72話 突入!天照議事堂
※この話の中に全部入れないと意味不明になりそうだったので、いつもより長いです。
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『情報確認、参照します。………個体名・精神の仲介者。…一致、今代の星の座。開錠します』
封印の施設の出口を出現させる時と同じ声が響き、先程教えてもらった術式陣というマホージンに似たそれが、回転しながら扉のあちこちへ分散して模様の一部となります。
開錠されたのは、“天照の間”。
私達は星の御方を先頭に、背後からの風に背を押されるまま、そこへ飛び込みました。
一瞬私の視界に移った、月の御方。
けれどそれは文字通り僅かな間の事で、気が付けば目の前には光と岩壁、そして闇と水刃が殺到していました。
月の御方が使える属性は、今私が知っているだけで月、光、闇、水。
岩壁以外、月の御方からの攻撃の可能性が…って、もちろん回避させてもらいます!
私は空間が空いている上へ飛翔しました。
もちろん、天井に衝突するほどまでは飛ばず、天井と床のちょうど中間地点程度の高さで止まります。
ただこの部屋、他の場所と違って天井が結構上にあるんですよね。
フェリル帝国の謁見の間ほどではありませんが、この天照議事堂の一階の高さをそのまま三階分まで積み上げた高さといいますか…。
足元で四つの属性が激突します。見た感じ、光と岩壁が防御用だったようなのですが、月の御方の攻撃はそれだけではありませんでした。
バンッ!
私達の背後で、今入って来たばかりの扉が、まるで何かに吸い寄せられるかのように閉じたのです。
元々外開きの扉だったので、外にいる誰かが押して閉めた可能性もなくはありませんが、私達が入る瞬間までは誰もいなかったはずでした。風の吹き方からしても、あの重い扉を押せるほどではありませんでしたし…。
…嫌な予感がします。
私と同じ事を思ったのか、私が扉へ向かうのと同時に、ハヤテさんも扉へと駆け寄りました。
シキさんとユーリさん、星の御方は月の御方から目を離そうとしないのが気にかかります。
そして。
ハヤテさんと私は、まるで壁のようになったソレを開ける事ができませんでした。
「くそっ! おい星の守護神サマ! 中から開ける時もお前の開錠が必要なのか!?」
「―――いや、そんな事はなかったけど……。月の、どうゆう事だい?」
星の御方が、初撃以降攻撃をしてこない月の御方へと厳しい顔で問いかけます。
夜空色の翼を持った彼女は、その羽色に似合わない“天照の間”の中心部、豪奢な椅子と執務机の前に立ったまま、表情をそぎ落とした相貌で静かに口を開きました。
「貴方を天照にする為に、必要な事です。本当は外で待っていて欲しかったのですが……。貴方はそこで、何もせずにいてくれますか?」
「僕は君の力で天照にはならないよ。そもそも、僕の可愛い妹を攫った奴の力なんか、借りたくも無い」
「っ! 何故ですか! わたくしはただ、ゼーレと仲の良いところを見せれば、貴方に振り向いてもらえると思って…それなのに!!」
星の御方の拒絶の言葉に、月の御方が表情を崩して叫びます。
「そんな事の為にゼーレを攫ったのかい? それなら何でもっと早くゼーレを帰さなかったんだ!」
「帰せるわけがないでしょう!? あの時の貴方の姿を見ていたら! だから、それなら勝手に天照になったエフォールを消して、貴方がなれるように―――っ!?」
ドッ、と鈍い音が響くのと同時に、月の御方が部屋の奥へと吹き飛びました。
一瞬で月の御方へ詰め寄った星の御方が、彼女を思い切り殴り飛ばしたのです。
今まで、月の御方が不自然なくらい星の御方の行動内容を把握していた時ですら、こんな事があったなんて聞いた事もありません。
私は、あまりの出来事に息を呑みました。
星の御方が動く直前から、みんなの位置が変わっていないところからしても、私と同じ心境の人が多いんじゃないかと思います。
「やっぱり僕が開発した術式陣の設計図を盗んだのは君だったんだね。ゼーレを攫うだけに留まらず、あいつの命まで……。こんな最悪な女が好きだったなんて、ね」
「な…、何を、言うのですか…! あの、設計図は、どう、見てもこの“天照”の間で使うもの。…貴方がやるはずだった事をわたくしがして、何が悪いと言うのです!」
けれど月の御方は、流石高木の一人なだけはありました。
あの、普通は骨を折って気を失いそうな打撃を受けた後で、顔を苦し気に歪めながらも立ち上がったのです。
私は床に足を着けながらも感心していると、ハヤテさんが小声でアイさんと話しているのが耳に入りました。
「えっーと…、今度は、星の守護神サマが作成した凶器を勝手に月の守護神サマが持ってって、エフォ? 何とかってヤツ…話の流れからして、太陽の守護神様を星の守護神サマの代わりに殺した、的な事言ってんな」
「何それ、それじゃあ結局彼女で犯人決定って事でしょ? 何で早く掴まえないのよ」
「いや、何か空気が重いというか、オレ達が動く空気じゃないというか、一方的なの愛憎劇というか……、いや、最初は両片思いだったなら、一方的にはならねーのか?」
そういえば、そうでしたね。
結局、星の御方は人化しないまま来たので、同じく人化していない月の御方と彼の二人が話すと、アイさんには入口で立ち止まったまま全く誰も動こうとしない、謎の静寂空間が広がっている状態になるんでした。
「…さっきも言ったよね。僕は、天照の座を手に入れる時、君の力は絶対に借りたくない、と」
「高木の星殿、その言い方は、まさか……」
ちょっと星の様、ここはちゃんと月の御方の言葉を否定しましょうよ!
