70話 星の守護神
「月の、何勝手な事やってるのかな? 高木の議題に出さないで死刑はできないって、知ってるだろう?」
月の御方が「死刑」という信じられない言葉を口にした一拍後に私達の間に降り立ったのは、高木の三柱の一人、星の守護神である星の御方でした。
私が知っている天津神の男性の中で、唯一白金に輝く翼を持つ御方であり、土の封印から吸血鬼を地上世界へ解き放った可能性が最も高い人です。
そして、その夢で見たのと同じ翼の色ということから、私の兄である可能性も。
「がっ、ガイスト様、何故天上に!? 雷のが戻って来た事に合わせて伊耶那岐の宮に戻ったのでは…!?」
「……月の、高木や天照の位に就いた者の名は、身内かそれに準ずる者が私的な場所でしか呼んではならないものだよ」
「も、申し訳……!」
伊耶那岐神様が言っていた名前と同じ事から、更に私の兄である可能性が高まった星の御方の突然の登場に、月の御方が狼狽えます。
まあ、そうですよね。大好きな人に、規定違反をしていると指摘されたわけですし。
それにしても月の御方の狼狽え方が凄いです。ついさっき真っ白になった私の頭が、通常運転を再開できる程度にまで、傍から見て可哀そうな狼狽え方です。
月と星を湛える夜空のように凛とした雰囲気だった彼女が、顔を真っ青にして怯えているような表情を浮かべているんです。
けれど星の御方は、彼女の事などどうでも良いと言うかのように、冷たい声で言い放ちました。
「それに、僕の可愛い妹…ゼーレを誘拐した犯人なんかに名前を呼ばれたくはない」
「わ、わたくしは……!!」
「星の様、お待ちください! 月の御方がそんな事するはずありません!」
あまりの濡れ衣発言に、思わず月の御方を星の御方の視線から守るように飛び出してしまったのは、仕方ないと思います。
だって月の御方は、血が繋がっていない私を、ここまで育ててくれたんですよ?
不自然な火事から私を助けてくれた人は彼女の知り合いだったらしいので、仮に私が星の御方の妹だったとしても、知らないまま育てていたっておかしくはないんです。
それを誘拐だと表現するなんて、言い過ぎです。
「ゼー…レ…?」
後ろで月の御方が呟くのを無視して、私は思った事を星の御方にぶつけました。
ですが、それもあっけなく星の御方に切り捨てられてしまいます。
「最初の三日間なら、それでも問題はなかったんだ。でも、あの日の三日後、僕は雷のと、この間殺された日の、そして彼女にゼーレの捜索を手伝って欲しいと伝えている。その時点で僕の妹の容姿は伝わっていたにも関わらず、隠蔽するかのような行動をした時点で、月のは誘拐犯で確定だ」
「隠…蔽…?」
情に厚い月の御方が取った行動とは、とても思えない言葉でした。
私の後ろにいるはずの月の御方の気配が、固まります。
「月の属性の幻術だよ。僕が調べた限りでは、少なくとも翼の色と、使用可能な属性への認識を曲げられていたようだね。部下に探させても見つからないはずだよ。翼の色が違ったんだから」
そして星の御方は、月の御方を居ないものとして扱うかの如く、土属性の光の粒子と同じ色の目を細め、私へ嬉しそうな笑みを向けてきました。
「君はゼーレ・サンハだろう? 白金の翼に戻っているという事は、属性への認識を曲げられていたにも関わらず、太陽の属性を発現させる事ができたんだね。流石、僕の妹だ」
彼が言い終わった瞬間です。
バサリ、と大きな音を立てて背後の気配が動いたのは。
「「「月の様!?」」」
「「お待ちください! 月の様!!」」
振り向いて視界に入ったのは、ぐんぐんと私達から遠ざかる月の御方と、配下の人達。
えっ、月の様!? ここは逃げるんじゃなくて、反論するところですよ!? 誤解、全く解けてないじゃないですか!
そしてそのまま、月の御方達は、天照議事堂へと入り、議事堂の周囲に見覚えのある結界が生成されます。
あれです。フェリル帝国の帝都ハウンドで見たのと同じ見た目です。
…と、軽く呆然していると何故か横へ引っ張られました。そしてそのまま、もの凄い勢いで、アイさんやハヤテさん達がいる側へと連れて行かれます。
もちろん、引っ張った本人は確認済みですけどね。
「し、シキさん…?」
「敵かもしれない相手に背を向けるな。例え彼がお前の兄だとしても、吸血鬼を地上へ解き放った犯罪者である可能性がある事を忘れたのか?」
「あ、そ、そうでしたね」
そうです。よく考えてみれば、身内が犯罪者だったという可能性もあるんでした!
