22話 発熱騒動
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2019/4/27 誤字修正
「あいねぇ、たすけてっ!」
「ちょとハヤテ!!ちゃんと服着て出てきなさいよ!もうっ、ワザとやってるんじゃないでしょうね!?」
ピシリ、と私とメイさんが固まります。
だって、アレですよ?あれです…。ダメですね。私も微妙に錯乱しかかっている気がします。
落ち着け~、落ち着け~、落ち着くんです、私!…あれは病人なんです。症状的に薬の副作用なのではと思わなくもないので、きっと副作用の影響なんです。
そうしないと、状況を理解したくありません。
寝台の縁に腰を掛けて、私達女性陣と会話を弾ませていたアイさんに、下着一枚なハヤテさんが泣きながら抱き着いてきたなんて。
何故女性陣がいる部屋に下着一枚の勇者様が出現できる状態なのかといいますと、メイさんに案内されて 取ったこの宿の部屋、六人家族用の部屋なんです。
この宿は、全て家族向けの部屋で構成されていて、四人用、六人用、八人用。十人用、の四種類から選べるようになっていました。まあ、他の宿屋は一人から三人用がほとんどなので、家族向けとして銘打っている内容としては妥当だと思います。
そこでアイさんが言ったんです。「ハヤテの看病の為にもう一泊するんだし、皆同じ部屋で良いわよね」、と。
まあ確かに男性陣の顔ぶれは、覗きをしようとしたとはいえ熱でぐったりしているハヤテさんと、女性を女性と思ってなさそうな振る舞いをするシキさんだけなので、大丈夫そうといえば大丈夫そうではありました。
それに考えてみれば、アイさんはハヤテさんの看病に行ってしまうのは目に見えてますし、下手に男女分かれて部屋を取れば、アイさんが一晩中男性陣の部屋にいる事になるわけで…。
それならみんな一緒の方が、という事になったのです。
女性陣の数の暴力、とか言わないでくださいね?
…で、宿を丸々二十四時間分取った後、私はメイさんに頼んで夕方まで神術の特訓に付き合ってもらっていました。
その間、他の三人が何をしていたのかは知りませんが、私達が戻って来たときには、ハヤテさんがどうにか起き上がれるようになったとかで、アイさんがシキさんにハヤテさんのお風呂を頼んでいるところだったんです。
病人に無理をさせなくても、と思わなくもありませんでしたが、シキさんの入浴ついでに入れてもらう、という事でしたのでハヤテさん一人ではありませんし、特に反対もせずに見送りました。
この部屋から直接行ける、この部屋専用の家族風呂へ行っただけですけどね。
正直、ハヤテさんを入れる事ではなく、シキさんの入浴の方が“ついで”になるとしか思えませんが、そこはアイさん的に矛盾はないのでしょう。
ここまででは、特に気にするほどの問題は無かったはずなんです。
ですがシキさん達が脱衣所に消えて数分。
残った女性陣で夕食はどこに買いに行くかで話が盛り上がった頃、突然ハヤテさんの悲鳴が上がり、脱衣所から飛び出した彼がアイさんに抱き着いていたんです。
あられもない恰好で。
私とメイさんが固まっていると、原因を知っているかもしれないもう一人の男性、シキさんが脱衣所から現れました。
彼はハヤテさんと違い、しっかり服を着ています。まあ、女の子達の前に出る恰好としては常識ですね。
ただ、いつもの黒地に金の刺繍入りな上着だけ、前が全開です。いつも見えない中の服は、白地に金の刺繍入りなようです。貴族だと思っていましたが、王様だと言われた今、高そうな服を旅用にするなんて流石…という感想しか出て来ません。特に僻みとかではありません。ある種の感動です。
「すまない。ハヤテが訳の分からん事を叫びだしてな…」
いつもの無表情ではありますが、声がどことなく疲れている気がしなくもありません。
ですが、何故シキさんに風呂へ入れられるところだったハヤテさんが、アイさんへ助けを求める事態になったのでしょうか?
