41話 命の泉再び
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「つまり、今現在、狼共は国ごと鬼系魔族の吸血鬼に支配されている可能性が高い」
王都から出て、約束通りシキさんが話してくれた内容は、衝撃的なものでした。
鬼系魔族が、水の封印施設から離れた場所で数多く目撃されている事もですが、一番衝撃を受けたのは、ネム王国の上層部で、既に太陽の守護神にあたる人物がいなくなったという予測が立っていたという事です。
今回の現象が、五十年間隔で起こる太陽の守護神交代の“|隠れ日”と類似していて、けれど“|隠れ日”の始めに起きる日食が、いつもと違う形で起きたと観測されたらしいのです。
いつもであれば、最後に太陽が隠れるよう、雲が周囲の空から覆っていくそうなのですが、今回は突如太陽の真ん中から、雲が漏れ出たかのように空を雲が覆っていったそうなのです。
その異様な太陽の隠れ方から、何らかの問題が発生して、太陽の守護神がいなくなったと予測したネム王国の上層部は、地上に悪影響が出ていないか普段から各地に散っている情報部の人に確認させたのだとか。
結果、太陽が消えた日の翌々日から、人狼が治めるフェリル帝国で他者生き物の血を吸う、明らかに人狼ではない魔物が多数目撃され、僅か二日で占領されたと思われる状態になってしまったのだそうです。
「でも、思われるとか可能性が高いとかって不確かよね?何でそんな状態で国王が行くことになったの?」
「…我が国の情報部には、王城にまで乗り込める者がいなくてな。だから上層部が何らかの交渉という形で訪れて確かめるのが最も有効な手段なのだが、残念な事に太陽が出ていない今、戦闘を想定した活動ができる者は限られている」
「もちろん、他の場所は支配されているって確認してるわよね?」
アイさんが、うとうとしているハヤテさんを肩に寄りかからせて、シキさんを見つめました。
シキさんは軽く目を伏せます。
「フェリル帝国が国境に軍を多く配置しだし、配置された者の大半が闇属性の魔術が可能になっているという情報は掴めている。そして、我が国を出る直前には、肉を食わずに血を吸う人狼や狼が出現したと報告された」
「あら~。うちの竜を襲った人たちもー、意外とあっけなく負けるのね~」
「つまり、そのフェリル国が、これから行く魔王の城がある場所なんですね」
うん、確かに確認に行く必要がありそうな状態ですね。日の御方が亡くなった後すぐに、本来封印されているはずの種族が地上で活動を始めた、というあたり、彼等は何か知っているかもしれません。
ですが、アイさんは納得できなかったらしく、眉を顰めました。
「…闇属性の魔術が、吸血鬼とどう関係があるのか解らないんだけど」
言われてみれば、そうですね。でも、血を吸う個体が、という時点でもう判断して良い気がしますが。
「人狼は、妖精系魔族であるにも関わらず、基本的に魔術が苦手な種族だ。身体能力を上昇させる魔術は使用しても、他を使用する奴は少ない。代わって吸血鬼は物理と魔術どちらの攻撃も得意であり、種族の特性として必ず闇属性の魔術が使える。しかも厄介な事に、自分の血を飲ませる事で、飲んだ相手を同族へと変化させ、自分の僕にする事ができるそうだ」
「人伝な情報なのね」
「そうだな。鬼系魔族は今から約三千年前に地下へ封印されたが、我はまだ三百二十五年程度しか生きていない。彼等は、我の自我が芽生えた頃には既にいなかった存在だ。大樹族に聞いた情報しか把握できないのは、仕方のない事だと思っている」
………。
何だかアイさんとシキさんの間に、冷え冷えとした空気が漂ってきた気がします。
ユーリさんも、何故こんな雰囲気になったのか判らず、首を傾げて口を開きません。
そういえばアイさんって、やたらと「正確な情報」にこだわりますよね。小さい頃に何かあったのでしょうか?