きっとシキさんどころじゃなく、今の会話を聞いた人の大半が殺す気だった、って解釈しちゃいますよ!?
私は慌てて星の御方へ詰め寄りかけたのですが、その行動は僅か二歩程度で月の御方の声に遮られました。
「ではわたくしにどうしろと言うのですか!? ―――どうすれば、わたくしのモノになってくれるのですか!?」
「ならないよ」
ピシ、と空気が氷る音を耳にした気がしました。
いえ、先程までのやり取りを見ていたからには、想像がつく展開だったはずです。
その凍り付いた空気の中で、星の御方は、再度口を開きました。
「僕の可愛い妹を攫った奴の物になんか、一生ならないよ」
そして一気に赤、青、黄緑の光の粒子を周囲に煌めかせます。
対して月の御方は黒く光るかのように光を吸収する粒子を周囲に舞わせ始めました。
同時に、周囲の神力…魔力が吸い寄せられるかのような感覚が近場で発生します。人間姿でここまで来た、シキさんです。左肩に乗せられた魔砲筒が、準備完了になっていました。
「うっわ、ヤバっ!」
ハヤテさんが、右手に持っていた聖剣を構えながらアイさんの前に移動します。
僅かに青ざめた彼に軽く首を傾けて視線を前に戻すと、そこには薄紫の光の粒子を周囲に舞わせ、パリパリと雷を体に纏わりつかせる星の御方がいました。
…月の属性以外は可能と言っていましたが、雷の御方が別にいる状態で雷を使うのって、何か反則じみてません?
ここは星の属性でいきましょうよ! 天照議事堂突入前にチラリと習っただけで、私、見た事ないですし!
―――はっきり言って、私は相当油断していました。
だって、相手は今まで自分を育ててくれた月の御方。対するは彼女の想い人。
しかも元々は想いが通じてなかったとはいえ、互いに想い合っていた事が判明しています。
一人殺されているという事実があるにも関わらず、痴話喧嘩とか、夫婦喧嘩とか、そういった類の事だと認識していたんです。
「ふ、ふふふふ、ふふふっ。やはりわたくしを選んではくれないのですね。―――それなら一緒に死んでもらいます! 他の誰にも渡しません!!」
「その術式陣は僕の…!? っ、ゼーレ、この部屋から出るんだ!!」
「え、私!?」
「バッカ、扉開かねーのに窓の無い部屋からどーやって外行くんだよ!」
月の御方の足元に一瞬で現れたマホージン、を見て、星の御方が月の御方から視線を外してまで私に指示を飛ばします。
突然の事に双剣を構えたまま反応できなかった私を余所に、ハヤテさんが再度扉を開けようとしますが、やはり開きません。
マホージン…いえ、星の御方曰くの術式陣が月の御方の神力を得て、緩やかに回転を始めました。
「高木の星殿、文句は聞かんからな」
ドドドッ
その動きに危機感を募らせたらしいシキさんが、星の御方が術式陣と私に気を取られているのを横目に、魔術砲を放ちます。
けれど、そこで目を疑う現象が起きたのです。
フシュッ、と気の抜ける音と共に、シキさんの魔術砲が術式陣へと吸い込まれていきました。
「なっ!?」
「…あれは密室内の神力を全て吸い取り、地上世界へと放出する術式陣なんだ」
「―――ハヤテ、物理で術者を潰すぞ!」
「りょー解! アイ、あの魔法陣、周りの魔力全部吸っちゃうらしーから、ちょっと行って来るな」
一瞬発生した現象に驚いたシキさんでしたが、星の御方の説明により、手段を変更します。
ハヤテさんの言葉にアイさんも行くと宣言したのを見て、私も、と一歩踏み出した時でした。
ぐにゃり、と視界が歪み、反動で上手く立てずに床へと倒れてしまいました。
「一体な…が……?」
しかも、上手く声が出せません。
それどころか。
「な…? い、き……きな、…!?」
苦しくなる呼吸に気が付いた時には、ユーリさんと星の御方、そして月の御方までもが倒れ始めたのです。
「反動…? いや…。―――…っ! ゼーレ! ユーリ殿!?」
「え? っ、ゼーレちゃん!? 姫巫女さん!?」
「そーだよ! 神族って神力で呼吸してるって…!」
天上世界へ到着してすぐは、ハヤテさんとアイさんもこんな感じだったのでしょうか?
