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68話 天上世界へ

「うん、そうですね。流石シキさんです」


 思わず私は呟いてしまいました。


 何せ、私とアイさんが転送の間に飛び込んだ直後、シキさんも飛び込んで来たかと思えば一瞬にして出入り口が岩で塞がったのです。現在は外からの物音なんて何一つ聞こえません。

 岩を塞いだ後、更に橙色ぎみの黄色い光が岩と部屋の壁、そして天井へと広がっていった為、何かの魔術で補強したんだと思います。

 凄いですよね。

 雷の御方を見送りに来た時は、何かが氷った扉にぶつかる音とか地響きとか聞こえていたんですよ?

 技司(ぎし)二人が合わせた力なんて、魔王には及ばなかったという事なのでしょう。


「……突然、何の話だ」

「手際の良さと、音すら通さない防御力の話じゃね?」


 シキさんが軽く首を傾げるのを見てか、私の後ろからハヤテさんが答えました。

 雷の御方を送った時に一緒にいた彼も、もしかしたら私と同じことを思っていたのかもしれません。


「で、ゼーレ、どーやって行くんだ? …もしかして、ここから飛行魔術使って行くとか?」

「え? ハヤテ、ここって転送の間って名前なんでしょ? 何で自力で飛ぶ必要があるのよ」

「前回来た時、雷の守護神様達はそこの光の筒の中で羽ばたいて上昇してったぜ?」


 ハヤテさんの言葉に、シキさんとアイさん、そしてユーリさんまでもが、転送の間の奥から天へと立ち上る光の筒へと顔を向けました。

 視線を向けられた光の筒は、全く揺らめく事もなく、私が翼を広げてもかなり余裕がある太さで、黄緑系の蛍光色の光を放ち続けています。

 まあ、この光の筒を単体で見ただけじゃ、魔術に詳しそうなシキさんですら仕組みは判らないですよね。


「上昇力については最初にみんなで跳べば、後は多分私の羽ばたきだけでなんとかなると思います。この光の筒の中は、大部分の重力を消した状態なんです。空気抵抗力はあるので、最初に跳んだだけだと途中で止まってしまって、宙に浮いたまま上へも下へも移動できなくなってしまいますが」

「つまり、飛行能力が無い人だけで行けば、衰弱死するか餓死するって事なのね」


 確かに、神族でなければ、そうなります。

 私はアイさんの言葉に頷いていると、隣まで来たシキさんが口を(はさ)みました。


「だが、空気抵抗があるならば、風の下級魔術『風枷(ヒュル・クーシェ)』が使える者でも移動できるのではないか?」

「……今まで誰も試してない気がするので、答えは無し、という事でお願いします」

「んじゃ、ちょーど良いしこれから試そうぜ」

「「え!?」」


 シキさんの疑問とハヤテさんの提案に私とアイさんが驚く中、ハヤテさんはスタスタと光の筒へと歩いて行ってしまいます。

 彼を見てシキさんも「なるほど」と付いて行っている辺り、よっぽど興味があるのでしょう。

 もう! 本当に私の覚悟なんて、どうでも良い物みたいですね!


 誰も天上世界から落下する事がないよう、常に気を張るようにしないと、だとか。

 そもそも金属の光沢を持った翼を持つ神族が少ない中、私以外に白金の翼を持つ人は()しか知らない、だとか。

 私が知ってる限り、ずっと彼の事を見ていた月の御方は、本当の事を知ってて私を地上世界へ行くように命じたのかも、だとか。

 それなら、味方とも言える立場にいる高木(たかぎ)は雷の御方だけなんじゃ、だとか。


 雷の御方が、星の御方の不正の件を天上世界に持ち戻っても、どうにもできないかもしれない、といった感じの事を言っていたのも、今となっては納得できます。

 初めてシキさん達と一緒に、ここ、伊耶那岐(いざなぎ)の宮に来た時、私は不正が表沙汰になったのなら、月の御方は星の御方を説教したり諫めたりするものだとばかり思っていました。

 けれど(いにしえ)の時代に封印したものを開放する行為は、とても不正の一言で終わるとは思えません。


 もう一度言いますが、月の御方は星の御方の事がとても好きらしく、ずっと見ていたんです。

 今思えば異常と言ってもいい程には彼の行動を把握してて、周囲の追及からは私も伝授された(といっても使う機会はほぼ無い)、あの無言で笑顔の必殺技でいつも躱していました。

