36話 植物の魔王
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「あら~?彼、ハヤテくんと会話できてなかったかしら~」
「そりゃ多少はできますよ!陛下なんですから!まあ、バーサークモードでも国王の役目が吹き飛ばなかったら後は割とどうでも良いんですけどね」
ユーリさんの疑問にヒガンさんが、この狭い半球状の防壁の中胸を張って答えました。
…えっと、パックリ割れてるその肩、見てて痛々しいので、あまり動かないでくださると嬉しいです。
「ばーさーくも~ど……?」
「別名、狂戦士状態ってやつです」
「「「「えっ」」」」
「…ん?」
どうやら、私含むヒガンさん以外の四人が、ようやく状況を掴めたようです。
ですが、これでやっと、あの薄桃色の魔王が本当にシキさんだったと実感できました。
こちらの話をあまり聞いていないとはいえ、国民を救おうとする姿勢がそのままなんです。
ただ、ですよ?狂戦士って……、戦記物の物語に時折出てくるアレですか?
あの、「自分の怪我?何それオイシイの?それよりもっと戦おうよ」とか言って自分より強い強敵に倒されても恍惚とした顔をして死んでいくといかいう、頭のオカシイ感じの……。
と、足元から、淡く深緑の光の粒子が舞い上がってきました。
「っ!みなさん、下から白い茎の攻撃が来ます!!」
ユーリさんが防壁を解除し、ヒガンさんがぐったりしているハヤテさんを、私がアイさんを連れて四方…じゃないですね。三方へ散ります。
数か所から出てきた、刺殺する勢いの茎をどうにか避けていると、アイさんがぽつり、と呟きました。
「ハヤテ、大丈夫かしら。ただでさえ本調子じゃなかったのに、あんな大技の魔力を吸っちゃうなんて…」
「どう、なんでしょう…」
少し離れた場所では、ヒガンさんがハヤテさんを抱えたまま、なにやら怒鳴っています。「エセゲーマーかよ!?」とか、「はあ!?マジでかっ!」とか聞こえますが、えせげーまーとは一体…。
それに、ヒガンさんが非常に大きいせいなのか、十歳程度の我が子が無茶しすぎて倒れたのを叱る父親に見えます。ハヤテさんがアイさんより少し大きい、という程度の小柄だというのも影響しているかもしれませんが。
とりあえず、私達の中で一番状況が解っていそうなヒガンさんがあんな調子なので、ハヤテさんはどうにかなる気がしています。
「とにかく、シキさんに早く正気に戻ってもらえれば、何とかなりそうに見えるのですが」
「…そう、ね。ねえ、ゼーレちゃん」
アイさんが胸部を押してくるので、疑問に思いつつも下ろしました。魔術が飛んで来たらすぐにでも抱えて逃げますけどね。
「これ、試してみて欲しいの」
渡してきたのは、さっきから手に持っていた、三つの卵らしき形をした何か。色も白い卵っぽい色です。
「これは?」
「除草剤と魔物避けの灰、あとは麻酔薬を中で区分けして入れた物よ」
………。
え、何か、不穏な言葉がいくつも聞こえたような…。
「元々は魔物避けの灰と麻酔薬だけを入れてたんだけど、シキさん強いし、これくらいやった方が効くと思って、足してみたの」
何を足したかは明らかです。はい、除草剤ですね。何で、ただの薬師がそんな物持ってるんですか?
普通、庭師とかの持ち物じゃないんですか?
「卵の殻を利用してるから、相手にぶつけたら簡単に割れるはずよ」
「え、でも除草剤って…」
シキさん、植物系に見えますけど、大丈夫なんですか?
