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35話 状況発覚

「ヒガンさーん!」


 ユーリさんの声が響きました。どうやら、廃墟な王都の中から現れた、声的に男性と思われる人は知り合いのようです。

 って、ちょっとずるいですよ!こっちは薄桃色の魔族から、顔程度の大きさの石が豪速球で飛んで来はじめたので、必死に避けてるんですよ!?

 足元から、白い蔓のような植物が出て来なくなった事だけが救いです。

 もしかしたら先程のユーリさんが放った、固定化の神術のおかげかもしれません。


「ユーリ殿、お久しぶりです。大きくなりましたね」

「ヒガンさん、その肩……!すぐに回復神術を掛けますー!」


 聞こえる会話からして、どうやら“ヒガンさん”という男性は魔族のようです。

 遠目にチラリと見えたときには、青年と呼べる範囲に見えた気がしましたし、年齢不詳のユーリさんに対して「大きくなった」という言葉を出せる時点で、神族より長く生きる種族という事は確実です。


「ユーリ殿、俺は魔力さえあれば回復魔術を使えますので、陛下の治療をお願いします」

「国王様に治療ですか~?まさか…ヒガンさんより酷い怪我を……」


 石が止まったと思えば、今度は水の竜巻のようなものが六本発生し、私を挟み撃ちするかのような動きでこちらに来ます!

 ちょっと、話してないで手伝ってくださいっ!

 しかも嫌な事に、水の通った後の土は、私の膝までが埋まりそうなほど削られています。どう見ても、殺傷能力がある水です。

 進むごとに土色に染まってくる水の竜巻をどうにか止めなくては挟まれて終了です。


 ダメ元でさっき考えた、温泉の地下で最初にやった『火壁(ボア・ヘッツ)』のように、制限時間型のものをいくつか出現させて、障壁にしてみるというのを試してみるしかありません。運が良ければそのまま物理攻撃です。

 そろそろ神力が半分を切ったので、このまま戦いが続けば危険ですが、逃げ切れそうにない以上、仕方ありません。ユーリさんの知り合いと思われるヒガンさんに期待したいところです。


「『火壁(ボア・ヘッツ)』!」


 私は上級神術に届きそうな程度の神力を込めて、術を発動させました。横幅は私の翼を広げた程度ですが、高さは迫り来る水の竜巻と同程度の大きさです。

 続けて五つ、水の竜巻すぐ前へ設置しました。一・二秒だけでも時間稼ぎできれば、その間に挟まれる位置から抜け出せます。


「『与賜(トマヤ・)光速(ミラ・ハーシェ)』!」


 少し前に切れた、ハヤテさんの補助魔術に代わり、自分で速度二倍の補助神術をかけ直します。

 私は、『火壁(ボア・ヘッツ)』にぶつかり進攻を阻まれた水の竜巻の間をぬって、薄桃色の魔族の前へ躍り出ました。


「あ!ゼ…天士(てんし)様、攻撃は駄目ですってば!!」


 ユーリさんの知り合いが、また意味不明な事を叫んでいますが、気にしていたら殺されます。

 そして、目の前に迫った薄桃色の魔族の背にある、蕾を備えた白い柔軟な茎が予備動作を見せた時でした。

 ドオッと大量の土を巻き上げながら、地面から私の胸部よりも太い木の根らしきものが三本、私と薄桃色の魔族の間に突き出てきたのです。

 視界を塞がれては、いざという時に動けません。私は急いでその場から離れました。


「……ヒガン、何故邪魔をする」

「そりゃしますよ。俺は、彼女達が今回の襲撃犯とは対立した立場な事を、知ってますからね」


 ヒガンさんがゆっくりとこちらに歩いて来るのにつれ、木の根が地面に沈んでいきます。

 私の斜め前まで歩いたところで、彼は立ち止まりました。

 後ろから見ると、益々魔族っぽさが際立ちます。服の外に出ている肌の部分は茶色で樹皮の模様がうっすらと浮かび、右肩から右の肩甲骨にかけて、パックリと服ごと体が割れて(・・・)いるように見えますが、血が全く滲んでいません。


