のお祝いに、伊耶那岐神様がお願いを叶えてくれるやつの話ですね。
上位神様ならハヤテさんの体を人間の構造に戻せるんじゃないか、って事でお願いする予定の分です。
ケルベル洞窟でアイさんに宣言した内容、ちゃんと覚えてますよ?
私は、一体何の話だろうかと、首を傾げます。
けれど、ハヤテさんからの言葉は、覚えているか、というものではありませんでした。
「それなんだけど、内容、変えて欲しーんだ」
「…追加は無理だと思いますけど」
変えるって、変更、ですよね? え、人間の体に戻らないって話ですか?
先が読め無さ過ぎて少々混乱しかかる私の隣で、ハヤテさんがおもむろに聖剣を撫でました。
ちらり、と手元から目を外してハヤテさんの方へと視線を移動させると、軽く俯いているくせに覚悟を決めたような表情が目に入ります。
「うん、そこは大じょー夫。…オレさ、ウブスナのじーさんみたいに、これから先も聖剣を使い続けると思うんだ」
「そうですね…? え、少し前までは使わなくなる予定だったんですか?」
「んや、そこは考えた事なかったけど、使い続けるって事は、せっかく一度体を戻してもらったとしても、また同じ状態になると思うんだ」
「…あ」
言われてみれば、そうです。私こそ、そこまで考えてませんでした。
「だから、お願い事は、アイの体の方を陸津神の構造に変えて欲しいっていう方向にして欲しいっていうか…」
「………あの、ハヤテさん」
「何?」
何? じゃないですよね?
内容的に、人間の時間から離れつつある自分と同じ道を、アイさんにも歩かせようとしてるんですよね?
ハヤテさん、ちゃんとしたんですか?
「その内容、ちゃんとアイさんと話し合いましたか?」
「………」
思いっきりハヤテさんが目を反らしました。
確定です。話し合ってませんね。
「いいですか、ハヤテさん。ちゃんと思いは伝えておかないと、そこにいる現日の御方と月の御方みたいな事になりますよ? 関係が拗れてどっちかが犯罪に走ったら終わりです」
「ぜ、ゼーレ!? 僕は違っ―――」
「大じょー夫! ゼーレがOK…、了解くれたらアイを説得する予定だった、し」
「本当ですね?」
「ま、マジでホントだから!!」
途中で現日の御方の声が聞こえましたが、今はハヤテさんと話しているので無視です。
位置的にも遠いですしね。
え? いつになったら呼び方を戻すのか、ですか?
戻しませんよ! “お兄ちゃん”は、あの夢に出て来た彼にこそ相応しい呼び名で、今、現実にいる彼には相応しくありません。
階級持ちの皆と同じ呼び方で十分です!
「それにしても、元月の守護神に殺された元太陽の守護神もちょっと抜けてるよなー。そこの入口の扉を開けさえすれば死ななかったってコトだろ?」
「え、いや、でも、あいつは結構マメな性格していたよ? 異変を感じたら部屋を出るくらいしそうだったけど…、毎日の疲労でうたた寝とかしてたのかな」
「ご本人に聞ければ状況とか色々判ったはずですが、亡くなってますしね」
アイさんとの約束の件も話し終わり、ハヤテさんが天井に向かって移動を始めるにあたり、自然と会話内容は今回の事件の事へと移行しました。
けれど、そこでカチリ、と聞き覚えのある不吉な音が響いたのです。
『―――起動しました。分類・仲介者、個体名・魂の仲介者。これより、魂との交信を開始します』
水瓶をひっくり返したかのように、体から一気に抜けて行く神力。
そして、真っ暗になる視界。
…落下による浮遊感は、まだ私を襲っていなかったのに。




