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75話 砲筒使いシキの現実 下

 灼熱の爆風に耐える事僅か三秒。


 集中していた為に二・三分はあったように感じていたが、その程度の時間しかなかったと分析する。

 だが、たった三秒の間に正面玄関の広間は大きく様変わりしていた。


 十本立っていた柱の内、比較的細かった六本が破壊され、広範囲に瓦礫が散乱している。

 爆風が、ゼーレの位置から発せられた後、壁に跳ね返って戻って来た為だ。

 柱は脆くも崩れたというのに壁には罅すら入っていない辺り、崩壊した柱はただの飾りであった可能性があるが、この辺りは建物が倒壊しない限り放置して良いだろう。

 天井や床、壁は一様に煤けている。それだけ高温の爆風だったという事だ。


 我は仲間達を確認した。


 座り込んでいるハヤテとユーリ殿以外、三人とも床に附している。

 …消し炭となっている者は誰一人としていなかった事を確認でき、我は密かに安堵の息を漏らした。

 ゼーレに至っては、一度溶けて固まり直したかのような、妙にテラテラと光沢を放つ床の上で、焦げも傷も何一つ無い状態で倒れている。

 …と、ここで気付いた。無意識の内に、己で切っていた視覚を戻している。

 視覚を切ったままならば、建材に魔力が含まれている為に視える柱の倒壊具合はともかく、色や質感までは視える事はないのだ。


 ここでまた黒い翼の女の術を受けたら、という考えが(よぎ)ったが、頭を振って否定する。

 今の魔力残量は、生命維持の為に必要な量を僅かに上回る程度だ。魔力を敏感に感じ取る事ができる状態にしていたところで、術を払い除ける力は無い。

 対応できないと確定している物事に対し準備をするのは、労力の無駄だ。


 背後で上がるユーリ殿の呻き声を聞きつつ、我はゼーレを起こしに向かった。

 爆風が発生した直後、ユーリ殿が正気に戻って己の防御壁を厚くした事に気付いていた為、魔力の余力がある彼女が仲間の熱傷を回復させてくれるであろうと、当たりを付けたからだ。

 回復魔術が使えない自分がハヤテ達に声を掛けたところで、怪我が治る事はない。


「ゼーレ」


 呼びかけ、傍らに膝を着き、彼女に左手を伸ばした時だった。

 ジュッ、と聞き覚えのある音が、己の指と彼女の頬の間から零れ落ちる。

 反射的に手を遠ざけると、傷一つ無かったゼーレの右頬には火傷の痕ができていた。


 まさかと思ったが、何度凝視しても痕は消えず、そこにあったまま。

 魔力切れで空腹だとは思っていたが、体が勝手に魔力を吸収する程だったとは。……これでは魔力がある程度回復するまで、誰にも触れない方が賢明だろう。

 どこか苦々しく感じながらも、今度は聖剣を使ったハヤテの体に異変は無いか確認しようと、踵を返した。

 背後では起き上がったらしい高木(たかぎ)の星殿が、ゼーレの名を叫びながら回復神術を放った。

 別肢(べっし)の視覚で見たところ、範囲は彼とゼーレの二人分。我が事故的に作ってしまった彼女の火傷も治してくれたらしい。


「アイ!!」


 ゼーレ達の方へ気を取られていると、ユーリ殿の回復神術で熱傷が治ったらしいハヤテが悲壮な声を上げた。

 何事かと速足で近づくと、ユーリ殿がアイへ向かって再度回復神術を放つのが見えた。


「…どうした」

「シキ様! アイ、柱の破片が頭に当たったみたいで起きないんだ! …オレが、もっとしっかりしていれば…っ!!」

「………ユーリ殿、容態は」

「もう少し待って~。回復神術と平行して調べてるところよー」

「…アイ…っ!」


 我の力不足の結果ともいえる事態だが、ハヤテは一切我を非難しなかった。それどころか、自分の非力さを悔いている。

 彼の姿に、遠い昔の友の姿が重なる。


「…ハヤテ、これは我の失態だ。自分を責める事はない」

「違うだろ。オレがアイを放置してゼーレのとこまで行ってたら、術を発動しそうになった時点で、すぐにでも聖剣で全てを吸収できてたはずだ」

「アイの相手をお前に任せたのは、我だ」

「任されたのに守り切れなかったのは、オレだ」

「「………」」


 アイを治療するユーリ殿の横で、沈黙が落ちる。

 と、そこで今までを違う響きを持った高木(たかぎ)の星殿の声が上がった。


「ゼーレ!」

「―――え?」


 続いて聞こえたのは、ゼーレの。


「…ほらシキ様、行って来いよ」


 ゼーレの声に反応した我を見てか、ハヤテが促す言葉を投げる。

 我は内心、ハヤテの行動に首を傾げながらも、高木(たかぎ)の星殿の膝に抱き抱えられているゼーレの下へと向かった。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「僕の開発した術式陣(じゅつしきじん)の設計図、持って行って何に使った?」