 …その前に、先程から戦っているこの薄桃色の魔族、ユーリさんの知り合いなヒガンさんの、知り合いみたいです。

 ヒガンさんの言葉を受けて、初めて薄桃色の魔族の眉が顰められたのが目に入りました。


「ヒガン…。お前だけは我の味方だと思っていたが、まさか第二の襲撃犯と手を組んでいたとは……」

「えぇえええっ!?ちょ、陛下!いい加減目を覚ましてくださいよ!!顔も見れない状態で、何決めつけてるんですかっ!?」


 陛下…?どことなく嫌な予感がしましたが、薄桃色の魔族の周囲に煌めく青い光の粒子が大きく範囲を広げ、輝きを増す光景を目にしてしまえば、回避方法を考える他ありません。


「水の魔術のようですが、普通の上級ではないようです!」

「え、て、天士(てんし)様?」

「…貴様も我の魔術が察知できていた、という事か」


「だが遅い」と薄桃色の魔族の呟きが耳に入ります。


「陛下!止めてください!そんなボロボロな状態でこの術を使ったら、自分だってダメージ受けるでしょう!?」


 薄桃色の魔族どころか、離れた位置に固まるアイさん達の位置をも囲う、大きな水の壁が立ち上がっていきます。

 既に廃墟の王都を囲む巨大樹木を遥かに超えた水の壁に、このまま水が雪崩れかかってくる恐怖を感じつつありましたが、回避方法が思い付けません。

 私の神力程度の火属性の術では到底歯が立たない事は明らかですし、空へ逃げようにも翼に穴が開いている為上手く上昇できるかから謎ですし、もし飛べたとしてもアイさん達を助けられません。

 ヒガンさんは必死な形相で薄桃色の魔族に呼びかけ、けれど反応してもらえない状況に、「くそ、メインキャラじゃないと無理なのか?」と小さく苦しそうな声で悪態を吐きます。


 意味の解らない言葉に、疑問を抱く暇はありませんでした。

 薄桃色の魔族が、ゆっくりと口を開いたのです。


「『潰水(ケイ・リュグル)広激流(・フィルゲリュオ)』」


 ただでさえ曇って薄暗い周囲が、一瞬の内に分厚い水に光を阻まれ、暗くなりました。

 圧倒的な力差。これでヒガンさんがいう「ボロボロ」の状態だなんて、一体誰が信じるというのでしょうか。

 私は、上空から迫り来る、届かない光で黒くなった膨大な量の水を、………見つめる事しかできませんでした。




「させ、るか―――!!」


 目の前に閃く、白い光の残像と、新緑の芽の色。

 それと同時に、消える水。

 見覚えのある背中…、ハヤテさんの向こうで、薄桃色の魔族が目を見開きました。


「半魔族の体が、魔族と同等になった…だと?」


 魔族が呟くのと同時に、ハヤテさんがグラリ、と前へ倒れ…ヒガンさんに受け止められます。


「おい勇者、何無茶してやがる!!Mなのか!?お前、Mなんだろ!?」

「やっ、ぱり…。『太陽の救世主(メシア)』」

「マジで転生者か!!」


「………」


 ヒガンさんが大幅に口調を変えた事でか、薄桃色の魔族が僅かに動揺したように見えました。

 知り合いなのに知らなかったって事ですね。


「って、そうでした!ユーリ殿、陛下へ視力回復の神術をお願いします!!」

「あ、あの~、国王様というのはぁ……?」


 後ろからユーリさんが駆けて来ました。

 どことなく困惑している様子ですが、私も人の事は言えません。

 ほら、ユーリさんが「…この国の重役には植物系の魔族がいると聞いた事があるわ~」と言っていたじゃないですか。どう見ても植物系に見えるヒガンさんと知り合いでありながら、何故人伝に聞いたかのような言葉だったのかが少々気になりますが、それよりも重要な事が一つ。


 “フレア共和国で地位が高いユーリさんが「さん」付けで呼ぶ植物系の魔族が「陛下」と称する相手は一体何なのでしょう?”