いくら身内な気がしても、そこで安心しちゃ駄目ですね。シキさんには本当に迷惑かけっぱなしな気がします。
そして気を引き締めなければ、と意気込んでいると、先程嬉しそうに笑ったはずの星の御方から、また冷たく感じる声が発されました。
「……ところで、君達は? 馴れ馴れしく僕の妹に触っている辺り、相当仲の良い仲間なんだろうけど」
「突然出てきて兄面する貴方よりはー、馴れ馴れしくないと思うわよ~? わたしはユーリ。陸津神の祭唱。貴方と同じ位ね~。ほら、アイちゃん、聞こえてないだろうけれどー、ゼーレちゃんの兄を名乗る人が自己紹介を求めてるわよ~」
「なっ!?」
けれども、ユーリさんからの華麗な切り返しに、星の御方は目を見開きました。
うん。記憶的に初対面と言っても過言でない彼が、シキさんに馴れ馴れしいと批判する権利は無いと思います。
「ゼーレちゃんのお兄さん? そんな存在いるなんて、全然聞いた事なかったけど…。あたしはアイ・ディルグドート。人間の薬師よ」
「えっ!?」
「ってか、つまりお前がガイスト・サンハなんだな? オレはあんたの失敗で迷惑被った、聖剣に選ばれし太陽の勇者、ハヤテ・ヒロガイア。伊耶那岐神サマからボコって良いって許可貰ってるし、今から良いか?」
「ゆ、勇者殿!?」
星の御方の、首の後ろで一つに括った癖の無い長髪が、大きく揺れます。
え、伊耶那岐神様の話では、“ガイスト・サンハ”という人が作業をしたって感じでしたが、ハヤテさんの顔を知らないような反応からして、違うのでしょうか? それとも、相手の顔は一切見てないとか……。
「ハヤテ、それは後にしろ。……我はシキ・ネフェルテム。ネム王国を治めている」
最後に自己紹介をしたのは、シキさんでした。
彼の言葉に、今まで何やら衝撃を受けたかのような反応をしていた星の御方が、ピタリ、と止まります。
「それだけじゃないよね? 偽りの姿で自己紹介するのは、相手に失礼だと思わないのかい?」
「自分の自己紹介をせず、先に相手へさせる者への紹介など、これで十分だ」
「………」
言われてみれば、その通りですよね。星の御方、自己紹介してません。
しかもシキさんは、一国の王にして多くの部族を従える、魔王。
魔王の中での実力はどうなっているか不明な事を考慮しても、妖精系魔族の中での地位は、たとえ低くても、天津神系神族の高木と同等であるはずです。
そんな相手に自分の自己紹介無しで正体を教えろと迫る時点で、星の御方の方が失礼な気がします。
「星の様、非常に申し上げにくいのですが、周囲から自分が何者か判るような言葉が掛けられていたとしても、自己紹介はきちんと行うべきだと思います」
「―――っ!?」
そして何故かガクリと膝を着く星の御方。
聖オオオ国の教都アシハラで見たお土産屋にあった絵のように、その麗しい姿でそんな事をしているのを見ると、まるでどこぞの劇を見ている気分です。
と、その時、上から声が降って来ました。
「全く、その通りですね。星の、可愛い妹に軽蔑されたくないのでしたら、しっかり己の心を引き締めて、誰にでも誇れる行動を心がけなければなりませんよ?」
眼鏡をかけ、少々神経質な顔をした銀髪の天津神。雷の御方です。
後頭部に浮かぶべき光輪がない事で、地上で会った時と同じく、彼の姿が人化した状態で翼を出しているものだと判ります。
「高木の雷殿、健勝そうだな」
「はい、勇者ハヤテ殿とゼーレ殿のお陰です。ここで立ち話もなんですし、私の家にでもどうぞ」
「なっ!? 雷の、正気かい!?」
星の御方が何をもって正気でないと判断しているのか不明ですが、私達はとりあえず、雷の御方について行く事になりました。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「まさか、星のがそのような事までしていたとは…。昔は天才と囃し立てられていた彼も、今ではサンハ家の面汚しですね」
「だけど僕は彼女があんなだと知っていたら、絶対にしなかった! 大体、君は月のと幼馴染じゃないか! どうして教えてくれなかったんだい!?」
「最初は止めていた事を忘れたのですか? …流石に、ベタ惚れだった日のと君の姿に、途中で説明する気が失せてしまったのは認めますが」
移動中に、星の御方が土の封印を故意に解き、吸血鬼を地上に解き放ったと思われる旨の話をしたところ、肯定されてしまいました。
しかも、雷の御方の家に到着した辺りで、星の御方が少々責任転嫁っぽい事を言い出します。
幼馴染だからって、忠告の義務は無いと思いますよ?
