30話 勇者ハヤテの爆走
勇者ハヤテ視点です。今回は腐女子要素、無しです。
「ちょっ、ま、落ちるっっっ!」
大渓谷に空しく響く、オレの声。
いや、オレが怖がりとかじゃなく、自殺願望が無い限り、空を飛べないヤツは絶対ビビるってコレ。
だって想像してみろよ。最初の、右手と左手を別々の女の子に掴まれて空中遊泳するだけでも怖かったのに、途中で上に投げられて両手とも離されるんだぜ?
一応、その後キャッチしてもらえたけど、今度は横向きに抱えられるとか…。
配置的には、左肩側を下に向けたオレの背中側に、モブっぽくなくなってきた天使ゼーレの幼馴染エルがオレの左脇に手を引っかけて小脇に挟んだ状態。オレの向う脛側には、天使姿のゼーレがオレの脚をエルと同じく小脇に抱えた状態だ。まるで木材を運んでいるかのような状態なのが、オレの情けなさを煽っている。
ってか、縋りつけるのが、エルの右腕だけという状況も怖い。
確かにゲーム中、一時的に仲間になったキャラだけど、ゲームでは封印の間から出た後は大渓谷の迷路を頑張って進む流れだったのに、今現在は飛んでショートカットだ。
そもそもメンバーすら違う。
ゲームの中で隠し部屋での乱闘に挑んだのは、ハヤテ、アイ、シキ、エル、ユーリ…の五人だった。
敵の神術をシキ様が魔術で相殺し、蒸気によって視界が真っ白になってる間に、緊急事態で国に戻るという言葉だけが聞こえ、視界が確保できた頃には消えていた、という事だけ変わっていない。
そう。実はメイという陸津神も、イレギュラーなモブキャラだったりする。
多分、ゼーレのおまけ的な要素だとは思うけど…。
本当にゼーレってモブキャラか?
だってゲームでは姫巫女ユーリ救出時に、ちらっとだけしか出てこなかった封印の魔法陣が、ここでは超重要事項のように扱われてて、しかもそれの封印し直しの為にはゼーレの力が必要っぽい事になってる。
これは、この世界がRPG「太陽の救世主」によく似ているだけの別世界という事なのか、それとも二周目以降に開放される隠しダンジョン出現用のイベントなのか、非常に悩むところだ。
何せハヤテじゃない方のオレ『新千早』は、ゲームの二周目をしようとしたところで、この世界に飛ばされた。しかもネタバレを避ける為に、二周目以降の情報についてはほとんどネットを見ないようにしてたせいで、周回プレイ専用のイベントに関する知識は「二周目からが本番」という何とも曖昧な言葉以外さっぱりだ。
死んだところで元の世界に帰れるか不明な今、とにかく死亡を回避してゲームクリアを目指すしかない。
………つまり、自分の力でどうこうできない、足場から遠く離れた空中で運搬されている今、この命は自分の運とこの二人の天使に握られているという事。
マジで恐怖しかない。
「う~ん。それにしても薬師ちゃん達見えんね」
「私達が戦っている間に、結構進んだのでしょうか」
オレが一人、落下による死亡に怯えていると、のんきな女子二人の会話が聞こえてきた。
え、それマジで言ってんの?
メンバーの中で空飛べんの、お前ら二人だけって事忘れてるよな?
ゲームの通りなら、この大渓谷を通り抜けるにはアレコレ回り道が必須だし、絶対かなり前に追い抜かしてるから!!
「…どーでも良いから、早く足場があるとこまで飛んで欲しい…」
オレの、早く地面に立ちたいという切なる願いは、伊耶那岐の宮に着くまで叶う事は無かった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
ドゴンッ!
オレ達が伊耶那岐の宮の上空に差し掛かった時、伊耶那岐の宮の建物の入口が吹き飛んだ。雷系と風系のエフェクトでド派手に飾って。
続いて、火と水の魔術がぶつかったような、ジュオッという大きな音と共に、建物の中から真っ白な大量の蒸気と人影が三人飛び出す。
雷の守護神様と、彼の隣にいた夕焼け色の髪の男、そして初めて見た、藤色のウエーブした髪を持つ女性だ。
「エルちゃん!」
「わかってる!」
オレの背中側と向こう脛側から、短すぎる会話をする二人の美少女天使。
地面が少し近くなった事で少しだけ精神的な余裕ができたからやっと気付いたケド、怯える美少年を運ぶ二人の美少女天使って、図的にどーなの?十二歳以上対象のゲームなのに、大人向けな展開が頭をよぎるのは腐った乙女心を持つオレだけ?
