57話 薬師の叫び
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「ちょっ、むりムリ無理!何でオレがそんなコトしなくちゃいけねーんだよ!?オレは見るの専門なの!」
土の封印施設の前に広がる広間で、ハヤテさんの焦った声が響きました。
何事かと思って声の方を見ると、そこには勇者三人がかたまって何やら密談をしている様相になっています。
実は私達、あれから簡単な自己紹介をして、とりあえずここで一泊して進む事になったんです。
…洞窟の中で昼夜の判別が付かない中、一拍という言葉を使うのも微妙でしたが、シキさんがネム王国に残した監視用の花から見た光景では、現在は夕方が終わった頃くらいだという事なので、まあ、良い…のでしょうか?
とはいえ、シキさんは吸血鬼化した四人と一緒にいるのは嫌らしく、初めは冷たい態度で反対していました。
ですが、ミズキさんが「少しでも操られていると感じたら、斬り捨てて良いわ」と言った事で、渋々了承してくれたのです。シキさんの攻撃は、斬り捨てると言うよりも、魔砲筒とか魔術砲の打撃や、素手による魔力吸収ですが、殺してくれて構わないという意味だと思うので、大差は無いのでしょう。
確かに、吸血鬼化といえども、詳しく言うと従属化らしいので、呼び名からして従属先の誰かに命令されたらその通りに動きそうですよね。
シキさんの言葉を聞くまで、全く思い至りませんでした。ただ単に、自分達とは別の種族を見ると襲い掛かってくる種族かと思ってましたよ…。
そんなこんなで、彼らを信用できないシキさんは、今晩は寝ずの番をするみたいです。
え?私ですか?
今日は神力を結構使ったので、睡眠を摂る事は決定事項だそうです。もちろん、後衛として神術を頻繁に使っていたユーリさんもですよ?
で、夕食辺りからいつの間にか勇者組が仲良くなっていて、今はあの状態です。
シキさんから、いらない宣告を受けてしまって落ち込んでいないか、ちょっと心配していたのですが、何だか盛り上がっているようなので大丈夫そうですね。
大丈夫じゃないのは、アイさんだけみたいです。
「アイさん」
「………」
「私も手伝います」
黙々と作業を進めるアイさんの許可も無く、私は勝手に参加しました。
と言っても、この作業は今夜ここで寝る人達の為の作業です。私も手伝って当然ですよね?
…最初にアイさんが一人でやる、と宣言していたとしても。
シキさんの土属性魔術によって建てられた小部屋の中に、それぞれ藁やシーツ、毛布を敷き、入口に布を掛ける作業です。
造られた部屋は四つ分。最初に大きく吸血鬼化組用と私達用の二つに分け入口を作り、中を更にそれぞれ二つに分けた感じです。
私達は男女で分けようとしたのですが、アイさんとハヤテさんが二人して一緒に寝ると言い張るので、等分にしています。
吸血鬼化組の方は、家族別になるらしく、サイオウさんが一人の区画になった為、彼の場所はかなり手狭な感じです。
ちなみに、吸血鬼化組の方は、元々ミズキさんがやろうとしていたのですが、何故かアイさんが寝具をひったくってしまいました。つまり、別にやらされている訳ではなく、アイさんが勝手に…いえ、強引にやっているわけです。
そういえば吸血鬼といえば、本当は基本的に夜行性の為、夜に眠くはならないらしいのですが、四人はせめてもの抵抗で、今も夜に寝る行動を行い、昼は根性で起きているそうです。
凄いですね。吸血鬼的、昼夜逆転生活です。
「アイさん、アイさん」
「………」
「アイさんは、どうしたいんですか?」
私は、アイさんからの返答に期待する事なく話しかけました。
だって私には想像できません。
ずっと、同じ時間を歩んでいけると思っていた大切な人が、いきなり自分よりも長い時を歩く事になっていた、だなんて、私の経験には無いのです。
そうです。ハヤテさんの体は、着実に蝕まれていっていました。
できればシキさんの冗談であって欲しかったのですが、残念な事に、彼は冗談を言う性格ではありません。
『ようやく聞く決心が付いたのか』
『正直、聞きたくないけど、アイに黙っとくのもどうかと思って…』
『シキさん、ハヤテの体はどうなってるの?』
『半魔族と魔族の間を行き来している状態だ。だが、最近は魔族の体になっている事が多い。近い内に魔族の体が基本体になるだろう』
『そんなっ!目の色が変わらない内に魔力を消費する必要があったって事!?』
『いや、恐らく目の色が変わる条件と、体の作りが変化する条件は別だ』
『それなら、どう、』
『アイ、もう良いだろ?シキ様だって困ってる』
シキさんの怪我について話していた時とは、完全に立場が逆転していました。
アイさんが憤り、ハヤテさんが苦笑いで諫める。その図式に、普段は全く感じないのですが、実はハヤテさんって前世の記憶がある分、精神年齢が見た目より上なんですね、と思ったものです。
けれど自分の事に関して諦めが早いのは、果たして良い事なのでしょうか?
