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33話 王都へ

「なあユーリ、ホントにこっちで合ってんのか?」

「う~ん、おかしいわねー。五十年前に来た時はこっちだったわよ~?王都、移動したのかしらぁ?」


 私達は今、かなり目前に迫ってきたシエルド山脈に向かって、街道を歩いています。もちろん、私の補助神術で…と言いたいところですが、ハヤテさんの体内にある神力量がまだまだ異常な量でしたので、彼の風の補助魔術で速度を二倍にしています。

 今回はちゃんと、二倍くらいだと思える速さですよっ!

 ハヤテさんが制御できる程度の量に落ち着いてきたみたいです。


 それにしても、不思議ですね。伊耶那岐(いざなぎ)の宮側のシエルド山脈は、頂上付近に雪の積もった岩山にしか見えませんでしたが、ネム王国側から見ると、雪はありますが緑が生い茂っています。

 ユーリさん曰く、この街道から逸れる事無くシエルド山脈の方へ向かうと、山の麓に王都が見えてくる、という話だったのですが。

 …森は見えても、王都らしき建物の集団は全く見えませんよ?


 しかもこの街道の終わりが、私達神族の目には見える位置に来ているのですが、魔物の森らしき場所に繋がっているようにしか見えません。

 何故魔物の森だと思えるのかといいますと、その周辺だけ背後の山の木々よりも大きな木が生い茂り、その木をまるで繋ぐかのようにして、白い蔓があちこちを這い、所々に花を咲かせているのです。

 この距離からはっきりと蔓が見えるあたり、どう考えてもかなり巨大な植物なのですが、残念な事に普通の植物であの大きさの地上の花というと、良腐例死在(らふれしあ)という、臭い香りを放つ食虫植物しかありません。


 明らかに植物系の魔物です。


 …え?ユーリさんの年齢がおかしい、ですか?

 はい。私もそう思います。陸津神(ろくつかみ)は知りませんが、天津神系神族は、人間の二倍の時を生き、人間の二分の一程度の早さで成長します。

 で、ユーリさんですが、見た目はアイさんの二つ程度年上に見えるので、三十から三十五くらい、というのが妥当なところですが…。

 陸津神(ろくつかみ)は違うのでしょうか?天津神基準で考えるなら、物心がつくのが五歳から十歳程度。さらに生まれた国からかなり離れた国に来て、ある程度道を記憶していられるという事も考慮するなら、ユーリさんは現在、若くて六十歳から七十歳という計算になります。


 なので、人間の年齢にして三十歳から三十五歳の見た目になりそうなのですが、どう見ても人間の年齢で二十歳になるかならないか程度にしか見えません。

 ちなみに私は今年で三十七歳になりますが、ユーリさんは私と同年代に見えるのに、私の倍は生きている可能性があるという事なのです。


「え、姫巫女さん、陸津神(ろくつかみ)の方の成長速度ってどんな感じなの?」

「そうねー。人間の倍くらい時間がかかるかしら~。寿命も倍くらいね~」

「へー。んじゃ、ユーリはかなり童顔なんだな」


 キラキラッと、光ったのは二秒ほどでした。「へ?」とハヤテさんが抜けた声を出す間に、彼のおでこへ拳大の泥が、ベチッとぶつかってきたのです。

 犯人はユーリさん。神術発動前の光の粒子によって、私には丸わかりですが。


「うふふ~。女の子にぃ、年齢を示唆させる話はー、厳禁よ~?」

「……う、はい…ゴメンナサイ」

「よろし~」


 今度は泥を洗い流す為なのか、ざぶり、とハヤテさんの上から水が降って来ました。

 ハヤテさん、一人だけずぶ濡れです。私も年齢は非常に気になっていましたが、これを見せられた手前、だんまりを決め込みます。

 ハヤテさん、先陣を切ってくれてありがとうございました。

 アイさんも気まずそうな顔をしている辺り、ユーリさん以外の私達の興味は同一だったようです。

 ハヤテさん、計らずしもアイさんまで助ける事ができたみたいですよ!良かったですね!


 私がひっそりと心の中でハヤテさんにお礼を言っていると、何故か彼がこちらに寄って来ました。

 …あれ?ここはアイさんに慰めてもらう流れでは?ほら、アイさんも収縮袋から布を取り出した状態でハヤテさんを見て、首を傾げてるじゃないですか。


「ゼーレ、あのさ………今、光ったよな?」


 しかも、ひそひそ話です。片手をユーリさんとアイさん側に当てて、小さく音を乗せない声で話してきました。

 神族であるユーリさんには聞こえている気がしますが、そこは黙っておきましょう。


「光った…って何がですか?」


 ユーリさんが神術をつかう際にキラキラッとした光の粒子以外、特に何か光ったものとか見えませんでしたが。


「その、ユーリの周りが、一・二秒だけ黄色とか青色とかに…、キラキラ……」

「え!?」

「ちょっ…!」


 驚きで叫ぶと、慌てたようなハヤテさんに両手で口を塞がれましたが……えっ、え?術発動前のキラキラ、私以外は見えてなかったって話でしたよね!?

