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39話 砲筒使いシキの当惑

7/2誤字修正

「陛下!対戦申し込みます!!」

「名を聞こう」


 地中に作った空間へ閉じ込めていた都民を地上へ開放した我は、王都周辺でトレント化したまま動けなくなった家臣を大樹族へと回復させる作業をしていた。

 が、またこれだ。


 本日七人目の申し出に溜息を吐きかけるが、吐いたところで状況は変わらない。

 元々は、あの憲法を作った我とヒガンに非があるからだ。

 とはいえ、今現在は少しでも魔力を補給したい状況。大樹族へ回復させる為にはそれなりの魔力が必要な為、元々断る事はできない申し入れを、後回しにする理由も無かった。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 ネム王国には、他国と比べて風変りな憲法がいくつかある。

 その一つが憲法二十七条「王城での勤務を許された者は、正面から一対一で行う場合のみ、国王と戦闘を行える権利を有する」というものだ。

 その中身を少々詳しく説明するならば、「戦闘を行う場合、先に国王へ宣言し、国王がそれを認識しなければならない」や、「権利を有する者が正面から一対一で戦闘し国王に勝った場合、その者は半年後からネム王国の国王として即位できる」などがあり、他国からは狂っていると遠回しに言われる事も、多々ある。

 ちなみに即位できても半年後となっている理由は至極簡単。次代国王の世へ移行する為の、引継ぎ期間を定めてあるだけに過ぎない。


 我は二の腕に火傷を負わされ、魔力不足で動けなくなった兵士を見下ろして、次の大樹族の元へと向かった。


 当然の事ながら、懐に忍ばせた紙に記載している、先程聞いた名前の横に特別手当無しの文字を入れる事は忘れない。本来、国王に負けた場合の罰則は、減給。金額の定めは無い為、その時の状況で決める事ができる。

 今回の狼共による襲撃は、防衛網に穴があったとし、王城と王都へ勤めている兵士含と一部の公務員には、今月の給料に特別手当を付ける事が決定していた。また、都民を守って自力移動が困難な大怪我を負った兵士には、半月の特別休暇も与える予定になっている。この特別休暇中の給料は、早出・残業無しの通常出勤した場合と同じ量が出るという有休扱いだ。

 だが、今回我に挑んで来た兵士に対しては、一応でも都民を守るという職務を果たしたであろう者の給料を大幅に減らすのは、忍びないが為の処置である。

 手当が無くなったところで、いつも通りの給料が手に入るならば、憲法を順守する意識のあるあの兵士が、この国を裏切る事はないだろう。


 だが、気になる事はあった。


「…下っ端とはいえ、少々弱過ぎではないか…?」


 狼共と戦った後であり、疲弊しているからこその戦闘力低下であるならば良いのだが。

 あの兵士の傷の量を見た限りでは回避に長けているか、怠けて逃げ回っていたかのどちらかである事は明白だ。

 だが、黒目黒髪の人間の姿で歩く我に掛かるにしては、弱過ぎた。

 もしこれが相手の力量も読めない程弱い、というのであれば、今回の襲撃は防衛網以前に、兵士が弱過ぎたせいで起きた悲劇という事になる。

 ………。まさか、動けなくなった大樹族の為に、魔力提供を行っているのだろうか。

 否、それならばわざわざ対戦を申し込む必要は無い。


(じい)に戦闘訓練の強化を頼むか」


 その後、我は残り十二体の大樹族を回復させきる前に、役八人の兵士や文官に戦闘を申し込まれたのだった。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「どうしたのじゃシキよ。明日には都民の大半は戻って来る予定じゃろう。また近い内に発つとはいえ、王が消沈した態度じゃいかんぞ?」

「…いや、……顔が、合わせ辛くて、だな…」


 トレント化したまま動けなくなった大樹族を回復させ、王都に星空を取り戻した後、我は回復させた内の一人である(じい)の執務室に押しかけて、持ち込んだ書類の処理をしていた。

 一度部屋に戻った際、ヒガンから仲間たちに夕食を振舞う時間と場所を聞いていたが、どうにも行き辛い。

 もうすぐ始まる時間だというのに、我は仕事へ逃げていた。


「なんじゃ、そっちか。全員五体満足だったのじゃろう?さっさと一言謝れば良いんじゃ。ほら、もう行って来んか」


 (じい)…正確に言えば、ヒガンの祖父であり、我の名付け親であり、ある意味我の産みの親でもある彼が、しっし、と左手で払う動作を行う。

 老化により、緑の髪より薄茶の髪が大半を占めるようになった彼の容姿は、麦茶色の肌もさる事ながら、ヒガンが年老いたらなるであろう姿をしていて、追い払う動作をしていても、どこか柔らかい表情だ。


