64話 灰降る夜
「―――こうなる前に倒そうと、どうにか決意したというに、やはり間に合わんかったのう…」
「ウブスナ殿…?」
ムキムキの筋肉で上半身の服を弾き飛ばした、帝王カレンの姿をした吸血鬼ガイム。
彼のその姿を目にした瞬間、どうにか立っていた様子の人狼の宰相さんが、今まで上げなかった悲鳴を上げ、座り込みました。
そして聞こえたのは、ウブスナさんの言葉。
…何だか事前に知っていたかのような口ぶりですね。
ちなみに、シグレさんとミズキさんは、宰相さんの近くに俯せで倒れていました。
ハヤテさんだと灰になってしまうので、多分、ウブスナさんが聖杖で殴って魔力を奪ったのだと思いますが…、目は赤い光を灯したまま、立ち上がろうと緩慢にもがいています。
その動きを見せる度にシラヌイさんが泣きそうな顔をしながらも聖槍の柄を当て、魔力を搾り取って行動不能状態に陥らせているので、しばらくは彼等から攻撃される心配はいらないでしょう。
それにしてもシグレさん、一応は勇者なはずなのに敵に操られるとか、修行が足りないのではないでしょうか?
「宰相、何を言っているのです? 男が上半身を晒す事程度で狼狽えるなんて、獣に近い姿でありながら人狼には変わった習慣があるのですね」
「貴様こそ何を言っている。帝王カレンはウブスナ殿の妹、つまり老婆であり生物学的に雌だ」
「っ!?」
シキさんの言葉に、月光で体が輝く人狼姿の吸血鬼ガイムは硬直しました。私もビックリです。
だってさっきまで攻めてきていた兵士さん達よりも筋肉ムキムキで、強面なんですよ?
それに、宰相さんが乳房とか言ってましたが、言われてみればイヌ科のメスと同じような場所に赤いポツポツが見えるなぁという程度で、基本的に毛で見えません。
声だって、しわがれているので女性とは判断付きにくいですし。
…もしかして、シキさんからの残念なお知らせって、「彼」へ、体が「彼女」になっている事を知らせる事だったのでしょうか。
「ユーリ、この部屋の床以外、固定化させて補強とかってできねー?」
「床以外…? 発動までに二・三分はかかりそうだけれどぉ、できるわよ~」
「んじゃ、オレちょっと力いっぱい大技ぶっ放すから、床辺りだけよけて、城が吹っ飛ばないようよろしくー」
そして私の背後…少し離れた向こうでは、今まで宰相さんの相手をしていたはずのハヤテさんが、ユーリさんと密談を開始しました。
まあ、神族である私の耳には丸聞こえですが。
しかもどうやら吸血鬼ガイムにも聞こえていたようです。密談になってませんでしたね。
「ふふふ、大技ですか。人間にしか見えない姿の魔族である、貴方からの攻撃が効くとは思えませんが、餌が少ない今、多少の怪我でも防がせて頂きましょう!」
「当然、こちらとしては妨害するが、な」
吸血鬼ガイムがハヤテさんの方へ飛び出した瞬間、進路方向の先から打ち出される、無数の水の刃。
もちろんシキさんです。ネム王国で今のような魔族の恰好をしていた時は、青い光の粒子だけを纏っていましたが、今回は橙じみた黄色い光の粒子も一緒に輝いているので、光の組み合わせ的に白っぽくなっています。
けれど吸血鬼ガイムは斜め後ろへ跳び退る事により、傷一つ付く事無く回避してみせました。
そしてそのまま、シキさんの魔術攻撃と、ハヤテさんの方へ向かおうとする吸血鬼ガイムの戦闘が開始されます。
どうやら吸血鬼ガイムは、体がメスである事は、気にしない方針にしたようです。まあ、パッと見、女性には見えないですしね。
ですが、狙われた当のハヤテさんは多少吸血鬼ガイムを警戒しながらも、大声を張り上げました。
「シキ様、シキ様! オレの術が発動する直前に、シキ様含む皆を頭の上まで床下によろしく!!」
「何をするが知らんが、先にアイを誰かが掴まえてからにしろ!」
「りょー解! 一応、ガイムだけを狙うつもりだけど、あの術、巻き込まれたらコワイんだよな!」
しかも意味不明過ぎる内容に、うっかりシキさんが突っ込みで振り返りかけます。
一応、私が『風枷』と剣攻撃を仕掛ける事で何とかなりましたが、危なかったです。
ハヤテさん、シキさんは今、貴方とユーリさんの方へ行かせない為に尽力してるんですよ? シキさんの集中力を乱す真似は控えてくださいね?