 み、見えるようになったんですか!?

 ………どう考えても、彼の金色になった目が怪しいです。


 でも、一応、本当に見えているか試してみた方が確実ですよね?

 不可思議な物を見たような顔をしているアイさんと、多分聞こえてて驚いたような顔をしているユーリさんがこっちを見てますし。

 私が足を止めると、何も言っていませんが、アイさんとユーリさんも止まりました。


「ハヤテさん、私の周りを見ててもらって良いですか?」

「へ?…あ、うん」


 光属性は白い光の粒子が舞うので、ここは見えると派手で判りやすい、赤い光の粒子が舞う火属性にしておきましょう。

 私は、術名を口にしたら発動できる状態になるよう、火壁(ボア・ヘッツ)用に神力を練りました。

 中級神術ですが、もうこれだけは術名だけの無詠唱で発動できます。

 発動前で止めている分、中級神術使用時程度の光の量で、赤い粒子が輝き続けるのが、私の目に映りました。


「っ!赤くキラキラしてる!!」


 ……。本当に見えるんですね。目、色どころか性能まで変わるって、ハヤテさん、本当に体大丈夫ですか?


「ハヤテくん?…ゼーレちゃん、ハヤテくんどーしたの~?」

「キラキラって…?」


 アイさんは本気で疑問の思っている感じですが、ユーリさん、聞こえてましたよね?

 何となく予想できてるんじゃないですか?

 まあ、もしかしたら答え合わせに聞いてきただけかもしれないので、勿体ぶらずにさっさと話しましょう。

 私は、止めていた歩みを再開しながら口を開きました。


「今まで見えなかった神術発動前の光の粒子が、見えるようになったみたいなんです。先ほど、試しに、火壁(ボア・ヘッツ)を発動前の状態にしてみましたが、私が何も口にしていないにも関わらず、赤い光が見える…と」

