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37話 暴力的な治療

5/10誤字修正。

「あ、待ってください陛下!!」


 真っ青な顔で廃墟な王都へ走り出すシキさんに、ヒガンさんが追いかけながら声を張り上げました。

 ヒガンさんが言っていた通り、シキさんはかなり疲弊していたらしく、その速度はグレア村へ向かって走っていた、あの草原での速度の二分の一にも満たない感じです。

 もちろん、肩が割れている以外は元気そうなヒガンに追いつかれています。


「今更邪魔をするな!早急に対応せねば、民が衰弱死するではないか!」

「そんな魔力が足りてない体で行ったところで、時間掛かるに決まってるじゃないですか。ほら、これで補給して行ってください」


 何となく、歩いて彼等を追ってみれば耳に入る、会話。

 ヒガンさんがひょい、とシキさんに渡したのは、腕に抱えていたハヤテさんでした。

 え、ちょっと!何してるんですか!?

 当然、シキさんも困惑した声を出しました。顔は無表情ですが。


「ハヤテ…?いや、誰だ?見た目は酷似しているが、魔力の気配は別人のようだが」


 ただし、シキさんの困惑の原因は、ヒガンさんではなく、彼の腕に移されたハヤテさんの方でした。

 ハヤテさんをコレ扱いしたヒガンさんは、こちらに向かって来ている気がするアイさんを気に留める事もなく、なんて事無い風に言葉を返します。


「聖剣の胸糞悪い副作用ですよ。陛下が口にした人物で合っているはずです。こいつの体調回復の為にも、元々の魔力量に戻るくらいまで、魔力吸っちゃってください」


 副作用…。ヒガンさんは、まさか聖剣の事、何か知っているのでしょうか。

 私が思案している間にも、シキさんは軽く目を伏せ、ハヤテさんの閉じられた目に視線を合わせました。

 今更ですが、何だかハヤテさんをいじめているかの様な抱え方ですよね。ヒガンさんにしても、今のシキさんの抱え方にしても。

 何で女の子にはやらず、男の子にやってるんですか?……お姫様抱っこ。

 ぐったりしているハヤテさんが復活した時を思うと、少しだけ可哀そうです。


 シキさんが、どこか躊躇うかのように口を開きました。


「…ハヤテ、どこからが良い」


 あの教都(きょうと)アシハラと同じようにぐったりしていたハヤテさんが、薄目を開きます。

 そして、苦しそうなのに、どこか嬉しそうな、ほっとしたような、笑顔をうっすらと浮かべました。額を濡らす汗で、そうとう苦しい事がわかる為にか、何だか胸が締め付けられます。


「良か…た。……シキ様、…元に、戻った、んだ…な」

「すまないが、時間が無い。どこからが良い?」

「…ど…こ…?」

「魔力を吸う場所だ」


 え、どこからでも良いんじゃないですか?わざわざ聞く事じゃないですよね?

 その前に、教都(きょうと)アシハラでユーリさんが魔力吸収の神術を使っても吸い取れなかったのに、今回は吸えるとか無いと思うので、無駄な気もしますが。

 …あれ?この情報、二人に教えた方が良いんでしょうか。


「無…理。ユーリも、吸え、なかった…。いく、ら、シキ様…でも…」

「ユーリ殿の神術と、陛下のスキルは別物です。ほら、早く火傷しても良い場所を指定してください」


 んんん?…えっと、今、かなり物騒な言葉が聞こえた気がするのですが、気のせいですよね?

 魔力吸収されたら火傷するって、ありえないですよね?

 水の封印施設にて、肩やら手首やらが焼け爛れたように赤くなった巨乳の人がいた気がしますが、まさか、ですよね。

 けれど、心当たりがあるばかりに現実逃避しかけている私とは違い、ハヤテさんは意味がしっかり頭に入ってしまったらしく、元々苦しそうだった顔を青ざめさせて左腕を少し持ち上げました。


「ひ、左、手首…で、お願い、シマス……」

「………」


 シキさんの背に生えている、薄桃色の蕾を付けた白い茎が、海洋生物の触手の様に動いてハヤテさんの両膝をすくいました。代わりに元々支えていた手を膝から抜き、シキさんはハヤテさんの手首を軽く握ります。

 そこで魔力吸収が始まるのかと思ったのですが…。

 あの、シキさん?背中の茎全部を使ってハヤテさんを固定しているように見えるのですが、何が始まるんですか?

