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76話 遂行

『ゼーレが犯人になれば、堂々と始末できるからに決まっているでしょう?』


 それじゃあ何故、私を地上世界へ送ったんですか?

 月の御方は、よく、星の御方の動向をかなり詳しく調べていました。

 それなら、星の御方が地上世界を混乱させるような事をしているのを憂いて送ってくれたのかも、と希望を抱いていたのに。

 日の御方を殺害した犯人は、真犯人が別にいたとしても、解決さえすれば誰でも良かったという事なんですか?


 けれど、月の御方の言い方からして、誰でも、ではなく、あえて私を選んだのは明白でした。




『そんな訳ないでしょうに。ガイスト様が一番に可愛がるその子に、いなくなって欲しかっただけだと、何故解ってはくれないのです』


「嘘、です、よね? だって、月の様のお知り合いが、拾ってきた、って……」


 その言い方では、まるで自分が誘拐犯だと明言しているようではないですか!

 月の御方は星の御方が大好きだとは知っていましたが、まさかあんな幼い自分に手を出すなんて、何かの間違いですよね?

 だって月の御方は、私の事をエルちゃんと一緒に優しく面倒を見てくれて…。


 けれど、月の御方の口から出る声と、彼女の口からではない声は、あっさりと私の言葉を叩き伏せました。


「ゼーレをわたくしの家に運んだのは、確かに知り合いですよ?」

『だからと言って、その言葉だけで誘拐を疑わなかったのは、ゼーレの勝手ですが。おかげで暴れられる事もなく、楽に事を進められた事だけは有り難かったですね』




 自分自身の“今まで”を否定され足元が崩れていく感覚に陥った私は、ふらりとしたところを誰かに支えられました。


 けれど。




『そのガイスト様と同じ色の髪に同じ色の目、彼を可愛く幼くしたかのような容姿をしていた子を、わたくしが殺せるはずがないでしょう!?』




 月の御方の声でありながら、彼女の口以外から聞こえたその言葉に、崩壊の音が止まった気がしました。


 だってその言葉は、私が知っている通りの、星の御方が大好きな彼女をそのまま表す言葉で。

 例え彼女が私へ口にした事は様々な事実を隠すものだったとしても、今まで自分で見て感じてきたことだけは本物だった、って事なんです。

 それなら、私を「大切に」育ててくれたという事も事実なはずです。


 ……星の御方に似ていたから、という前提があったとしても。


 支えてくれていた魔王姿であるシキさんの真っ白な手を、肩からそっと外します。

 隣から気遣わしげに注がれる視線を振り切り、私は膝を着く星の御方の横に歩き出ました。

 だって、これだけは伝えておかないといけないんです。

 私は、思いっきり頭を下げました。


「月の様、ありがとうございます!」

「「ゼー…レ…?」」


 今はもう、月の御方の一方通行になってしまっていても、過去はお互いに好きあっていた二人の言葉が重なります。

 面白いですよね。だって今、敵対しているかのような二人が、同じような表情を浮かべてるんですから。


「例え色んな真実を隠したままだったとしても、例え星の御方の面影を私に見ていたのだとしても、天士(てんし)として働けるようになるまで、ずっと面倒を見てくださった事は事実です。…だから、ありがとうございます」

「ゼーレ、月のは…」

「でも今、私は二つの命令を受けています。一つは月の御方からの、日の御方の殺害犯の捜索。もう一つは、星の御方と雷の御方からの、日の御方の殺害容疑がある月の御方の捕縛」


 捕縛という言葉に、月の御方の表情がまた消えました。


天士(てんし)の位は高木(たかぎ)の位を裁く事はできません。なので私は、任務だけ遂行させて頂きます!」


 私は宣言と同時に床を蹴り、加速を付けて月の御方へ向かって一直線に飛びました。月の御方から放たれた闇属性の何かを『焦輝(ガウ・ミラ)』で相殺し、右の剣を大きく後ろへ引きます。

 そしてそのまま柄の部分で殴りかかり…彼女が顕現させた漆黒の薙刀(なぎなた)に止められました。

 けれどそれは想定済みです!


『…これは…』

「『風枷(ヒュル・クーシェ)』!」


 けれど私が月の御方を吹き落とそうと放った、本来足止め用の術、『風枷(ヒュル・クーシェ)』は月の御方の上に出現した真っ黒な穴に吸い込まれてしまいました。


「…神術でわたくしに勝とうだなんて、甘いですよ、ゼーレ。発動前の光で丸判りです」

「っ!?」

「! 月の守護神のヤツもエフェクトが見えんのか!?」

『…え、えふぇ、くと…?』


 月の御方が、自分の口からではない自分の声で、僅かに顔を顰めました。

 シキさんとハヤテさんが、月の御方から僅かに視線を外している程度には少々間の抜けた声でしたが、彼女の威厳の為にも無視です。

 星の御方も完全に無視する方針なのか、膝を着いたまま顔を上げました。


「月のの曾祖母は、サンハ家の出なんだ。そしてサンハ家は、神術発動前の属性が放つ光が視える目を持って生まれる者が多い。彼女は多分、隔世遺伝で視える目なんだと思う。……その目の事は、今日初めて聞いたけどね」

「先程我の攻撃を避けたのは、その目で感知していたせいか」

「シキさんのあの攻撃は、深緑色に光りますからね」

「けど、大したアドバンテ……えっとハンデ、も違うな……あーくそっ! と、とにかく、月の守護神がそんな目でも、こっちはシキ様以外その光見えんだから大して不利じゃねーよな!!」


『どういう、ことです? 誇り高き天津神の血が、下等生物に……!?』


 月の御方の口以外から聞こえる声が、戸惑いを顕わにしました。

 シキさんが、私とハヤテさんに目配せをします。

 了解です! 聖剣の効果は説明しない方向で、って事ですね!