「こら、ハヤテ、シキさん困ってるじゃないの。一体何が不満なの?」
「うぅっ…。ハヤテはシキさまにたべられるうんめいなの。でもわたしはみるだけがいいの。なのにシキさまぬがしてくるの。あいねぇ、こわいよぅ」
自分よりも体格が劣るアイさんに縋りつき、ハヤテさんがピルピル震えます。
幼子のように泣く顔はそれなりに可愛げもありますが、筋肉が薄めとはいえ明らかにアイさんより大きな彼が下着一枚で女性に泣きつく姿は、正直に言って不快な光景です。
…寝間着でも着ていれば、また全然違う印象になったのではと思うのですが。
「アイさん、これは本当にハヤテさんですか…?」
「勇者殿の言葉は、まるで自分を自分と認識していないようであります。勇者殿は一体…」
「それがね、この子毎年一回は必ず熱で寝込むんだけど、毎回この熱の間だけ性格が変わるのよね」
性格という問題じゃないと思いますよ?
「不思議な事に自分は女の子だと思ってるみたいな言動もするし、私とハヤテの家族の間では第二の人格だ、って事で認識されてるの」
「女の子?」
「ええ。あたしが七歳の時にね、おばさんの手伝いで寝込んでいるハヤテの体を濡らした布で拭う事になったの。その時に半狂乱で騒がれたのよ。『なんでわたしのからだにおとこのしょうちょうが!?』ってね」
「「………」」
「……おい、何故それを言わなかった」
あんまりな話に呆然とした私とメイさんでしたが、ふいに聞こえたシキさんの地を這うような声で我に返りました。
…そうですよね。自分の事を女の子だと思い込んでいる人を、男の自分に押し付けるなんてって話ですよね。
普段は無表情なシキさんですが、僅かに眉が顰められています。
これで少しだけハヤテさんが口にした言葉の意味がわかったような気がします。「たべられる」と「ぬがす」の二つの言葉が出てきたからには、おそらく性的に襲われる、という訴えだったのだと思われます。
熱で錯乱しているとはいえ、被害妄想が凄まじいですね。
シキさん、ご愁傷さまです。
「だって、いつもは私以外の人を認識しなくなるハヤテが、珍しくシキさんの事を認識してたから大丈夫だと思ったのよ。本当にごめんなさい。こんな事になるなんて思いもしなかったわ」
「…風呂はどうする」
「ああ。シキさん、あたし達が先に入っても良い?」
「「「達?」」」
アイさん、アイさん。今、とっても不思議な単語が聞こえた気がしますが、気のせいですか?
シキさんまでもがさっきまでの眉が元に戻って、軽く首を傾げてますよ?
「そうよ?こうなったら、あたしがハヤテを入れようと思って。ついでに自分の入浴も済ませるわ」
「あ、アイ殿?婚姻どころか婚約すら結んでいない男女が二人っきりで風呂を共にするというのはどうかと思うであります…」
「アイさん、体を拭くだけでも良いと思いますよ?」
「何言ってるのよ!今のハヤテは女の子同然!女の子なら例え熱が出ていようとも、次にいつお風呂に入れるかわからない状況なら絶対にお風呂に入るわ!」
「そ、そうか…」
シキさんが引きぎみに、一度脱衣所へ持ち込んだ寝間着等を持ってシキさんに割り振った寝台へ避難しました。
う~ん、ハヤテさん、あなたアイさんから妹扱いされてたんですね。男どころか弟とすら、見てもらえてませんよ?
今までの荷物持ちや路銀稼ぎの件にしても、アイさんがハヤテさんを妹と認識してるからこその行動だったのではと思うと、非常に納得できます。
まあ、熱の間は女の子として扱うのであれば、お風呂談義も一応納得できますね。
私達三人が動揺している間に、アイさんは自分よりも大きいはずのハヤテさんを抱っこして脱衣所へ消えてしまいました。
わー…、流石です。あの重たい収縮袋で二人分の荷物を持ち歩いているだけあります…。
結局お風呂を無事に上がったと思われる二人の後はシキさんが入り、出てきた後、ハヤテさんがチラチラとやけにシキさんを見ていた事以外、平和にその日を終える事ができました。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「すっげー!マジか!竜ってこんなにでかいのな!」
朝から、ハヤテさんの元気な声が響きます。
そうです。ハヤテさん、全快しました。昨日の事も綺麗サッパリ忘れています。
一応、あの露天風呂で穴に落ち、スライムの群れで溺死しかけたあたりは覚えているらしく、シキさんに助けてもらったお礼は述べていました。
「勇者殿は竜を初めて見るのでありますね」
「あたしも初めてよ。魔物が旅客輸送に使われてたなんて驚きだわ…」
私は二度ほど輸送中の彼らを空中で見た事があるので、これが地上世界の常識かと思っていたのですが、そうでもなかったようです。
「このイグヌス街は、魔族や神族が多く集まる国々に対して、旅客輸送の事業を展開しているであります。飛行可能は竜を、各一匹ずつ各地へ見送り、各地から帰還する竜を出迎えているであります」
「…途中で討伐されたり、しない?」
「御者には神子か束獲の階級の陸津神が二人体制で着任しているであります。今のところは肉食系魔族の国で一度被害があっただけでありますね。人間相手では負けないであります」
…それは攻撃された事はあっても返り討ちにした、という事でしょうか。
ほら、聞いたアイさんが微妙な顔してますよ?