さ、上がってください、と雷の御方が星の御方の激昂をサラリと流しながら伝えてきます。
ちなみに私も雷の御方を見習って、人化して翼だけ出した状態にしました。よく考えてみれば、職務質問された時だけ元の姿に戻れば良いですしね。
これでアイさんも疎外感が少なくなると思います。
「大体、僕は彼女の情に厚いところに惚れていたんだ。だけど日のの奴が天照に就いた辺りから、天照は僕の方が相応しいと時々言うようになって…。一体、いつから彼女は名誉を重視するようになったんだろう?」
「いつから、ではありませんよ。今も昔も、古の四家が古通りの地位に就くのが最も適切だと思っている事は確かですが、それ以外は思うが儘に行動していた事は変わっていません。……ですが星のを天照にすべきだと言っていることから、彼女は勉強を怠っている事が窺えます。それ故でしょう」
「それは…ありそうだね。日のの寿命が縮まった事に対しても、ただの神力不足だと言っていた事があったよ」
それにしても、私達にそんな内部事情っぽい事を漏らしても大丈夫なんでしょうか?
いえ、それよりも、寿命が縮んだって……。
「は? おい、雷の守護神様にガイスト、太陽の守護神って殺されたんじゃねーの?」
「…太陽の勇者、何で雷のは様付けで僕は名前を呼び捨てなのかな」
「いやいや、自己紹介しないってコトは、好きに呼んで良いってコトだよな?」
星の御方の笑顔が、ピシリ、と固まりました。
う~ん、本当に彼が夢の中に出て来た私の兄と同一人物なのでしょうか?
あの甲斐甲斐しく妹の世話を焼く少年と星の御方とでは、どうしても違う存在に見えると言いますか…。
とりあえず、あの夢の中の彼の方が格好良い事は確かです。
「……では改めて。僕は高木が一人、星の守護神だ。個人名は身内以外で呼ぶ事は基本的に禁止されているから、“星の”とでも呼んで欲しい」
「りょー解。アイ、聞こえてねーだろうけど、ゼーレの兄ちゃんを名乗るヤツが自分の事は“星の”って呼べって、自己紹介したぜ?」
「承知した。高木の雷殿が名を明かさなかったのも、理由があったという事か」
そこで私達の中で最後に雷の御方の家へ入ったシキさんの体の表面に、白い光が広がっていきます。
体全てを光が覆った後、光の形が変形し四散すると、そこには薄桃色をした魔王姿の彼がいました。
「こちらも改めよう。我はネム王国の初代国王にして現国王。そして二十九の部族を纏める魔王、シキ・ネフェルテム。天上世界へは、太陽の守護神決定が僅かでも早まればと、ゼーレに同行した」
「ふうん、僕達と祖を同じくする妖精系魔族だったんだね」
「……星の、一度国名を含めた自己紹介を聞いておきながらその反応は……、君も月のの事を言えないと思いますよ? 伊耶那岐の宮を管理する役目なら、隣国の王程度調べておくべきだと思いますが…」
そういえばシキさん、前に、自分の姿は広めていなくても、魔族であるという情報は伏せていない的な事言ってましたね。
「こほん。…で、太陽の勇者の質問だけれど、殺された、で認識は合っているよ。犯人も心当たりあるしゼーレの件で怪しさも増した事だしで、後は確かめるだけだったところに君達が来たんだ」
「ああ、そうです。この事は事が済むまで、他言無用にお願いしますね? 元・日のの直属の部下達が怒り狂って私刑に走りそうですから」
無理矢理話題を方向転換させた星の御方に、雷の御方が言葉を付け足しました。
嫌な予感がします。
だって、私の件って…。あの公道でのやり取りが脳裏をちらついて離れません。
「あー、やっぱし、ゼーレに自分の罪着せようとしてたアイツだよな」
ハヤテさんの言葉に雷の御方が頷き、星の御方が口を開きました。
「僕が吸血鬼を解き放ったのも、当時好きだった月のがやった事を鬼系魔族のせいにする為だったからね」




