31話 勇者様の異変
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2019/4/27誤字脱字修正
「っく、―――はっ、何、だ、コレ…。体が、あつ…っ………!」
ドサリ、と石畳の上に倒れ込む、新緑の芽色の髪を持つ彼。
「ハヤテさん!?」
星の御方傘下の天津神達をほぼ全て無力化した彼が、今になって倒れました。
場所は聖オオオ国の教都アシハラ。先程、ここまで送ってくれたエルちゃんとアーベントさんと別れたところです。
私はもちろん、ハヤテさんの元に駆け寄り抱き起しましたが、こんな時にどうすれば良いかわかりません。
病気、でしょうか、毒、でしょうか、それとも呪い…?
ハヤテさんは今なお苦しむように、革製の胸当ての辺りを弱々しく掻き毟っています。
私は急いで周囲を見回しましたが、目当ての人物は見当たりません。
アイさん達とは、ここ教都アシハラの始まりの噴水がある広場で落ち合う予定でしたが、一体どこにいるのでしょう。
もしかしたら、医者を探した方が良いのかもしれません。
「あの! そこの桃色の風呂敷を持った奥さん!」
前に来た通り、夕方なせいで夜の逢引目的な男女が多い中、所帯持ちと思われる女性が通りかかったところへすかさず声を掛けます。
買い物帰りっぽいところを、すみません。
幸いな事に、振り返ってもらえました。この街に入る際、人化していたのが良かったようです。
「ん? あたしの事かい…ってその彼氏どうしたんだい!?」
「その、急に暑いと言って倒れてしまって…。この辺りにお医者さんはいませんか?」
「おや、参拝者かい。…悪いねえ。この辺りは伊耶那岐の宮に近いから、病人は皆そっちに行って天使様に治してもらってるんだよ。もう今日の馬車は行っちまったから、明日一番に出る朝六時の馬車まで、宿で休ませとく事をお勧めするよ」
何という事でしょう。まさかの、医者は伊耶那岐の宮の天津神発言。
…という事は、ハヤテさんを診てもらうどころか、私達の他に誰か体調を崩しても、私達が彼らを叩きのめしたせいで誰も診てもらえないという事に…。
「そう、ですか。教えて頂いて、ありがとうございます…」
一応お礼を言って、情報をくれたおばさんと別れました。少し心配してくれたのか、チラチラとこちらを振り返りながら、人ごみの中に消えて行きます。
待ち合わせがある以上、どちらか一人はここに残っておくべきですが、ハヤテさんがこんな状態の今、一人で宿屋に残しておくのも心配です。
日中は雨か曇りしかないのに、夜だけは晴れる事ができる今、夜になるにつれてさらに気温が下がる事は目に見えています。このまま外にいるという事は…。
「…は、…ぁつっ…」
いえ、外にいた方が良いかもしれないですね。
寒空の下にいたら、少しはハヤテさんの感じる暑さを軽減できるかもしれません。
私はハヤテさんを引きずるように抱き上げ、頑張って噴水の周囲に巡らされた石の出っ張りまで移動しました。
噴水の目の前ならそれなりに目立ちますし、アイさん達も見つけてくれますよね?
まあ、ハヤテさんの聖剣が鞘ごと発光している時点で、かなり目立っているとは思いますが。
とりあえず、彼に少しでも楽な姿勢を取らせる為にも、石の出っ張りに腰かけた私の膝を枕として提供します。
ハヤテさんが苦しそうに目を瞑っていなければ、周囲の逢引中な人達への仲間入りな気もしますが、あいにく私は看護です。
…それにしても、かなり周囲が暗くなってきたせいで、ハヤテさんの聖剣の輝き具合が凄い事になっています。
初めて会ったグレア村の時は光ってなかった気がするのですが、一体どうしたのでしょうか。
ハヤテさんが、ほぼ一人で天津神達を薙ぎ倒していた事とも関係ある気がします。
荒れ狂う多数の神術を切り裂いた事にしても、剣の平で殴られただけの天津神がぐったりして倒れた事にしても、おそらく聖剣の力です。…まさか、使い過ぎたら使い手の命を削るなんて事は………。
本当にこの剣、聖剣ですか?
今なお白く輝く聖剣の意匠は、白と銀を基調として神聖な雰囲気を醸し出していますが、使い手を苦しめている時点で魔剣のような気がしてたまりません。
今の状態を打破するには、ハヤテさんから聖剣を遠ざけた方が良いのではないでしょうか?
そう思って私は、彼の腰へ手を伸ばしたのですが…。
「ダメ…っ、だ!」
目を瞑った状態でどう察知したのか、ハヤテさんに伸ばした手を掴まれて、阻まれてしまいました。
「これ…、神力を、吸う、んだ……。ゼー、レが触、るの…は、き、け……っ」
「っ! それじゃあ、ハヤテさんは、ずっと吸われてたんですか!?」
「オレ、は人間…だか、ら………魔、力なく、ても…っしなな…ぃ…」
吸われてた事を否定しません。吸われてたんですね!? 死なないと言っても、今の状態を見ると、どう考えても体に悪影響与えてますよ!