や、運ばれてる当事者としては、問題はそこじゃないけど。
…まさかオレを運搬状態のまま突っ込むとかないよな?
ぐんぐん近くなる地面。
そして激戦区を少し通り越し、伊耶那岐の宮の門が見えた辺りで、空中に投げ出された。
空中に投げ出された!
大事な事だから二回言ったけど、あの天使’s、オレを放り投げやがった!!
急いでるのはわかるけど、扱い雑過ぎんだろ!
小さい頃からの努力と主人公補正とが融合した結果なこの身体能力が無かったら、絶対大怪我だ。
もしこれをやられたのがアイだったらと思うと、ゾッとする。
まあ、どうにか尻餅と左手を着いたものの、ケガなく着地できたからこそ、のんきに考えを巡らせられるんだけどな。
オレを放り投げてさっさと行ってしまった二人を呆然と眺め、それから我に返ったオレは二人を追って雷の守護神様達の方へ向かった。神術の流れ弾らしき火やら水やらを聖剣で切り落としつつ向かったわけだが、ここでも隠し部屋のときと同じ事が起きる。
聖剣が、神術の一部を吸収した。
神力と魔力は言い方が違っても同じものだという事は、先日のシキ様の言葉でわかった事で、この聖剣が魔力を吸って成長するという事まで教えてもらっていたのは事実だ。
けど、まさか術として発動したものまで吸収する対象だったとは、思ってもみなかった事だったりする。
この事を初めて知ったのは、ほんの少し前、隠し部屋での戦闘時。
モブか怪しい天使ゼーレより大きな羽を、一対持つ男相手に聖剣を振っていた時の話だ。
無詠唱の術名だけで発動された火の玉を無我夢中でぶった切ったら、剣の刃に触れた辺りでスッと炎が消えたのだ。もちろんオレは驚いたけど、次々来る火の玉を切る事で確信に至った。そっからはもう早い。オレの中級の風の拘束魔術で動きを止めた男の頬へ聖剣をピタリと当てて、はい、お終い。
聖剣にたっぷり魔力もとい神力を吸われた男は、意識を失ってジ・エンド。
うん。この剣、天使相手に超有効とか、聖剣というより魔剣っぽいよな。
まあオレに悪影響が無いなら、どっちでも良いけどっ!
流れ弾ならぬ流れ術を切り落としながら驀進してると、ちらり、と夕暮れの髪の男がオレの方に視線をやった。まあ、足音とか消してないし、気付かれて当然だけど他の人達がこっち向かないって、何なワケ?
さらに距離が縮まってきて、ようやく他のメンバーが話し合っているせいだと気付く。
「…お恥ずかしい事に、私は武器での戦闘が苦手でして。宮の中を進むとなると神術だけで“転送の間”に辿り着く事は、恐らくできないでしょう」
あれだ。伊耶那岐の宮最奥の、転送陣まで雷の守護神様を守りながら送り届けるイベントだ。ゲーム中では四人だったはずのメンバーはアイとユーリが抜けて、代わりとばかりにゼーレが入っている。
…行けるか?と、思ったところで、隠し部屋で起きた、ゼーレのとんでも術を思い出す。
武器を消滅させる事が可能なアレ。もしかしてゼーレって、シキ様に続きチートキャラじゃね?
