73話 自称兄と魔王
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シキさんの言葉に頷き、ユーリさんがぐったりしたまま目を覚まさないアイさんを抱き上げます。
ユーリさんの服も、あちこち焦げていて、ボロボロでした。それでも目立った傷が無いのは、きっと彼女自身の回復神術で治したからなのでしょう。
「ユーリさんっ! その…私………」
「ゼーレちゃん、言っておくけれどー、これは月の神術にうっかり嵌った人全員の責任よ~。もちろん、わたしもアイちゃんもその中に入るわ~」
「………アイさんを、お願い、します」
「うふふー。任されちゃうわね~」
雷の御方の所へ行ってしまう前にせめて一言謝ろうと駆け寄ると、逆にユーリさんからを牽制されてしまいました。
受けた攻撃の傷跡を残す服装のまま、いつものほわほわとした微笑みを乗せて、入口の扉の向こうへと消えていきます。
「つーかさ、星の守護神サマの術ってちゃんと効いてたのか?」
「いやあ面目ない。いつも通り成功して、罠も消えたと思ってただけに油断し過ぎたんだろうね」
「高木の星殿が油断していた事は紛れも無い事実だが、解除の術が終わった後、本人に直接掛けられたならば解除も何も関係無いだろう」
「……流石、魔王。月の属性は効かないんだね」
ユーリさんとアイさんを見送りながら、一階上がる度に解除の神術を試みるべきかと思いかけた時、後ろで男性陣の会話が始まっていました。
何だか口調的に、星の御方が密かに非難されている印象を受けますが、気のせいでしょうか?
「幻術が得意と聞かされては、それなりに対処して然るべきだろう。試しに、視覚・嗅覚・味覚の感覚を切っていた事が幸いしたようだ」
「よくそれで相手が月のだって判ったね」
「星の守護神サマ、シキ様は魔力の扱いに長けた魔王だぜ? とーぜん魔力だって見えるから、顔見えなくでも月の属性使った六枚羽の誰かってだけで推測可能じゃね?」
「…なるほど。確かに今、三対の翼がある者で月の属性が使えるのは月のだけだから、確率は高いね」
星の御方はハヤテさんの言葉に納得すると、「さて、今反省会してもしょうがないし」と宙へと飛び、移動を促しました。
けれどそこで、シキさんが言葉を挟みます。
「…高木の星殿、すまないのだが、もし“天照の間”までの間に戦闘があれば、我に任せて貰えないだろうか」
「何? 大人しそうな顔してるけど、魔王なだけあって戦闘狂なんだ?」
シキさんの言葉に、先頭を進もうとした星の御方が振り返ってニマリ、と笑いました。
う~ん、どうでしょう。シキさん、先手を取るのは好きなようですが、戦わずに済むところなら避けて行く感じですよね?
星の御方の言葉に私も脳内で分析していると、薄桃色の花の魔王の姿をシキさんが、背に漂わせている十本の別肢を、ザワリ、と蠢かせました。
「………。本気でそう思っているのならば、貴様から魔力を頂こうか。今の我なら触れただけで、意識せずとも魔力を吸うぞ?」
「え、い、いやあ、冗談冗談! 『陽光』があれだけの被害しか出さなかったのは、君のお陰なんだろう? 月のと戦闘になる可能性も高いし、補給ならしっかりよろしくね」
あれ? 何だか星の御方とシキさん、いつの間にか仲良くなってません?