「でも、」
「いいから、早く、行こーぜ…」
やっぱりといいますか、冷えてきた空気を壊したのは、ハヤテさん。
アイさんが何か言おうとしていたところを遮り、眠そうに目をうっすらと開け、緩慢に言葉を紡ぎました。
しかも何を思ったのか、今まで寄りかかっていたアイさんから、苦労しているかのようにゆっくりと離れ、シキさんの方にフラフラと歩を進めたのです。
「ちょっと、ハヤテ?」
アイさんの驚きによる制止の言葉も完全に無視し、ハヤテさんは眠気を我慢しているかの様な半眼で、シキさんに向かって両手を広げました。
「オレからの、“お願い”。オレは寝る。運んで」
「「え?」」
「なっ…」
「あら?」
そのまま、シキさんの胸にばったりと倒れ込みます。人を放っておけない性分なのでしょう、シキさんは瞠目しながらもハヤテさんを受け止め、いつもの無表情に戻って沈黙してしまいました。
判ります。とっても困惑してますね?
「ヒガンに、すいみん時間、消された…。ねむい。…シキ様の、背中のしょくしゅ、楽しそー。運んで」
「………」
「…ハヤテ、何か別の事混じってない?」
「ヒガンに、じまんされた。はだざわりいーって。…ねむい」
「「「「………」」」」
アイさんとシキさんの間にあった冷たい空気は吹き飛びましたが、代わりに私達の間に困惑による沈黙が落ちました。
アイさんが口にした通り、ハヤテさんの言葉、何か別の話も混ざってそうです。
しかも、詳しく聞こうと顔を覗き込めば、ハヤテさんは既にシキさんの腕の中で夢の世界に飛び立っていました。
…何なんでしょう。その幸せそうな寝顔が、少しだけイラッときます。
「飛行魔術と転移魔術の修行って言ってたけど、一体何してたのかしら?」
「飛行と転移…。それは本当なのか?」
「ハヤテが言ってただけよ。来るなって言われたから、あたしは見てないわ」
「でもー、飛行は風の上級だから使えるかもしれないけれど~、転移は光も使えないとできないわよ~?ハヤテくんが光を使っているtころ、見た事ないのだけどー…」
ユーリさんの言葉に、みんなの視線が、彼の腰にある聖剣に集中します。
…まさか、ですよね?
「…真相は、ハヤテが起きてから確かめるとしよう。まずは水の封印施設がある、メディス王国に向かうか」
「ちょっと待って」
ずっと王都の目の前に立っているのも時間の無駄、とばかりにシキさんがハヤテさんを抱え上げた時でした。
アイさんから制止の言葉が入ります。
何でしょう?話なら、歩きながらでもできると思うのですが。
「ハヤテは“しょくしゅ”…触手かしら?それも同時にご希望よ?」
そういえば、背中の触手、とか言ってましたね。
今の人間型の背中には何もないので、大方、魔王版の背中にある、あの薄桃色の蕾が付いた、柔軟な動きをする白い茎の事なのでしょう。
触手だったんですね、あれ。
「…つまり、本体の腕ではなく、別肢で運べと言うのか」
「べっし…?ああ、触手とは性質が違うのね。…ふふふ。わかってるじゃない」
アイさんが、にやり、と笑いました。
シキさんが僅かに眉を寄せ、溜息を吐きます。
「あまり目立ちたくはなかったのだが………」
けれど文句を言いつつも約束は守るようで、彼の体が白く光り、その形が変わったと思ったら、あの薄桃色な魔王版のシキさんが現れました。
「…前では邪魔だな」
そのままシキさんは、ハヤテさんを、シキさん曰くベッシという背中から生えた薄桃色の蕾が付いた白い茎で、背負い上げました。寝ているハヤテさんに気を使ったのか、横抱きのような向きで。
うん。確かにこれは、目立ちますね。
いかにも魔族が、人間を捕食する為にお持ち帰りしてますって感じに見えて、とっても悪目立ちしそうです。
人間型の姿で背負って行った方が、どう考えても遥かに自然です。
「うんうん。お互い様、お互い様。良い響きよね!」
アイさん、私それ、知ってますよ。
嫌がらせって言うんですよね?