こんな状態でちゃんと歩いていたなんて、感服です。
ちょっと苦し過ぎて、目が……。
「つまり、…者を…しても…――…と……―――」
「ん……壁………―――?」
視界が狭まるのと同時に、三人の声までもが、少しずつ遠ざかっていきます。
…ああ、この感覚は、あの時に似ています。
今まで最も古い記憶だと思っていた、赤い、…赤い―――…。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
ドオンッ ゴゴゴッ
どれくらい気を失っていたのでしょう。
何か固い物が破壊されるかのような大きな音と地響きで、私は目を覚ましました。
「ゼーレ! 気が付いたんだな! よっし、後は星の守護神サマを叩き起こして逃げんぞ!」
そして最初に目に入ったのは、服や防具がボロボロで、あちこちに血が付着しているハヤテさんでした。
彼の後ろには、アイさんに支えられた青ざめた顔のユーリさんが、壁を背に立っています。
「は、ハヤテくん、そろそろぉ…、限、界…よぅ……」
そういえば、辺りが妙に薄暗いです。
天照議事堂内は、常に地上世界の昼間のごとく明るかったはずなのに、です。
そしてふと上を見上げ…、割れ目から暗闇の空が見える天井を、見覚えのある白と薄桃色のそれが更に破壊していく様子が見えました。
「私、シキさんのおかげで…?」
確か星の御方が、あの術式陣は密室用だと言っていた気がします。
建物が破壊された事で、効果が切れたのでしょう。
でも、それにしては………。
「そ、そう! でもって、ちょっと手が離せないから先に行けって! …星の守護神サマは六つも羽あるし、もう放っといても大じょー夫だよな? ゼーレが無事なら文句無いだろ。うん、決定」
ハヤテさんが、引き攣った笑顔で言葉を捲し立てました。
…なんだか、胸の辺りがもやもやと……、何と言えばいいのでしょう? 言い知れない予感、とか…?