「それにしても、えいっ!シキさん、戦いながらと、かっ!みんなの位置は判るんですか?」
「魔力を持っている者は、な」
やっぱり魔力を感知して特定するようですね。アイさんが誰かと一緒にいる必要があるというのは、シキさんの口ぶりからして、彼女が魔力が無いからなのでしょう。
確かにネム王国の首都前で戦った時、アイさんほとんど攻撃対象じゃなかったみたいですし。
「ふふふ、貴方達二人がかりで抑えるのがやっとという吾輩相手に、あの子供からの攻撃が効くとでも思っているのですか?」
「さてな。お互い、建物を倒壊させない程度の力で戦っている状態だ。この程度で相手の実力など計れはしない」
「けれど、ガイムさんはそこまで強くない部類だと思いますよ?」
「「―――…は?」」
一瞬、ほんの一瞬でした。
シキさんと、吸血鬼ガイムの言葉が重なり、次の瞬間二人の視線が交差して僅かな間だけ攻防が止まりました。
一応、すぐに二人とも我に返ったのか、また攻防が始まったのですが…。
あれ? 私、そんなに変な事口にしました?
「はっ、陸津神にそこまで失礼な事を言われるとは、思ってもみませんでしたよ」
「私、陸津神系神族ではなく、天津神系神族です」
「え?」
さっき一瞬止まってから、攻撃速度が帝王カレン相手の時程度に落ちたものの、まだまだ早い中、人狼の姿をした吸血鬼ガイムは謎の質問をしてきます。
…いえ、ウブスナさん曰く騙されているっぽい感じだったので、きっと本気でしょう。
私は、しっかり訂正をしておきました。
相手の動きがまた止まりましたが、無視です。むしろ、攻撃する側からすれば、絶好の機会です。
当然、シキさんは容赦無く魔力吸収に向かい、肉が焼けるような音が響きました。まあ、相手もすぐ我に返り、振り払われましたが。
「ところでゼーレ、何故此奴が強くはない部類となるのか、全く理解できないのだが」
「え? だって…。あ、ガイムさん、もしかして融合というのは、体の見た目を借りるだけで、乗っ取った体の能力は無くなるんですか?」
「…戦ってる敵に聞く聞き方とは思えませんね。見て判らないのですか? 体の方の力も奪うからこそ、融合なんですよ」
「じゃあ、やっぱり強くないですね!!」
狼頭の強面でも判るほど、吸血鬼ガイムの顔が怒りに染まっていきます。
怒っても何も変わりませんよ?
「だって、魔王だったカレンさんの力と、彼女を操れる程度には強いガイムさんの力を合わせた状態なのに、魔王であるシキさんと、天津神の位持ちの中で最下位な私を退ける力が無いのは、そういう事ですよね?」
「最、下位…!?」
「………ゼーレ…」
怒りの顔から驚きへと瞬時に染まった吸血鬼ガイムはともかく、シキさん、その声は何ですか?
きっと今も無表情だとは思いますが、声に思いっきり呆れた響きが乗ってましたよ?
一応、神力はかなりあるとユーリさんに太鼓判を押して貰えましたが、実際の実力は判らないじゃないですか!
それに、私が最下位なのは、動きようもない事実です。
吸血鬼ガイム越し見える壁が橙色気味の黄色に光の粒子に包まれていく中、拘束用に放った岩を破壊されたシキさんが、水の刃を放ちつつ訂正を入れてきました。
「ゼーレ、今の言葉は、口にして何も違和感は無かったのか?」
「違和感、ですか?」
吸血鬼ガイムの闇属性魔術を光属性で撃ち消しつつ、ちょっと振り返ってみましたが、よくわかりません。
私、何も変な事言ってませんよね? 全部、事実のはずです。
「良いか? 彼は吸血族の二番手だそうだ。しかも吸血族が地下世界の支配種と豪語しているからには、一番手は魔王だろう。…つまり、奴は魔王に次ぐ力を持つ」
「…そうなん…です、ね?」
「まだ判らないようだな。吸血鬼ガイムが弱いのではなく、ゼーレ、お前が異様に強いだけだ」
え!? 帝王カレンの姿をした吸血鬼が「天津神の強さは一体…」とか呟いてますが、そこはどうでも良いです。
私、シキさんに強いって言われましたよ!?
