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32話 収拾の行方

 ドンッ ガシャンッ


 街のあちらこちらから、大きな物音と人々の悲鳴が響いてきています。原因はもちろんあれです。

 …ハヤテさんの、広範囲補助魔術。

 範囲がこの教都(きょうと)アシハラ全域に及んでいる気がするあたりから尋常ではありませんが、本来二倍の速度になるはずのところ、どう見てもそれ以上の速さになっているようです。


 発動させた時の光で、ようやく私がユーリさんを止めようとしていた理由に気付いてもらえましたが、もう事態は後の祭り。

 周囲で人と人、人と建物…その他諸々の衝突事故が始まったのです。

 補助魔術を使った事がありそうな、経験豊富そうな冒険者さん達だけはすぐに対応できるようになっていたようですが、それ以外の一般市民や参拝者は別です。

 初めての現象に全く慣れる事が無く、己の移動速度に目や感覚が着いていけずにぶつかりまくりです。


「ゼーレちゃん、ごめんね。あたしこそ、危険な予兆が見えてるからゼーレちゃんが止めようとしてるって事を信じるべきだったのに…」

「…いえ、私が見える光景が見えないアイさんからしたら、あれはハヤテさんの症状をどうにかできるかもしれない(すべ)だったので、私を止めようとするのも無理はありません」

「ありがと。…実は、ね。本当に危険なら、シキさんが実力行使で止めてくれると思ってたの。でもまさか、いなかっただなんて…」


 確かに、魔術が得意で魔力が見えるという彼がいたら、私と同じく止めようとしてくれそうですね。


 私は部屋の窓に近付き、外を眺めました。ハヤテさんの魔術はかなりの光の粒子が舞っていた為、きっとまだまだ効果が続くでしょう。

 ユーリさんとメイさんは責任を感じたのか、私達三人を宿の部屋に押し詰めた後、街中を回って速度を奪う神術を掛け歩いています。もちろん、この宿屋の人達には掛け終わってますよ?

 そして、ハヤテさんはというと…。


 アイさんに膝枕をしてもらって、寝台の上でぐったりしています。

 ハヤテさん曰くの体を焼かれるような熱さは、体が火照っている程度に治まったそうですが、今度は先ほどの大魔術による反動で動けなくなったようです。少し前までは、胃の中が空っぽなのに吐き気を催していたようで、ずっと気持ち悪そうに胃の辺りを擦っていました。


「ハヤテ、そろそろ何か食べれそう?」

「…うぅ…。食欲無い、けど…氷食いたい」

「水で我慢しときなさい。…ほら」

「ぬるい~…」


 …何といいますか、こう、私も外を歩いて来ても良いでしょうか?

 幼馴染というだけはあるのか、ただ単に回復してきたおかげなのか、アイさんに甘えるハヤテさんは、昨夜の彼とは別人のようです。

 自分が苦しいのに、神力の塊ともいえる私が神力を吸う聖剣に触らないようにと、必死に止めてくる彼はどこにも見当たりません。


 それにしても、ハヤテさんを妹のように大切にするアイさんと、体調不良を盾にアイさんへじゃれ付くハヤテさんとか、見てるだけで照れますね。

 心を許しあえる相手って感じで、羨ましい限りです。

 ですが、そののほほんとした空気もそこまででした。


「ハヤ、テ?」

「アイ?…どーした?」


 急にアイさんの声が、緊張を帯びたものになったのです。


「アイさん?」

「ハヤテ!その目、どうしたの!?」


 がばり、とアイさんがハヤテさんの頭頂部と顎を手で挟み、自分の顔を近付けました。


「ちょ、アイ、近い!顔近いって!」

「バカ!そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?目の色がこんな色に変色するなんて、聞いた事ないわ!」

「アイさん、ハヤテさんの目が変色って………」


 私も近付き、ハヤテさんの目を確認したところ…、僅かに燐光を放つ金色になっていました。

 確か、彼の目は青だった気がするのですが、変色するにしても、燐光を放っている時点で異常です。


「これは………」

「綺麗な快晴の空色だったのに、何で、こんなっ!」

「あ、アイ、落ち着けよ、な?別にオレ、見えなくなったとかじゃねーんだし」


 アイさんに頭を掴まれているせいで未だ膝枕状態のハヤテさんが、下から見上げる形でアイさんを宥めようとしますが、その彼本人も僅かに顔色が悪くなっています。

 理由はアイさんが珍しくその目に涙を浮かべているせいなのか、自分の体に不可思議な現象が起きているせいなのかは解りかねますが。


 ぽたり、ぽたり、とハヤテさんの顔にアイさんの涙が落ちて、ハヤテさんがくしゃり、と顔を歪めました。


「…そんなにオレ、醜くなった?」


 彼の腕が伸ばされ、アイさんの頬に添えられます。

 まるでどこかの恋愛小説のような一場面に見えますが、残念な事に私の目の前で繰り広げられている光景でして…。

 私の事なんか全く眼中に無い二人は、そのまま自分達の世界を突き進んでいました。


 アイさんが、頬に添えられたハヤテさんの手に、自分の手を重ねます。


「そんな訳、無いでしょ?確かに、目の色が変わった現象は怖いけど、ハヤテはずっと………」


 え、まさか、今、私の目の前で愛の告白ですか!?

 あんなに妹として世話を焼いていたのに、あれこそが仮の姿で、ちゃんとハヤテさんの事を男の子と認識していたんですね!

