77話 捕獲
「っう……、く、……っ!」
「ハヤテさん!!」
視界の端で、革の防具の上から胸の辺りを掻き毟るかのように倒れる彼。
聖オオオ国の教都アシハラでの光景と、同じでした。
私は思わず、助け起こそうと駆け寄って…。
ドドドッ
「えっ?」
シキさんが放った魔術砲と、私の斜め上から来た神術とがぶつかり合った風圧で足止めされました。
あ、え? もしかして私、月の御方に狙われてました…?
『っ、やはり簡単にはいかないのですね』
「ゼーレ、余所見をするな!」
私のすぐ近くで起きた轟音に一瞬身を竦ませていると、月の御方の悔し気な声とシキさんの一括が耳に届きます。
そうでした。私が『天道白昼下』を発動させる少し前から、シキさんがハヤテさんの近くにいるので、私は行かなくても大丈夫でした。
でもシキさん、苦しむハヤテさんを仰向けにして両足の上に片足で乗り上げるとか、ちょっと酷いと思いますよ?
いえ、手に持っていた魔砲筒を仕舞って、左手でハヤテさんの右腕を押さえつけている事から、きっとあの痛そうな魔力吸収を行うんだとは思いますが。
「そういう異形の貴方は、余裕があるようですね」
『たっ、たた戦い中にこんな所で、な何をする気なのです!?』
「ぜ、セーレ、勇者達は気にせず月のに集中するんだ!」
ただし、星の御方と月の御方は大いに狼狽えてます。
まあ初めて見るならそうなりますよね。
だって今、シキさんの姿は薄桃色の魔王。
しかも、その背から生える薄桃色の蕾がついた別肢には、合計四本の黒い魔砲筒が抱かれています。
元からの薄桃色に金の模様が入った花の王者的服装とその物騒な装備が相まって、今、ハヤテさんを押し倒しているかのような体勢の彼は、まさに捕食者。
これから捕獲した人間を食い尽くすところです! な魔族にしか見えません。
先程まで月の御方へ向かって発射されていた、数ある魔術砲の中に何故か植物の実らしき物も混ざっていた辺り、捕獲の本気度が余計に高く見えます。
ほら、植物系魔族が放つ植物の実って聞くと、何か色んな効果がありそうじゃないですか。
「ゼーレ、少しの間、我は援護しかできんが、いけるな?」
「シキさんが自分とハヤテさんの防御に専念してくれれば、多分援護はいりません!」
「ふっ、それは頼もしいな」
それにしても星の御方と月の御方、私とシキさんの会話を聞いて更に狼狽えたように見えるのですが、一体どうしたんでしょうか?
気になりますが、まずは任務遂行が先です。
ただ、私の能力では攻撃はともかく捕獲能力に欠けるので、シキさん達か星の御方が動けるようになるまで、月の御方の戦力もしくは戦意を削るのが私の役目です。
とりあえずは、無理でも拘束です。私は、口の中で小さく詠唱をしました。
「…地上を走る風よ、我が敵から自由を奪え―――」
流石に新緑の若葉色の光の粒子が視界に入って我に返った月の御方が、黒い闇の粒子を発生させます。
きっと『風枷』みたいに吸われそうだとは思いつつ、慣れない神術の試し撃ちでもあるので、そのまま続行する事にしました。
「『風檻』!」
「えっ!?」
「…あれ?」
けれど結果は成功。
月の御方と私の間に闇の穴が出現したものの何の効果も発揮せず、私の拘束系神術はあっけなく月の御方を捕らえてしまったのです。
「つっ月の! 君は一体何をゼーレに教えたんだ!! アレを見て何も反応せず神術を放てるだなんて、絶対おかしい!!」
「失礼ですね! わたくしがゼーレにした性教育は、女性の体の仕組みについてだけです!!」
「やっぱり君のせいじゃないか!!」
一応、捕獲成功、ですよね?
膝を着いたまま動けない星の御方と、空中で動けない月の御方が、まるで痴話喧嘩のように言い争っていますが、内容から考えても月の御方の捕縛に全く関係なさそうですし。
またシキさんから注意を受けないよう、月の御方から目を離さないようにしつつも首を傾げると、背後…ハヤテさん達がいる方向から「やるぞ」と声が聞こえてきました。
その声に、星の御方と月の御方が驚愕の表情で、バッと音がしそうな勢いをつけてハヤテさん達の方へと顔を向けます。
「ぐ、ああ゛あああぁあっ!!」
『え? …え!? 仲睦まじくではなく、本気で食べる方ですか!? 何なんですか! 下等生物は仲間すら食料にするのですか!!?』
そして上がるのは、ハヤテさんの苦痛による悲鳴と、ジュウウッという、お肉を焼くかのような音。
うん、ハヤテさん、頑張ってください。チラリと見ただけでも痛そうなので、私は嫌ですが。
シキさんに腕と足を封じられているせいで、痛みから逃げようにも逃げれない彼は、背を反らすだけで精いっぱいみたいです。
…基本的に背を向けて、声と音だけ聞いているというのも、精神的にキツイですね。
とりあえず、月の御方の拘束をどう補強するか考えるというのはどうでしょうか?