私が触るのが駄目なのなら、誰か人間に取ってもらいましょう。
そう思った時でした。
「おう、ねーちゃん彼氏具合悪そうだな。良ければ朝までオレ様達の部屋貸すゼ? もちろん、彼氏はオレ様達が運んでやるけど、どうだ?」
少々迫力のある見た目な三人組の男性が、声を掛けてくれたのです。白く輝く剣を腰に付けた少年という、少々近付き難い要素がある気もしていましたが、そうでもなかったようです。
助かりました! これで聖剣をハヤテさんから遠ざける事ができますね!
「ありがとうございます。ですが、彼は暑さで倒れてしまったので、このまま夜風で冷やそうと思っていまして…。あの、手間でなければ彼の腰にある剣を取って、この足元の辺りに置いて頂けませんか?」
「「「「剣?」」」
私の言葉は、彼らにとってとても不思議な言葉だったようです。
三人の男はお互いの顔を見合わせ、ハヤテさんの腰にある聖剣へ目を向けました。
「…光ってやがるし、照明かと思ってたんだが、剣、か?コレ」
「おれっちも兄貴と同じく剣の形した変わった照明かと思ってたでやす」
「彼がこれを使って戦っているところは何度も見たので、剣ですよ? 私が外そうとしたのですが、触らせてもらえなくて…。お兄さん達でしたら人数的にも、彼が嫌がったところでちゃんと外せると思ったのですが」
「おい、それって…」
親切にも声を掛けてくれた三人組の男性達が、一歩下がりました。
しかも声を掛けてくれた時と違い、額に汗が浮かんでいます。…彼等も体調が悪かったのでしょうか。自分がキツイ時に他人を気遣えるなんて、この教都アシハラの人達は良い人が多いんですね。
「取って頂けませんか?」
「い、いや、彼氏が嫌がってるってのに取るのはマズイだろう、な、お前ら!」
「そ、そうですよ!」
「でやすっ!」
「オレ様達の手はいらないようだな。っんじゃ!」
三人組を纏める役らしき男が片手を挙げるのを合図に、三人は足早に去って行きました。
…困りました。結局、聖剣はハヤテさんの腰にあるままです。
周囲を見回しても、私達を遠巻きに気にする人が少しいるだけで、アイさん達の姿は見えません。
空も雲が無くなり、月と星が輝く夜空が顔を出しています。
アイさん、アイさん、早く来てください。ハヤテさん、朝食以降何も食べていないので、この状況が続くと命に関わりそうですよ?
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「ゼーレちゃん! ハヤ…えっ、何があったの!?」
アイさん達と合流できたのは、翌朝の周囲がうっすら明るくなってきた頃、五時くらいの時でした。
教都アシハラの入口から入ってきたところを見ると、どうやら私達の方が、かなり早く到着していたようです。
遠くから見ると、ただ単に膝枕で一夜明かしたかのように見える光景も、近付けばハヤテさんが苦しそうに目を閉じているという状況が確認できる今、アイさんが慌てて駆け寄って来ました。
後ろには、メイさんと、何故か白い大きな布を頭に掛けたユーリさんの姿も見えます。
「それが、私にもよくわからなくて…。このアシハラに入ってすぐに暑いと言って倒れてしまったんです。ずっと光ったままの聖剣が怪しいと思うのですが…」
「とにかく、ハヤテの体を確認するにしても、状況確認をするにしても、宿の部屋を借りてからにしましょ」
アイさんはそう言いおいて、朝市の準備の人がまばらにいるだけの、教都アシハラの街中へ駆けて行きました。
彼女を見送って、メイさんとユーリさんはこちらに歩いて来ます。
「勇者殿はどうしたのでありますか?」
「わからないんです。ただ、暑い、と言っていて…」
「う~ん。多分ー、神力の溜め込み過ぎだと思うの~」
「「え!?」」
原因不明な症状だったのが、急にユーリさんの言葉で原因判明しましたよ!?
流石祭唱様。高木の三柱と同じ程度の位なだけはあります。
「初めて見たこの子って~、今の神力のぉ、五分の一位の力しかなかったと思うの~。神力をー、取り除いたら治ると思うわぁ」
つまり、普段の五倍の力が、ハヤテさんの中に詰まっているという事なんですね。
暑い、というのは、力が有り余り過ぎて暴走しそうな状況だった、という事なのでしょうか。
私がユーリさんの言葉に納得していると、彼女はハヤテさんに手のひらを向け、まるで輝くかのように光りを吸収する黒い粒子を周囲へ発生させ始めました。
「『貰受源力』」
彼女の手のひらが淡く輝きます。…が、ハヤテさんの状態は変わりません。
「あらあら?おかしいわねぇ…。神力が吸えないわ~?」
「姫巫女様が、でありますか!? …それは一体…」
これはあれでしょうか。ハヤテさんの腰にある聖剣に神術を吸われた、とかそういう…。
「っ…? …メイ…? ユー、リ…?」
ハヤテさんが薄目を開きました。未だキツそうですが、意識はあるようです。
「勇者殿! 一体何があったでありますか!?」
「はーい。ユーリよ~。ハヤテくん、今、何か攻撃以外の術使える~?」
「じゅ、つ…?」
「ユーリさん、こんな時に何させる気ですか!」
メイさんの質問を少々無視する形になってしまいましたが、そんな場合ではありません。
アイさんが戻ってくるまでは、私がハヤテさんを死守しないとです。
私が一人、そんな使命に燃えていると、ユーリさんはきょとん、と目を見開いて、首を傾げました。
「あら~、だって神力が吸えないならー、使って発散させるしかないじゃない?」
それも…そうかもしれない…です、ね。
「でもー、彼って何の属性が使えるのかしら~?」
「風が得意だと言っていた記憶があるであります」
「…う~ん、風で上級の攻撃以外………」
ええぇ…。完全に使う流れですよね。
こんな意識が朦朧としてそうな彼に術を使わせるなんて、失敗して制御できない暴発魔術になったらどうするんですか? それに、もしかしたら聖剣を外した状態なら、ユーリさんの神力吸収術も効くかもしれないんですよ?