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「水面の神術は~、ちゃんと作動したままみたいねー」
ユーリさんが、“命の泉”の水面を軽く撫でました。
そうです。私達は、メディス王国のグレア村を経由して、“命の泉”まで来ています。
私達、と言ってもここにいるのは私とシキさんとユーリさんの三人。アイさんとハヤテさんは、グレア村でお留守番です。
理由は簡単。この泉の中に潜る必要があるので、長時間息を止めていられる人か、呼吸の必要が無い人でないと厳しいからです。
それに、水の封印施設の出口はグレア村の堀の中だと判っていますからね。
ちなみにシキさんは、ちゃんと人間型です。ネム王国からここまで来るのに数日かかるので、とっくの前にこの姿になっています。
本当に悪目立ちしましたよ…。ネム王国内では兵士さんが跳び上がって敬礼する以外、特に何も無かったのですが、出てからが大変でした。シキさんの提案で馬車を借り、私が速度二倍の神術を掛けてから進んでいるにも関わらず、馬車の中をたまたま見れた人が、ことごとく顔色を悪くしていくのです。
御者さんはネム王国出身者だった為、始終苦笑していただけだったのですが、本当に攻撃されなくて良かったです。寿命が縮むかと思いました…!
「ところで~、封印から出てきた鬼系魔族はー、どうなっているのかしら~?」
「…すまない。こちらの監視に気付いたらしく、王都襲撃の最終日あたりに分身を燃やされてしまった。燃やされた時点では、封印の間から二人とも出ていない様子だったが…」
つまり、向かったが最後、その二人を戦闘になる可能性が高い、という事ですね?
まあ、人数的にというよりも、シキさんがいるので大丈夫そうな気がします。
「じゃあ、わたしが先に潜ってミーちゃんを鎮めるわね~。二分くらいしたら、来て良いわよー」
とぽん、とユーリさんが中を確かめる行動すらせず、軽やかに泉へ飛び込みました。
泉の縁に残されたのは、私とシキさんの、二人。
「「………」」
何も後ろめたい事は無いはずですか、何だか気まずい沈黙です。
これは何か話した方が良いのでしょうか?それとも、この雰囲気に耐え、黙って二分を数えた方が…。
「何故、まだ持っていた」
話題を必死に考えようとしていた私ですが、幸いにもシキさんから話しかけてくれました。
ちらり、とシキさんの方を窺い見ましたが、彼は泉の水面を見つめていて、視線が合う事はありませんでした。
「持っていた、とは何の事ですか?」
自分で答えておいて、何となく予想が付くだけに、ちょっと白々しい言葉のように感じます。
でも、もし違ったら恥ずかしいじゃないですか。ここは、しっかり何なのかを確かめてから答えた方が、無駄な羞恥を発生させずに済むはずです。
「……お前が、伊耶那美の宮に一人で行こうとした際、渡したあの花だ」
予想は外れていませんでした。
でも、シキさん、あんまり蒸し返さない方が良いと思いますよ?お互いの為にも。特にアイさんが居るところで蒸し返すと、悲惨な展開になりかねません。
もしかして、それが判っていたから私と二人になった時に言い出したのでしょうか?
まあ、ここは素直に答えておくところです。…自分の精神に打撃を与えない為にも。
「色合いが綺麗でしたし香りも良かったので、枯れるまでは、と思っていたんです」
「………」
「シキさん?」
聞いておいて、だんまりは無いんじゃないですか?私はちょっと腹が立って、せめて表情から返事を汲み取ってやろうと、彼を覗き込みます。
…が、そこにあったのは、眉を顰め、微妙な空気を漂わせるシキさんの顔でした。
「あ、れ?すみません、私、何か気に障る事言いましたか?」
「…あ、ああ、いや、………香りの話まで出るとは思わなかった」
香りが良かったという話で、何故シキさんが眉を寄せるのか、全く意味が解らないのですが。
「とにかく、不快という話ではない。…そろそろ行くぞ」
「え、シキさんっ!?」
一体さっきの質問は何の為だったんですか!?
私の心の叫びも空しく、シキさんはどぼんっ。と音を立て、水に入ってしまいました。
ユーリさんが入ってから、二分、経ちましたでしょうか?
一人残されてもアレなので、私も彼の後を追う事にしました。
ユーリさんと、巨大蛇もどきの戯れを目にする、僅か三秒前の話です。




