58話 帝国の門番
「チッ、久々に獲物が現れたと思ったら、二人は同胞かよ。しかも残りの内二人もマズそうな奴だし」
「こらこらアオイ、同胞でない奴とはいえ、吸えるとは限らないからな?」
ケルベル洞窟を彷徨って四日目、私達は思ったよりも早く帝都内の出口へと到達していました。
洞窟を出た先は何と王城の横、搬入口のような門の外であり、すぐ横でした。
シキさん曰く、現在は正午になる少し前との事でしたが、辺りは暗く、まるで月の無い夜のようです。
一応、王城も城下町ともいえる場所にある帝都も、所々に青白い光がチラチラと見えはするのですが…どちらにしろ、暗いです。
一瞬、天上世界に戻って来たのかと思いました。
最初は出口らしき暗闇が見えて来た頃、『明光』で周囲を明るくしようとしたのですが、シキさんに無駄な諍いの元になる、と、止められてしまいまいた。
なので、今、私達の光源となるものは、洞窟内から引き続き私達の周囲四方に浮遊させている『照明』だけです。
で、洞窟から出てすぐ、門番さんと思わしき、犬歯が妙に長い人狼の兵士二人に遭遇したという訳ですが…。
う~ん?吸血鬼に占領されたと聞いていたので、国境はともかく王城辺りは吸血鬼の兵士に会うかと思っていましたが、完全に予想外です。
それとも、私達が封印の間で倒した吸血鬼達と、交代する予定だったのでしょうか?
「あの、私達は、」
「ゼーレ」
一応、私は説明を試みようとしたのですが、何故かシキさんに名前を呼ばれて止められました。
え、ちゃんと説明しないと誤解されるかもしれませんよ?
ですが、ちゃんとシキさんにも理由がありました。
「こちらの門に用は無い。我等が向かうべきは正門だ」
あ、そうでした。そういえば、会談と言う名の殴り込みが、本来の目的でしたね。
確かにそれなら、搬入口的なこちらの門より、正々堂々と正面から行くべきです。
けれどシキさんの言葉に、露骨に反応した人がいたのです。
「ああ゛?冒険者がウチに何の用があるってんだよ」
「こら、アオイ!…申し訳ありません、コイツ、門番になったばかりで…。ところで、冒険者の護衛を引き連れ、陸津神と他国の貴族が何の御用でしょう?正門ではありませんが、こちらも王城の警護を司る身。不審な方には、来訪理由を確認する必要があります。お答え頂きたいのですが」
「「「「えっ!?」」」」
私と勇者三人の声が被りました。えっ!?他の人、もっと驚きましょうよ!
このフェリル帝国に入って以降、吸血鬼化している感じの人狼みんなから、問答無用で襲い掛かられてきたじゃないですか!
まさか…、まさかここに来て、普通の対応をする人狼が現れるなんて…!!衝撃的過ぎです。
そして私が驚愕している間に、門番さんの片割れの対応に表情一つ変えなかったシキさんがさっさと答えていました。
「我はネム王国から事実確認に来た名代のようなものだ。本来は先触れを出すところなのだが、使者が貴国への入国を拒否された為、恐らく貴国の者は、我の来訪の事を誰も知らないだろう」
「わたしはー、陸津神の使命の為のー、見回りよ~」
「ネム、王、国…!?」
「は?センパイ、どこに驚く要素があるってんだ?」
シキさんが懐から取り出した、ネム王国発行の旅券を見て、まともな門番さんが驚愕に固まりました。
旅券には、どこかで見た事のある…いえ、あのシキさんが時々出す花を象った紋章が特徴的なネム王国の印があり、許可者の名前として、シキさん本人とヒガンさんの名前が記入されています。
さりげなくそれを持つ手で、紙の上部に記載されている自分の名前を隠す辺り、それなりに警戒してはいるようです。
けれど、シキさんは、きっとこれを狙っていたのでしょう。
提示した旅券が決定打になったのか、まともだった門番さんは、取り乱して色々しゃべってくれました。
「ば、莫迦な…!伝令は戻っていない!それなら、何の問題も無く進軍できている筈だ!第一、ネム王国の者の入国は許していない!関所の兵はどうした!?」
「襲ってきた者のみ、相応の対処をさせてもらった」
「っ!それでも使者か!!」
「……何の抗議文も告知も無く突然襲ってきた貴国より、数段ましだろう。案ずるな、これ以上我が国と貴国の溝が深まる事は無い」
