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69話 砲筒使いシキの推測

注! 69話はシキ視点です。

「みなさん、聞きましたか? 下界の生き物に天上の事を教えるだなんて…。やはり謀反を起こしたのはゼーレ、あなただったのですね」




 我がゼーレから天照(あまてらす)議事堂の常駐人数を確認し、数歩進んだところだった。


 転移魔術。

 ハヤテが最近使えるようになったそれで、ゼーレの剣の間合いから大きく離れた場所に複数の天使…、いや、天津神系神族が現れた。

 二十人程度の人数を従え、先頭に立った黒き清廉なる堕天使の様な女は、上下にある大きな翼の間にゼーレ程度の翼があるような、三対の羽が特徴的だ。


 何故なら他の天津神は大きな翼二対か、大きな翼とゼーレ程度の翼の二対の翼しかない。


 伊耶那岐(いざなぎ)の宮で対立した神族の事を考えても、恐らく産祇(さんぎ)技司(ぎし)の位の者だろう。

 ただし魔力量だけで見ると、ゼーレより階級が上である彼等でも、三対の翼の女と産祇(さんぎ)の二・三人以外は彼女より量が少ない。

 実際の技量はまだ不明だが、これだけでもユーリ殿と陸津神(ろくつかみ)系神族の束衛(つかえ)メイ、そして天津神系神族の技司(ぎし)エクレールも言っていた通り、ゼーレの階級にかなりの疑問が生じる。


「月の、(さま)……? え、何を言って…」


 そして極め付けはこれだ。

 突然の事に困惑した声を出すゼーレの言葉の内容からして、僅かに紺色が混じる黒い翼の女は、彼女に太陽の守護神を殺害した犯人を捜すよう命じた“月の御方”。

 ゼーレは彼女に拾ってもらい、育ててもらったとまで言っていた。

 ならば、白銀の翼が白金の色へと変化した事に気付かぬ筈がないのだが、彼女は全く驚きの表情を見せない。

 つまりは、元々白金の色だった事を知っていたという事なのだ。


「よくもそんな白々しい事が言えますね。貴女は元々光と火の属性の適正が大きく、太陽の属性も使えるはずです。更には生まれつき神力も多い。階級が上がれば、神力もわたくしを凌ぐでしょう。大方、あの人が消えれば、自分が天照(あまてらす)の地位に就けると思ったのですね?」

「っち、違います! 月の様、何故急にそのような事を仰るのですか!? それに私は……!」


 白々しいのはどちらだ、と思ったが、必死に否定するゼーレを前に口を挟む暇は無い。


「ここでそのように否定するのは見苦しいですよ、ゼーレ。…ですが、あなたがそんな風に育ってしまったのは、わたくしの責任。わたくし自らが捉えるのが、最後の慈悲というものでしょう」


 黒き清廉なる堕天使の様な女が、悲しげに目を伏せた。

 その演技に、彼女が引き連れて来た天津神達から殺気が登る。

 …奴等は彼女の部下ではなく、もしかするとヒガンが言うところの所謂熱狂的なファンという物なのかもしれない。

 不味いな。


「…みなさん、みなさんはゼーレが連れて来た下界の者達を。ゼーレは、わたくし一人に任せてくれませんか?」

「月の様、いくら身内でも太陽の御方を害した者に、慈悲をお与えになる必要はございません! 全て我々が捕らえます!」

「いいえ、良いのです。きっとこれが、最後の会合になるでしょうから…」

「―――なんと慈悲深い!! 畏まりました。周囲の者共はお任せを!」


 目の前で広げられる悪辣な茶番に、ゼーレは何を感じたのだろうか。

 飛んでいたはずの彼女は、段々と高度が落ちてきていた。

 “月の御方”から命じられた事に対し、あんなに使命感を燃やしていた彼女だ。何も感じない筈は無い。


「ゼーレ」


 我の声掛けに、彼女はビクリ、と肩を震わせる。

 そしてついには公道の上へと足を着き、だらりと力なく翼を垂らしたまま、怯えた瞳を持って我の方へと振り返って来た。

 彼女の向こう側では、黒い翼の女と天津神達が武器を虚空から取り出すのが見える。

 ゼーレが天士(てんし)姿の時に取り出す方法と同じなのだろう。炎や風など、様々な属性が形を変化させ、武器へと変わっていく。


「ちが…、違うんです。私、あんな事……!」

「知っている」


 ゼーレが大きく目を見開き、瞳に恐怖の色が混じった。


「違います! 信じてください! 私は……!」

「知っていると言っている」


 女の合図と共に、こちらへ文字通り飛びかかって来た天津神を水の魔術で押し戻し、我は彼等の攻撃範囲からゼーレを引っ張り出してそのまま腕に抱き留めた。彼女の肩の上に浮かぶ大きな防具と、後頭部近くに浮く光輪(こうりん)が少々邪魔だが仕方が無い。