「『地乾固無変』!」
ユーリさんの術を放つ言葉を聞きながらも、私は驚きと嬉しさに扱いには注意していたはずの火属性の神術を、周囲を気にせず思いっきり発動させてしまいました。
シキさんが水属性の攻撃放つ次いでに絨毯に発火した火を消していきます。
…すみません、調子に乗り過ぎました。吸血鬼ガイムの体毛を少々焦がしただけで後は絨毯に被害、とか、神術の操作が雑過ぎです。
ふと、今私が使っていないはずの、白い光の粒子…光属性に変換された魔力の光が、背後から吸血鬼ガイムに向かって吹き寄せて行くのに気が付きました。
続いて見えたのは、新緑の葉のような色の、光の粒子。
ユーリさんがあの術を使ったという事は、次はハヤテさんの番のはずなのですが、これは………。
「…我が魔力よ」
吸血鬼が放った大きな闇の刃を、『消影閃』で消滅させていきます。
「我が求めし次なる場所へ」
「おや? 皆さんお揃いで逃げる気ですか?」
ハヤテさんの詠唱の言葉に反応した帝王カレンの姿をした彼が眉間に皺を作り、再び鋭い爪で攻撃をしてきます。
それと同時に、足元にはこの部屋いっぱいに深緑の光の粒子が舞いました。
え、シキさん、攻撃対象、一人だけですよ!? この光の粒子、絶対にあの白い茎みたいなのが地面とかから突き出てくるやつですよね!?
「我等を送り届けん!」
「逃げられると思っているのですか?」
「それはこちらの科白だ」
吸血鬼ガイムが動きを更に加速させた瞬間、床から無数の白い茎が突き出しました。
もちろん、吸血鬼はそれを空中に跳ぶ事で回避します。ってシキさん!私達を茎で捕らえてどうする気ですか!?
そして私が今の訳がわからない状況に焦る中、謁見の間にハヤテさんの声が響き渡りました。
「目指すは飛行機の安定ライン!『複身転移送』!!」
カッ
―――ドゴッ!
ハヤテさんの術名が最後まで聞こえるか否かの所で目の前が真っ暗になり、続いて頭上が眩く光りました。
しかも次の瞬間には、恐ろしく大きな音が響き渡ります。
状況確認の為にも見上げると、今まで見えていたのより遠くに見える、硝子張りの天上。
ああ、これがハヤテさんの言っていた、床下に、という状況ですね。
…それよりも、こんなところに嵌ってたら攻撃受け放題です。早くでなくては。
私は、片腕を伸ばせば壁に当たる広さの穴の中で、上へ登る算段を始めました。
狭すぎて羽を広げれないので、頑張って腕と足を張って登るしかなさそうです。
けれど、私がいざ挑戦しようとしたとき、頭上の穴から見慣れた無表情が現れました。
「ゼーレ、無事か?」
シキさんです。
って、何のんびりしてるんですか!
「し、シキさん!吸血鬼は………!?」
「ああ、ハヤテの目論見通り、消滅した。まさか、あの魔術で倒すとは…我も気合を入れて魔術の研究をしなければならんな」
ほら、捕まれ、とその背から生える柔軟性に富んだ白い茎…えっと、別肢でしたっけ?を私に伸ばしてきます。これ、結構長いんですね。
それに戦闘中、数回吸血鬼に切断されていたので強度は低いかと思っていたのですが…。意外と強いです。たった一本に私が捕まってもシキさんは眉一つ動かさず、スルリと穴から持ち上げてしまいました。
別肢の強度が低いのではなく、ただ単に帝王カレンの爪の強度が凄まじかったというだけだったんですね。
私が穴の中から出され、床に足を着けた瞬間、ピシリ、と天上から音が響きました。
塵のような空気が最も漂っている辺りから、硝子にヒビが広がっていきます。
「…シキさん、あれ………」
「ハヤテの術に、ユーリの術が負けたようだな」
シキさん、何のんびり答えてるんですか!
あのままじゃ―――…って、ちょっ!! 割れて破片が降ってきてますよ!?