 私の立っている場所が、ヒガンさんの斜め後ろな為、青い顔で小刻みに震えているハヤテさんの顔がよく見えるので、心配しかないのですが。


 そしてシキさんが、小さな声で呟きました。


「……すまない」

「っあ゛ああああぁああ!!」


 間を置かずに響く、ハヤテさんの絶叫。

 思わず駆け寄りかけたところで、いつの間にか出現していた木の根に体を挟まれ、動けないようにされてしまいました。


「ヒガンさん!?」

「ハヤテ!!」


 もちろん後ろから、こちらに向かっていたアイさんの叫びも聞こえてきますが、続いて悲鳴が聞こえるあたり、彼女も多分、私と同じ状態です。


「陛下と勇者には必要な事です。どうかご理解を」


 近くにいるせいで聞こえる、ジュジュッという料理の時に響く、物を焼く音と同じ音。

 痛みにもがくハヤテさんを押さえつける、シキさんの白い茎。

 見ていられなくて目を瞑ろうとした時でした。


 シキさんの顔の、左半分を覆っていた白い液体が、スッと消えていったのです。

 さらには、白い液体に塗れ、あちこち引き裂かれてボロボロだった服までも綺麗に直っていき、花の王者らしい見た目へと変わりました。


「よーし。ちゃんと体内も回復したようですね」

「ヒガン、さん?」

「ああ、俺達植物系魔族の服は、自分の体の一部みたいなもんなんです。人間でいうと、…あー、爪や毛みたいな感じ…?まあ、体内が完璧に回復してから、やっと回復の為の魔力が行き渡る部分なんですよね~」


 あの、その前に、何で魔力が回復したらボロボロになった部分が直るのかが知りたいのですが…。

 ヒガンさんは、説明終了、とばかりにシキさんの方へと向き直ってしまいました。

 ハヤテさんは叫ぶ気力さえなくなったのか、再びぐったりして、時々ビクッと震えるような状態になっています。

 …そこで私はやっと、右手にある毒薬卵の事を思い出しました。


 内容物は、除草剤、魔物避けの灰、麻酔薬。


 そう。麻酔薬が入っているんです。

 魔力吸収前にアイさんがここに辿り着けていたら、かなりの確率でハヤテさんの痛みを軽減できたのでは………。

 もう遅いですけどね。ハヤテさん、気付けなくてごめんなさい。

 私が心の中で謝罪していると、シキさんの周りに青い光の粒子が光り始めました。

 え、何する気ですか!?


 けれど私の焦りは杞憂に終わり、ヒガンさんが虹色の光に包まれました。

 あ、今気付いたのですが、異常回復の術の光と、魔力譲渡の術の光って、同じ虹色でも違う光り方なんですね。

 異常回復は術発動前の光の粒子に似たものが輝いていたのですが、それぞれの光が違う色のように見えるんです。

 で、魔力譲渡の方は、譲渡された人が、体の内側から虹色の光を発しているような感じでした。


 シキさんが、ハヤテさんをそっとヒガンさんに渡します。


「腕の治療を頼む」

「承知しました。…お気を付けて」


 ヒガンさんの言葉を聞くか聞かないかの内に、シキさんが地中へ消えます。

 え、走って行くんじゃなかったんですか?あれはただ、魔力が足りないから走っていただけなんですか…?