つまり、既に友好度は最低値だという事ですね。
「勇者、ゼーレ、この先は直接襲ってきた者のみ、対処する。逃げる者は当然、応援を呼びに行く者も追うな」
「応援を呼びに行きそうな人以外への対処は、いつも通り、という事ですね。解りました」
「りょーかい!羊三姉弟も、来るなら合わせて欲しいんだけど」
シキさんが、どう聞いても意図的にハヤテさんの名前を伏せて呼びました。いえ、もしかしたら、“勇者”を強調したいのかもしれませんが。
一応、該当者はハヤテさんを含めて三名いるのですが、雪羊の双子君は空気を読んだのか、反応しません。
まあ、シキさんが未だに拒絶気味の態度を取っているので、話の流れ的にも判りやすかったのだとは思います。
あ、そうです。一緒にここまで来たの、雪羊の姉弟だけなんです。
鳥系魔族のサイオウさんは、シキさんから、しばらくしたら太陽が姿を現すだろう事と、吸血鬼化した者は太陽の日を浴びると灰になる可能性が高い事、そして、アイさんのお父さんが日光への対策を研究し始めているかもしれない事を聞いて、離脱したんです。
マーシナル連邦に戻って、自分達の部族と、雪羊族に情況を伝えるのだとか。その帰国の途中でアイさんのお父さんを拾えたら万々歳だそうです。
…アイさんのお父さん、拾えるのでしょうか?あの地図に無い村で会った時は、“陛下”に忠誠を誓っているのか、親しいのか…な態度でしたが。
「そうね。怪しい動きはしないと誓った以上、その指示には従うわ」
「ま、しょうがないね」
「……姉さまが従うなら」
そして雪羊の姉弟の返答を聞いたシキさんは、「では失礼する」と門番さん達に断りを入れ、進み始めました。
…アイさんとユーリさんの事は何も言わなくて良いのでしょうか?
とても気になりますが、先程の勇者呼びもある事から何かの作戦の可能性もありますし、ここは黙っておく方が賢明かもしれません。
私達が背を向けた門の方から、走り寄る音、そして何かがぶつかる音、それに続きくぐもった呻き声が聞こえても無視です。
シキさんが橙気味の黄色い光の粒子を纏っているのが見えていたので、あえて言及したりはしません。
背後について来ていた、ハヤテさん以外の人達が振り返ったような気配がしましたが、光の粒子が見えない人達からすると、きっとあれが普通なんですね…。
でも、ハヤテさんが振り返らなかったのは、気になります。だってまだ彼の目は普通の色をしていた気がするんです。
実は光の粒子が見えていて振り返らなかったのか、シキさんの事を信頼しきっていて振り返らなかったのか、判断に悩むところですね。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「陛下は今、偉大なる実験を行っています。謁見はできません」
見た目通り広いお城の塀沿いに進んで、十五分ほど。ようやく正門前に到着しました。
ちなみにこの間、半周も進んでいません。
「…実験?謁見の順番待ちでは無いのか」
「今はケルベル洞窟を抜けるか、極一部の幹部のみが所持を許される、特殊な宝珠を持った者が結界を抜ける以外、外界と繋がる方法はありません。よって、貴方達のように謁見を求めていらっしゃる方は非常に稀なのです」
流石に私は、もう驚きませんでし…いえ、驚きました。
国境にいた兵士さん達って一体何だったのかと思える程、お城の兵士さん達がまともなのです。
あの、洞窟を抜けてすぐに遭遇した新米門番さんだけが、特殊だったようです。
その証拠に、目の前に立つ、四人の正門の門番さんは、空気が張り詰めていても丁寧と言える対応をしています。
「では軍の最高司令官でも良い。この手紙を渡し、会談の日時を調節して貰いたいのだが」
「危険が無いか、ここで検めても宜しいでしょうか?」
「気が済むのであれば、すると良い」
…何だか怖いほど普通に進んでいますね。
シキさんが薄桃色の蝋で封印された封書を門番さんへと渡すと、彼が正門脇にある詰所的な建物へ声を掛け、中から新たに人狼の兵士さんが出て来ました。
う~ん?正面はこんなに厳重なのに、何故あの洞窟横の門は二人しか人がいなかったのでしょうか?