うん、星の御方と月の御方が、呆気にとられた顔で固まっている間に何とかした方が良さそうです。
土属性の固定化の術は上級らしい上に、まだ土属性と闇属性は神力を変換できるか試していないので、とりあえず無しの方向です。
火属性はほぼ攻撃用しかないので、却下。光属性は…『焦輝』の網膜を焼いて視界を奪う術程度しか使えそうにありません。
となると、残りは水属性なのですが、近い内にシキさんから教えてもらおうと思ったままここに来てしまった為、何の術があるのか、ほとんど判りません。
いえ、水刃とか水の竜巻みたいなのとか、種類は色々見た事があるのですが、全てシキさんが無言だった為何という術名なのかサッパリ判らないのです。
…これ以上神術ではどうしようもない私が言う事じゃなさそうですが、本当は、封じの鎖があれば問題無………。
「あっ!! 星の様、月の御方を捕まえる気で来たなら、持ってますよね!?」
「えっ?」
私は焼ける音が無くなり、ハヤテさんの呻き声が小さくなった中、星の御方の方へと駆け寄りました。
けれど、星の御方は何故か驚き、次いで眉を顰めます。
「あの、星の様…? 束衛階級以上の人が捕縛の命令で動くときは、封じの鎖を携帯すると習ったのですが…記憶違いでしょうか?」
「間違いじゃない、けど…、その………」
『…そう、ですか。結局、ガイスト様は…』
視線まで横にずらして不審な態度をとる彼に首を傾げると、周囲に青い光の粒子が輝き始め、後ろからシキさんの声が掛かりました。
私の体が、虹色の光に包まれます。
「どうせ貴様はあの女を葬る気で来たのだろう。天帝天照殺しは、全世界に影響を及ぼす程の重罪。犯人だとの確信があるような言動をしていた貴様の事だ、今殺そうが後で殺そうが同じだと考えたのではないか?」
けれどその内容は、今彼が私の神力を回復した温かさとは正反対に、とても冷え切った内容で。
「そ、そんな…、星の様、違いますよね!?」
「………」
『つまり、今までのやり取りは茶番だったという事ですね?』
星の御方の沈黙に、月の御方の暗い声が重なりました。
その声に脳裏に過ったのは、あの悪夢の中での出来事。
星の御方を道連れに、心中をするかのような、密室内の神力全てを吸い、地上世界へと放流するという、あの。
けれど、今、この部屋の扉は開け放たれているので、密室ではないはずです。
私は首を振ってシキさんの方へ向きました。
「シキさん、お願いします。月の御方を雷の御方の所まで引っ張って行くの、手伝って貰えませんか?」
「高木の星殿がこれならば、それが一番だろうな。処罰は勿論だが、説明責任を蔑ろにすると下の者に示しが付かないだろう」
「…んじゃ…、シキ様か、オレが、月の御守護神、を、動けなくする…って事で、OK?」
「ハヤテは息が整うまで休んでいろ」
「でも…!」
いつの間にかゼイゼイと息を吐きながら、ハヤテさんまで来ています。
あれ? そういえば、血が少々左腕に付着してますが、火傷の痕、無いですね。
彼の息が荒い事から、回復魔術の類は使っていないという事はわかるのですが…。
「ではゼーレ、闇属性と月の属性への対処は任せる」
「わかりました! 星の御方の勘違いかもしれないのに、月の御方を葬るだなんてさせません! シキさん、お願いしますね」
「ハヤテは高木の星殿が余計な事をしないよう見張っていろ。…できるな?」
「っ! りょー解!」
月の御方は、未だ宙に浮いた状態で私の放った『風檻』に捕らえているのですが、シキさんは何も言わないので、きっと何か策があるのでしょう。
私がシキさんとハヤテさんと自分の三人に、『与賜光広速』で一気に速度二倍の神術を掛けると同時に、シキさんが月の御方の方へと走って行きました。
神力吸うのが目的なので、今彼が構える魔砲筒は別肢が持つ四本だけです。
その状態で、シキさんは一気に月の御方との距離を縮めました。
そして、いつもなら足元だけに現れていた深緑色の光の粒子が、部屋全体へと広がります。
「ふふふっ、例え動きは制限されていても、攻撃くらいはできますよ?」
「その程度、知っている。問題無い」
