34話 薄桃色の魔族
周囲で煌めく、青い光の粒子。
突然目の前の地面から現れた魔族が発生原ですが、範囲が広いです。私の斜め後ろには、真っ青な顔をしたハヤテさんと、焦った顔をしたアイさん。
危機ですよ!光りの量からして上級魔術が来そうですが、私が避けたら二人はきっと直撃を避けれません。
「死ね」
あまり大きくないのによく通る、低い声が響くのと同時に、頭上で何かの気配が発生しました。
同時に、私達三人を閉じ込めるように立ち上がる、水の渦。
…え、ちょっと!逃げられないじゃないですか!!
せめて上から来るであろう水圧を少しでも和らげようと、未だ血を流す羽を再度顕現させて、アイさんとハヤテさんに覆いかぶさった時です。
「させませ~ん!」
ユーリさんの声がしたかと思えば、ドオオッという重く大きな音と、痛みを感じない程度の普通な水飛沫が私達を襲います。
顔を上げると、私達の周囲は真っ暗で、何も見えない状態になっていました。轟音と水飛沫は未だ続いていましたが、私は情況把握の為に照明の光の玉を出します。
…土で作られた、半球状の空間のようです。水圧によく耐えていると思いますが、所々にある、水を吹き出す小さなヒビが、少しずつ広がっていっています。
「アイさん、ハヤテさん、おそらくこれはユーリさんがやってくれた防御壁ですが、もうすぐ壊れそうです。そしたら…」
「きゃうっ!!」
誰かの、いえ、おそらくユーリさんの声が聞こえた瞬間、視界が開けました。
水は、足元の土をぐずぐずにしているのみで、もう降ってきません!
急いで先程ユーリさんの声がした方に顔を向けると、薄桃色の魔族の背中が目に入りました。
明確に言うと、薄桃色の蕾を付けた巨大な植物の茎っぽいものが大量に付いている後姿が見えただけで、背中は見えませんでしたが、言葉の綾です。
そして、その魔族の先には…。地面から伸びた白い茎のような、葉の無い植物に首を絞められた状態で宙に持ち上げられて、それでもなお魔族へ神術を放って抵抗するユーリさんがいます。
でも、その神術も効いているようには見えません。薄桃色の魔族が、ことごとく魔術をぶつけて相殺以上の攻撃をしているからです。
「ユーリさん!!」
私は、魔族の不意を突く為に、詠唱名無しで下級神術の火の玉を飛ばします。
けれどそれも、魔族へ届く前に突然現れた水の塊に消滅させられてしまいました。
ちょっと!この魔族強すぎですよ!?真後ろからの術名すら聞こえない攻撃も、まるで見えてるかのように適格に処理するなんて!!
更に、良く見ると薄桃色の魔族は、魔術を使っても周囲に青い光りの粒子を散らばせたままです。
土属性の攻撃をする時のみ、僅かの時間黄色い光りが混ざるだけで。
まずいです。今までは目で見たら一目瞭然でしたが、あの魔族は術を発動させる瞬間が察知できません!
魔術で神術を消されては攻撃の意味が無いので、私は左手に持った剣一本で物理攻撃に勤しむしかなさそうです。
「ハヤテさん、行けますか?」
「無理だ…、何で、こんな…!」
ちらり、と背後を見たら、ハヤテさんが未だ真っ青の顔で混乱していました。どことなく、歯がカチカチと音を立てている気もします。
二人で行ってみようと思ったのですが…。仕方ないです。
「アイさん、ハヤテさんをお願いします」
「え、ゼーレちゃん!?」
私は制止するかのようなアイさんの声を無視し、魔族に向かって駆け出しました。いつでも水の魔術に対応できるよう、強めの火壁発動用に周囲を赤く煌めかせます。
後は…、火属性の神術の待機させながら光属性の神術を使うのは初めてですが、何とかなるでしょう。
地面から時々襲いくる蔓の攻撃を避けながら、剣の無い右手に焦輝の矢を出しました。
当たると網膜を焼き切り、当たらなくても大きな音と目晦ましの光が発生する、下級の補助神術に分類される割には中々凶悪な効果がある、アレです。
いつもは一発ですが、今回はどんどんいきますよ?ユーリさんを開放させないとですからね。
「どこのどなたか知りませんが、いきなり攻撃を加えてくるからには、こちらも容赦しませんっ!」
相手はユーリさんと、神術と魔術をぶつけ合い続けています。
大きな声を出すのは、もちろんこちらに気を引かせる為。ユーリさんがこの魔族の隙を突いて蔓の拘束から抜け出せたら成功です。
「行きます!」
私は焦輝の矢を、次々と薄桃色の魔族の周辺に飛ばしました。
ユーリさんへの配慮はしていません。…だってどう考えても途中にあるユーリさん対魔族の術激突区域で散らされる神術ですから。
また背を向けられたまま対処されると思っていた私ですが、魔族は意外な事にこちらをゆっくりと振り返ってきました。
彼の向こう側では、相変わらずユーリさんとの神術対魔術のぶつかり合いが続いているのに、です。
背中に寒気が走りましたが、格上との戦いだという事は承知の上。無視して焦輝を飛ばし続けます。一本目が着弾…しようとした瞬間に魔族の背から生える蕾の付いた白い茎が、海洋生物の触手のように動いて、矢をはじき返す動きを見せました。
…が、ふっふっふ。それは何かにぶつかったら炸裂するんです!