 …あれ、それじゃ、あのハヤテさんと二人きりで入ったお風呂とかは………。




「―――…ずっと、あたしだけの妹なんだから!!」

「あ、アイ…?」


 …うん。そうですね。どんなに甘い雰囲気になっても、妹を甘やかしているだけのお姉ちゃんだったって事ですね。

 でもですね、それは直接ハヤテさんに言うのは駄目な内容だと思うんです。

 弟どころか女の子だと認識されてたなんて、ハヤテさんが少しだけ可哀そうだと思うんです。


 ほら、ハヤテさんが目を見開いて固まってるじゃないですか。


「いつ、から知って………」


 ん?


「私が七歳の時からよ。ほら、ハヤテが熱で寝込んだ時に初めて私が手伝ったあれ」

「…覚えてねーよ…」


 何だか話が変な流れ…。いえ、ハヤテさんがほっとしたように笑ったので、多分、彼にとっては悪い話の流れではない事くらい、一応予想できるのですが。


「…ほんと、アイねぇには敵わないや。これからもよろしく」

「うふふ。…こちらこそ」


 二人が抱き合ってますー…。

 え、私、出て行ってた方が良かったですか?本人達的には姉妹の抱擁かもしれませんが、視覚的には男女の抱擁ですし、私、完璧にお邪魔虫ですよね。


 結局、二人のいちゃいちゃは、メイさんとユーリさんが戻って来るまで続いて、私の精神をガンガン削っていきました。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「何、これ……」


 アイさんが、絶句しました。


 目の前に広がるのは、簡易的に作られた雨避けの下に寝かされた、人、人、人。…そして、魔族。

 全員が怪我をしていて、中には未だ生きているのが不思議なほどの怪我をしている人、いえ、魔族がいました。

 とても不思議な光景です。

 さらに不思議な事に、死にそうな程の酷い怪我をしていのは、ほとんどが魔族で、軽症の人間が一生懸命治療しているのです。

 この国、どうやら人間の中に魔族も紛れて暮らしていて、しかも仲が良かったようです。


 ここはネム王国。シキさんの国。

 私達は、緊急事態が発生したと自分の国に転移魔術で戻った彼を追って、ここまでやってきました。


 …この間、ここに竜の籠から降り立った時は、のどかな酪農地帯が広がるばかりでした。

 それが今、怪我をした人々で埋め尽くされています。

 近くで誰かが戦うような音は聞こえません。戦線は遠いのでしょうか。


「失礼するであります。自分達は、緊急事態だとこの国に帰った仲間を追って来たでありますが、状況を教えて欲しいであります」


 私達がこの状況に呆然としている中、メイさんが軽傷の文官のような恰好をしている人間に近付き、聞き込みを初めていました。

 …ありがとうございます。そして、ごめんなさい。私、状況を頭の中で整理するだけで一杯一杯でした。

 初めての状況でも、ちゃんと情況把握をして動かないと、シキさんを追う事すらままならないかもしれないのに。


 次に動いたのはアイさんでした。人を踏まないよう気を付けながら、怪我人を治療している女性の一人へ向かって走って行きます。

 それを見送って、ハヤテさんがぽつり、とつぶやきました。


「本当にこれ、ちゃんと終わってんのか…?」


 もちろん私には解りません。悪い方向ではなく、良い方向で収拾していれば良いのですが、問題が発生している現場が不明な以上、予想すらできないのです。

 私達の隣では、ユーリさんが懐から紙を取り出し、ペンのような物で何か文字を書き始めました。

 メイさんがこちらに戻って来ます。


「姫巫女様、大まかな状況が判ったであります」

「書きながら聞くわ~」

「はっ。数日前に王都へ、背後のシエルド山脈より狼を中心とした魔族が侵入。国王含む国の上位者が兵士達に都民を託して王都より逃がしたとの事。ここまで敵が追って来ていない事から推察して、現在は侵入者を駆逐中であると思われるであります」


 シエルド山脈!

 え、あの標高が高すぎて中盤付近から大渓谷が広がって、雪まで積もり始めているせいで、飛べない種族は登るだけでも一週間かかると天上世界で見た資料に載ってましたよ!?


「…そうー。ハヤテくん、ゼーレちゃん、ちゃんと聞いたわね~?行先は王都で決定~」

「それではアイ殿を呼んで出発するであります」

「メイちゃん、待ってー。あなたにはこれを頼みたいの~」


 アイさんを呼びに行こうとしたメイさんが、ユーリさんの呼びかけで引き留められました。

 ユーリさんの手から、先ほど何やら書いていた紙がメイさんに渡されます。


「これは…!」

「そうー。救援物資のお願い。名産品が無くなるのは、と~っても寂しいわ。だからー、お母様に渡して欲しいの~」

「ですが」

「メイちゃん、わたしの事、信じられない…?」


 どうやらユーリさんは、この現状を見てネム王国へ救援物資を送る、打診をする為の書状を作成していたようです。

 流石、陸津神(ろくつかみ)の上位二位。そこそこの権力があるようです。

 ですが私、メイさんの気持ちもわかる気がするので、口は挟めません。

 だってようやく助ける事ができた上司が、自分達を退けて未だ戦場かもしれない場所へ行こうとしてるんですから。

 普通、逆ですよね。偉い人の方が、戦場から遠のくのが普通だと思う私って、おかしいのでしょうか?

 さっきのメイさんの報告では、シキさんも戦場の真っただ中に残ったという内容でしたし、地上世界ではこれが普通だったり…?




 最終的にメイさんは、ユーリさんのうるうるな目に撃沈され、とぼとぼとフレア共和国へ帰って行きました。

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