私が戸惑っていると、ユーリさんがこちらにやってきて、岩の防御壁を出現させました。辺りには、また水の刃が飛来し始めて、いつの間にか遠くに移動していたヒガンさんが、何かを叫びながら避けています。
「アイちゃん、わたしが使っても良いかしら~?」
「え、ユーリさん、でも、これ…」
「ゼーレちゃん、よ~く考えてみて~?彼、解毒の魔術が使えるのよ~?それにー、目が見えずに魔力感知だけで動いているのならー、薬と灰と卵でできたこれって簡単に当てられると思うの~」
ユーリさんが戦闘中とは思えない、ほわほわした微笑みを見せました。
…いくら無害そうな顔しても、言ってる事は結構酷いと思うのは、私だけですか?
「姫巫女さん、ぜひ使ってください!」
「ストップ、ストップー!!止まってください!だから、攻撃しちゃ駄目って言っているじゃないですか!!」
アイさんがユーリさんへ卵に詰められた毒物を渡そうとしていると、ハヤテさんを抱えたヒガンさんが必死の形相で走って来ました。
「攻撃は駄目です!まずはユーリさんが視力回復の術を陛下に掛けて、後は全力で逃げる!陛下だって今にもぶっ倒れそうなんですから、攻撃力を更に落とせれば何とかなりますって」
「「「倒れ、そう?」」」
女性陣三人の声が被りました。だってほら、私達どうにか避けたり防御したりできてますけど、それもみんなの力がそこそこ高いからだと思うんです。
「陛下が移動しているところを見ましたか?」
私達は顔を見合わせました。言われてみれば、見ていません。初めの方に、一度だけ、私の方を向く為に、ゆっくりと二・三歩、その場で足踏みした程度です。
「わたしを絞めて来た時の、最初の三歩くらいかしら~」
「だから、です。元々陛下の持前は、植物系にはありえない機動力を生かした、魔力吸収無双。普通は対人間の場合だけですよ、あんな放出系の魔術ばっかりなのって」
水の封印施設での事が脳裏をよぎります。
地下から現れた、鬼系魔族の魔力を吸収していたと思われる、あれです。
つまりあれは、力量の不明な相手だからこそ、慣れた方法で戦う為に魔砲筒を仕舞っていたという事です。
「でも~、攻撃できないようにしない事には駄目なのよ~」
「ユーリ殿?」
「んもー、ヒガンさん失礼よぅ?わたしだって、何回か彼に回復神術を掛けたけれど、ぜーんぶ水の魔術で消されちゃったんだから~」
衝撃の事実でした。
…え、もしかして、さっきから水の飛来系魔術が来たときは、全部ユーリさんが回復神術を掛けようとした時だったりするんですか?
流石にそれを聞いたヒガンさんは観念したのか、溜息を吐きました。
「わかりました!…ただしそれを投げる役は天士様でお願いします」
「えっ!?」
ハヤテさんを除く、全員の視線が私に集まります。
「この中で一番素早い動きができるのは、天士様ですよね?」
私もそうだとは思っていましたが、さっきまでの戦闘で気付くなんて、ヒガンさん手を抜いてますよね?
もう少しだけ、その余力を戦闘に回してください、と叫びたいところです。
…といいますか、私の投球能力について、誰も触れないのですが良いんですか?
「ゼーレちゃん、よろしくね~」
「ゼーレちゃん、頼んだわよっ!」
「もし三つとも外したら、俺が勇者を投げるので、気楽にやって良いですよ」
良くないですよ!?
ぐったりしてるハヤテさんを投げるだなんて、一体どんな神経してるんですか!?