 しかも場所は、ネム王国内。シキさんの国で、です。


「あれ、五十年前、謁見は無かったんでしたっけ?目の前の彼が、ネム王国初代国王にして現国王、シキ・ネフェルテム魔王陛下です」




「「「え…」」」




 空気が、固まりました。

 同性同名…ですか?私が知っているシキさんは、黒目黒髪の人間だったはずなのですが。

 まず、薄桃色の魔族、と何度も表現している通り、髪の毛含み、薄桃色の部分が多いのが特徴です。

 しかも、髪の長さだって、この魔族の方が長いのです。

 言われてみれば、冷たく整った顔は似ているかもしれません。…という程度で、それ以外はさっぱり別人な見た目です。


「シキ様…、魔族、どころか…魔王、だったのかよ…」


 頭の中で、衝撃の情報に溺れかけていると、ハヤテさんが思いがけない言葉を漏らしました。


「ハヤテさん知ってたんですか!?」

「…や、だから、止めようと、した…んだけ、ど」


 多分、また聖剣の影響でか、息も絶えだえになっているハヤテさんが、ヒガンさんの腕の中で苦笑します。

 ハヤテさんがしっかり認識しているという事は、彼こそ、私達がここまで来た理由、シキさんで間違い無いようです。

 でも、それならどうして敵だと口にして攻撃を……。


「…そうだ。我がネム王国国王、シキ・ネフェルテム。我が国を襲った事を、魂となりて後悔するがいい!」

「ちょ、陛下!?いつになったらバーサークモード切れるんですかっ!?ってイタっ!痛いですから!」


 シキさんと思わしき魔王が怒鳴ると同時に、無数の水の刃が襲って来ました。

 一番近い場所にいたヒガンさんが、ハヤテさんを腕に抱いたまま、少し前に見た木の根を地面から突き出して防御しますが、音から判断して、ガツガツ水の刃に削られています。当たっていないのに痛がっているあたり、もしかしたらあの根は、彼の一部なのかもしれません……。

 半泣きな彼の様子で可哀そうに思ったのか、ユーリさんが頑丈そうな岩の壁を出現させました。詠唱名すら無いあたり、さすが上位二位の陸津神(ろくつかみ)です!


「ヒガンさ~ん。彼―、視力さえ元に戻ったら大丈夫なのね?」

「いえ、動揺で攻撃力が下がるだけでしょう。ただ、誰も陛下に攻撃しない事に気付いてもらえたら元に戻るはずです」

「ね、そもそも何でシキさんはあんな状態になってるの?」


 アイさんが、何やら卵のような物を三つ手に持ってやって来ました。

 ヒガンさんが口を開こうとしたところで、地面にヒビが入ります。

 まずいです。話に集中しすぎて、シキさんと思わしき魔王の光の粒子を確認していませんでした。

 私は急いでアイさんを抱きしめてその場から飛び退きます。

 地面が、まるで鰐の口のように大きく開き、ガツリ、と音を立てて口を閉じました。

 …ヒガンさん達とユーリさんも無事なようです。


 私達は次に襲ってきた大量の石つぶてをいなしながら、この状態から脱出する為にまた一か所に固まり、話を続けます。


「陛下が正気に戻った時、俺が話したって事は秘密にしててくださいよ?…うちの陛下、自分一人対多数だったら絶望的な強さを誇るんですが、守る対象が複数いると、気を取られ過ぎてすぐ怪我するんです。っと!」


 上空から次々と降って来くる巨石を躱し、私達が最初に受けた水の魔術を、ユーリさんが半球状の防壁を作って防ぎました。


「で、俺達魔族には痛覚があるもんだから、動きに支障が出る程度に痛いワケですよ!そこで出てくるのが俺命名バーサーク。正式名称『神経封印(クー・フィーリン)』」


 支障が出る程度、という事は、どう考えても軽傷ではないですよね。

 複数って一体どれだけの数の事なのか、少しだけ気になります。


「痛覚、触覚、嗅覚を封印して戦いに特化する魔術です。ただし、九割九分の確率で副作用が発症します」


 それが、あの状態なんですね。

 でも彼、服はボロボロでしたが、特に目立った傷はありませんでしたよ?


「副作用の内容は、確認されているものでは、思考能力の欠如、攻撃対象がいる限り効果続行、の二つでしょうか」




 あれ?

 シキさんと思わしき魔王、多少噛み合わなくても、会話できましたよね?

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