 だから、星の御方の行動の事、月の御方は高確率で知っていたと思うんです。

 その彼女が私にその事を告げる事なく、地上世界へ行くよう命令を下した…、となると、月の御方は星の御方がやった事を全て隠蔽しようとしているのでは、という考えに辿り着いてしまうんです。


 私だけを天上世界から遠ざけたのは、当時、天士(てんし)より階級が上がる事は望めないと思っていた私が、昇進への道が塞がる事を気にする事無く、不正や悪事について言及してきたりしないようにだったのでしょう。




「ゼーレ」




「え?」


 名前が呼ばれて焦点を合わせると、すぐ目の前には何故か、つい先程ハヤテさんを追って光の筒へ行ったはずのシキさんが立っていました。

 そして彼は軽く首を傾げます。


「どうした。…先程からアイが呼んでいたが、聞こえなかったようだな」

「アイさんが?」


 見ればアイさんどころかユーリさんまで、光の筒の傍に立ったハヤテさんのところに集まっていました。

 どうやら少々考えに没頭し過ぎていたようです。

 そうですね。ここまで来たら、頭の中で悩んでいても……。

 いえ、やっぱり最後にもう一度、確かめないとです。


 私は、傍に立つシキさんを一度見上げた後、みんなへと向き直りました。


「あの、本当に良いんですか? 天上世界の住人はみんな神族です。普通は人化しないので、アイさんには見えません」

「最初ゼーレちゃんも見えなかったものね。まあ、見えなくてもハヤテは姫巫女様と一緒にいれば大丈夫なんじゃない?」


 アイさんが、不思議そうな顔をしました。


「それに、ちょっと公道を逸れただけで足場がなくなるので、踏み外したら超高高度から地上世界へ真っ逆さまなんです」

「だからオレの力が必要なんだろ?」


 ハヤテさんが、何も心配していない顔で返してきます。


「…もし、私の予想が当たっていたら、対面する犯人は高木(たかぎ)の三柱の内の二人。フェリル帝国の時みたいな強敵相手に、足場の悪い場所で戦う事になる可能性も捨てきれません」

「そうなったらー、わたしは援護しながらアイちゃんと一緒に周囲の格下を一掃する役をするわね~」


 ユーリさんが、天上世界で戦う時用に、と各々の配置と役目を決め始めました。


「天上世界には、食べ物だって無いんです。今からでも、遅くありません。無理して来て頂かなくても……大丈夫です」

「だがゼーレ一人を帰らせたところで何かあれば、昼の晴れ間はもうしばらく拝めないだろうな。…植物系魔族には太陽の光が必要だ。少しでも早く晴れ間が覗くようになるよう、助力は惜しまん」


 シキさんが、私の弱気な心を押し退けるように断言します。


「みなさん……。そう、ですね。すみま…いえ、ありがとうございます。一緒に天上世界へ行きましょう!」


 私は気合を入れ、シキさんと光の筒の傍に集まっているみんなの方へ向かいました。

 そして一斉に光の筒内部へと歩を進めたのです。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「建物の、中より…外のが暗いって、おかしく、ね?」


 ハヤテさんが息も絶え絶えに言葉を紡ぎ出します。

 …誤算でした。

 風の下級魔術『風枷(ヒュル・クーシェ)』でも光の筒内部を移動できたのは、シキさんの突飛な魔術使用方法に慣れてきたせいで何となく予想できたのですが、まさか天上世界は人間にとってすごく寒い上に、呼吸に必要な酸素が少なかっただなんて!

 アイさんもさっきから呼吸をするのに精一杯のようで口を挟んできません。一応、寒さに対してはアイさんの収縮袋の中から出した防寒着を二人とも着てるので、大丈夫だとは思うのですが…。


 ちなみに今、私達は私が『明光(ミュール)』で明るくした中、地上世界の転送の間から繋がっている転送の塔を出て、天照(あまてらす)議事堂へと公道を歩いています。

 まあ、私は途中で職務質問されたりしないよう、天士(てんし)姿に戻って飛んで進んでいますが。


「さっきまでは建物の中だから明るかったんですよ? 太陽の御方がいない今、光源は人工物と光の神術だけなんです。それに、人通りが少ない道に光源を置くのは神力の無駄ですし…」

