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46話 フェリル帝国の隣

7/2誤字修正

「変ナ馬車、見タ。夜中、何モ無イノニ、追ワレルヨリ速イ速サデ、走ル馬車」


 私の目の前にいるのは、私の三倍程度の大きさがある、知性ある魔物ゴーレム。

 彼は運び屋さんをしていて、今朝この町に到着したところだそうです。


「向かった方角はわかりますか?」

「首都ノ方」

「この国の首都方面ですね。ありがとうございます」

「教エタ。約束」


 そして、事前に交渉した事をしっかり覚えていた彼が差し出す手に、私は背中の翼から羽を一枚抜いて載せました。…地味に痛いのですが、アイさんの行先を特定させる情報の為です。我慢です。




 麓街ハービスを出発して五日目。私達は国を一つ横断し、フェリル帝国の隣にあるマーシナル連邦に到着していました。

 シキさん曰く、マーシナル連邦は、百年程前、勢力を広げてきたフェリル帝国に対抗する為、十四程の小国が一つに纏まった結果の国なんだそうです。

 その十四の内、九の国が無機物系魔族の国だった為、現在は無機物系魔族の国であると、世界的に認識されているのだとか。残りは二つが人間の国、そして草食動物系魔族の国と鳥系魔族の国が一つずつだったそうです。


 何故、私がアイさんを乗せた馬車の情報を集めているのかと言いますと……。


「で?」


 私が運び屋さんなゴーレムを見送っていると、後ろから非常にドスの利いた声が聞こえてきました。

 …ここ数日で別人のようになったハヤテさんです。


「今回も首都方面みたいですね」

「ハイこれで五件目ー。シキ様もう良いだろ?早く行こーぜ」

「そうだな。ゼーレ、すまない。祭唱(さいしょう)を…」

「わかりました。すぐに呼んで来ますね」


 私はマーシナル連邦に入る際シキさんに指示された、人型のまま翼を出した状態である事を利用して、空中からユーリさんを探す事にしました。

 ちなみに、シキさんもあの薄桃色の魔王姿になっています。国の人口の大半が魔族な国なので、人間っぽくない姿の方が目立たないのだとか。とはいっても、シキさんは花の王者な感じの服を、麻色の大きくゆったりとした、足首まである外套ですっぽりと覆い隠していますが。


 本人曰く、植物系魔族に詳しい魔族に見つかると、無駄に戦闘が増えるからだとか。

 …これだけだと、意味不明ですね。

 よくよく聞いてみると、植物系魔族の部族長は、服の形をしている部分に金の模様が現れていて、その部族で一番強いのだそうです。

 で、その部族長を倒すと、倒した者がその部族を支配できる権限を持ち、自分の勢力を拡大できるのだとか。つまり、金の模様が見えるまま歩いていると、野心のある魔族に狙われやすくなるという事です。

 服にある金の模様、そんな意味があったんですね。ただ単に、王様やっているからだと思っていました。


 ちなみに、背中にある十本の蕾が付いた茎が邪魔して普通に外套が着れないだとか、茎を出す為に背中の途中まで切れ目を入れたりだとか、外套を着るまでが大変そうでちょっと笑ってしまったのは内緒です。

 シキさん、魔王に勇者に陸津神(ろくつかみ)の二番手に天津神、という異色の団体に戦いを挑んで来るのは、それこそ魔王級か相手の力量を計れない弱い人だけだと思うので、そんなに警戒しなくても大丈夫だと思いますよ?


 ユーリさんとハヤテさんはそのままです。

 ハヤテさんはどうしようもない…というより、ピリピリしていて何かのフリをする余裕も無さそうなので放置です。

 ユーリさんは陸津神(ろくつかみ)なのですが、元々陸津神(ろくつかみ)と魔族はそこそこ良好な関係であり、加えて服装が特徴的なので大丈夫だろう、との事。

 その特徴的な服装は、空中から探すのにも一役買ってくれました。


「ユーリさん!」

「あ、ゼーレちゃーん!」


 今も周囲を見回して、ものの数秒で発見できました。

 私は手を振ってきたユーリさんの近くに降り立ちます。あ、そうです!空を飛んでも下着を覗かれない方法思い付いたんですよ!飛んでる間、スカートの中は覗いたら最後、少しの間視界が真っ白になる強さの光を下着の前に設置する事にしたんです!

