63話 吸血鬼の城
「ふふふ、吾が君、始祖のタイセイ・ヴァンプよ、吾輩はやりましたぞ!これより太陽の下に育つという美食の数々をお届けに上がりましょう!!―――ですが」
黒いモヤにしばらく包まれていたと思えば、目を赤く光らせ、急に強さの段階が上がった人狼の帝王。
その帝王が口調までガラリと変え、謎の言葉を叫び始めました。
あれ? 帝王っていうからには、一番偉い人ですよね。吾が君って、何だか自分より目上の人に使いそうな言葉な感じがするのですが…。
「催眠術が効かない輩と、食料にすらならない者は始末させて頂きます」
けれど、目の前にシキさんがいるという安心感でか思考の海に沈みかけた私は、脈絡が理解できない言葉と一瞬にして迫り来る風により、我に返りました。
慌ててシキさんを避けて剣を突き出し…服を裂き毛を刈り取ったものの腕の筋肉に弾かれる、それ。
それ、ってもちろん、剣の刃です。
え、帝王と戦い始めてから初めて当たったのに、服でも鎧でもなく、筋肉に弾かれるって何ですか? 皮膚が辛うじて切れてるのは、救いと取るべきでしょうか。
何にせよ、体内に干渉できる神術か、シキさんみたいに魔力を吸収しないと無理って事ですよね?
吸血鬼と戦闘予定だったシキさんがここにいるという事は、一応吸血鬼を倒したのだとは思うのですが…。
「シキさん、帝王の話が、いきなり意味不明な方向に飛びましたけど、この人変な薬とか使われてないですよね!?」
けれど一番気になるのは、そこでした。
だって元々私が担当していたのは、人狼の帝王の足止め。倒す事じゃありません。
シキさんが来たなら、私は『滅楔消闇光』で帝王さんへの洗脳を解除する準備に移って良いって事だと思いますし。
けれど、私の質問に対し帰って来た答えは、残酷なものでした。
「薬ではない! 吸血鬼ガイムに体を乗っ取られた! …魔力も混ざりあって見分けが付かない。彼女はもう敵だ、倒すぞ!」
「乗っ取るって、え!? さっきのモヤモヤは、吸血鬼の魂の色とかだったんですか!?」
ようやく帝王が口にした言葉の意味がわかりました。
中身は吸血鬼なので、地下に未だ留まっていると思われる上司に対して、美味しい血を持つ動物を持っていくと宣言してたんですね。
ちなみに私達は会話しながらも、人狼の帝王改め、人狼型の吸血鬼ガイムと戦闘してます。
敵を挟む形になった場合、敵に避けられて仲間を、という悲劇を招かない為にも、私はシキさんの向かいにならないよう、頻繁に場所を移動します。
「魂など見た事は無い! ゼーレは闇属性の対処に重点を置け!」
「わかってますっ!!」
ユーリさんとハヤテさんは何をしているか気になりますが、確認する暇はありません。
アイさんは多分、色々と薬草を焚いてるんだと思います。だって時々、人狼型の吸血鬼ガイムが煩わしそうに鼻を擦るんです。体は人狼なので、人格が帝王カレンだった時と同じく、きっと強烈な腐臭を感じていそうですし。
「二人とも余裕そうですね。良いでしょう、元々はそちらが多数対一人の戦いを始めたのです。こちらが大軍を呼んだところで文句は無いでしょう?」
私達の攻撃をものともしていない吸血鬼は、人狼の顔で大きな口を裂くかのように嗤いました。
「集え吾が僕!吾が敵を殲滅せよ!『配下集呼』!」
来た、と感じました。
シキさんからお願いされていた、私の役目その三です。
「シキさん、後はお願いします!」
私は胸当てに忍ばせた収縮袋を取り出し………、そこで襲撃を受けました。
左肩側後ろから衝撃が走り、鎧の左肩の先がガキリと音を立てて、ヒビが入ります。
慌てて後ろを振り向くと、そこには私に向かって聖弓を引き、黒い闇の矢を出現させたシグレさんが、眼に赤い光を灯して立っていました。
