74話 砲筒使いシキの現実 上
注! 74話は魔王シキ視点です。
「―――わたくしの『白昼夢』を太陽の属性すら使わず退けるなんて…。中々やりますね」
正面玄関から堂々と中に突入した瞬間、外にいる時から感知していた、入って十数歩の場所にいた何者か…、声と翼の枚数からして黒い翼の女が何かの術を放ち、我は咄嗟に魔力で払い除けた。
だが奴と対峙しに来たゼーレ達は何かの術に当たった途端停止したきり、誰一人として反応しない。
つまり今現在は我以外の全員が『白昼夢』の影響を受けており、黒い翼の女と同じ地位である高木の星殿すら、彼女の術中に落ちたという事に他ならなかった。
高木の星殿から月の属性と言えば幻術、と聞いて真っ先に脳裏へ浮かんだものは、視覚操作という言葉。次点で感覚誤認。
突入前、ゼーレと高木の星殿が天照議事堂へ、結界と月の属性の術を解除する術を放ったのは、この目で見た。
だが、相手はゼーレが気付かない程昔から、月の属性の術で彼女の能力を偽装していた女。この程度で安全になるとは思えなかった。
更に入ってすぐの場所には、何者かが待ち構えているような魔力が停滞している。
ここまで情報が揃っていて何も疑わなければ、愚者以外の何者でもない。
「まさか目当ての人物が、入口で待機していたとはな」
我の言葉に、僅かな笑い声が聞こえた気がしたが、彼女の表情は判らない。何故なら今、自分の視覚を切っている状態だからだ。
当然、幻術の対策として行った事だが、そのおかげで魔力の動きを敏感に感じやすくなり、彼女から放たれた何かを察知し己の魔力で押し返す事ができた。
他の皆へは、反応する暇無く彼女の術が体内へと浸透した様子が視えていたが、黒い翼の女の早業に我も己の事しか対応できなかった。
…非常に拙い。
彼女の術が体の表面に留まるものであったならばどうにかできたのだが、体内へと入ってしまったのであれば、真実、太陽の属性でなければ対処できないという事なのだろう。
そしてゼーレ達が掛けられた術は操られる類のものでないか、密かに探りかけた時だった。
黒い翼の女が、右手を前へと伸ばした瞬間、最も先頭の位置で立ち尽くしていた高木の星殿が、闇属性の魔力に包まれる。
…天帝天照に次ぐ地位なだけはある。術の発動が早い。
目視できないものの、その属性と形状からして今の術は恐らく『呑闇覆結』。ユーリ殿が帝都ハウンドの王城の中、ウブスナ殿の私室で使用した術だ。
本来は闇の膜で覆った内側と外側の情報を遮断する為の術なのだが、今使うという事は…。
「それでは、ごきげんよう。殺し合いが終わった時にでも、また会いましょう」
「っ! 逃がさ―――!?」
黒い翼の女が踵を返すところを捕らえようと、魔力の別肢を発動させようとした時、背筋を悪寒が走る。
嫌な予感に導かれるまま横へ跳んだ我だったが、何かが通り過ぎる気配があるものの、何も視えない。
つまりこれは、魔力の無い何か。………高確率でアイの持ち物だ。
ゼーレとハヤテ、ユーリ殿は視えるが、アイだけは視えない。
何故なら彼女には魔力が一切存在しない為、魔力を感知する能力では視えないのだ。当然、そんな彼女が用意した物は、魔力を含まない物の方が圧倒的に多かった。彼女が使用する、毒針や毒薬入りの瓶、そして最近使用し始めた麻痺の紙風船もその例に漏れる事はない。
我が魔力無き気配に集中し、回避を試みている間にも、この正面玄関の広間は三度補助魔術の光に覆われていた。
放置していた理由は、ユーリ殿の強化系の補助神術だったからだ。まあ、全員の力が二倍になったところで、戦力差が開く事はあれど埋まる事は無い。
だが今の状態では、アイほど戦いにくい相手はいない。
今までの旅の成果なのか、大多数の人間より気配が薄い為に視力を切った状態の我では存在を捉えにくく、しかも標的は我だけではない。
そう、我だけではない。
誰もいない場所へ何かを放ったかと思えば、彼女と同じ状態と思われるゼーレ達の方へと何かを放つような空気を裂く音。
咄嗟に『水壁』で防ごうとし、毒針だと貫通する可能性を考え『岩壁』へと変更。
ここが問題だった。
ただでさえ天上世界へ来てから威力が下がっている土属性の魔術に、威力が二倍になったアイの攻撃が当たるのだ。
本来ならばびくともしない壁に、たった一回で罅が入る。
恐らく術名を唱えて発動させたならば問題無い強度だったろう術だが、即時発動させる必要がある今、それはできない。…となると、ゼーレ達の防御をする場合、毎度防ぐ為に『岩壁』を発動させる必要がある。
更にはついにユーリ殿からの攻撃神術が始まった。
…これは黒い翼の女の術に掛かる事を覚悟し、視覚を戻すべきか?
