20話 スライム地獄
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ドドッバチャチャッ
ドビチャッ ジュジュッ
メイさんが具現させた火の壁の向こうで、ひたすら液体が弾ける音と蒸発する音が続いています。
この音がしている限り、シキさんは無事なのだと思いますが、火の壁に視界が阻まれて見えない為、心配でたまりません。
だって敵であるスライムの数がおかしいんですよ?
メイさんが火の壁の神術を完成させる直前にシキさんが水壁の魔術を解いたので、ちらりとだけ見えたのですが、水壁の魔術を解いた瞬間、まるで無理やり粗大ゴミを詰めた物置を開けた時のように、上から崩れるようにして無色透明なスライムの大群がシキさんへ襲い掛かったのです。
それが、あの大きなマホージンが入る部屋の広さの分だけ、ギュウギュウに詰まっているんです。
ここがだだっ広い砂地であれば、広範囲の火属性攻撃をメイさんに頼んで一気に蒸発させる事もできそうですが、あいにくここは屋内なので、それをやると私達も巻き込まれ、死亡もしくは瀕死状態になってしまいます。
…そういえば、スライムって不思議な魔物ですよね。水属性の魔物なのに、通常は弱点となるはずの土属性はあまり効かず、通常は耐性があるはずの火属性が弱点なんですから。
時間の経過と共に足元の水位が上がり、火の壁が及ばないそこから度々スライムがこちらへ侵入して来るようになりました。
メイさんは火の壁を維持する事に結構意識を持っていかれているようなので、そこは私がサクッとスライムの核を一突き…したかったのですが。
事態はそれ程簡単ではありませんでした。刺そうとしても滑るんです!
おかげでスライムがこっちに来る度に、まず両手の剣で壁に追いやり、壁と片方の剣で疑似的な角を作りつつ、そこに嵌め込みながらでないと刺せない状態です。
…そろそろ水位がスライムの通常時の高さを上回りそうですね。
「メイさん、上り坂の途中まで下がれますか!?そろそろ火の壁の下から来たスライムが、溜まった液体に混ざって見えなくなります!」
「くっ、申し訳ないでありますが、火の壁は慣れない神術なので目が離せないであります。手を引いて欲しいでありますが…!」
「わかりました。少しずつ下がりましょう。こっちです!」
私はメイさんの右手を剣を仕舞った左手で掴み、じりじりと後退を始めました。
「『消影閃』っ、足りない!?『消影閃』!」
ただし状況は良くありません。
私が右手の剣しか使えなくなった為、スライムを神術で消す必要が出てきたのです。
光属性の神術は、敵を葬る事ができる術は全て一撃必殺なのですが、非常に燃費が悪いものしかありません。
今、私が使っている中級神術『消影閃』も一撃必殺型で、術に込めた神力が相手の体内の魔力もしくは神力を上回った場合、対象一体の肉体を消失させる事ができる術なのです。
…ただし下回ってしまった場合は、一瞬目晦ましになるだけで最初に込めた神力を全て消費して終了。
つまり、成功しなければ、視覚が存在しないスライムにとって足止めにすらならず、無駄に神力を消費してしまうのです。
もちろん、上級神術には広範囲版があるのですが、シキさんとメイさんの魔力や神力の量が把握できない以上、巻き込む可能性があるので使えません。
…いえ、あの“命の泉”での事からしてシキさんは大丈夫そうですね。どちらにしても、メイさんの底がわからなければ使えませんが。
坂に足がかかります。ゆっくり引っ張り上げて……。
『消影閃!』
っ、スライムしつこいです!右手の剣で牽制しながら神術を使い、なおかつメイさんの手を引いて後ろに下がる……とか、言葉にすると私、意外と色々同時進行させてますね!
