23話 姫巫女の噂
「ここがネム王国でありますか!!」
「「「「………」」」」
相変わらずの曇天の下、広がる草原に草を食む牛。
そんなのどかな風景の中で、元気いっぱいなメイさんの声が響き渡ります。
え?他の四人は…ですか?
もの凄い吐き気に襲われて、立っているのもやっとな状態です。
…できればもう乗りたくないと思う程の乗り心地でした。
竜の籠の話です。
ひたすら馬を乗り継ぎ、寝る間も惜しんで走らせ続けたら丸十二日程度で到着できるという距離を、僅か三日で到着できるという驚異の速さの為にと、乗り心地には完全に目を瞑っている乗り物でした。
離陸時は気を付けないと舌を噛む、という揺れだったのは、事前に言われていた為どうにかなったのですが、御者さん曰く「安定した」状態になっても頻繁に揺れ続けていたんです。
当然ですね。竜は背の翼を羽ばたかせて飛んでいるんですから。
上半身を倒せる大きさの椅子は、籠に固定されている為に動かない事だけが幸いでした。
シキさんは離陸途中から横になり、目を瞑っていたので数えませんでしたが、最初に私が吐き気で潰れ、次にハヤテさん、そしてアイさん、と完全に乗り物酔いで潰れました。
人間と違って、食べ物を摂取する必要の無い体で助かりました…。三日も上空にいるという事は、当然この籠の中で飲食の必要があるという事で。青い顔でどうにか食料を喉に流し込む二人の姿には微妙に心が痛みましたが、私自身も余裕があったわけではありません。
あ、そうです。シキさんです!シキさん、結局到着時までずっと眠っていたんです!え、人間ってそんなに長時間眠っていて大丈夫なんですか?と聞いたところ、水属性の魔術を自分にかけて何かやったらしいです。
説明の内容が難しすぎて、偉い人が処刑される時に苦しまないよう意識を奪う術、という事しか解りませんでした。
それにしても、「せいぜい頑張る事だな」…って!知ってたなら教えてくださいよ!
ただ、今現在私達と共に地に足を着けているシキさんも顔色が悪いです。意識は奪えても、結局体の方は乗り物酔いするって事なんですね。
「ところでシキ殿、この辺りは酪農地帯のようでありますが、果物の作られる農業地帯はどこになるでありますか?」
「…南の、方だ」
「これから向かうのは西でありますから、通らないのでありますね…。残念であります…」
メイさんが項垂れますが、正直、今の私にはどうでも良いです。
少しどこかで休憩を取りたいです…。
「…まともに進めん。休憩を取るぞ。来い」
シキさんの言葉に、メイさんは首を傾げ、私達三人は少ない気力を振り絞って付いて行ったのでした。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
伊耶那岐の宮がある、聖オオオ国(耳を疑いましたが、文字の表記も確かにこれでした)は、シキさんの国であるネム王国の北側に位置します。
ただ、国境には世界最高の高さを誇るシエルド山脈がある為、直接向かう事ができません。
竜の籠の駅がある村からだと、西側に隣接する、東部合衆国を抜けて進むのが最も近いという事で、もちろん私達もそちらから向かったのです。
「は、ハヤテ!見て見て!この肖像画、すっごくカッコイイんだけど!!」
「…はあ?………マジだ!何この超イケメン!美化され過ぎなんじゃね!?」
「それは、星の御方の肖像画ですね。結構正確に描かれている気がします。…何故伊耶那岐神殿のある教都に彼の肖像画が売られているのでしょう…?」
はい。ややこしい言葉が出てきましたね?