フェリル帝国があっという間に占領されたのは、ネム王国の調査結果から考えても、あの門を守る人数のせいとしか思えなくなってきました。
あの洞窟の入口でしっかり足止めできていたら、もう少し何とかできたのではないでしょうか?
「この紋章はネム王国…。ネム王国といえば、美味しい果実酒ですね。嬉しい事に、体が吸血鬼となっても味わえたので愛飲させて貰っています」
「………」
あ…れ?さっきの洞窟の入口横の門番さんとは、かけ離れた反応です。
詰所的なところから出て来た人狼は、他の門番さん達より少々豪華な兵装の為、彼等の上司だとは思うのですが…。
これは彼の演技力がズバ抜けているのでしょうか?それとも、ネム王国への襲撃は、一部の人しか知らないのでしょうか?
兵士さんの手が、封をそっと開きます。
「ふう…。危険な物は入っていないようですね。陛下はお忙しいので、先程窺った最高司令官、元帥に渡しても宜しいでしょうか」
「闇夜の白狼と呼ばれた彼は存命か?」
「!我々の国の建国時代を、ずいぶん詳しく勉強なさったのですね。はい、かなりの高齢となり、そろそろ引退を囁かれていますが未だ元帥の座に。…吸血鬼化した事で、引退も当分先になりましたが」
「では手紙は彼に渡して欲しい。ああ、この花も渡すと、信憑性は増すだろう」
そういってどこからともなくシキさんが取り出したのは、あの葉の無い白い卵色の茎の、小さな薄桃色の花でした。
ってあれ?その花で信憑性が増すという事は、もしかしてシキさんの知り合いですか?
「この花は…?」
「多少空気中の魔力を吸う以外、特に害は無い。毒性を疑うならば、もう一輪渡すので検査すると良い」
「それでは片方は調べさせて頂きます。この手紙のお返事は…」
「ここで待たせて貰う」
「…畏まりました。皆、私が戻るまで、彼らを城に入れないように」
他の皆が一切口を挟む事無く、門番さん達の上司の兵士さんは、シキさんから託された手紙と二輪の花を持ち、お城へと走り去って行きました。
「な、シキ様。シキ様って、さっき言ってた闇夜の白狼?と会った事あんのか?」
走り去る兵士さんを見送った私達は、正門の横へと移動し、大きな塀の前で待つ事にしたのですが、移動したとたん、ハヤテさんが早速シキさんへと質問をしていました。
「この国の戴冠式の時にな。当時はまだ、今の我と同年代に見える容姿をしていたが」
「「「えっ!?」」」
驚きの声を上げたのは、雪羊姉弟の三人だけです。
私達はシキさんが二百年近く前に建国した事を知っているので、百年前に勢力を広げて来たフェリル帝国の戴冠式にシキさんが出ていても、特に不思議とは思わないからです。
ですが、声は上げなかったものの、正門の門番さん達も目を丸くして、どうみても驚いている表情をしていました。狼頭で表情が判りにくそうなのに、それでも判るほどに驚いています。
そして、勇気ある一人の兵士が、恐る恐るシキさんへと質問をしました。
「あ、あの、使者の方。あなたは、人間では………」
もちろんシキさんの答えは否です。しかも、兵士さん達にとっての精神攻撃まで仕掛けていました。
「門番ならば、各国の事情を上辺だけでも知っておいた方が良い。いつどこの国の者が来るか判らんかな。ネム王国の上層部が、ほぼ魔族のみで構成されている事は、特に隠していない事項だぞ?」
どう聞いても彼等に教育を施しているとしか聞こえない言葉は、彼の慈愛に満ちているかのような、あのふわりとした笑みと共に放たれたのです。
ま、負けた…、とその場に膝を着いた門番さんが三名。
一体彼等は、何の勝負をしていたのでしょう?