 私が疑問に思っている間に、ヒガンさんはパパッとハヤテさんの焼け爛れた手首を魔術で治してしまいました。

 もしかしてこの人も全属性の魔術が使えるのでしょうか?シキさんから神力と魔力は同じモノだと聞いたので、回復の術に関しても同じような気が、最近しています。


「ちょっとそこのデカブツ!あたしのハヤテに何したのよっ!!」

「アイちゃーん、落ち着いて~」


 木の根から解放された二人が、ようやく到着しました。

 あ、私の拘束も無くなっていますね。

 ユーリさんは問題無さそうですが、アイさんは怒り心頭のようです。自分より遥かに大きなヒガンさんに喰ってかかりました。

 けれどヒガンさんは、癇癪を起す娘を見守るかのような目で、腕の中のハヤテさんをアイさんに渡します。


「心配せずとも大丈夫ですよ。治療の為に少々痛い思いをしただけです」

「その、あなたの言う“だけ”が問題なのよ!治療ならもっと痛みを抑えなさいよっ!」

「いや~、俺も陛下も毒系植物じゃないから、麻酔効果のあるスキルとか無いんですよねー」

「はあ!?すきるって何よっ!?あたしに一言言ってくれたら、麻酔で痛みを軽減できたのに!」

「へ?」


 腕の中のハヤテさんをギュッと抱きしめて怒鳴るアイさんに、ヒガンさんが抜けた声を上げました。

 うん。せっかくの穏やか系美青年顔が、だいなしな抜け具合です。

 このまま一方的に、アイさんがヒガンさんを口撃(・・)するかと思ったところで間に入る声がありました。


「…ん、……あ、い…?」

「っハヤテ!」


 これは…流石勇者様と言うべきなのでしょうか。温泉の時といい、今といい、危険な空気を切り裂けるなんて、普通はできません。

 ヒガンさんの方は、未だに驚きのような呆けた顔で固まっていますが、大丈夫でしょう。

 割れていた肩もいつの間にか綺麗に治っているので、問題は無さそうですし。


「ハヤテ、大丈………っ、その目!?」

「アイさん?」

「ゼーレちゃん、姫巫女さん!ハヤテの目が治ってる!」

「「えっ!?」」


 アイさんに言われて覗き込んでみると、確かに青色…アイさんの言っていた、青空の色に戻っています。

 ヒガンさんが言ったように、本当に治療だったんですね!……失神する程に痛かったようですが。

 ハヤテさんの目の色が戻った事を確認した為か、私達女性三人の視線が、ヒガンさんに集中しました。

 表情を元に戻していた彼が、柔らかく笑って口を開きます。


「込み入った話もあるでしょうし、とりあえず城へ案内しますね」


 その笑い方は、シキさんのあのふわりとした笑みと、どこか似ていました。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 コツコツと、数人分の足音が響きます。

 ヒガンさんに案内されたお城は、私達が廃墟だと思っていた王都の中の、シエルド山脈に隣接する部分にありました。


「それにしても、廃墟じゃなかったのね。まさか木が王都全体を覆っていただけだったなんて…」

「そうね~。でもぉ、何で覆っていたのかしら~?」


 …そうなんです。ヒガンさんが躊躇う事無く、自分が吹き飛ばした門のあった場所から、廃墟の中へ入って行くので最初はみんなして驚きました。

 ですが、恐る恐る中を覗いてみると、そこには生い茂る木の葉で真っ暗になった、ほとんど破損していない王都があったのです。

 とりあえず私が『明光(ミュール)』で光源を確保し、先程最奥のお城へ到着したところです。

 あ、ハヤテさんは、アイさんに抱かれて移動するのは嫌だとかで、彼女に肩を貸してもらって歩いてましたよ?戦闘中に落とした聖剣も、回収済みです。


「もちろん、侵入者を王都に閉じ込める為ですよ。俺の誘導で侵入者が全部王都に流れ込んだみたいなので、他の街に被害を拡大させない為の処置です」

「…誘導?」

「国の防衛に関する情報なので、方法は開示しませんよ?ま、そんなこんなで、今回は主犯が明らかでしたから、捕縛の必要もありませんでしたし、もう残党も狩り尽くされているでしょう」


 穏やかな顔をして紡がれる言葉は、国を守る軍師のような内容でした。


「ところで天士(てんし)様、天津神系神族は、遺体の扱いはどうなっていますか?」

「遺体の扱い、ですか?」

「はい。陛下の執務室に二体転がっているので、邪魔なんですよね」


 え、なんでそんな所に転がってるんですか?


「信じられないなら確認してみます?まあ、体の細胞が植物系の構成になったせいで、元の姿とは変わっているかもしれませんが」




『我から離れろ、ゼーレ。転移に巻き込まれた者は死ぬ』

『来るな!!』

 ダンッ




 ………。ヒガンさんの言葉で、シキさんに言われた言葉から、壁に叩きつけられるところまでを思い出しました。

 痛かったですね、あれ。

 私達神族は神力の塊と言っても過言ではない生き物です。もちろん、地上の動物とも植物とも細胞の構成が異なります。当然、全身の細胞構成を変化させられて、生きれるわけがありません。

 シキさんは、そのあたりを知っていたからこそ、私が近付けないようにしたんですね。


「あの、ヒガンさん、シキさんの転移先は……」

「陛下の執務室です」

「でしたら、確認しなくて大丈夫です。シキさんの転移魔術に、敵対していた天津神が二名巻き込まれた事は知っていますから」


 そして私は、彼に伝えました。

 天津神は、遺体を天照議事堂の弔い室に運び込み、日の守護神の力で蒸発させるように焼くのだと。




 そうです。今は亡くなった方の弔いすらも、天上世界はできない状態なのです。

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