うん。そんな気がする。
「なら、行けるな!」
オレはそう声を掛けたけど、ゼーレの事をよく知らない雷の守護神様は、当然難色を示した。
「…勇者ハヤテ殿、囮を使う場合は賛同できませんよ?」
「んな事しねーし。ようは、相手も武器が無けりゃ良いんだろ」
「…極端ですが、そうなりますね」
任せとけって。やるのはオレじゃないけど。
ゼーレの方を、チラリ、と見やると頷いてくれた。うんうん。そこそこアイコンタクトできるようになったみたいで、ちょっと仲間っぽい。
もう流れ的にゼーレは最後までくっついてきそうだし、モブとかいうのは気にせず、一時的な同行者じゃなくて、ちゃんと仲間として行動しといた方が後々楽な気がする。アイもゼーレのこと結構気に入ってるっぽいし、名案だよな。
「私が、あちらの武器をどうにかします」
「天士である君が、ですか?」
「私、つい最近まで光属性以外は使えないと思っていたので、光属性はそこそこ極めているんです。『消影閃』!」
ちょっと仲間っぽくなってきた関係にオレが満足していると、敵の天津神がたむろする辺りがカッと光った。
あの隠し部屋で起きた現象の通り、手にあった武器が消えてるヤツが、一人いる。
雷の守護神様を見上げると、目を見開いて驚いていた。
「その消滅神術は、古の種族の…!そう、ですか。月のところに…」
古の種族?…。ますます何かのイベントの予兆っぽいな。
でも、今はそんな謎解きは必要無い。
「雷の守護神様、これなら行けるだろ?ほら、早いとこ行こうぜ!」
「解りました。行きましょう。…議案は通らない気が大いにし始めましたが、行かなければ何も始まりませんからね」
ん?議案って何の話だっけ?
えっと…。あ、そうだ。悪い事してない陸津神の姫巫女を攫って拷問にかけた事を糾弾するって感じの内容だったよな。確かこれで、次の太陽の守護神候補から、星の守護神様が抜ける事にって流れだった気がする。
「では、武器を取り上げます!『消影閃』!」
そこからゼーレの怒涛の術が敵を襲った。
オレ達と敵の間にある、神術の衝突エリアをすっとばし、いきなり自分の手元が光ったと思えば得物が消えているとか、オレがされても衝撃的だ。
シキ様と同じく、ゼーレも敵にしないよう気を付けた方がイイかもしんない。
…けど、ゼーレは最初の一回含めて八回術を唱えてたのに、敵の方で見えた光が十回程度だった気がすんのは気のせいか?ない、よな。…あんな恐怖の術が、詠唱どころか術名無しで発動できるとか、ないよ、な?
「奴らの動きを止めてくれたら、オレはケガさせずに行動不能にできるって事、頭の片隅にでも入れといてくれ。よっし、突入~!」
オレは、白黒付けるのが怖くて、ゼーレ達を置いて敵へ向かって走ったのだった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「ここまでありがとうございます。私とシュネーが抜ける為、戦力的に心許無いかもしれませんが…。お詫びとして神力を分けて行くので、どうか頑張って逃げ切ってください。…アーベント、後は頼みましたよ」
雷の守護神様が、ゼーレの折れた剣を包んだ布を持っていない方の手を掲げて、皆に神力を配る。
ちなみにゼーレの剣は、今回この転送陣まで送ってくれたお礼に、雷の守護神様が贔屓の店で修理して持って来てくれる事になった。議案通さないといけないって言ってたクセに、そんな時間、あんのか?とか思うオレは野暮ってやつだろう。
…神力、正直言ってオレにはいらなかったんだけど、言うタイミングが無かった。
おかげで、なんか体の中からムズムズしてきて気持ち悪い。
こう、何ていうか…。思いっきり暴れたくなる感じ?
中学時代の、体力有り余ってる男子もこんな感じだったのか?
右手にある、ひたすら神術を吸いまくっていた聖剣もうっすら発光したままだし、一緒に暴れたいって言ってる気がする。
「…では」
ばさり、と雷の守護神と藤色の髪の女性が、翼を羽ばたかせて上へ上へと飛んでいく。
次の瞬間には、扉を固めていた氷に走る、無数のヒビ。
それを見て、ドクン、と大きな力が巡る、オレの体内。
………気持ち悪い。
「さーて、こっから出たら、シキ様の所へ殴り込みに行かないとな」
軽く冗談で考えていた事を、勝手にマジっぽくしゃべる口に、オレは戦慄した。
え、これ、オレでも“ハヤテ”でもない、よな?
こんな不穏な“オレ”なんて知らない。
ゲームの二周目って、マジ何が起きんの!?仲間のキャラだけじゃなく、主人公にまで何か起きるとか、本気でいらねーし!
オレの不安を余所に、突き破られたドアから侵入してきた敵に向かって、オレの体は剣を振り下ろした。