 だが、我は動けない。


 暫定的とはいえ、仲間と認識していたはずの彼女達を襲ってしまった事にも、それなりに罪悪感があるのだが、そちらはまだ目を瞑る事ができる。

 ハヤテは魔力自体が変質していたし、ゼーレは剣が片方無くなっているという、魔力の流れだけで捉えると別人に見える状態だったからだ。アイに関しては声だけで魔力が見えず論外、祭唱(さいしょう)に関しては見慣れていない為、仕方がないと言える。

 問題は、術によって思考能力が鈍っていたとはいえ、視力が戻った時点でも彼女達を襲撃犯の仲間だと勘違いしていた事だ。

 初めは裏の繋がりを疑っていたとはいえ、伊耶那岐(いざなぎ)の宮の件までの付き合いで、繋がっていないと自分は確信していたはずだった。だが結局は、あの様だ。理屈的に理解できても、感情的にはまだ疑っていたのだろう。


 それに、五体満足であれば和解できる、というのは魔族同士の話であって、神族や人間相手の場合、どうなるか判らない。


 そんな己の失態によりうだうだと悩み、かといって何もせず悩むのは時間の無駄だと仕事を続ける我をどう思ったのか、(じい)が書類の山から一枚、報告書を引っ張り出して口を開いた。

 都民を守りながら、竜の籠の駅があるシロツメ村へ移動した、兵士達の状況についてであった。


「…で、じゃ。下級の回復魔術が使えるもんが二人しかおらん状況では、怪我の酷い兵士を治療する事は叶わん。これは仕事が立て込んどるとはいえ、ヒガンに頼むしかないじゃろう」


 回復魔術の内、傷を治す治療術というものは使用条件が厳しく、火、水、風、土、光、闇…の六種類全てが使えなければ使う事ができない。更には全ての属性を同じ力で放出する必要があり、どれか一つでも適正が「小」である場合、下級の治療術しか扱えないのだ。

 なので通常は、どんなに頑張っても適正を「中」まで伸ばした結果である中級の治療術が限界である。

 ところがヒガンは特殊体質なのか、生まれつき全ての属性が「大」の適正となっている為、上級の治療術まで行使できるのだ。

 本人曰く、代わりに下級魔術以外の詠唱無しや術名無しの発動ができない為、前線では戦えないと言っていたが、今回は戦闘区域ではない。つまりその力を存分に発揮できるのだ。


 (じい)が書類を渡してくる。

 誰を派遣するか、記入する紙だ。この筆跡は…ヒガンのもの。ここまで用意してあった書類に、用意した本人の名を記入するのは気が引けるのだが。

 無言で視線を向けても柔らかく微笑まれるだけだったが、この書類を出汁(だし)に皆と合って来い、と言いたいのであろう事は、もはや明白だった。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 ヒガンに告げられた夕食の会場である部屋の前で、我は情けなくも扉に手を掛ける事ができないでいた。

 中からはアイがヒガンへ食べないのかと聞く声もし、この部屋で合っている事は判っている。

 第一声は何と言うべきか。いや、ここは考えるまでもなく、いきなり入室した事への謝罪に決まっている。問題はその次だ。やはり襲撃犯だと疑った事への謝罪…が順当だろうか。

 我は左手に持った書類を再度確認した。


 ……非常に卑怯だと思うが、どうしても空気が悪くなるようならば、ヒガンに仕事の話をし、早々に退出すれば良い。おそらく(じい)もそのつもりで、もう少し後でも良いこの書類を出してくれたのだ。

 我は意を決して扉に手を掛けたのだが、中から意表を突く言葉が聞こえた事により、動作は中断された。


「忙しいはずの俺がここにいる理由は、国の未来を左右する質問をしなければならないからなんです」


 待て、ヒガン。そんな話をするなど、今初めて聞いたのだが。

 そもそも何故我に黙って、国を左右させるような質問をする必要がある?

 理解不能な言葉に、己の中に巣くっていた気まずさは吹き飛んでしまったのだが、この言葉はまだ序の口であった。


「ゼーレさん、あなたは陛下の申し出を受ける可能性はありますか?」


 申し出…だと?ゼーレに?