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
パタパタと響く、階段を駆け上がる二つの足音。
私と星の御方は飛んでいるので、シキさんとハヤテさんの音です。
天照議事堂は広いとはいえ単純な造りの三階建て建造物なので、途中に潜んでいた月の御方の部下に対処できれば、後は真っすぐ進むだけでした。
ただし、一階と二階を繋ぐ階段は建物の最奥にあり、また二階と三階を繋ぐ階段はその反対、一階の入口の上に位置する場所にある為、移動距離は長いです。
しかも、二階に上がるには技司以上、三階に上がるには高木以上の者の許可が必要らしく、要所要所で“術式陣”と呼ばれるものに向かって星の御方が何かを呟きます。
マホージンに似ていますが、星の御方曰く、陣に古の文字で発動内容の式を書き込み、神力を込める事で作動するものだそうです。
…なんだか、さっきまで見ていた幻覚と同じような事やってますね。
唯一の違いは、あの悪夢の中で月の御方の部下を倒していたのは星の御方で、今回はシキさん、というところでしょうか。
「ってか、何でゼーレは術式陣も知んなかったんだよ。あれ、どー見ても魔法陣のハイスペック版…上位互換性? みたいな感じじゃんか」
さっきからずっとシキさんが月の御方の部下を数秒で沈めていくせいで、少々手持無沙汰なハヤテさんが話しかけてきます。
あのですねハヤテさん、もうすぐ“天照の間”があるという三階ですし、流石にそろそろ気を引き締めた方が良いのでは…。
「何故と問われても、知らないものは知らなかったんです! この件が終わったらちゃんと勉強しますよ!」
「うーん、この件が終わったら大々的な配置換えになりそうだし、ぜひとも僕の傘下に呼び寄せたいんだけど…。流石に四等親以内の身内を部下にするのは規定違反だし、雷のに任せようかな」
「……地下世界への封印を解いておきながら、高木の星殿は罰せられんと言うのか?」
それでも一応、聞かれたからにはと答えると、何故かハヤテさんではなく、星の御方から思ってもみなかった反応が返ってきました。
しかも、何だか聞き逃せない事まで口にしています。自分の傘下にって、え、罰されて降格とか無いんですか?
シキさん、もっと質問しちゃってくださいっ!
「まあ、それなりにあるだろうね。五年の減給か、十年の休日返上か、ってところだとは思うけれど。何せ実の妹が封印をし直してくれたみたいだから、傍迷惑な大規模の悪戯への処罰って程度で済むんじゃないかな」
けれどシキさんの質問には、何とも言い難い返答がありました。
ハヤテさんが哀れみの目を私に向けてきます。
「……ゼーレ、この兄ちゃんとは正式に家族の縁切った方が良いんじゃね?」
「その前に、本当に家族か確信持てませんよ?」
「え」
「んじゃ、今は気にしなくていーのか。つーかホントに家族なら、妹に尻拭いして貰う兄とか、最悪だよな」
「なっ!?」
私の斜め前を飛んでいた星の御方が、ハヤテさんの言葉で撃沈されました。
邪魔なので、私達は彼を無視して上り、最上階である三階へ到着します。
建物の半分程度の距離を進んだ先にあるのは、一階と二階には無かった、豪奢な観音開きの扉です。
多分、あれが“天照の間”なのでしょう。
けれど、その扉には見覚えのある術式陣が描かれています。
「ここに来てまたコレかよ。星の守護神サマ、鍵としてだけは優秀なのな」
「……可愛い妹の仲間だからこそ、ある程度許容していたけど、そろそろ僕も怒るよ…?」
そして同意したくなるハヤテさんの呟きを聞いていると、後ろからかかる、おどろおどろしい声。
振り返るとそこには、笑顔なのに笑っていない空気を纏った星の御方が、いつの間にか復活して立っていました。
まあ、こっちもそろそろ怒りたいのですが、立場上、星の御方の方が上な為に怒れません。
私の憤りを感じてくれたのか、“天照の間”の中に嫌な反応があったのか、そこでいつも通りの無表情なシキさんが口を挟んでくれたのは、幸いでした。
「高木の星殿、そろそろ入った方が良いのではないか? 中からかなりの魔力反応がある。恐らく攻撃魔術を待機させた状態で待っているのだろう。期待に応えようではないか」
ところが言い初めは良かったものの、期待に応えようとか言いながら、ふわりと笑ったんです。
もちろん、普通の人なら、ニヤリ、と不敵な笑顔を見せるところで。
ちょっとシキさーん! 顔に出せる表情の種類がと―――っっても少ないと知ってる私達はともかく、星の御方相手にそれはどうかと思いますよ?