私が口を開けては閉じ、開けては閉じ、何と言えば、と迷っていると、ハヤテさんの周囲に白と新緑の若葉色の光の粒子がキラキラと光り始めました。
転移魔術を行うようです。
「…我が魔力よ、我が求めし――」
「きゃあぁっ!」
けれど彼が詠唱を始めたその時、ユーリさんの背後の壁、彼女の頭の僅か上に無数のヒビが入り、一気に粉砕されました。
ユーリさんの頭の僅か上から飛び出てきたのは、シキさんの別肢と同じ形をしたそれ。
破壊された壁の向こうにあったのは、無残に破壊された執務机とひび割れた床。
そして術式陣と月の御方がいた場所に広がる白い液体と、その中心部で床に手を着いた姿勢のまま動かない、魔王の体のあちこちに裂傷がある後ろ姿でした。
彼の周囲から、次々とシキさんの背にある別肢と同じ形状のそれが現れ、周囲の壁や天井、床を破壊していきます。
「し、シキさん!?」
「ダメだゼーレ近づくな! ネム王国でシキ様と戦った時の事覚えてんだろ? 多分、あれに近い状態だ。オレ達が早く離れた方が、きっとシキ様が正気になるのも早い。ついでに言っとくけど、シキ様に向かって武器構えたりすんなよ? あん時と同じなら、攻撃しようとする姿勢を見せなかったら放置してくれる」
「ハヤテ、その理論でいくなら、星の守護神様も連れて行った方が良いんじゃない? 彼、何も知らないから、意識が戻ったら攻撃始めそうよ」
「…チッ、皆、アイツの傍まで移動すんぞ」
私達は直接は狙ってこないものの、壁や床を狙う別肢や破壊されて落ちてくる天井だった物を避けつつ、星の御方へ近寄ろうとしたのですが、そこでガクン、と体を浮遊感が襲いました。
続いて床に叩きつけられるかのような衝撃に襲われ、同時に部屋全体の床の亀裂が大きくなります。
「クッ、二回目だ! もう一回落ちたら、今度は地上へ真っ逆さまじゃね!?」
「え、ハヤテさん、どういう事ですか!?」
「一回既に落ちてんだよ。三階だったこの部屋が、二階に。その後でまた落ちたって事は、今オレ達がいる高さは一階と同じって事だ」
どうやら今の衝撃は、階層が下の階へと落下した為のものだったらしいです。
けれど、そんな衝撃に襲われても、シキさんの後ろ姿はピクリとも動きません。
そんな中、ハヤテさんがシキさんに背を向けて聖剣を掲げます。
「よし、それじゃあもう一回! ……我が魔力よ」
新たに現れた別肢が、この部屋の壁どころか壊れた先に見える隣の部屋の壁まで破壊していきます。
そこで彼にあった裂傷の一つが、僅かに薄くなりました。
私の頭に、疑問が浮かびます。
「我が求めし次なる場所へ」
幾つか穴が開いていた床が、大きな音を立てて崩れていきます。ちょうど、部屋の中央にあった執務机を巻き込む形に。
床を穿った別肢が最奥へ到達したとばかりに一瞬動きが止まった瞬間、彼の開いた傷口が、先程壁を破壊したときよりも大きな回復を見せます。
…シキさんは、魔力が足りていれば傷は勝手に回復する的な事を、ヒガンさんが言っていませんでしたっけ?
「我等を送り届けん―――」
ハヤテさんの周囲にあった白と新緑の若葉色の光の粒子が、星の御方と彼の周囲に立つ私達を包んでいきます。
ガラリ、と地響きと共に響く音。音の発生源は、ハヤテさん越しに見える……。
「『複身 「シキさん!!」 移送』! ――っ!?」
術が完成する直前、私は床と共に落下する彼を追おうと、ハヤテさんの術の範囲から飛び出しました。
背後から強烈な光を感じ、転移魔術が完成した事を感じましたが、それは些細な事です。
私は崩壊した床スレスレまで走り、そこから翼で飛ぼうとして―――誰かに後ろから腕を掴まれました。
「ゼーレ、追っちゃダメだ!!」
眼下に見える灰色の雲の中に、シキさんが床ごと沈んでいきました。
早くしないと。
私はハヤテさんを振り解こうとするのですが、彼は離れてくれません。
一体何なのか、と振り返ると、そこには泣きそうな顔をしたハヤテさん一人がいました。
…先程の光で、アイさん達三人だけを移動させたようです。
「ゼーレ、追っちゃダメだ。シキ様なら大丈夫。ちょっと高いから重症は負うかもだけど、絶対落ちただけで死んだりしない」
それじゃあ、何で泣きそうな顔をしてるんですか?
「でもシキさん、傷が治っていませんでした! そんな魔力の無い状態で重症負ったら、その後はどうなるんですか!? 魔力も無く動けない状態で魔物や野党に襲われたら、どうするんですか!!」
「…っ!」
「離してください! 今からでも追えば、動けなくなった彼を守る事くらいはできるはずです!」
叫んだ瞬間、ぐいっと後ろへ引っ張られ、ハヤテさんと私の場所が入れ替わりました。
彼に引っ張られた勢いを殺せず、数歩よろめく間に、ハヤテさんが聖剣を構えます。
私に、向かって。
「追うならオレを倒して行けよ。シキ様の為にも、オレは絶対ゼーレを行かせない」
「ハヤテさん、何を言って…」
「晴れた空だったら追っても行かせたけど、こんな黒い雲の中は論外だ。ゼーレ、知ってるか? 雷ってめったに地上に落ちねーけど、かなりの頻度で雲の中に発生してんだぜ?」
ハヤテさんの周囲に新緑の若葉色の光の粒子が発生し、彼が速度二倍の魔術を唱えます。
本気、なんですね。
「それが何なんですか。私は、追います!」
「自分が助けた女の子が、自分を追ったせいで死ぬとかオレだったら絶対嫌だ! 気絶させてでも止めてやる!」
戦っている暇なんてありません。
早く追わないと、彼はどんどん落ちていってしまいます。
それなのに目の前には、光の粒子を纏わりつかせ、油断なく聖剣を構えるハヤテさん。
…私の中で、何かの熱と光が膨れ上がりました。
「邪魔です、ハヤテさん! ―――すぐにでもどいて貰います!!」
私も剣を構え、そのまま彼を聖剣ごと押し退けようとした瞬間、突如炸裂した光が視界を真っ白に染め上げました。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
………レ―――…
ピリリ、と痛む頬。
続いて、何かに引っ張られてどさり、と温かい何かの中へと体が引き込まれました。
―――ゼ―――…レ……
私は、一体何故目を閉じているのでしょうか?