 身に覚えの無いヒガンの言葉に混乱し、そのまま扉の前に立ち尽くしてしまったのが我の運の尽きだったのだろう。


「え、あの?申し出って、何の話ですか……?」


 我と同じく覚えが無いであろうゼーレが、困惑の感情を声に乗せてヒガンへ質問を返していた。

 ここまでは良かった。我は、ここで扉を開けるべきだったのだ。


「あれ?おかしいですね。陛下にあの(・・)花を貰ったって事は、言われたんじゃないですか?自分の子を産んで欲しいって」

「「「「えっ!?」」」」


 !?


 バンッ


「一体何故そんな話になる」


 ヒガンのあまりにも迷走している言葉に、我は思わず扉を開いていた。

 声が少々低くなったが、仕方あるまい。ゼーレへ自分の分身とも言える花を渡した事はあるが、断じてそんな突飛な事を口にした覚えは無いのだ。


「ししし、シキさんんっ!こっこれは一体、どういう事、ですか!?」


 完全に動揺しているゼーレが、縋るような目で我に聞いてくる。高確率で我が破壊したであろう左側が割れている胸当てが、その哀れさを倍増しさせているが、生憎我も状況が解らない。

 …ハヤテとアイの視線が痛い気がするのだが、説明を求めたいのはこちらの方だ。二人から「最低」やら「とぼけるなんて」やら聞こえるが、待て、それは誤解だ。祭唱(さいしょう)に至っては何を思ったのか、ほのぼのとした空気を纏ってこちらをじっと見ている。

 我は誤解を解く為にも、ヒガンを正面からジッと見つめた。ヒガン曰く、この二百年近くで我の表情筋は死滅したのでは等の話だったが、古くからいる家臣に言われた、眼力は強くなったという言葉を信じて、だ。

 だが奴は悪びれもせず、少々首を傾げるだけで口を開いた。


「我々植物系魔族にとって異性へ花を捧げるという行為は、自分の子孫を作って欲しいと伝える愛の告白だと教えましたよね?」

「………いつの話だ」

「えっと、確かあれは…―――」


 ヒガンの視線が宙をうろつき、やがてカチリ、と動かなくなる。そこから僅かに顔色が悪くなる辺り、我に非はなさそうだった。

 危なかった。どうやら国の運営が忙しい時期に習い、頭に残る事なく消えた代物ではなかったようだ。


「いつの話だ」


 内心、密かにほっとした我は、再度ヒガンに問う。

 さっさと誤解を解き、襲撃の件で謝罪しなければならいないからだ。


「……ヘーカに分身のハナを貰った時の話デス」

「ふ~ん。つまりシキさんはちゃんと風習を教わっていたのに、無神経にもゼーレちゃんに花を渡して、なおかつシラを切ってるのね?」

「じゃなかったら、ただのセクハ…えっと、性的嫌がらせだぜ。いくらイケメンでも流石になー」

「えっ、え、あの、アイさん、ハヤテさん、その…っシキさんはただ、私を心配してくれてただけだと……」


 だが状況は甘くない。身の潔白が証明できると思った瞬間、ハヤテとアイが胡乱げな目で攻撃を始めたのだ。

 …我が誤って襲撃した事もある手前、何故か反論し辛い。更には、我を除き一番混乱しているであろうゼーレが、我を庇おうとしてくれている為、居たたまれなさが増加していた。

 それでも誤解は解いておかねば、それこそ今後に関わる問題になる。我は二人からの冷たい空気を意識的に無視し、口を開いた。


「…ハヤテ達は、ようやく会話が成立するようになったばかりの幼子が、子孫や愛の告白やらと聞かされて覚えていられると思うのか」

「会話が成立、するようになったばかりの…」

「おさな…ご…?」

「あらあら、何のお花か知らないけれどー、告白の意図は無かったって事で一件落着ね~」


 我の言葉に、ハヤテとアイが固まり、ゼーレがあからさまにほっとした表情になった。

 …が、何だろうか。ゼーレの表情が、どことなく不快に感じた。ゼーレの事を疎ましく思った記憶も無い為、余計に理由が判らない。

 だが悩むだけでは、時間が無駄になるのは確かだ。




「ヒガン、重傷者の治療に人手が足りないようだ。今から良いか」


 結局我は、何もせずに仕事へ逃げた。

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