「いや、いやいや、曇ってたとはいえ、地上世界、もっと明るかった、だろ!? 何、で、ここは、新月の夜並みに、暗いんだよ!?」

「昼間はぁ、天津神系神族の人達が働いているからー、地上世界が明るくなっていたのよ~?」

「「え!?」」


 いきなり入ったユーリさんからの解説に、私とハヤテさんの言葉が被りました。

 多分、ハヤテさんの驚きと私の驚きは違う種類だと思うのですが、異口同音だった事に間違いはありません。

 だってまさか、ユーリさんが私達の仕事の事を知ってるとは思わなかったんですよ!

 太陽の御方が殺されたにもかかわらず、今まで曇っていたとはいえ地上世界に朝がやってきていたのは、天上世界で上位役職の方達が、常に太陽の御方が休みの日と同じ勤務体制で働いていたからなんです。


 天上世界では常識ですが、地上世界での天気の内、晴れと大半の曇りは、天津神系神族の勤務表で決定されているんです。

 …雨は自然の循環で勝手に降るので、私達は関与してませんけどね。

 もちろん、雨雲も私達は一切関わっていないので、曇りの表現は「全部」ではなく「大半」だったりします。


「でー、晴れの日に必要だった天照(あまてらす)の地位の天津神系神族がいなくなったから~、地上世界から昼間の晴れがなくなったのよ~」

「…そしてその昼に晴れた日は、世界樹系の大樹族や魔物が光合成をし、世界へと魔力を供給していたのだが、今はそれもできない状態だ」

「! 魔力って世界樹が作っていたんですか!?」

「魔力って、誰かが、作る、ものだったのか!?」

「世界樹と、神族って、持ちつ、持たれつ、だったの、ね…」


 しかも何だか驚愕の話が出て来ましたよ!?

 私、初耳な気がするんですが、気のせいですか? 植物系の魔族が光合成で魔力を作るのは教えてもらって覚えてましたが、世界樹系は世界に供給するほどだったなんて…!!

 世界樹って世界で最も大きい木だから世界樹って名前なのかと思ってましたが、世界を支える魔力の供給源だったから世界樹って名前なんですね。


「シキさんって本当に物知りなんですね…」

「この面子の中では最も長く生きているからな。それに世界樹に関しては、ヒガンが世界樹系の大樹族だからだ」

「ああっ! そいや、搬送、要員で、夜に出かけた時、ヒガン、そんな事言ってた、な。シキ様、自慢、と趣味の、話が濃くて、サッパ、リ忘れてた、けど」


 それにしても、ハヤテさんもアイさんも苦しそうです。いえ、私には何ともできませんが。


「ところでー、ゼーレちゃん、天照(あまてらす)議事堂まで後どれくらいかかるのかしら~?」

「十五分程進んだので、後残り半分程度ですね。十五分くらいで着きます」

「ふむ。では今遠目に見えている、黄色の建物がそうか」

「そうです。ぼんやり光ってるので、ここ周辺では方向を確認するのにも使われてるんです」


 私が説明すると、何故かシキさんは眉を顰め、顎に手をやりました。

 …あれ? シキさん、天上世界は初めてですよね。何か不審な物でも見えたのでしょうか?

 私はもう一度天照(あまてらす)議事堂を注視してみましたが、私が地上世界へ降りる前と同じ姿にしか見えません。


「シキさん、何か気になる事でもありましたか?」

「……ゼーレ、天照(あまてらす)議事堂に常駐している人数はどの程度だ?」

「え? えっと…、技司(ぎし)一人、束衛(つかえ)二人に天士(てんし)三人が四柱分なので……。二十四人くらいです」


 と、私がシキさんに答えた瞬間でした。

 天照(あまてらす)議事堂へ続く公道の上、私達より八百屋二軒分先の距離に、新緑の若葉色と白の光の粒子の塊が、ぶわり、と発生したのです。

 驚いた私とハヤテさんが止まるのを見てか、みんなの歩みもピタリと止まります。


 そして。




「みなさん、聞きましたか? 下界の生き物に天上の事を教えるだなんて…。やはり謀反を起こしたのはゼーレ、あなただったのですね」


 光の粒子の中から、足首まで広がる艶やかな黒髪を靡かせ、夜空色の三対の羽を持つあの方が現れました。

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