 物質ではなく魔力の塊で構成された矢のほとんどを、ハヤテが聖剣で吸収するのが視界の端に入る。

 そして、気付いた。


 胸に抱き留めた彼女が、小さく震えている事に。


 どうやら、我の言葉の意味が通じていないらしい。

 だが困った。

 何故か水の魔術の威力が増し、土の魔術の威力が減るという謎の現象が起きている事に気付いた今、それらの要素を考慮しつつ、戦いながらゼーレが納得する言葉を探すのは非常に効率が悪い。

 我は背後…ユーリ殿とアイがいる方向から風に乗って飛んで来た紙風船らしきものをしゃがんで避けつつ、使い辛くなった土の魔術で黒い翼の女の術を防ぎ、その間にも必死に思考を巡らせた。


 不思議な気分だった。


 戦いに対しては、先日の王都襲撃で必死になった覚えがあるが、思考を巡らせる事に必死になるのは久々なのだ。

 そう、思い返してみれば、大樹族を下す為に戦いを挑んだ時以来だろうか。

 あの時は酷かった。

 本来は族長と一対一で行われる筈の儀式なのだが、生憎当時の族長と、次期族長の二人は我の育ての親。

 養い子相手に本気で戦えないと言った族長は、代わりに大樹族の次期族長以下、上から五位までの実力者を一度に相手取り、勝てたら軍門に下る、と告げてきたのだ。

 当時、背格好が人間の七歳程度であった我相手に、人間の壮年期程度に見える男女五名。その年齢差は平均約六百歳。戦う前から必死になったのも仕方のない事だろう。


 黒い翼の女が、未だ恐慌状態に近いゼーレに向かい、「下界の者を(たら)し込んでやら何やら口にしたのを一瞥し、魔砲筒を使う事無く水弾を飛ばす。

 本当は水の刃で攻撃したかったのだが、それは今のところできない。

 何故なら彼等はゼーレに対し敵対行動を取ったものの、ゼーレ本人は未だ態度を明らかにしていない為だ。

 無暗に誰かを殺めては、もしゼーレが誤解解く事に全力を尽くしたいと言い出した場合、殺した事を盾に言い分を聞いてくれる者が居なくなってしまうだろう。


 ……そう、それだ。


 まともに動けそうにないゼーレを抱きしめたまま、この広くはない公道の上で戦うのは状況的にあまり良くない。

 ならば、早いところゼーレに方針を決めてもらうべきなのだ。


「ゼーレ」


 一際大きく震える細い体を感じ、何故か胸を小さな痛みが襲う。

 だが、それだけでは我が言葉を紡ぐ事の妨げにはならない。


「お前はどうしたい。…我も、そして恐らく皆も、お前が決める事を待っている」


 紙風船に当たった天津神が雲の中へと落ちて行く光景に戦慄を覚えながら、我は剣攻撃をする天津神の腕を水流で弾きつつ、腕の中へと問いかけた。

 ここが地上世界ならば、我の独断でも大して問題は無いであろう。

 だが、ここは天上世界。

 地上世界とは違う常識が存在している可能性がある以上、ゼーレに確認する事無く派手に動く事は避けた方が無難なのだ。


 我が武器攻撃をしてきた天津神二名を水の魔術で弾き飛ばした時には、腕の中の震えは止まっていた。


「シキ、さん…? 信じてくれるん、です、か?」

「お前の性格は大体知っている。そもそも信じていない者を、腕に抱いたまま戦うなどせん」

「え? ―――っ!? きゃあぁっ! すすす、すみませんっ!!」


 どうやらようやく通じたようだ。

 慌てて我から離れるゼーレに、いつも通りな彼女に戻った事を感じたのも束の間。黒い翼の女の術の軌道が、ゼーレに向かっているのを察知した。


「っゼーレ!」

「へ?」


 ドゴンッ!


 我の土の魔術で軌道が反らされた闇の魔術と思わしきそれが、公道に(ひび)を入れる。

 公共の者を破壊する事を避けているのか、未だに公道ごとどうにかしようとする者がいない為、公道に攻撃が当たったのはこれが初めてであった。

 …これはそろそろ、ハヤテに飛ぶ準備をしてもらった方が良いだろうな。


「ゼーレ、戦いの最中に敵から注意を反らすな」

「敵………」

「で、どうする。お前が決めなければ、状況を変える事もできないのだが」


 ゼーレが俯き、胸の前でぎゅっと手を握った。

 だが、彼女が言葉を発する前に、元々ゼーレを捕縛すると宣言していた黒い翼の女が口を出す。


「本当、下界の者はおかしな方ですね。防戦一方の貴方達に、この状況を変える事が出来ると思っているのですか? 例えこの場を逃げ切ったとしても、ゼーレが罪を犯した事は覆る事はないのですよ?」