「それはー……」

「っハヤテ!やっぱりその目…!他におかしいところは本当に無いの!?」


 ユーリさんが何やら思案するように目を伏せ、アイさんがハヤテ詰め寄ります。

 ハヤテさんから恨みがましい視線が向けられた気がしますが、無視です。ハヤテさんはアイさんの大切な人なんですから、変調はきちんと知らせないと、ですからね。


 歩きながらアイさんに詰め寄られる、ハヤテさんから視線を反らして魔物の森らしき方へ眼を向けた時でした。


「…あれ?」


 何か、変なものが見えます。

 街道の先にある魔物の森、入口らしき場所に、木の葉と蔦に隠れるようにして石造りの壁のような…いえ、装飾的に、閉じられた門のような物が見えるのです。


「ユーリさん、ユーリさん、何だか門のような壁が森に埋まっているように見えるのですが…」

「あらぁ、あれよあれ、王都の門!…でも、別の場所に移って廃墟になった感じになっているわね~…」


 一度、あの村まで引き返して現在の王都の場所を聞こうかと、歩みを緩めたその時でした。

 王都だったと思われる森が、青く輝いたのです。

 いえ、遠くから見たせいでそう見えるだけで、目を凝らしてみれば、それは見覚えのある神術を使う時の光の粒子。

 昨日の朝、ハヤテさんがユーリさんに遣わされた超広範囲の補助魔術を、僅かに上回る力が使われている光の量でした。

 思わずユーリさんの方を見たのですが、彼女は軽く首を傾げるだけ。ですが。


「ゼーレ、今の光!!」


ハヤテさんには見えたようです。


「「光?」」

「はい。今、あの廃墟らしき森が、青く輝きました。誰かが大規模な水の神術を使っています」


 自分で「誰か」と言いながらも、頭の中ではシキさんの事が思い浮かんでいました。

 彼くらいの魔力があれば、確実に可能です。


「…この国の重役には植物系の魔族がいると聞いた事があるわ~。もしかしたら……。行ってみましょ~」


 ユーリさんが走り出し、私達もそれに続きます。

 走った事で、あっという間に閉ざされた門の前に辿り着きました。


「この門、開きそうにないわね」

「あちこち木が生えてるし、登って越えるか?」


 目の前に来ると、僅かに甘い臭いと、煙の臭いが漂っています。確実に交戦を彷彿させる臭いです。

 これで本当に、この中に誰かいると確信できました。

 …ですが、木が葉を風にそよがせる音以外、鳥の鳴き声すら聞こえません。

 何も聞こえないのに、まるで未だ戦闘が続いていて、生き物達が息を潜めているようです。


「この中で飛べるのは私だけですし、ちょっと上空から中を見て来ますね。登るのはそれからでも遅くないと思いますし」

「そうね~。あの花、毒を吹き出す可能性もあるからぁ、気を付けてね~」


 ユーリさんに言われて、上を見上げると、遠くからは色しか判らなかった花が間近に見えました。

 薄桃色で、白いメシベとフリフリな黄色いオシベ周辺の形が独特な、私の顔より少し大きい程度の花です。

 …?でも、こんな形の花、見た事がある気がします。自然にある植物から魔物に進化した生物なのでしょうか?


 少しだけ疑問に思いつつも、人化している背中から羽を顕現させ、飛び上がろうとした時でした。

 突然、後ろからドスッという感覚が右の翼を貫きました。痛みに膝が折れそうになるのを叱咤し、翼を見てみると…。

 翼の肩口近くの部分を、血濡れの何かが貫いていたのです。


 いくら感覚が鈍めの羽でも、痛いです。…こう、家具の角に足の小指を全力でぶつけた感じの痛み、とても言えばわかるでしょうか。


 貫かれた部分から、ちらりと視線を外すと、驚愕に口を押えるアイさんと、顔色を悪くしたハヤテさん、そして火の神術を発動させようと、赤い光の粒子を纏ったユーリさんが目に入りました。

 ユーリさん、術、放たないでくださいね。当たりそうなので。


 翼を貫かれた事で動きにくくなりましたが、私はどうにか一本になってしまった剣を抜き、傷が広がる覚悟で振り返りざまに「何か」を切り落としました。

 同時に、振り返った先で目の前が炎に包まれます。

 一瞬驚きましたが、炎の中には、燃え尽きる「何か」。……どうやらユーリさんは、次なる攻撃から私を助けてくれたようです。


「ありがとうございます。ユーリさん、助かりました」

「どう致しまして~。…それより困った事になったわねー。術者の場所も判らないのにぃ、敵だと思われてしまったみたいよ~?」


 どうやらそのようです。私は飛ぶ事を諦めて翼を消し、周囲に目を配らせました。

 そこかしこの地面から、僅かに立ち上る深緑の光。…。もしかしたら先ほどの攻撃も、神術か魔術によるものだったのでしょうか。


「ゼーレちゃん、姫巫女さん情況が解らな過ぎるわ!少し離れましょう!ほら、ハヤテも!」


 一瞬、ハヤテさんの立っている足元が動いた気がしました。

 アイさんが、未だ呆然とするハヤテさんを引っ張った瞬間、ハヤテさんがいた場所に、白い蔓らしきものが物凄い速度で突き出ます。


「きゃっ!」


 アイさんが叫んでハヤテさんを更に引き寄せました。

 今のは見えました。この、廃墟っぽい王都の周辺に張り巡らされた、花を咲かせる巨大植物と同系統の植物です!

 きっと私の翼を貫いた「何か」と同じ!


「離れましょう!どこから出てくるかわからない蔓に狙われたら危険です!」


 ユーリさんを見ると、彼女も同意見らしく、頷いてくれました。

 そのまま彼女は、いつでも神術を放てるようにか、黄色い光をの粒子を身に纏いながら、廃墟らしき王都から離れる方向へ駆け出します。


 ですが、一人動かない人がいました。

 ハヤテさんです。

 アイさんが無理矢理引っ張る事で少しずつは移動していますが、どう見ても遅いです。


「……トに、裏……ルー…に?」


 ハヤテさんが、神族の耳でも完全には聞き取れない声で呟きました。

 もしかして、何か知っているのでしょうか?


 けれど、ハヤテさんに問いただす暇はありませんでした。

 私達の前方の地面から、少しだけ橙色っぽい黄色の光の粒子が湧き出て来たからです。

 アイさんに静止の言葉をかけ、その場に止まると、光の粒子が出てきていた地面から、大量の土が空へ舞い上がります。


「―――…狼どもを殲滅したと思えば…。貴様等が本命か」


 上空へ立ち上る土の奥から聞こえる声。




 土が消えた時には、目の前に、薄桃色をした花を連想させる魔族が佇んでいました。

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