確かに早々と現状を受け入れる事ができれば、すぐに今後どうしていくかの方針も立てる事ができます。
ですが、受け入れる事ができずに足掻き続ける事で、解決策を見いだせる事もあるのではないでしょうか?
だから思うんです、私、アイさんには………。
「ハヤテを………。ハヤテを、元に戻したいに決まってるでしょ」
低く、小さく、抑えられた声で、アイさんが言いました。
数拍、彼女の手元が止まりましたが、また作業が再開されます。
「良かった。できればこのまま、諦めないでくださいね。私、応援します」
そうです。
私は、ハヤテさん本人が諦めているのなら、せめてアイさんには諦めて欲しくありませんでした。
だって私の目から見て、ハヤテさんもアイさんも、お互いの事をとっても大切にしています。
なので、私も二人が同じ時を過ごせるよう、応援したかったんです。
けれど。
「っ、他人事なら聞かないでよ!」
アイさんが、親の仇を見るかのような形相で、こちらを振り返ってきたのです。
「た、他人事じゃないです!私、二人がお互いを大切にしてるの、羨ましいなぁって思っていて、それで…!」
「口先だけなら、心の中に留めておいて欲しいわ!シキさんだってああなんだから、ゼーレちゃんも何もできないんでしょ!?」
「できなくても、手伝えます!!」
アイさんの動きが、一瞬止まりました。
「天上世界の図書館は、位ごとに閲覧できる範囲が違うんです。保管してある書物の種類が確認できないので、確実ではありませんが、私が偉くなったら、聖剣が造られた時代の、聖剣に関する書物を閲覧できるようになるかもしれません」
「…ただの願望系じゃない」
アイさんが、坦々と反論してきます。
でも、私が考えている応援は、それだけじゃありません。
「それに、高木の位や天照の位に昇進する際は、上位神に昇進の義を執り行って頂けると聞いています。私、頑張ってそこまで偉くなって、上位神の方に方法を伺ってみます!」
「ゼーレちゃん、位は一番下って言ってたじゃない。そんなじゃ…」
「それはどうかしら~?」
アイさんに、また方法を否定されかかった時でした。
まだ布を掛けていない入り口から、ユーリさんが顔をのぞかせたのです。
「姫巫女、さん…」
「うふふ~、ごめんなさいね~。広間全体にアイちゃんの声が響いていたから~、わたしが代表で見に来たのー」
アイさんの顔から、一瞬にして血の気が引いていきましたが、うん、見なかった事にしましょう。
きっと、自分の叫びがハヤテさんに聞かれていた、という事に対する反応ですよね。
「…それよりも、どうってどういう…」
けれど、どうやらユーリさんの言葉で、私の話に興味を持ってくれたようです。
ユーリさん、ありがとうございます。
「天津神系はどうなのか知らないけれどー、私達陸津神系神族はー、位を決める際、神術の技量と神力の総量が決め手となるの~」
「技量と総量…?」
「そう。ゼーレちゃんはー、今の状態で既に平均的な産祇より少し多いくらいの神力があるわ~」
「「え?」」
わ、私の神力って、そんなにあったんですか!?産祇って言ったら、高木の位のすぐ下ですよ!?
「それに付け加えてー、陸津神の場合、昇進する度に神力が大体五割ずつ増えていくの~」
「それは…」
「神力だけなら、最高位も狙えるという事よ~」
ご、五割増し…。
そういえば、前にエルちゃんが言っていましたね。「光の上に火の適正が大って事は、ゼーちゃん体内神力の量さえ間に合うんなら、天帝も狙えるん!?」と。
今、学生時代の事を思い出してみれば、天照の位に就く最低条件は、太陽の属性が扱える事と、神力が高木の三神の平均値の二倍以上である事だと習った気がします。
で、高木の位や天照の位は、毎回、産祇と高木の中から選ばれるという…。
あれ?ユーリさんの言葉で、かなり現実的な話になりましたよ?