シキさんが巻き起こしていると思われる水を引き裂き弾けさせる音は、まだまだしっかり続いていますが、メイさんの火の壁に突撃してくるスライムの数が増えたらしく、先ほどからジュジュッと蒸発する音が絶えません。
メイさんの火の壁の熱のおかげか、坂が心なしか登りやすくなっていますが、油断は禁物です。
ここで転んでは、火の壁の下をくぐり抜けてスライムに囲まれているシキさんの足元まで滑り着いてしまいそうです。
…と、どうにかメイさんごと火の壁を、下からスライムが潜り抜ける事ができない水位の位置まで登れました。
「て、天士殿、神力に、余裕はあるでありますか?」
「そう、ですね…あまり力を込めなければ、上級の補助神術を三回使える程度の余裕はあります」
「十分過ぎるであります。…実は火壁にシキ殿の魔術が度々当たり、その度に勢いで消されそうになっているであります…。火の壁の神術を教えるでありますから、隣接する地点に天士殿も火の壁、火壁を作って欲しいであります」
………。頻繁に聞こえる蒸発の音は、シキさんの魔術の水の分も含まれていたようです。
「わかりました。火の神術はどうやって出すんですか?光の場合はこう…、内側の力をカッ!としたり、フワッとさせたりしているのですが…」
「…カッ、とフワッでありますか……?う、う~む…。とりあえず、この火の壁を見て、頭の中で術の映像がしっかり思い浮かべられるようにするであります。その後は、神力を自分の体すら一瞬で灰にしてしまうような熱へ変換する感覚を想像しつつ、詠唱するであります」
「火への変換ではなく、熱で良いんですか?」
「…自分は熱の延長上に火があると解釈しているでありますが、天士殿は違うでありますか?」
きょとん、とした顔で聞かれても困ります。今まで、火属性が使えるとは微塵も思っていなかったので、火や熱に関しての解釈を試みた事は一度も無かったんです。
いきなり言われても困るのですが、とりあえず、熱すぎて出火する!を想像する事にします。
出でよ!赤い光の粒子!!
「メイさん、詠唱、教えてください!」
「自分が先に言うでありますから、復唱するであります。―――凍える空気を払う火よ、」
「凍える空気を払う火よ、」
「寄せ来る敵を遠ざけよ…」
「寄せ来る敵を遠ざけよ…っ!」
できました!詠唱と共に、赤い光の粒子が、キラキラと私の周囲に増えていきます!
本当に適正があったんですね!
「火壁」
『火壁!』
ゴオオオォォッ!
「ひゃうっ!?」
せ、成功、ですか?ですよね!?思いっきり燃えてますし!
何だか防御というよりも、攻撃しているかのような勢いで燃えてますが、気のせいですよね!
き、気にしちゃダメです。
「天士殿、そんな勢いで燃やしたらあっという間に神力が尽きるであります!もっと威力を抑えるであります!」
…気にした方が良い勢いなんですね、これ。
でも、どうやったら燃え方を小さくできるのでしょうか?
光属性には防御壁の神術が無いので、調節方法がさっぱりです。
「えっと…?」
「火壁に流し続けている神力を少しづつ減らすであります。そうすれば…」
「え?私、今、神力流してませんよ?」
「ど、どういう事でありますか!?」
どうもこうもありません。私は術使用時には確かに神力が消費されたのを感じましたが、今現在は全くそんな感じはしません。あの火壁は、立派に自立して燃えています。
攻撃用神術を放った後と同じ現象ですね。
「という事は時間制!!」
「…天士、殿?」
攻撃用神術と同じという事は、込められた神力が無くなれば消えるという事です。それはまずいです。
もう一度唱え直さないとっ!
…でも、それをしたら、さらに火力上がったりしないでしょうか?
大きくなった燃える音の向こうで、未だに攻防は続いています。
今、数はどれだけ減ったのでしょうか?昨晩地下へ潜ってから朝方までいた事を考えると、夕方近くまでこの作業を続ける事になる可能性もある気がします。
でも、スライムって火に弱いんですよね?
「シキさん!シキさんっ!」
「天士殿?一体何を…?」
「メイさん、大丈夫です。私に任せてください」
声が届かなかったのか、シキさんがしゃべれる状態でないのか、返事がありません。
「シキさん!!シキさんっ!!」
「お前達は防御に徹しておけ!」
少し間がある気がしますが、返事がありました!