 やさぐれ中のハヤテさんからは「うざっ」という意味不明の一言、シキさんからは「…対策をした経緯と自分の行動を、一度振り返ってみたらどうだ」という、よく解らない進言しか貰えませんでしたが、ユーリさんから「残酷で素敵な守備ね~」と多分見えてないと思われる評価を貰えました。下心ある人には、多少おしおきが必要なので、問題無さそうです。


「首都方面以外の情報ー、あった~?」

「いえ。ハヤテさんも限界みたいですし、もう出発するみたいです」

「う~ん、これだけの速さで移動しても追いつけないなんてー、ハヤテくんとシキくんが言っていた事にぃ、現実味が増してきちゃったわね~」


 実は速度二倍と、体力二倍、それからユーリさんの提案により筋力二倍の三つの術を掛けて走る事で、私達は馬単体で走った場合より僅かに速くで移動できていました。

 けれど、何故か二頭仕立ての馬車に追いつけません。馬車というだけあり、車体を引いている分、速度が落ちるはずなのですが…。

 ハヤテさん曰く、御者も馬も吸血鬼化しているから普通とは違う、だとか。

 シキさんからは、監視用の花が何故か香りで察知され、マーシナル連邦へ入る少し前の道中に燃やされたという情報が入りましたし、馬車の幌部分に載っていた小さな花の香りに気付く時点で、人間の嗅覚を超えてますよね。

 あの小さな監視用の花は魔王型になっているシキさんと同じ香りがするのですが、ふんわりと甘い、まったりしたくなる香りが僅かにする程度で、少し離れただけで感じなくなるほど弱い香りなのです。なので、幌を偶然見たら…、で気付かれるのはともかく、香りで気付くのはおかしいというわけです。


 つまり、シキさんの監視用の花が焼失した為、馬車が進んだ方角が判らなくなり、私達は聞き込みをしていたのです。

 ハヤテさんに至っては、何か事前に情報を掴んでいたのか、マーシナル連邦に隣接しているフェリル帝国の村に向かっているはず、と頑なに意見を譲りません。

 ですがシキさんの「隣接している村は、地図に記載されているだけでも六つはある」という言葉で、馬車が向かった方角を確かめる作業に、異は唱えなくなりました。

 あれです。地図を見せてもらったところ、フェリル帝国は南北と西が海に面した縦長の国で、唯一陸と繋がっている東側の長い国境は全てマーシナル連邦に面しています。

 おかげで“国境沿い”の村も多く、シキさん曰く、地図に無い村もいくつかあるはず、との事で、方向を絞らずに向かうと余計に時間がかかるかも、とアイさんの心配で一杯一杯なハヤテさんでも気付けたのでしょう。


 それで一応、マーシナル連邦に入って最初の村では、ハヤテさんも聞き込みをしたのですが…。

 ちょっと相手首を傾げたり、急いでいるからと断ってきた途端、聖剣を抜いて脅し始めるんです!

 え、いつものあの少々図々しい感じな、友好的態度を見せるハヤテさんはどこ行ったんですか!?と思った私でしたが、きっとシキさんやユーリさんも似たような事を思ったに違いありません。


 結局、ハヤテさんに聞き込みをさせてはいけない、とシキさんが傍で見張る事になりました。

 勝手に暴走して、一人行ってしまわないように、という意味合いもあります。実際に一回発生しかけたので、余計に目が離せません。

 おかげで、私とユーリさんの二人だけで聞き込みですけどね!


 今のハヤテさんを待たせていたら、何が発生するかわかりません。

 私はユーリさんと、ハヤテさんを見張るシキさんの元へ急ぎました。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「そういえばハヤテさんとシキさんは、いつ食事を摂るんですか?」


 一斉に私へ集まる、みんなの視線。

 …いえ、確かに首都に入った直後という、微妙な瞬間で口にしてしまいましたが、二人にとっては生命活動上重要な事ですよね?

 二人で私達を待っている間に摂っているなら良いのですが、少なくともみんなでいる間では、野営をしていた為に今朝はハヤテさん、パンを齧ってそれきりだった気がします。シキさんは、言わずと知れた酸酪(さんらく)を飲んでいただけです。

 今はもう夕方。食べていなければ、結構お腹がすいているのではないでしょうか?私達は、朝に立ち寄った町からこの首都アンドルドまで、例によって三種の神術もとい魔術を重ね掛けした状態で走ってきたのです。朝口にしたパンの栄養分なんて、既に燃焼されきっている気がします。


 空気が微妙なものになったとはいえ、根気強く返答を待っていると、一応でもお腹はすいていたのか、ハヤテさんがシキさんを睨み付けるかのように見上げ、口を開きました。


「シキ様、この辺に売ってあるヤツって食べれんの?」

「何かあるのか?」

「ゴーレムって人間と同じ物とか食うワケ?しかもここ、フェリル帝国の隣なんだろ?」

「……見て判る違いがあると良いのだが」


 ええっと…。確かに聞いたのは私ですよ?食べるのはハヤテさんとシキさんの二人だけですよ?

 だからって、二人だけが解る会話をされても困るのですが!