あまり動かれては敵わんからと、我は気配で当たりを付けたアイと魔力で視えているユーリ殿を、魔力の別肢で捕らえようとしたのだが…。
ユーリ殿の『火炎広弾』と思われる術と、アイの毒物の見事な連携によって阻まれてしまった。ただし、見事なのは我の別肢の退け方であって、二人はお互いを助けるために連携しているわけではない。
今まさにお互いがお互いに、何かを放とうとした為、二人の間に両面を『水壁』で挟んだ『岩壁』を設置したところだ。
それにしても、アイのあの毒物は何だ? 魔力の別肢が、あっという間に枯れたのだが…。
液体を回収して分析したい気もしたのだが、自分が触れると危険だと脳内に警鐘が響く為、この状態を脱した後にでもアイに聞く事にした。
ふむ。ここまでくると、仲間内で最も危険なゼーレが未だ動かない事は幸いだ。
今の内に拘束しておくとしよう。
ついでにハヤテも、と思い、迫り来るユーリ殿と気薄なアイの気配をやんわりと水流で押し戻しつつ、魔力の別肢を伸ばした。…までは良かった。
ゼーレはあっさりと捕まったものの、ハヤテは聖剣でばっさりと切り捨てたのだ。
「ハヤテ、お前もか……」
思わず口から出た自分の声には、どこか疲れが混じっていたが苦笑する暇もない。
勇者は魔力の別肢を斬り捨てた勢いのまま、右腕に持つ聖剣を斜め後ろの天井に向けた状態でこちらへと向かって来るが、生憎我の後ろには今し方拘束したばかりのゼーレ。
ここを動かず防御する以外、選択肢が無い。
避ける事に集中して貰えればと、ユーリ殿とアイの気配がする場所へ魔力の別肢を次々と出現させつつも、懐から魔砲筒を取り出し、盾代わりに構えた。魔術で聖剣は防げないからだ。
が。
「―――は? …え? だっ!?」
ハヤテは聖剣を振り下ろす事無く、顔面からガンッと魔砲筒に衝突した。
我も咄嗟に後ろに下がり衝撃を緩和させたが、もう音からして手遅れだろう。
あれは痛い。
「…ハヤテ、無事か?」
声にならない悲鳴を上げ、顔を両手で抑えて床を転げるその姿に、我は思わず声を掛けた。
無事という程ではない事は見て判るのだが、この確認はあの黒い翼の女の術が解けたかどうかの、確認だ。
会話が成立するならば、恐らく術は解けている。
果たして返事は。
「っ事なワケねーだろ!? シキ様何!? 何でいきなりオレの前に現れてんだよ!?」
「…我が突然現れたのではなく、ハヤテに掛かった敵の術が突然効力失っただけだ」
無事、術が解けている。我は密かに安堵の息を吐いた。
流石に、そこそこ実力のある相手数人の攻撃を防ぎつつ、彼らがお互いに攻撃する事を阻むという芸当を一人でこなすには限界があるからだ。
「という事で、ハヤテはアイの相手を頼む」
「えっ、シキ様!? という事ってどーゆー事だよ!?」
我はユーリ殿からの攻撃を水で弾きつつ、床から背をようやく離したハヤテを見下ろした。
「先程言っただろう。ハヤテには術が掛かっていた。当然、我以外の仲間全員にも掛かっている。幸いな事にお前は正気に戻ったらしいからな、我に視えんアイは任せる」
「は? んじゃ、さっきまでオレが見てたのって夢とか幻って事かよ…マジかー…。わかった、アイは任せろ。他は全部シキ様がやってくれんだよな?」
「そうだな。だが気を付けろ。皆は誰もいない場所へも攻撃する。何も目の前ばかり狙う訳ではない」
ハヤテが頷きアイの方へと駆ける後姿を視、我はユーリ殿をハヤテから離れた場所へと弾き飛ばした。
もちろん怪我を負わせぬよう、落下地点には水の塊『水檻』を用意して、だ。