つまり、私が神術の無詠唱や術名無しでの発動やらを、色々な属性でできるようになれば良いって事ですよね。
「それにメイちゃんの話では~、ゼーレちゃんの産祇になる妨げは一つだけ。二つの属性でー、全下級神術を詠唱無しで発動できる事。これだけみたい~」
「………」
「あ、の、アイさん?」
アイさんが呆然として動きを止めました。
驚く気持ちは判ります。いえ、きっと私の方が驚いていると思いますよ?まさか自分にそんな可能性があっただなんて、初耳なので。
確かに、二人を応援する為に頑張って上の位を目指そうとは思っていました。けれど、昇進できる確率が低そうだと思っていたのも事実です。
「ゼーレ、ちゃん」
「はい」
「ごめん、なさい。あたし、ゼーレちゃんがそんな真剣に手伝ってくれようとしてただなんて、思わなくて…」
「いえ、実は私も、実現性薄いかもしれないって思っていたんです。アイさんはきっと、私のその感覚を感じたんだと思います」
「でも、」
「それにアイさんだって頑張るんですよね?薬師なんですから」
「っ!!」
私が確認を取ると、何故かアイさんが驚きに目を見開き、そしてその目に光が戻ったのです。
…え?まさかアイさん、自分には何もできる事は無いとか思っていたとか言わないですよね?
「そうね~。何も解決方法は神力だけに括る必要は無いもの~」
「そうよ。そうだわ!あたし、一杯勉強して、ハヤテのお祖母様に弟子入りする予定だったのよ!!あの方は秘密裏に魔族用の薬も作っているんだから、研究すれば解決策が出てくるかもしれないわ!」
アイさん、アイさん、ここでそんなに叫んじゃって良いんですか?「秘密裏」なんですよね?
ですが、元気が出たようで良かったです。
これで……。
あれ?何かを忘れているよう、な?
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「幾つか忠告をしておく」
さて、そろそろ就寝、という空気になってきたときです。
シキさんの少々重々しい声が響いたのは。
武器の手入れをし、道具を片付けていたサイオウさんとミズキさんや、未だ何かを話していた勇者組、そしてアイさんからハヤテさんとの過去話を引き出そうと、アレコレしていた私やユーリさんも、その声の主に疑問の顔を向けました。
「まずはサイオウと雪羊姉弟だ。我はまだ信用していない。この岩の壁は我の魔力が通っている。破壊すれば我に伝わるから、妙な気は起こさない事だ」
「わー、コレ聞くとホントに魔王っぽいね。ボクには人間の凄腕魔術師にしか見えないケド」
「―――…人間だけど、魔王、という可能性…」
「シラヌイ、シグレ、失礼よ。彼は確かに魔族だわ。無機物系か植物系かは判らないけれど」
「流石ミズキ!俺には鳥系以外の魔族だって事しか解らなかったな」
「………」
シキさんの言葉によって引き起こされる、謎の会話の連鎖。
流石のシキさんも、アイさんとハヤテさんの息の合うやり取りに慣れただけでは、彼らのやり取りには反応できないみたいです。
ですが、男子組の引率者のようなミズキさんが、しっかり返答をくれました。
「ああ、御免なさい。大丈夫よ、今のところ貴方達をどうこうする衝動なんて起きていないわ。それに、この個室を詠唱も術名も無しで造り上げた時点で、アタシ達が貴方に敵わない事は判りきっているし、魔王という位なのも頷けるわ」
本当に引率者みたいですね。
しっかり話を聞いていた旨を伝えて、その上で弟達の事を謝るなんて。
あ、でも一応、サイオウさんは被保護者の範囲から抜けている感じでしょうか?
「…そうか。では次に、ハヤテとアイ」
「アタシ達?」
「へ?オレ?」
そして吸血鬼化組の次に指名されたのは、アイさんとハヤテさんでした。
私とユーリさんは良いのでしょうか?
「我は城内監視で色々聞き慣れている為問題無いが、壁を挟んだ隣に寝るのは、聴覚が鋭敏な神族二人だ。何もせず、さっさと寝ろ」
ブフッ!と、ミズキさんの隣で、道具を片付け終わったばかりのサイオウさんが、何故か吹きました。
シキさんの言葉に、何か面白いところでもあったのでしょうか?
私には、ただ単に、今日の事で騒ぎたいでしょうが他の人の事も考えて早く寝なさい、という保護者な言葉にしか聞こえなかったのですが。
…隠された意味とか、あったのでしょうか?
「シキさん、あたし達、小さな子供じゃないんだけど…」
「えー、オレ、アイの事説得しないとダメなんだけど」
今度はミズキさんの方が「子供じゃない……。説、得…?」と顔を真っ赤にして、片付けた道具の入った袋を取り落としました。
吸血鬼化組の大人二人があんな反応したせいで、シキさん達がどんな隠れた意味の会話をしているのか、非常に気になってきたのですが…!!
「意味が判らないならば問題無い、か。まあ、早く寝る事に越した事は無いだろう」
「意味が解らないなら?―――…っ!?ちょっとシキさん!あたし、そんなつもりでハヤテと……!!」
「…アイ?」
結局、突然始まったアイさんからの一方的なシキさんへの喧嘩に首を傾げていた私は、ユーリさんに引っ張られ、他の人の事は放置で寝床へ放り込まれたのでした。
ハヤテの中身は、独り身な腐女子の為、BL以外の事には少々疎かったりします