パンッ!
凄まじい光と共に、鼓膜が破れそうな爆発音が響きます。
けれど、茎っぽい部分は本人では無いという事なのでしょうか。光の目晦ましに耐性がある私は彼の事を観察しながら突撃中ですが、次々と襲い来る矢を、正確に茎で殴り落としていきます。
次々と起こる轟音に、私は作戦を変えて詠唱を口にしました。
「燃え盛る火よ、数多の敵に降りかかれ……」
これは、エルちゃんから習った、中級の広範囲神術です。
魔族は気付いていないらしく、轟音と閃光が続く中、焦輝の矢に専念しています。
私は、火壁用に練っていた火属性の神力を、一気に消費しました。
「―――『火炎広弾』!」
炎の弾が私の上空から彼のいる方向へ向かって放たれます。
流石に魔族も気付いたらしく、彼の前に分厚い水の壁が出現しました。
…ですが、ちょっと読みが甘かったですね!
炎の弾は、魔族の方へも大量に飛んで行きますが、狙いはそこだけじゃありません。
あなたの向こう側、ユーリさんを拘束している蔓も的ですから!
もちろん、後ろも見えているかのごとく、今もユーリさんとの術の打ち合いを続けている為、あからさまに狙ったりはしません。
広範囲に降り注ぐ弾数を増やして、偶然当たるのをひたすら待つだけです。
もちろん、『火炎広弾』を出し続けている間、魔族は火の弾を防ぎながらもこちらに白い蔓らしき植物での攻撃を続けています。
あ、ちょっとだけ進展がありましたよ!周囲に僅かな深緑の光の粒子が漂ったら、場所は決まっていないにしても、どこかの地面から白い葉の無い蔓らしき植物が、突き出てくるみたいです。
アイさんとハヤテさんの方も心配ですが、残念な事に私は挌上魔族の相手をしながら守れる程強くはないので、頑張って魔族からの攻撃を避けている事を願うばかりです。
…悲鳴聞こえませんし、大丈夫ですよね?
私はユーリさんの方へ火の弾がいくつか着弾したのを確認すると、『火炎広弾』への神力供給を切り、未だ水の壁を張っている魔族の方へ剣を構えたまま突っ込みました。
狙いはもちろん、水の壁の向こう。
「『火壁』!」
本来は防御に使う火の壁を、魔族の足元から立ち上がるよう、狙いを付け、なおかつ剣でも切り込みます。
避けるなら、後ろへ跳ぶしかないはずです。
けれど、その後ろには、さっき拘束から逃れる事ができたユーリさんが用意した、広範囲に渡る溶岩溜まりのような、地面。
今までの魔族の魔術から言って、致命傷は与えられないと思いますが、それなりの手傷は負わせる事ができるはずです。
私はそのまま、足元からの蔓による攻撃に気を配りつつ剣を振りかぶったのですが…。
やはり上手くいく事はありませんでした。
魔族の足元から吹き上がるハズの火の壁はジュッと大きな音を立てて防がれましたし、私と魔族の間にものすごい速さで何かが入り込み、私の剣を受け止めたのです。
ガキン、という音と共に、私は目を疑いました。
私の剣を受け止めているのは、ハヤテさんです。
未だ青い顔をしているにも関わらず、あろう事か魔族に背を向けて私の剣を受け止めていました。
「ハヤテくん!?」
「ハヤテさん!?自分が何をしてるか、判ってるんですか!?」
焦って剣を引き、ハヤテさんと魔族から距離を取りましたが、ふと、このままではハヤテさんが危険だと 気付きます。
…が、意外な事に魔族は水の壁を消した状態で静観していました。
「…仲間割れか」
「そーだよ。けど、あんたが言ってるニュアンスとは違う。仲間割れしてんのは、オレ達とあんただ」
それどころか、内容はともかくハヤテさんの言葉に耳を傾けているようです。
けれど、それも大して効果はありませんでした。
「我とお前達が……?ありえん。お前のような半魔族で、周囲から魔力を奪う聖剣のような武器を持つ奇怪仲間など、いた覚えは無い」