 “天照(あまてらす)の間”に飛び込んだ直後、中から発生した攻撃をゼーレが不思議な使い方をした剣で一閃した。

 高木(たかぎ)の星殿と我が放った術を飛び越えて、だ。

 やはり剣があった方が、彼女の動きは良いらしい。

 ゼーレに頼まれた通り扉を開いた瞬間に、状態を固定化させた我が密かに頷いていると、高木(たかぎ)の星殿がゼーレの隣に立って黒い翼の女に話しかけた。

 彼の声に、彼女がうっそりと微笑む。


「決まっているではないですか。ゼーレが、エフォールのいる時間に発動するよう、この部屋に設置したんです」


 ゼーレが僅かに息を呑む。この黒い翼の女は、あくまでもゼーレに罪を着せたいらしい。

 だが何故彼女は気付かないのだろうか。高木(たかぎ)の星殿が、何の術式陣(じゅつしきじん)の話なのかを口にしていないという事に。

 高木(たかぎ)の星殿と黒い翼の女のこれまでの話を組み合わせると、太陽の守護神の殺害方法は、恐らく高木(たかぎ)の星殿が開発したという術式陣(じゅつしきじん)、それも時限発動式で、となる。

 だが、天上世界最強といえる天照(あまてらす)を殺害するという恐ろしく高威力な物を開発できていた時点で、高木(たかぎ)の星殿は他の術式陣(じゅつしきじん)の開発も手掛けているはずなのだ。

 その相手の質問に対し、この“天照(あまてらす)の間”に関係する事のみを答えるという事は、確定で良いだろう。


「では、我からも一つ。もしゼーレが犯人だとして、この部屋に着く為には高木(たかぎ)以上の者の許可が必要と聞く。……一体誰が出した?」

「………」


 女は、不気味な笑顔を湛えたまま、沈黙した。

 ゼーレの隣、高木(たかぎ)の星殿からギリリ、と拳を握った音が漏れる。


「君には、本当の事を話してもらうよ。君の処分については、それからだ」


 カチリ


 高木(たかぎ)の星殿が宣言し終わった瞬間だった。

 “天照(あまてらす)の間”に、何か、鍵を外したかのような音が大きく響いた。

 そして。


『―――起動しました。分類・仲介者、個体名・精神の仲介者。これより、精神の呼びかけを開始します』


「「「え?」」」


 突然響いた無機質な声に、ここで初めて、黒い翼の女が驚きの表情を見せる。

 高木(たかぎ)の星殿とゼーレと、声が被った事にも気付いていないようだ。

 だが驚きはそこで終わりではない。

 我の目では鮮明に見える程、一瞬にして高木(たかぎ)の星殿の魔力が減り、彼が膝を着いたのだ。


「なっ、僕の神力が、勝手、に……!?」

「ガイスト様!?」


『どうして!? わたくしは、まだ、何も…!!』


「…月の、様?」


 黒い翼の女が高木(たかぎ)の星殿を見て動揺したところまでは良かった。

 問題は、何故か大きな反響を伴って聞こえる、別の声。

 ゼーレが呆然と呟くのを見て、我の隣にいたハヤテが「もしかして…」と呟いた。


「おい、月の守護神、何であんたはゼーレに罪を被せようとしてんだよ」

「……流石下等な地上人。おかしな事を言うんですね。まるでわたくしが犯人のような物言いではないですか」


『ゼーレが犯人になれば、堂々と始末できるからに決まっているでしょう?』


 そして、ハヤテの挑発するかのような言葉に返ってきたのは、静かに批判する声と楽し気に応える声。

 その言葉に、ピシリと空気が氷った。

 だが、話の行先は気になるものの、これは使える機会だった。

 黒い翼の女までもが固まっている事を瞬時に確認した我は、彼女を捕らえる為に魔力の別肢(べっし)を出現させる。

 固まっていた彼女はろくに動けず捕まるかと思ったが、そこは流石に階級第二位の実力者だった。

 水刃で別肢(べっし)を切り飛ばし、魔力の別肢(べっし)が苦手とする宙へと舞い上がる。


「っ月の! つまり君は、初めからゼーレを犯人に仕立てる為に攫ったというのかい!?」

「………」


『そんな訳ないでしょうに。ガイスト様が一番に可愛がるその子に、いなくなって欲しかっただけだと、何故解ってはくれないのです』


「…黙っていても反応するようですね」


 彼女自身は高木(たかぎ)の星殿の問いに直接答えずとも、彼女の口以外から聞こえる彼女の言葉は当の本人によって肯定されてた。

 ゼーレが、ふらり、と一歩を踏み出す。彼女の背を見る我に、その表情は、見えない。


「嘘、です、よね? だって、月の様のお知り合いが、拾ってきた、って……」

「ゼーレをわたくしの家に運んだのは、確かに知り合いですよ?」


『だからと言って、その言葉だけで誘拐を疑わなかったのは、ゼーレの勝手ですが。おかげで暴れられる事もなく、楽に事を進められた事だけは有り難かったですね』


「!!」

「では邪魔と言いながらも、ゼーレを殺さなかったのは何故だ。貴様の口ぶりからして、当初は天帝天照(あまてらす)の殺害計画なぞ無かったはずだ」


 少しずつ開き直ってゆく黒い翼の女相手に、未だ心を寄せるが故に傷つくゼーレを、何故か我は見たくなかった。

 だが、心の片隅ではそう思いながらも、罪を暴かずには放っておけない厄介な癖が、己の口をついて出る。

 我は眉を顰めつつもゼーレの肩を抱き、宙へ留まる女へ問い詰めた。


 果たしてその答えは。




『そのガイスト様と同じ色の髪に同じ色の目、彼を可愛く幼くしたかのような容姿をしていた子を、わたくしが殺せるはずがないでしょう!?』


 今まさに彼女を殺そうとしておきながら、どこまでも身勝手な主張だった。

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