「それにしても、通るだけとはいえまさかネム王国へ行けるとは思っていもいなかったであります!九時には出発でありますから、そろそろ乗り込むであります!」
「…ネム王国ってあの果実酒が有名な?」
「そ。それ。アイの父さんの大好物な酒の名産国な」
「………」
さっきからずっと無言なシキさんには誰も触れる事なく、竜の籠へみんなで乗り込みます。
それも仕方ないかもしれません。何せ、伊耶那岐の宮がある位置は、ネム王国背後にある、世界最高の高さを誇るシエルド山脈の裏側だったんです。
まさか隣接国の中とはいえ、ここまで自分の国に近い場所にあるとは思ってもいなかったのでしょう。
「それで?メイ、ネム王国にはどれくらいで着くんだ?」
「丸三日はかかると聞いたであります。ここからネム王国はかなり距離があるでありますから、いくら魔物最速の飛行速度を誇る竜といえど、仕方がないであります」
ちなみに今、この竜の籠への乗客数は非常に少ない状態です。
籠への乗り込む前に、重さを計る機器へ載せられ、籠にかかる重さが一定以上にならないよう、制限されている為です。
つまり、収縮袋を持った人が乗った分だけ、乗客数を減らさなければならない、という事なのです。
おかげで籠内が広いです。
ただでさえ、一人に一台、足は下したままとはいえ上半身を倒して寝る事ができる広く柔らかめな椅子が用意されているのに、十四台ある内七台しか埋まっていません。私達以外に、二人乗っただけ、という事ですね。
肝心のお値段は……まあ、高いですよね。
五人分の金額は、あの家族向け宿六人部屋の金額の、だいたい十二日分程度でした。
「えー!それでは皆様、これよりフレア共和国・ネム王国便が出発致します!高度が安定するまでの五分から十分間程は、大きく揺れますので舌を噛まないよう、お気を付けください!この度の御者は、私神子コーザンと、神子リュートが務めさせて頂きます!」
御者の一人が挨拶に来て、退室していったので、そろそろ離陸のようです。
「ハヤテ、ハヤテ!遂にあたし達、空を飛ぶという事を体験するのよ!?ほら、こっちの窓から外見ましょ!」
「えぇ~。しばらく揺れるって言ってただろ?見る余裕とかあんの?」
「あるかどうかなんで分からないでしょ!」
何だかアイさんがやけにはしゃいでいます。
…私は飛べるので何とも思いませんでしたが、“飛ぶ”という事はあんなに期待される事なんですね。
「………」
「そういえばシキさん、竜の籠に乗る前からずっと黙ってますが、そんなに伊耶那岐の宮は衝撃だったんですか?」
「違う」
ちょっとアイさんに付いていけなくてシキさんへ声をかけたのですが…、何故かバッサリと切り捨てられました。
あれ?私はてっきり、自国の隣とも言える位置に伊耶那岐の宮があった事知らなかったせいで、静かだったと思っていたのですが…。
…はっ!ま、まさか!
「この竜の籠に乗るのが初めてで、緊張していたとか……」
「初めてではない。……だが経験は必要だろう。せいぜい頑張る事だな」
それきり、シキさんはまただんまりを初めてしまいました。
間を置かず、籠が揺れ始めます。
シキさんが黙っていた…いえ、僅かに顔色を悪くしていた意味は、その十数秒後、私達を襲うのでした。