こんな所で倒れている場合じゃありません。
早く追わないと!
「ゼーレ!」
「―――え?」
割と最近聞くようになった声に目を開けると、そこには結構ボロボロになった星の御方の顔がありました。
あちこち煤けています。…おかしいです。“天照の間”で彼が倒れていた時は、そんな焦げた痕は無かったはずです。
気を失っている間に、更に何かが発生したのでしょうか?
私は自分が星の御方の腕の中にいた事に気付いて抜け出そうとしていると、自分の頭の方向からとても聞き覚えのある声が響きました。
「…ゼーレで最後のようだな」
「っ、シキさん!? 無事だったんですか!?」
「ぐはっ」
「………」
少々力を入れ過ぎた気もしますが星の御方の腕から抜け出して、私はシキさんに駆け寄りました。
見上げると、そこには金の目の魔王姿で、いつもの無表情のまま沈黙する彼の顔が見えます。
「…我は無事だが………」
「えっと、そうだね、ゼーレ。月のの神術に気付いたんなら、『陽光』じゃなくて『天道白昼下』で解除して欲しかったな」
「え?」
「…高木の星殿、我が言った通りゼーレは無意識だったようだ」
「くっ、負けた…!!」
どうやら星の御方とシキさんは、何かを賭けていたようです。
星の御方が、真っ黒になった床に手を着いて嘆いて……って、あれ?
私は、周囲を見回しました。
あちこちが黒く焦げていますが、この形、そして近くにあるあの扉は、天照議事堂の玄関広間のものです。
私は訳がわからず、首を傾げました。だってさっきまで、崩壊中の“天照の間”にいたんです。ハヤテさんに連れ出されたとしても、転移魔術の性質上、屋外にいるのが普通のはずで。
「ゼーレ、偶然とはいえ助かった。お前があの術を使わなければ、我とハヤテ以外、仲間に自分の攻撃を当てるところだった」
「え?」
「シキ様!」
シキさんの言葉に、私は一瞬思考が凍り付きました。
仲間に、自分の攻撃を当てる…。何でそんな事態に?
いえ、そういえば、月の御方が使える月の属性で使える術は、「幻術」と分類される物がほとんどだと、突入前に聞かされて……。
「ハヤテ、ユーリ殿は何と?」
「……命に別状は、ないって。けど、回復魔術が使えねー雷の守護神様に預けんのは心配だ」
「そうか。ならばユーリ殿に付いていて貰おう」
シキさんが、彼の背後から駆け寄って来たハヤテさんと会話を始めました。
ちらり、とシキさんの奥に見える彼も、あちこちが焦げてボロボロです。
私はふと自分の体を見下ろしました。
…どこも焦げておらず、全くボロボロなところはありません。―――魔王姿のシキさんと同じです。
サアッと、顔から血の気が引いていく気がしました。
だってそうですよね? 周囲の様子から、高温の攻撃を受けた事は確かで、けれどシキさんは火属性の魔術は使えません。
そしてさっき聞こえた言葉。
シキさんとハヤテさん、そして星の御方が無事で、ユーリさんが誰かの命は大丈夫なのか診ている。
「ユーリ殿、すまないが高木の雷殿のところでアイを診ていて欲しい」
シキさんとハヤテさんが歩き出した事で見えたのは、ハヤテさんよりは綺麗な部分が多い状態で、けれど目を閉じたままぐったりとしているアイさんの姿でした。