「皆、宿を半日分取って来たわ!とりあえずそっちに移動しましょ!」
「アイさんっ!」
ちょうど良い時に帰って来ました!
アイさん、無茶な事しようとする二人を止めてくださいっ!
私の無言の願いが通じたのか、アイさんはユーリさん達の方を見て、首を傾げました。
「メイさんに姫巫女さん、どうしたの?」
「え~っと、ハヤテくんのこれ、神力を出し切ったら治ると思うのよ~。…でね、風の上級神術で攻撃以外のちょうど良いものは無いか考えててー…」
「拘束系は傍迷惑と思うでありますし、ここは飛行神術ではと思うでありますが」
「う~ん、やっぱりそれかしらぁ?」
可愛く首を傾げても駄目ですよ。飛行神術って一体誰に掛ける気ですか? ハヤテさん本人に掛けるなんて論外ですし、その辺の一般市民に掛けるなんて、それこそ傍迷惑です。移動の仕方もわからないような術を掛けられて宙に浮こうもんなら、普通に恐怖だと思いますよ?
昨日、私とエルちゃんでハヤテさんを運んだ時も、彼、真っ青でしたし。
「メイさん、姫巫女さん、それ、元々飛べるゼーレちゃん以外に掛けたら、とっても迷惑よ。何かの補助魔術とかは無いの?」
「う~ん。飛行神術は、上級の風属性神術で有名だからぁ、名案だと思ったのに、残念だわ~」
…どうやらアイさんも、ユーリさんの行動に賭けるみたいです。
「仕方ないわね~。私は発動する才能が無いのだけれど~、広範囲向けの速度上昇神術にしましょうか~」
「それなら、発動後に宿まで移動するのにも有効で良いわね」
アイさんが同意しましたが、嫌な予感がするのは私だけでしょうか?
…だって普段の力の五倍を体に溜め込んでいるせいで、意識が朦朧としていると思われるハヤテさんに使わせるんですよ?
この術が暴発した場合、どうなるんですか?
補助神術なので暴発は無い、とか言われそうな気もしなくもないですが…。
「それじゃーハヤテくん、周りの人に補助神術を掛けるつもりでぇ、わたしの詠唱を復唱してね~」
「ふく、しょぅ……?」
あああ、ううう…。既に疑問形という時点で、危ない気がしますよ?
ですが私は膝に頭を乗せたまま、薄目をどうにか開いている、といった体のハヤテさんを見守る事しかできません。
「そう。復唱~。いい?…天気を運ぶ、疾き風よ」
「てん、きを…運ぶ、とき?かぜ、よ…」
ぶわり
そう、ぶわり、ときました。え、本当にこれ、大丈夫ですか? 黄緑色の光が、ハヤテさんの周辺どころか、この始まりの噴水がある広場全体に立ち上ってますよ!? 私が上級の補助神術使う時に集まる光の粒子の、十倍近くはあるんじゃないですか!?
「ゆ、ユーリさ―――…もごっ」
「ゼーレちゃん、確かに心配だけど、ここはユーリさんに任せましょ」
アイさん、止めないでください! この光が見えているのが、私だけだと知っている今、止めないと大変な事になる気がするんです!
必死にアイさんの腕を振りほどこうとしますが、ハヤテさんが落ちないように気遣いながら腕力の強い彼女を振り解ける訳がありませんでした。
「我等に速さを分け与え賜え―――」
「われ、らにはやさ、を…わけ、あたえ、たまえ…?」
後は術名を言うだけの状態になり、黄緑色の光の粒子は眩く輝き始めました。広場中が輝いています! まるで超広範囲の回復神術が発動された時のようですが、これはあくまで補助神術の発動前の輝きです。
この光景を見ているのが私だけなんて…! とても信じられません。
本当に、何でユーリさんもアイさんも、メイさんもそんな普通の顔をしてられるんですか?
絶対に危険ですよ、これ!!
「与賜広風速」
「『トマヤ…フィル、ヒュル…ハーシェ』」
光属性でもないのに、辺りが真っ白な光に包まれました。