言葉で判別できるとは思いますが、伊耶那岐の宮と伊耶那岐神殿は、別のものなんです。
伊耶那岐の宮は主に天津神系神族が管理をしていて、伊耶那岐神殿は主に人間が管理しているという違いがあります。まさか同じ国にその二つが存在しているなんて、普通は思わないですよね。
そうなんです。昔は、隣り合う二つの国に一つずつ存在していたらしいのですが、約八十年前に聖オオオ国が経済的に追い込んで、伊耶那岐の宮があった国を併合したのだとか。
「こっちは女性ね。…神秘的過ぎる気がするけど、星の御方?とかいう肖像画と並べたら中々良い絵になるわね…」
「こちらは月の御方です。私を拾ってくれた方です。あちらの神経質そうな眼鏡の男性が雷の御方で、三柱合わせて高木の方なんです」
「へー。ゼーレ、高木って何?人の名前っぽくね?」
「人の名前…ですか?ええっと…。…高木というのは、陸津神でいう祭唱に当たる役職で、最上位である天照の次に高位な人達なんです」
ちなみに今、私達三人は、聖オオオ国の教都アシハラで大通りを散策中です。
アイさん、ハヤテさん、私、の顔ぶれです。
もちろん、観光の為ではありません。大通りで伊耶那岐の宮についての噂が転がっていないかの情報収集です。…観光目的な旅人は装っていますが。
さしずめ、私は案内できない案内役、といったところでしょうか。天津神の事であれば、仲間内の中で一番詳しいはずですし、伊耶那岐教も天上世界と繋がりがあるのでそこそこ知っているつもりですので解説はできますから。
シキさんとメイさんは別行動中です。私達三人の組と、シキさんとメイさんの組に分かれて情報収集しようという事になっています。
もちろん強い二人組は裏道での情報収集です。どう見ても貴族風なシキさんが行くのはおかしいと反対はしてみたのですが、戦闘能力的な問題で今の組み分けに決定してしまいました。
…アイさんとハヤテさんと三人で行く事になってしまって、がっかりです。
………。
あれ?私、別にお二人の事を嫌っていないのですが、何故がっかりしてるんでしょう?
私はちょっと意味の解らない自分の思考に、軽く首を傾げました。
今も出店をひやかしている二人を見ましたが、特に嫌な感じはしません。
理由が解らず、もやっとした感じが胸に残りますが、分からない以上考えたところで時間の無駄です。
今は陸津神の姫巫女さんの情報や、伊耶那岐の宮の現在の情報を集めないとです!
日の御方の殺害犯についての情報があれば、なお良しですけどね。
「ゼーレちゃん、ちょっと早いけど、そろそろお昼にしない?さっきの肖像画のお店で三柱の御札っていう商品購入したら、ケーキがお勧めの飲食店教えてもらえたの!」
「え、購入したんですか!?」
「うん?そうよ。あっちだって商売なんだから、何か購入しないと情報くれるわけないじゃない。飲食店なら、食べながらこの辺の観光地について話してる人もいそうだし、ね?」
「…でも私、食べ物は……」
「ゼーレ、今は情報収集してるんだぜ?頑張って付き合えよ。ケーキだけでも良いから」
情報収集という言葉が胸に突き刺さった私は、結局二人と一緒にお店へ入り、色が奇抜な“ニンジンのシフォンケーキ”というものを頼みました。
…神力が五分の一程度削られましたが、「美味しい」という感覚を初めて知りました。
神力のたっぷりある上位の方は、この感覚を味わう為に、神族の体には負担である飲食を行うんですね…!!