現に両目を見開いて、呆然としてるじゃないですか。
しかもなんだか小さくブツブツと、「一体その笑顔はどういう意味なんだ…」とか「僕のゼーレ狙いじゃなかったのか?」とかって口にして……。って、私、星の御方の物とかじゃないですよ! 妹の可能性はありますが!
「星の様、まずは月の御方を何とかする事に集中してください。考えるのは終わってからでお願いします」
「―――はっ!? 危ない、危うく魔王の罠に嵌るところだったよ…。ゼーレ、ありがとう。仲間達の方は、心の準備は済んだかい?」
術式陣の描かれている扉の前に立った星の御方が、周囲に光の粒子を舞い始めさせる中、私達を見回します。
それに対してみんなで頷き、人間より優れた聴力のある私の耳でもほどんど聞き取れない声で、星の御方が何かを呟きました。
これまで二度…、いえ、幻影の中での事を合わせると五度見た光景と同じく、陣が光りを帯びて回転を始めます。
『情報確認、参照します。………個体名・精神の仲介者。…一致、今代の星の座。開錠します』
次の瞬間に聞こえたのは、悪夢の中での事と同じく封印の施設の出口を出現させる時と同じ声。
術式陣は回転しながら扉のあちこちへ分散し、これまたあの悪夢の中での事と同じ動きで、模様の一部となります。
…ここまで似ている事が多いと、どうしてもあの嫌な記憶の最後を思い出してしまいます。
あの密室で効果を発揮するという、術式陣によって起きた悲劇を。
現実にはあの術式陣は無いかもしれませんが、やはりここは保険を掛けておいた方が良い気がします。
「シキさん、扉を開けたら、開いた状態で閉まらないよう固定化する魔術を掛けておいてくれませんか?」
「扉を固定化…? 構わないが、逃げられ易くなるのではないか?」
「その心配は確かにありますが、それよりも密室になったら危険な術式陣を使用される可能性があるので、予防したいんです」
星の御方が扉に手を着けたところで口にしたのですが、耳聡く聞きつけた星の御方が驚愕の表情を浮かべてこちらを振り返ってきます。
「ゼーレ! まさか今回の事最初から知っていて…!?」
「え、何の話ですか?」
「だって今、密室になったら危険な術式陣って…」
「月の神術で見せられた夢に出て来たものなので、現実にあるのか怪しいですけど、念には念をって言いますよね?」
私の言葉に、星の御方は額に指を当てて、何かを考え込んだように一度目を閉じました。
そして瞼を開き、真剣みを帯びた目で、私の視線に合わせます。
「ゼーレ、何を視させられたのかは判らないけど、これだけは言っておく。月の神術の幻術や夢は、術者と被術者二人の知識だけで構成されたものが視えるんだ」
「え…?」
つまり、私が知らない情報は、全て月の御方が知っている事だった、という事ですか?
私が一瞬戸惑っている間に、星の御方は扉へと再度手を掛け、そしてバンッと思い切りの良い音を立てて開きました。
迫り来る光と岩壁、そして闇と水刃。見覚えのあるソレに対し、私はあの夢と違って回避しません。
闇が迫る左側と水刃が来る右側に対し、左手剣に光を、右手剣に炎を纏わりつかせます。
光と岩壁は無視です。違えばかなりの怪我を負いそうですが、あの夢と同じ攻撃だった場合、光と岩壁は防御用。
月の御方の術は闇と水だけだからです。
「はあっ!!」
一閃。
私は、光と岩壁を飛び越して、闇と水刃を斬り捨てました。
そして攻撃の余波が消えるとそこに現れたのは、表情を削ぎ落としたかのような顔をした、月の御方。
背後の扉は、閉まりません。けれど、月の御方の表情は動かないままです。現実では、扉を閉める予定は無かったのでしょうか?
内心首を傾げていると、星の御方が私の隣まで歩いて来ました。
「月の、一つだけ、君に聞きたい事がある」
「…何でしょう」
「僕の開発した術式陣の設計図、持って行って何に使った?」
ピクリ、と動く、月の御方の眉。
そして。
彼女は幸せそうな、けれど見ている者の背中に氷塊が滑り落ちるかのような、暗い微笑みを顔に乗せました。