彼の小さな体の後ろには、ミズキさんに斬られたのか右肩から左胸にかけて大きな傷を負い、それでもどうにか聖杖を構えるウブスナさんと、呆然とした表情で動かないシラヌイさん。そして、血塗れた大剣で宰相さんを縛っていた縄を斬る、ミズキさんの後姿。
私が振り向いた一拍後には、ユーリさんの神術がウブスナさんを回復させましたが、この異様な空気は変わりません。
けれど、ウブスナさんは状況を理解してたのか、私に向かって声を張り上げました。
「金の嬢ちゃんは自分の役目を果たすのじゃ! こちらは幸い聖槍の小僧が正気らしいからのう、どうにか食い止めて見せるわい!」
「っ、お願いします!!」
私は彼等の補助になれば、と、シグレさんとミズキさんに向かって『焦輝』を放ちました。
命中したのを確認し、天士姿に戻って宙へと飛び上がります。
地上にいては、どんな流れ弾が来るかわかりませんからね。
それに、人化したままで飛ぶより、元の姿の方が安定するんです。魔砲筒で魔術砲を放つと反動がくるので、元の姿の方が宙で踏ん張りが効きますし。
そして、私が宙でシキさんの魔砲筒を取り出し、構えようとした時です。
嗤っていた人狼型の吸血鬼ガイムが、怒声を上げたのは。
「貴様っ、あの糞神族の仲間だったのですか! このガイムを騙した事、後悔して貰いましょう!!」
え? と思った時には既に遅く、私の眼前より少し高い位置には腕を振り上げる人狼型の吸血鬼がいました。
天上近くまで飛んでいたはずの私の前にいるなんて、どんな跳躍力を持っているのでしょうか。
この謁見の間と思わしき部屋、とっても天上が高いのですが…。
けれど、流石に空中戦は飛び慣れている私の方に利がありました。
羽ばたきを止めて一瞬落下し、腕の範囲から抜けた後、敵が腕を振り下ろす動作に合わせて相手の足元を潜り抜けます。
それから一発。
「『風枷』!」
ほんの少し前にユーリさんから習ったばかりの、風属性の下級神術を、私に襲い掛かって来た人狼型の吸血鬼の頭上から発生させました。
たった三度目にして詠唱を省略した為に少々多く神力が持っていかれましたが、戦いでは早さが命です。
目論通り、対象は本来足止めに使われる暴風に押され、何もできずに落下していきました。
ただし、相手も落下して死ぬような高さまで跳躍するはずはなく、着地は悠々と行い、シキ様からの追撃を軽く躱していきます。
その時でした。
「「「「陛下! 招集を受けて参りました!! これより敵を―――うぐっ!?」」」」
バンッ、と大きく豪華な観音開きの扉が開かれると共に、シグレさん達と同じく目に赤い光を灯した人狼の兵士さん達が到着したのです。
先頭には四人。けれど、彼らの後ろには、明らかに廊下を延々と並んでいそうな、数多の頭部が見えています。って、呑気に観察している暇はありませんね。
私は、彼らが鼻を抑えて蹲りかけた瞬間を見逃す事なく、術名無しで『火壁』を発動させました。
もちろん、観音開きの扉の前に、です。
これで進行を止められるとは思いません。
けれど、シキさんを魔族だと見破れない相手なら、魔術と同じらしい神術の炎で視界を塞げば、『火壁』を抜けるまで迂闊に魔術をこちらへ放てないはずです。
もちろん、『火壁』の向こう側に向かって大量の『焦輝』を放つ事も忘れません。
そんな事をしている間に、ハヤテさんが『火壁』の前へと場所を陣取りました。
彼はシキさんから、万が一吸血鬼が仲間を呼んだ場合は、最も劣勢になっている所へ行くよう言われていたのですが…。
敵の力量が少々不透明な私の受け持ちが、少々心配だった、という事でしょうか?