 ほら、私だけが解らないのではなく、ユーリさんも不思議そうに首を傾げてるじゃないですか。


「シキさん、ハヤテさん、私達、完全に二人の会話に置いて行かれてます」

「ゼーレ達には関係ねーし、別にいいだろ」

「食料がフェリル帝国からの輸入品だった場合、吸血鬼共が何か仕込んでいる可能性があるという話だ」


 シキさん、たったあれだけのハヤテさんの言葉から、よくそんな内容が理解できましたね。

 とりあえず、すぐそこに見えている八百屋さんから確認でしょうか。


 私達は、風景が映り込むほど、表面のツルリとしているゴーレムが店先に立つ八百屋へ、足を向けました。


「イラッシャイ!……ン?金ノ羽ダッテ!?オ、オ嬢チャン、ソレ…!!」


 シキさん達が商品を眺めている横で、また反応されました。

 実は私の翼、何だかゴーレムの方々にとても受けが良いらしく、行く先行く先で一枚羽をくれないかとお願いされるのです。

 彼等曰く、金属でこんなに精巧な作品を作れるのは素晴らしいんだとか。

 一応、金属ではない旨と魔力の塊なので、抜いた羽を長時間置いておくとどうなるかわからない旨まで伝えたのですが、今度は、つまり頭の中だけでこんなに細部までこだわった羽を考え、具現化させる事ができるのか、と褒め称えられてしまいました。

 …彼等の斜め上な盛り上がり様に引いてしまった私は、説明する気力も失ってそれ以上訂正せず、今に至るというわけです。ユーリさんからは、アイさんが乗った馬車に関する情報を集めるのに役立つので、もうその設定で、と言われてしまいましたが。


「言っておきますが、この羽は金属ではなく、魔力の塊ですよ?」

「ッ!!支払イハ、ソノ羽デモ受ケ付ケルヨ!」

「…だそうですが、シキさん、ハヤテさん、どうします?」


 私は、店先の一ヶ所をじっと眺めている二人に声を掛けます。

 二人が見ている先を確認してみると、そこには傷物の野菜を低価格で並べてありました。価格ごとに纏めて並べてあり、種類の違う野菜である事はお構いなしに置いてあります。

 …ハヤテさんは不機嫌さが臨界点を突破したのか無表情、シキさんは僅かに眉を顰めているので、何かあるのは一目瞭然です。


 店員さんと思われるゴーレムも二人の視線の先に気付いて、けれども二人の態度には気付かないまま声を掛けました。


「ココノトコロ、ズット晴レ間ガ無イカラネ。食料不足ニナラナイヨウ、組合デ傷物モ売ルコトニナッタノサ」

「…野菜を入れる籠は無いか?」


 少々首を傾げながらも貸して貰った籠に、シキさんは傷物野菜の一部を、次々と入れていきます。僅かに顰められた眉から察して、問題がある物か無い物のどちらかを選んでいるのだとは思うのですが…。

 いえ、籠に入れられた野菜は価格がわからなくなるので、きっとこちらが問題のある方ですね。


 そして、傷物野菜置き場から三分の一程度が無くなった頃、ようやくシキさんが店員さんと思わしきゴーレムに籠を突き出しました。


「この野菜は売らない方が良い」

「ハア?花ノ兄チャンイキナリソレハ………、オヤ?全部フェリル帝国産ジャナイカ。良クワカッタネ」

「植物とは思えない波動になっている。食せば吸血鬼化するかもしれない」


 は、波動…?そういえば、メディス王国の回復薬の時もそんな言葉を使っていたような…いなかったような…。


「何バカナコト言ッテルンダイ。ココ二週間ハ売ッテルケド、ナンノ文句モ言ワレテナイヨ」

「…来なくなった客はいないのか?」

「リンゴヲ買ッテ行ッタ、常連ノ人族一人ガ珍シクココ一週間姿ヲ見セナイダケダヨ」

「林檎…?」

「アア。家族ガ風邪ヲヒイタトカデ買ッテ行ッタサ」


 シキさんが僅かに考えるそぶりを見せました。


「傷物ではない、フェリル帝国産の人参はどれだ?」

「コレダヨ」

「ではそれと、この傷物の人参の二つを買おう」

「鉄貨二十五枚ダヨ。オ嬢チャンノ羽ナラ、一枚デ酒樽二ツ分ノ水モ付ケヨウジャナイカ!」


 ゴーレムは太っ腹なところを見せようとしたのですが、実はそれ、私達にはあまり魅力的ではないんですよね。

 普通の旅人なら、とっても有り難い事なのだと思うのですが、この面子では水の魔術を得意とするシキさんがいる為、体を清めるのにも全く困らないんです。魔力から変換された物質の為か、普通の水よりは魔力が多く含まれていますが、ハヤテさんの体に蓄積される事以外、何も支障は無いんです。

 ハヤテさんの体に蓄積された場合は、彼に魔術を使って貰えば良い、という認識になっているので、彼?彼女?の思惑は完全にハズレですね。


 シキさんは、普通にお金を払いました。

 …と、そこまでは良かったのですが…。


 何とシキさんは、八百屋さんの店先で野営で使用する簡易かまどと鍋を取り出したのです!