うん、ほっとしました。ちゃんと無事なようです。
「それが!!火壁の威力が強すぎたので!威力を落とす為にも!スライムをこっちにぶつけてください!!」
声を張り上げるのって、意外と疲れますね。
火壁を発現させた時よりも疲れます。
「ゼーレ、本気か!?」
「大丈夫そうな気がするんです!!」
「…天士殿、“そう”や“気がする”程度では危険だと思うでありますが…」
「きっとなんとかなりますよっ。シキさん!!もう一回重ね掛けするので!そしたらお願いします!!」
「―――…少し待て!ゼーレ、メイ、左右に分かれて壁側へ寄れ!…一度そちらに行く!」
へ?こちらに、ですか?メイさんの火壁に私の神術を重ね掛けしたせいか、火の壁の燃え盛る勢いが増しているのですが…。
私とメイさんは、思わす顔を見合わせました。二人して頷き、一応壁側へ移動します。
…急勾配の坂の途中で足元が滑りやすい中横へ移動って、結構キツイですね。足の内側の筋肉を酷使している気がします。
「その場を動くな!」
シキさんの制止の声が聞こえた数瞬後でした。
岩の塊のような物が火の壁を突き抜け私達の間を通り、坂へゴッと衝突したのです。
火壁は岩が抜けた次の瞬間には塞がり…ましたけどそんな問題じゃないです!蒸発の音が一気に増えました!
火が揺らめいて、微かに向こう側が見えるほど弱くなってきています!
『火壁!』
ゴオオオォォッ!
…危うく火壁がスライムに破られるところでした。危ない危ない。
でも、術名だけでも発動できるんですね!今回はちゃんと私と繋がったまま、神力を消費し続けている感覚がします。今度こそ成功ですよ!スライムらしき何かが、どんどん火壁にぶつかってきている状態なのも、術を通して感じ取れます。
「メイ、ゼーレの調子はどうだ」
「っシキさん!?」
ほっとしなのも束の間、坂に衝突した岩がガラガラいっていると思ったら、いつの間にかシキさんがすぐ傍に立っていました。
…いきなりと言っている割に、冷静そうな物言いだと言われそうですが、びっくりしすぎて心臓はドッキンバックンいってます。岩の中にでも入っていたのでしょうか?行動が突飛過ぎて心臓に悪いですよ…。
「天士殿は一度目は謎の現象が起きたでありますが、二度目には無詠唱で成功させる程の腕前であります。天上世界の階級試験担当者を、訴えるべきだと思うであります」
「…そうか。スライムどもは残り半分だ。力は足りるか?」
「今の時点で残り半分でありますか?…自分はギリギリ足りないかもしれないであります。この後、何かの作業があった場合は確実に足りないでありますね」
「私は、さっき術を使い始めたからよくわからないです。ただ、既に半分くらいは神力が減っているので足りるか、少しだけ心配です」
やっと半分なんですね…。でも最初にシキさん達が、この地下へ行った時よりは絶対に短いと断言できる程度にしか時間は経っていません。私の感覚では、まだ一時間も経っていませんが、実際はどうなんでしょう。
シキさんが私達の言葉に頷くと、彼の周囲に青い光の粒子がキラキラと輝き始めました。
そして。
『与賜広源力』
火が燃える音に掻き消されそうな程、静かで低いシキさんの声が響き、ふわり、と体の中に神力が…いえ、彼からの魔力が入ってきました。
半分までに減っていた私の神力が、一気に満たされます。
青い光だった為、水の属性を連想したのですが、入って来た力には、特に属性を感じません。純粋なる力だけのようです。
「!シキ殿は神力も持っていたのでありますか!?」
「…陸津神も知らなかったようだな。何故か知れ渡っていない事だが、神力と魔力は同一の力だ。どうやら、神族だけがこの力の事を神力と称しているみたいだな」
「神力と魔力が同じ……!?」
ああ、やっぱりメイさんも知らなかったんですね。仲間がいて良かったです。
「では、残りの相手をして来る。二人で火壁を築くならば、こちらがもう少し攻撃力の高い術を使っったところで問題は無いな?」
シキさんは、私達の返事を聞く事無く、文字通り岩の塊となって火の壁の向こう側へ行ってしまいました。