「半魔族…?聖剣の、ような?」
「……邪魔だ」
「っ、ぐぁっ!」
ハヤテさんが呆然と呟き、魔族の方を振り返ろうとした瞬間、横なぎに白い茎で殴り飛ばされ、離れた場所に出現していた大きな水の塊に突っ込んだのです。
……あ、れ?どことなく、この光景に見覚えがある気がしたのですが…。一体どこで見たのでしょう。
「ハヤテっ!!」
「ハヤテくんっ!」
後ろからアイさんの声が、魔族の向こうからユーリさんの声が響き、足音が移動します。
ハヤテさんが口にした言葉の意味も気になるところなので、魔族がアイさん達の行動を阻害する場合は私が相手をしなければなりません。
…そういえば、先ほどのハヤテさんの件で、話はあまり通じなくても一応会話できる、という事が証明されていましたね。
私は、何か魔族の興味を引ける話題はないかと、魔族の顔を正面から見据えました。
………。
今、気付いたのですが、この魔族、顔の左半分を白い液体で濡らしていて、左目はその液体の影響なのか、白く濁っています。
しかもよく見ると、服があちこち切り裂かれた形になっていて、その周辺は白い液体でべっとり濡らしつつも、中から綺麗な真っ白の肌が見えている、という謎の服装をしています。
あの白い液体は何なのでしょうか。魔族の、ハヤテさんとは違う冷たい金の目は平然としてますし、少なくともこの魔族にとっては害が無い液体、という事程度しかわかりません。
とりあえず、私は剣を左手に構えつつも、声を発しました。
「紹介が遅くなりました。私はゼーレ。天津神です。貴方はどこのどなたか、教えて頂きたいのですが」
「…やはり狼どもは天津神とまで手を組んでいたか。だが、我を知らされずに来るとは捨て駒のようだな。……陽動か?ならば……」
ですが、やはり話の内容は噛み合っておらず、薄桃色の魔族がぼそぼそと呟いたかと思えば、無数の水の刃が飛んできました。
「『火壁』!」
慌てて火の壁を作るものの、既に右肩へ一撃当たってしまってます。
しかも、この火の壁は向こう側が見えないはずなのに、火の壁に当たる水の刃の場所は、全て私の前です。もしかしてこの魔族も、産祇トロンベさんと同じく神力や魔力が見えるのでしょうか?
元々火属性は水属性に弱い為、高火力で術を発動しなければならないのに、こんな時に限って、地面から僅かに深緑の光が立ち上りました。
まずいです。避ける事に意識が行き過ぎると、水の刃が火の壁を突破してきそうです。
そして、黄色い光りの粒子までも、深緑の光を覆うかのように広がりました。
「試……、……よ―――『|地乾固無変』!」
何故か、地面からの白い蔓のような植物は出現しません。代わりというかのように響いた声は、ユーリさんのもので。
確かこの術はシキさんが使っていました。「固定化」させる術だったような…。
『火壁』に当たる水の感覚が止まりました。…私も動かないと危険ですね。前、温泉の地下でやった『火壁』のように、制限時間制のものをいくつか出現させて障壁にしてみる、というのとかはどうでしょう?
実行しようとした時でした。
ドゴンッ、と大きな音を立てて、いつの間にか少し離れた場所になっていた廃墟な王都の埋もれた門が、片側だけこちらに吹っ飛んで来たのです!
もちろん私は、急いで後ろへ跳び、避けました。ちらり、と視線を向こうへやると、薄桃色の魔族も避ける動作をしていました。
第三勢力とか、厄介ですね。
そして廃墟の中から、周囲に生い茂る木の葉と同色の髪を持つ誰かが、まるで怪我を負っているかのような動きでゆっくり出てきて口を開きました。
「攻撃してはいけません!戦いが長引いてしまいます!!」
…え、おとなしく殺されろ、という上から目線の脅しですか?