 鍋に注ぐ水は、何故か普段と違い懐の収納袋から取り出した、普通の水。


「あの、シキさん…?」

「実験を行う。ゼーレ、この人参に火が通るまで、鍋の水を沸騰させて欲しい」


 先にシキさんが鍋に入れるのは、綺麗な方の人参の方みたいです。

 けれど、何故か彼の手にあった人参の周囲に水が散ったと思えば、均等な太さで輪切りになって鍋に落ちていきました。

 え、今何したんですか?アイさんとハヤテさんがよくやっていた料理は、刃物を使って切ってましたけど、シキさん刃物出してないですよね?


「わ、わかりました…」

「チョット!ウチノ店ノ前デ何シテルンダイ!」


 当然、ゴーレムも文句を言います。だって夕方ですし、夕食の買い物に来る人がいるかもしれないですからね。

 今は居ませんが。

 とりあえず、慣れない火の調節に勤しむ事にします。


 え?火の神術でどうやって料理に使用するのか、ですか?

 実はですね、火壁(ボア・ヘッツ)って調節を頑張れば料理に使えるんです。他の術と違って、移動したりせずにその場固定の術、というのが目の付け所なんだそうです。

 別に私が考えたんじゃないですよ?

 シキさんが小さい頃、ヒガンさんに教えて貰ったとかで、自分が使えないにもかかわらず覚えていたそうです。


 もちろん、かなりの練習が必要でしたけどね!

 ただ習得できた時には、アイさんとハヤテさんから、薪探しの時間が省けるとかで絶賛されましたよっ!


 綺麗な方が煮え、木の皿に移されると、今度は傷物の方の人参が入れられました。

 同じくこちらもグツグツと火を通していきます。

 シキさんは問題物として見ているようですが、私には傷がある事以外、違いは目視できません。

 ユーリさんはニコニコしながら店の横に立っていて、ハヤテさんに至っては冷たい目をして眺めているだけです。……絶対に大丈夫じゃない表情です。


「熱に弱いのか」


 そろそろ時間的に火が通ったのでは、という頃になって、シキさんが呟きました。


「何が起きたんですか?」

「火が通った状態になると、こちらの問題が無かった人参と同じ波動になった。野菜や果物は火を通せば問題無いだろう」

「保障はあるワケ?」

「気になるならば、何か動物を掴まえて実験でもするか?」

「……んな時間ねーよ。どうしてもって時になったら、火を通してって事で」


 鍋から取り出し、別の木の皿に乗せた人参と先程の人参を、私も見比べてみました。

 元から違いがわからなかったので、当然何もわかりません。


「おい、傷物の商品を買う者には、必ず火を通すよう伝えて欲しい」

「結局、アンタ達ハ何ガシタカッタンダイ?」

「「吸血鬼に仕込まれた食品を無事に食べる方法の模索」」

「気付いたらゴーレム以外全員吸血鬼化してました、って事にならないといーな」


 何だか、いつになくハヤテさんとシキさんの息がピッタリです。

 いつもだったらハヤテさんは場を和ませる側なのに、シキさんと一緒になって八百屋さんのゴーレムにたたみかけました。


「ダッ、ダイタイ、何デ見タダケデソンナ事ガ言エルンダイ!イクラ植物系デモ………!!」


 流石にバカにされたと思ったのか、ゴーレムは声を荒げます。

 けれど、シキさんは今までずっと隠す為に着ていた外套を、そのゴーレムだけに見えるよう軽く開き、低い小声でトドメの言葉を放ちました。


「我はこれでも部族長でな。我ほどの力を持った植物系魔族は、その植物が放つ波動を一つ一つ感知できる。…同じ種類の植物を、個々として見分ける為の能力だからな。植物系魔族の部族長には必須の能力だ」


 えっと…?

 簡単に言うと、一卵性の三つ子を、一人一人間違えないよう認識する為の能力…みたいな感じでしょうか。波動ってすごいですね。

 その言葉に納得したのか、ゴーレムは傷物の商品を買うお客さんに注意を促してくれる事を約束してくれました。




 ―――…実はヒガンさんの計らいで、シキさんの収納袋に、三人の二か月分もの食料が入れられていた事を知るまで、後二時間。

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