突如彼の足元に生える、巨大な白い茎。シキさんの背にあるそれの、四倍程の太さです。
シキさんはそれに押し上げられ、そのままの勢いを生かして跳び上がりました。
けれど跳ぶという性質上、その動きは直線的で。
狙いやすかったと思われる彼の頭上に現れた闇の穴を、『消影閃』で消し飛ばします。
『なっ、その術は対生物用と教えたはず…!!』
一瞬止まる、月の御方の攻撃。
当然、シキさんがそれを見逃さないはずがありません。
“天照の間”のあちこち…正確に言うと、少し前の攻防でシキさんが飛ばしていた植物の実の破片から、先程彼が踏み台にした白い茎と同じ大きさのものが、月の御方目がけて突き刺す勢いで生えてきたのです。
そして、当然の流れかのように、鉄板の上で食材を焼くような音と共に、悲痛な声が響き渡りました。
その悲鳴の近くには、壁に付着した破片から生えた茎を足場に立つ、シキさんの姿。
あっという間に勝負が付いたように感じましたが、月の御方に向かって生えた筈の茎の半数以上が、中途半端に何かにくり抜かれた形になっていたり、切り刻まれていたりと、あの一瞬の間に熾烈な攻防が繰り広げられていた事が判ります。
うん、そろそろ『風檻』は解いても大丈夫そうですね。
「ゼーレ、ハヤテ、出るぞ」
「そうですね」
「星の守護神サマは放置で良いよな?」
私が『風檻』を解くと、術で視えなかった月の御方の状態が明らかになりました。
薙刀を持った手をシキさんに捕まれ、飛ぶ力も無いのか宙にぶら下げられています。
彼の手の間からチラリ、と除くのは、痛々しい赤を湛える、爛れた皮膚。
月の御方は服装上、手と顔以外肌が見えなかった為、シキさんに顔を掴まれないか少々心配していましたが、どうやら武器を抑える方向で神力を吸ってくれたようです。
そしてよく見る水の塊を緩衝材に高所から降りた彼が、びしょ濡れ状態の月の御方を引きずって来ます。
「あの、シキさん、引きずるのはちょっと…」
「天帝天照殺しは疑いの段階だが、お前を誘拐した事と、お前に天帝天照殺しの罪を着せようとした事は確定している事実だ。景色が映り込めるほど凹凸の無い床を滑らせていく程度、問題無いだろう?」
「コイツ背負うとか、危険そうだしオレはシキ様に賛成だぜ」
「………階段は引きずらないでくださいね?」
そしてそのまま、三人で“天照の間”を出ようとした時でした。
「駄目だよ。…月のを、裁決の場に立たせる事はできない」
今まで膝を着いて動かなかった星の御方が、僅かにふらつきながらも出入り口の前に立ち塞がったのです。
彼の行動に、基本的に無表情なシキさんの眉が顰められました。
「何故だ。裁決という言葉がある時点で、天上世界にも罪を裁く制度があるのだろう? それに高木の階級には三人いると聞いている。同じ階級の者を裁くという行為を、貴様一人の判断で行って良いのか」
「もちろん駄目だよ。…けど、彼女は特殊なんだ。封じの鎖が効かないし、裁決の場に連れて行くと月の属性に対抗できない人全員が彼女の味方になってしまう。雷のだって太陽の属性が使えないんだ。例外じゃない」
まさか、星の御方が封じの鎖を持っていなかった理由が他にあっただなんて、驚きです。
けど、いくら月の御方に封じの鎖が効かなくとも、月の属性の神術が使えない程度に神力を削れば、問題無いと思うのは私だけでしょうか?
「それに、月のが日のを殺した事は、絶対だ。だって彼女が僕の仕事場に来た日まではあった術式陣の設計図が、彼女が帰った後に消えていたんだ。その翌日に、僕が想定したものと同じ死に方で日のが殺された。……“天照の間”の特殊性を考えると、彼女以外に犯人はいないんだよ」
「「「………」」」
それが本当なら、確かに月の御方が犯人です。
けれど、彼女どころかあの月の御方の心の声らしきものですら、自分が犯人だと認める言葉は発していません。
私の動揺を余所に、一時の沈黙後、シキさんが泰然と言葉を紡ぎ始めます。
「では聞こう。第三者の手に渡れば危険である術式陣を、貴様は何故開発した。それこそ、貴様が天帝天照を殺害する為ではないのか?」
その言葉は、あの月の御方の夢の中で彼女が星の御方へ問い質し、はぐらかされたそれでした。