「ゼーレ! オレも手伝うから、さっさと片付けてシキ様やウブスナのじーさん手伝おうぜ!」
ハヤテさんが『火壁』を抜けて来た二人を灰へ変えながら、ニカリ、と笑いました。
彼の戦闘中という場に会わない笑顔に少々恐怖を覚えましたが、早急に終わらせてシキさん達の助太刀をするという事に関しては吝かではありません。
えっと、火属性を先に出して光属性を合わせて…太陽の属性っと!
土の封印施設でそれなりに鍛えられたおかげで、たったの五・六秒で生成できましたよ!
最初は分単位だったのに、です。
照準は『火壁』の向こう。
私に魔力で敵の場所を特定する力はありませんが、『火壁』は術者と繋がっている為、それに触れている相手の場所であれば予測きるのです。
足元で響く大きな音を無視し、軽く深呼吸した私は引き金を引きました。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「まさか謁見の間に数歩入った者が最高記録になろうとは…。吾輩は貴様等を舐めていたようですね」
「貴様が従属種共を使う事は想定内だったからな。さて、ここでもう一つ、残念なお知らせとやらを伝えようか」
あれから十数分、どうにか謁見の間に攻めて来た吸血鬼化した人狼の兵士さん達を、文字通り灰塵に帰した後、私はシキさんの補佐に、ハヤテさんはウブスナさん達の助っ人に向かいました。
ユーリさんはアイさんの傍で周囲を警戒しつつ、怪我の回復や補助神術の掛け直しを担当しています。
焚いている薬草を部屋の隅に置き、その傍でなにやら自分の収縮袋を漁っているので、近い内に毒系統を持って誰かのところへ向かいそうな予感がしますが…ユーリさん、頑張って止めてくださいね?
二人の速度では、人狼の素早さについて行けない気がします。
私がこうやってアイさん達の方を確認する事ができたのも、目の前でお互いの出方を窺って一度動きを停止している二人のおかげです。
ただし、お互いに出方を窺っているとはいえ、人狼型の吸血鬼ガイムは、私へ憎しみを込めた視線を頻繁に向けて来ます。
私、何もしてませんが。
ウブスナさんが言っていた、金の羽を持つ男の関係者だと思われている事だけは、何となく判るのですが、ウブスナさん曰く、吸血鬼の方が翼を絶賛していたんじゃ…、と思うと、尚も首を傾げる他ありません。
「さて、夜も深まってきた事ですし、人狼と吸血鬼の融合体の本領を出してみるとしましょうか」
左目の切り傷ごと目を笑いに歪めた吸血鬼が右腕を軽く頭上へ挙げ、パチリ、と指を鳴らします。
その瞬間です。今まで黒い天井だと思っていた場所に夜空が透けて見え、満月が顔を出しました。
どうやら天上は硝子張りになっていて、今までは外を覆う黒い結界の色が見えていただけだったのです。
月光は謁見の間にいた全員に等しく降り注ぎ、人狼の体を持った者を淡い紫の光が覆って行きます。
「ふふふ、まるで極上の血を飲んだかのような心地ですね。…はぁああああああ―――っ!!」
そして目の前にいた吸血鬼ガイムは、帝王だった人狼の有り余る筋肉で、上半身の服を弾け飛ばせました。
今までの攻防でボロボロになっていた服が無くなるだけで、いくらか今までのダメージが無かった事のように見えるのが不思議です。
けれど、そこで初めて、今まで悲鳴一つ上げなかった者が、悲鳴を上げてよろけたのです。
「きゃあああ!! へ、陛下! お気を確かに!! 他人の前で乳房を晒すなどと、破廉恥極まりない行為はおやめくださいっ!!」
あ、あれ? この筋肉ムキムキの人狼姿に向かって……え? 宰相さん!?
まさか帝王カレンって、女性だったんですか!?