…と、そこで違和感がした。
背中側、ゼーレを拘束している辺りが、妙に温か…いや、熱いのだ。
振り返ると、ちょうど光属性の補助神術を己に掛けたらしく、彼女の周囲から白い光が消えてゆくところだった。
拙い、ゼーレも動き出しそうだ。
「っシキ様、ヤバい! ゼーレのヤツ太陽の属性作ってる! 解呪系だったら良いけど、陽光だったら皆消し炭じゃね!?」
「!!」
ハヤテからの忠告に、我は急いでゼーレの周囲を『水檻』で覆った。
いつもより厚い水だが、中からジワリ、と温度が上がっていく事を感じ、我はゼーレに内心謝りながらも『地乾固無変』で固定化し、さらにその上へ『水檻』を重ねる。
…だが、それでも足りない。
ユーリ殿が正気であれば氷も使用できたと思われるが、今も空気を読むことができずに、岩漿の属性で広間の温度上昇に貢献している彼女へ期待するのは、無駄な行為である事は明白。
そちらへも水を大量に掛け、橙色に光る液状の岩を黒く変化させ、ゼーレの周囲にも檻を作るなど、水属性ばかり大活躍だ。
…『地乾固無変』で固定化したはずの水が、ゼーレに近い位置からじわりと蒸発していく事が、手に取るように判る。
太陽の属性とは、本来こんなに規格外なものだったのか。
「ハヤテ、ゼーレの術が存外に強い。こちらも防御用に術を展開する。アイから離れるな!」
「ちょっ、シキ様この状況でそれ言うのかよ!?」
当然だ。アイが吹き矢の容量で毒針を放っていようが、ハヤテが必死でそれを躱していようが、関係ない。
初めに掛けた『水檻』が消失した事を感じ、更に上から同じ術を掛け『地乾固無変』で固定化させる。
ついでとばかりにユーリ殿も『水檻』に閉じ込め、固定化させたが、こちらはすんなりといった。
…初めからやっておけば良かったと思ったものの、閉じ込められた彼女の神術は、『水檻』の外から発生する為に止まる事が無い。対象が動かなくなる事以外は、全く利点が無かった。
高木の星殿は…まあ良いだろう。黒い翼の女の術に閉じ込められている事から、そこまで影響は……受けそうだが、恐らく死にはしない。本当にゼーレの血族ならば、耐性くらいあるだろう。
ハヤテ達の周囲にも大き目の『水檻』を展開した時、ゼーレを覆っている『水檻』が内部から膨らむ感覚を伝えてくる。
瞬間、脳裏に浮かんだ言葉は、昔ヒガンから聞いた事のある、水蒸気爆発。大量に水蒸気のある場所で火器を使うと発生すると聞いた、それ。
我は迷う事無く、ゼーレの周囲を四辺の『岩壁』で囲い、蓋をする。それを『水檻』で囲み、また『岩壁』を…と何重にも、何重にも重ね続けた。
と、ユーリ殿の神術が、ゼーレを覆った『岩壁』へ直撃した時だった。
ドゴ…ン と大きな爆発音を放って弾けたのだ。咄嗟に、自分とハヤテ、そしてユーリ殿の前に両面を『水壁』で挟んだ『岩壁』を出現させ、緩和試みる。
最もゼーレに近い場所にいる為か、壁がまだ破壊されていないにも関わらず、体のあちこちに熱傷が走った。
人間を模した体では耐えられそうにもない。
そう判断した我は魔族の体へと全身の組織構成を戻し、ハヤテ達に『水檻』を重ね掛けした。
爆発からこの間、おおよそ一秒。
ハヤテはアイを守るようにして立ち、聖剣を構える事で術の軽減を試みている。
背から生えている別肢の視覚でそれを視た我は、僅かに口へ笑みをのせた。
そう、それで良い。正しい判断だ。
我は体が勝手に熱傷を治す事で急速に魔力が失われていく事を感じながらも、全員が生き残れるよう水を操り続けた。