「ま、お互い見えてたら先に相手に当たった者勝ちって事でシンプ…簡単だけどな。ちなみに、魔術って名前に着いてるけどシキ様の魔術砲は、光らないぜ? 音で撃った事はバレるけどな」

「………ヒガンめ、この為か」


 月の御方が自分の周囲に黒と白の光の粒子を漂わせる中、シキさんがどこからともなく魔砲筒を取り出しました。

 けれど、その数は五本

 薄桃色の魔王の姿で黒い魔砲筒を構える光景自体が初めて見るものでしたが、両腕で持つ、いつもの一本の他に二本の別肢(べっし)で一本の魔砲筒を抱えるかのようにしていったのです。

 結果、十本中二本の別肢(べっし)のみ何も持たず背に漂わせ、他の八本で左右に二本ずつ構える形になりました。


「何でシキ様、二本だけ遊ばせてるワケ?」

「ハヤテの知る言葉で言うと、バランスやその他サポートの為、だな」

「…へえ?」


 ハヤテさんがニヤリ、と笑います。

 私が知らない…いえ、きっとこの世界の大多数の人が知らない言葉を使うという事は、月の御方を混乱させる為か、作戦を内緒にする為だとは思うのですが…。

 他の人が入り込めない世界が二人の間にあるようで、何だか妬けますね。


「ふふふっ、いくら武器が増えたところで、ガイスト様が動けない今、わたくしの勝ちです。『残像幻影(ノクズ・ムブークル)』!」

「げっ、月の守護神、分裂すんのかよ!?」


 …どうやらシキさんとハヤテさんの会話に、気を取られ過ぎたようです。

 止める間もなく、月の御方は周囲に漂わせていた二色の光を一色に変換し、瞬時に月の属性の神術を放ちました。

 十数人の月の御方達が、“天照(あまてらす)の間”で私達の頭上の空間を占領していきます。


「拙い、あれは術者本人以外は攻撃が当たらないくせに、自分達は攻撃できるという、月の属性の奥義…! ゼーレ、この人数だと七回分は消費した方が良い…かな」

「ガイスト様、わたくしが術を発動させる暇をゼーレに与えると思っているのですか? …いきます!」


 そして月の御方の言葉と共に、闇と光と水の属性の攻撃神術が、雨のように降り注ぎました。

 当然、私達は防御を余儀なく…はされませんでしたよ?

 神術に強いハヤテさんが、聖剣で私達の周辺に来る神術を吸収していきます。

 もちろん、その間にシキさんからの魔術砲が、各月の御方へと撃たれました。


「一体何者なのです!? そんな、神術を吸収するなんて出鱈目な…!!」

「オレは太陽の勇者であり地上の人間、ハヤテ・ヒロガイアだ!」

「人間にそんな真似ができる訳ないでしょう!?」


 ですが流石は月の御方。驚愕しながらも、攻撃の手は緩めません。

 それにしても、あんなに吸収して、ハヤテさんは大丈夫なのでしょうか?

 って、そうでした。月の御方の神術を解く為にも、太陽の属性を作らなくては!

 私は時々光と火を纏わせた剣で、ハヤテさんの吸収を掻い潜って届いた月の御方の神術を斬りながら、白と赤の光の属性を少しずつ合成させ始めました。


「…どうやら高木(たかぎ)の星殿の言葉は本当のようだな。数人に着弾したはずが、体をすり抜けている」

「っつーか、ゼーレまだかよ!? 術の量が多すぎてちょいヤバいんだけど!」

「もうしばらく待ってください! 必要な量が多すぎて、生成に時間が掛かるんです!」


 周囲ではドッゴンバッコンと轟音が鳴り響く中、ハヤテさんと怒鳴り合います。

 しかも何だか、ハヤテさんの息が荒くなってきました。

 …マズイです。彼の神術吸収能力が無くなったら、それこそ属性を混合させる暇なんて無くなります。


「ハヤテ、一度吸った方が良いか?」

「ちょっ、シキ様オレの事過大評価し過ぎじゃね!? あの焼かれるよーな激痛に耐えながらこの雨レベルの神術防ぐとか、ムリゲーだろ!?」


 星の御方の見立てで上級神術七回分の神力が必要との事でしたが、術に慣れていない私ではどの程度の威力になるか、判りません。

 私は、神力がかなり無くなる事を覚悟で、念のために十回分注ぎ込みました。

 …混合神術には詠唱そのものが無い為、必要な属性の光が溜まったら術名を唱えるだけです。


 視界の端に移るのは、ふらつき始めたハヤテさん。

 それを別肢(べっし)で支える位置に移動する、シキさん。

 神術の標的になっていない星の御方は、流れ弾もとい流れ術を苦し気な顔で弾いていました。

 私は、闇の矢を光を纏わせた剣で切り伏せつつ、慎重に単語を紡ぎます。




「―――『天道(アムトゥルス)白昼下(・ビブルグ)』!!」


 視界が真っ白になるのと共に聞こえたのは、どさり、と何かが落ちる音で。

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