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「許せないであります!!姫巫女様を、あんな…!!」
「まだ噂だ。真実ではない可能性もある」
集合場所である大通りの先端、始まりの噴水前に来ると、メイさんが怒り狂っていました。
今にも走り去ってしまいそうな勢いの彼女は、シキさんに後ろ襟を掴まれている事で、どうにかこの場にいるようです。
…一体どんな情報があったのでしょうか。
「シキさん、こっちは姫巫女にまつわる噂と、最近の伊耶那岐の宮への道に関する情報が手に入ったわ」
「そうか。こちらは姫巫女らしき人物が伊耶那岐の宮の奥にいるという情報だな」
アイさんとシキさんが、暴れるメイさんを無視して情報交換を始めます。
ちなみに周囲の人には、大して注目されていません。この始まりの噴水は待ち合わせ場所によく使われる場所らしく、人が多くいるからです。
加えて今は夕方。これから一夜を過ごす為に出かける恋人同士の待ち合わせや、そこに横やりを入れる人達の軽い喧嘩がちらほらと見かける事ができるので、どうやら私達もその一種だと思われているのかもしれません。
「ここでは誰に聞かれているか分からん。伊耶那岐の宮への道中に情報を交換しよう」
「ちょっと待って!最近、宮への道は突然現れる女性の幽霊がよく出るらしいわ。…突然現れるなんて、もしかしたらゼーレちゃんと同じ天津神の誰かが、陸津神の待ち伏せをしているかもしれない」
「ん~でもこのメンバ…面子なら撃破できるんじゃね?」
アイさんが僅かに渋りましたが、ハヤテさんがお気楽な予想を口にした事で、既に夕方にもかかわらず出発が決まりました。
もちろん、私の補助神術で移動速度を二倍にした上での徒歩です。
仕方無いですね。旅客馬車は決まった時間で運行していますし、貸し馬屋もあったのですが、乗馬できるのはシキさんとメイさんだけだったんですから。
早歩きしながら交換した情報をまとめると、次のような感じでした。
宮への道に関する情報は既に出ているので割愛します。
その一。姫巫女さんは、美少女なのに伊耶那美神に使えているという事で、伊耶那岐教の信者の間では破滅の美姫として有名なんだとか。
その二。姫巫女さんは魔族と通じているらしいので、近々伊耶那美神は人類の殲滅行動を始めるだろう、とのこと。他に、現在太陽が姿を現さないのも、伊耶那美神の策略だという話もありました。
その三。人類の破滅を食い止める為に、伊耶那美神に仕える陸津神の一人を捉え、現在伊耶那岐の宮のとある部屋で工作員とさせる為に調教中なのだとか。
…最後の情報、姫巫女さんっぽいですよね。洗脳中だという情報に聞こえますよね。
メイさんが激怒するわけです。
ちなみに姫巫女さんの正式な役職名は祭唱。天津神でいう高木の三柱と同じ位です。…月の御方がそんな事されていたら、ぶっ潰してやりたいですね…!
高位の役職に就いている人物に対して行う内容ではないと思います。もちろん、位が低いなら問題無いという話ではありませんが。
「でもシキさん、普通そんな事をしたらバレた時に相手国の同盟国からも袋叩きにされない?」
「フレア共和国ではなく、普通の人間国家相手であれば大きな問題にはならんだろうな。何せ国民のほとんどが伊耶那岐教信者だ。その教えを発する場所が、世界の為だと言い張れば誰も反対はしない」
「…フレア共和国は違うって事?」
「魔族が大半を占める国や陸津神が多くいる国と同盟関係があるからな。それらの国ならば伊耶那岐教の思考に染まらぬ判断をするだろう」
「ここで許したら自分達の国も同じ事される可能性があるってな」
最後にハヤテさんが言葉を付け足して、解りやすくまとめます。
ちなみにメイさんは自国の事なのに一切口を挟みません。
…シキさんの肩に担がれ、意識を失っているので。
え?私もアイさんも、ハヤテさんまで止めたんですよ?―――メイさんを。
でも、暴走して一人で伊耶那岐の宮まで突っ走ろうとしているメイさんを止めるのって、大変だったんです。
伊耶那岐の宮は星の御方の管轄なので、彼がいないとも限りません。そんなところにメイさんが一人で行き、騒ぎを起こせば彼女は確実に捕まりますし、きっと警備も厳しくなって残された私達が苦労するのは目に見えています。
…なので、シキさんがメイさんにちらり、と目をやり、一言「いいか?」と聞いてきた時、私達三人は示し合わせたかのように、同時に首を縦に振りました。
それから彼女はシキさんの肩の上です。いつぞやのスライム地獄の時のような担がれ方なので、きっと彼女が目を覚ましたときには、顔がパンパンにむくんでいる事でしょう。
ただ、気を失っている彼女の為にも、私達は辺りが闇に沈むまで、ひたすら早歩きで進み続けました。