「月の様、私は太陽の御方を手に掛けた事などありません! きっと誤解です!」

「誤解? 下界の者を天上へ連れて来た事こそが証拠でしょう?」


 アイの毒薬と思わしき物の影響で、五・六人は雲の中へと落ちたにも関わらずありもしない事を告げる女へ、ゼーレが必死に言い返す。

 その女が自分の罪をゼーレへ被せようとしているようにしか見えないのだか、何故か我はゼーレへ無駄な事を()めるよう、止める事ができない。

 きっと、ゼーレの答えを、薄々感じていたせいだろう。


 ゼーレは我に背を向けたまま、宣言した。


「シキさん、みんな! 私、誤解を解きたいです。―――ごめんなさい、攻撃を止めてください!」


 その言葉に、我は魔術を防御のものへと切り替えたのだが、当然文句を言う者がいた。

 別世界の記憶を持ち、少々この世界の常識に縛られないきらいのある、ハヤテだ。


「ちょ、ゼーレお前バカだろ! ゼーレが犯人じゃなかったら、状況的にどー考えてもそこの黒い女が犯人だろ!?」

「私もちょっとは疑いました。でも、違うかもしれません! 吸血鬼の件みたいに、誰かに騙されてて、私が犯人だと勘違いしているだけかもしれないんです!!」

「じゃあ無抵抗で捕まれとか言う気かよ!?」

「え? ハヤテ、どうなってるの!? ゼーレちゃん、何か言ったんでしょ? 教えなさいよ!」


 …ふむ。息切れを起こしていた二人は戦闘で精神的に高揚している為か、どうやら叫んで会話できる程度に持ち直しているらしい。

 人間ほどは酸素が不要な我ですら、常に軽く走っているかのような呼吸のし辛さを感じているというのに。


 剣も魔術も使おうとしないゼーレに向かってきた風の刃を退けると、彼女はこちらを振り返り、微笑した。


「シキさん、ありがとうございます。…でも、一度冷静になってもらう為にも、一度捕まろうと思います」

「それは……」

「戦っている最中って、精神的に興奮しているじゃないですか。だからきっと、戦ってる時に何を言っても信じてもらえません。でも、少し時間を置いて冷静になった時に話し合う事ができれば、少しは通じると思うんです」


 果たしてそうだろうか。


 何せ相手は、天津神系神族の力の頂点である天照(あまてらす)を葬った犯人相手に、ゼーレ一人で地上世界の探索をさせた存在だ。

 飲食をせず呼吸も空気中の魔力で行うという種族の、最上位の力を持つ者を葬った相手ならば、確実にそれなりの攻撃力を持った者である事は判りきった事。

 その相手を探させるのが、階級持ち最下位といえる天士(てんし)一人、というのは誰が見ても不自然過ぎるだろう。

 せめて産祇(さんぎ)程度の戦力は持たせるべきだ。


 そんな不自然すぎる命令を黒い翼の女がしたというならば、彼女が実行犯ではなかったとしても、犯人の一人である事は確実。


 ゼーレを疑う事は、しない。

 今まで行動を共にしてきた中で、信用に足る人物だと感じたからだ。

 それでも、先程までの恐慌状態が嘘のように揺らがない眼差しを受け、我は折れるしかなかった。


「……捕縛以上の事を行ってきた者には容赦しないが、良いな?」

「十分です」

「しょうがないわねー。でも、見えてないアイちゃんの行動までは責任負わないわよ~」

「シキ様!? ユーリ!?」


 ハヤテだけが未だ応戦の意思を捨てないまま、ゼーレが天津神達の方へと向き直る。

 我は障壁を解き、当たると致命傷になりそうなものだけを防ぐ事にした。


「月の様! 月の様は、誤解なさってます! 話し合う時間をください! 私達は逃げません!!」


 武器を持って斬りかかってきた者からの攻撃を避けつつ、ゼーレが叫ぶ。

 だが、その言葉を待っていたのだろう。今まで清廉とした雰囲気を壊さなかった黒い翼を持つ女が、艶然とした笑みを浮かべた。


「あら、ここで不敬罪も上乗せですね。わたくしが言う事が間違っているだなんて…。事件の詳細を聞きだしてから、刑を執行しようと思っていたのですが、気が変わりました。―――みなさん、少々時が早まっただけです。彼等に死刑を!」


 その言葉に、ゼーレが凍り付くのが手に取るように判った。

 先程までは捕縛の為に手加減していたのであろう攻撃が、一切の加減無しに襲い掛かる。

 当然、警戒していた我は障壁を築こうとしたのだが、それよりも早く我等の間に降り立つ者がいた。




「月の、何勝手な事やってるのかな? 高木(たかぎ)の議題に出さないで死刑はできないって、知ってるだろう?」


 背から白金の翼を三対生やした、金髪の男だった。

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