………。アイさんに押し付けられた、毒薬卵が、心持ち重たいです。
これを持って、当てれる距離まで接近しないといけないんですね…。
周囲の青い光の粒子の中に、黄色い光りの粒子が混ざり始めました。
「みなさん、土属性の魔術が来ます!」
「それではユーリ殿、俺も行きますんで眼鏡っ娘の事お願いしますね」
私がシキさんの方へ駆け出すと同時に、人質を持っているとしか思えないヒガンさんが追走してきます。
「いいですか、天士様。陛下は魔力の動き以外見えていません。術を使わずに投げてください」
「わかってます!」
本当に、この人シキさんの何なんでしょう?敬愛しているようにも見えますが、狂戦士状態への対応が割と酷いです。
考えても仕方がないので、私はハヤテさんを投げられないよう、毒薬卵を頑張って命中させる事に集中しましょう。
私は、足元に口を開いた地割れを回避し、シキさんの前に立ちました。
「…逃げ回るのは諦めたのか」
「陛下を元に戻さないと終わりませんからね」
まるでヒガンさんの言葉に反応したかのように、周囲が深緑の光の粒子で輝き始めます。
今までの、地面から立ち上る僅かな光ではありません。
そして。
ドッ ドッ ドドドッ
今まで見てきた、白い茎の刺殺攻撃が、私とヒガンさんの周辺にだけ、大量に発生したのです。
もちろん回避に忙しい私は、卵を投げる暇がありません。この攻撃が止んだ頃にしか投げる事はできないでしょう。
私は、右手に卵三つを持ったまま、かすり傷がどんどん増えていくのをどうする事もできず、ただ左手の剣と火属性の神術でひたすら対処していき…。
「きゃっ」
バキリ、と私の左腕を狙ったと思われる茎に、胸当てを破壊されました。
同時に視界の端を舞う、小さな薄い桃色の欠片。
何だったか、と考えかけたところで、異変に気付きました。
私達を刺し殺さんばかりに何度も地面から突き出ていた白い茎の動きがピタリ、と止んでいたのです。
「な、ぜ、貴様がそれを持っている…!」
シキさんの震えた声に、私は彼へ視線が吸い寄せられていました。冷たい色をしていた金の瞳が、動揺にか、僅かに揺れています。
彼の視線の先は、私の背後。
恐る恐る振り返ってみると、そこにはボロボロになった小さな花が転がっていました。
私が、伊耶那美の宮に一人で向かうと告げた時、シキさんが、多分心配から渡してくれたものです。
そして、その花の色はちょうど今のシキさんと同じ、薄い桃色で。
「天士様?その花は…」
「シキさんから頂きました」
「本人を謀ろうと言うのか!我は左利きの片手剣で戦う天津神など、貴様が初対面だ!」
再び深緑の光の粒子が輝き初めたときです。
シキさんの体が、虹色に輝く光に包まれました。おそらくユーリさんの回復神術です。
ヒガンさんの方を見ると、彼が大きく頷きます。
周囲の深緑の煌めきも、小さくなってきているので不意を突けたようです。私の胸当てが破壊されたのは、全くの偶然ですが。
「…く、一体な…―――…ゼー…レ?」
「!シキさん、私が判るんですか!?」
「どういう事だ。何故ゼーレ達が襲撃を……」
ダメでした。見えるようになっただけで、『神経封印』の効果はまだ続いているようです。
ただ、幸いな事に、さっきまでと違い無暗矢鱈に攻撃してくる気配はありません。
ヒガンさんが言ったように、攻撃が始まればひたすら逃げるしかないようです。
「陛下、よく考えてください。王都への襲撃が一段落し、残党探しを始める頃に到着する一団は、本当に襲撃目的だと思いますか?」
「…ヒガン、何故お前はそちらに居る」
「そんなの当然じゃないですか。陛下が自分の仲間を殺さないように、ですよ。それに気付いてますか?俺がここに来て彼女達と会話した後、陛下への攻撃が止まった事に」
「何故お前が知っている」
「おや、陛下は天士様に会った時、俺の言葉を思い出しませんでしたか?」
シキさんの周りでずっと輝いていた青い光の粒子が、徐々に光を失っていきます。
一部、理解できない会話が聞こえましたが、シキさんが正気に戻る為なら気にしな……気になります。
私に会った時、ヒガンさんの言葉を思い出すって一体何なんでしょう。
そしてその場に、トドメとばかりにヒガンさんの言葉が響きました。
「ところで陛下、逃げ遅れた都民を地中に埋めて一日と半分程度になりますが、そろそろ彼等危険なんじゃないですか?」
元々雪の様に真っ白な、薄桃色の魔族の姿をしたシキさんの肌が、僅かに青ざめました。




