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19話 温泉宿の地下

6/5誤字修正

2019/4/27誤字修正

「あれ?シキさん朝食はもう終わったんですか?アイさんは先ほど下の食堂へ行ったばかりですが…」


 温泉宿に泊まった翌朝、アイさんが朝食を摂りに食堂へ降りてすぐ、何故かシキさんが女性陣用の部屋に訪れて来ました。

 何か用事でもあったのでしょうか。

 確か、本日八時頃に出発予定でしたので、まだ一時間近くは時間があると思うのですが…。


「…すまない。実はゼーレとメイの二人に頼みがある」

「自分もでありますか?」


 名前が聞こえたらしく、メイさんも扉のところまでやって来ました。先ほどやっていた寝具を整える作業は、もう終了したようです。


「昨夜、ハヤテが……いや、用件を話そう。急遽、二人の神術が必要になった。宿に主人にも了承を貰っている。力を貸して欲しい」

「シキさん?」

「自分で良ければ、協力するであります」


 え、メイさん良いんですか?今、シキさん思いっきり説明省略しましたよ?

 でも昨日の出来事を今日に持ち越すという事は、そこまで大事という程ではないのかもしれません。


「ところでハヤテさんはどうしたんですか?先ほどの言葉からすると、原因のように聞こえるのですが」

「………熱で寝込んでいる」

「「え!?」」


 あのハヤテさんがですか!?

 昨夜、露天風呂で何か騒いでいた彼がですか!?

 …もしかして、最後に聞こえた彼の驚愕の叫び声は、湯当たりではなく発熱で足元がおろそかになって何かに躓いたとかだったのでしょうか?


「アイさんには伝えましたか?」

「後で伝える。魔法陣の方が先だ」

「…マホージン?」

「魔法陣でありますか?」


 何だか嫌な予感がします。

 最近聞きなれてきたマホージンという名称、私とメイさんの神術、そしてハヤテさんとシキさんが絡んで…。


「ここの地下に“命の泉”と同じ魔法陣があった。ただ、こちらは効力を失って数ヶ月経っているようだ。既に鬼系魔族が地上に出ている可能性がある。早急に封印をしなければならない」

「し、シキさん!?それ、昨日私達を叩き起こしてでもやらないといけない案件じゃないですか!!」

天士(てんし)殿?」


 想像とほぼ同じ答えが返って来ました。

 ですが、ここの地下って何ですか?昨夜、と初めに聞こえましたが、どうやってそんな場所に…。この宿、そんな話出ませんでしたが、常連さんの間で地下の事は常識だったりするのでしょうか。


「…部屋に戻ったのは明け方だ。三、四時間程度、放っておいても今更だろう」


 ふう、とシキさんが珍しく溜息を吐きました。

 言外に、少しは休憩させろと言われている気がします。

 ハヤテさんの叫び声が聞こえた時は、まだ地下に行っていなかったと思うのですが、あの時は夜の七時から八時頃。一体何時間“ここの地下”にいたのでしょうか。


「ところでシキ殿、魔法陣と天士(てんし)殿が焦る理由が全く結びつかないでありますが」

「…実物を見た方が良い。こっちだ」


 とりあえず私達はアイさんに断りを入れに行き、シキさんに付いていったのでした。



◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「え、シキさん、清掃中ってなってますよ?良いんですか?」

「清掃中でない方が問題だろう。初めに言った通りこの宿の主人は了承済みだ。問題は無い」

「これはある意味営業妨害でありますが、了承を取るとはシキ殿は一体…」

「これから見せる場所を放置しておく方が宿にとっても、地上にとっても危険だ。中を見せたら簡単に頷いた」


 し、シキさん!?宿を運営しているような一般の方を、そんないつ鬼系魔族が出てくるかわからない場所へ連れて行ったんですか!?

 これから女二人、男一人で露天風呂の男湯に突入する事よりも衝撃的です。

 …そう。男湯です。メイさんの言い方から考えて、清掃中となっているのはシキさんが頼んだからで、元々この時間は清掃していないようです。

 でも、こう…いないとわかっていても、異性用の場所に入るのってドキドキしますよね。

 バレたら恥ずかしい的な、奇異の目で見られたらどうしよう的な…。

 もちろん今回の目的は入浴ではないので、脱ぎませんけどねっ。


 女湯とほぼ同じ造りをしている脱衣所を通り抜け、露天風呂へと繋がる引き戸をくぐります。


 あれ?この温泉の目玉の溶岩(幻影)がありません。

 そのせいなのか、元々なのか、女湯とは全く違う見た目の露天風呂が目の前に広がりました。お湯はしっかり波打っています。

 …と。


「シキさん、あの非常に長そうに見える綱は…」

「ここの主人に用意して貰った」


 いえ、ちゃんと穴は見えましたよ?女湯との仕切りの石垣に、結構近い場所です。

 穴というよりは、元々地下へ行くために作ってあった入口のような形をしています。

 縦は私の片腕、肩から指先まで程度の長さ、横は私が両手を広げ、右の指先から左の指先まで程度の長さです。よく今まで騒ぎになりませんでしたね。


 シキさんがスタスタと綱の元へ行き、手早く片側に私の腰よりも太いものが通る輪を作ります。

 近場には引っかける場所は無いのですが…、なんと仕切りの石垣から斜め上に向かって岩が生えてきました。

 生える途中に綱の輪を掛け、ピッタリの太さになったところで岩の成長が止まります。

 …シキさん、勝手にそんな事して良いんですか?確かに、この仕切りなら私達三人の体重をかけてもびくともしない気がしますが。

 いえ、彼なら既にこの宿屋のご主人に了承取っていそうですね。


「地下の光源は僅かに光る程度の床だけだ。スライムの死骸のせいで滑りやすくなっている。…誰から行く?」


 え、シキさん、ここは普通、中を既に知っているシキさんが初めに降りるところではないんですか?

 死骸という言葉からして、シキさん達が既に中にいた魔物を殲滅済みとは思えます。

 が、穴を除いた感じ、そこそこの距離を煙突のように前後左右を壁に囲まれて進む先に見えるのは、床らしきものだけで高さがさっぱりです。

 きっと私は不思議そうな顔をしていたのでしょう。シキさんが私に向かって口を開きました。


「“命の泉”では天井へ向かって飛んだ時、ハヤテの煽り文句に激昂していたではないか」


 天井…?


『お前ってパンツ白いのな!』

『ちょと!どこ見てるんですか!?』

『いやいや、ミニスカで男の頭上飛ぶ方が悪いだろ。見られたくねーなら飛ぶなよ』


 ―――っ!!

 し、シキさんそれは忘れてくださいよ!いくら気づかいの為とはいえ、男性に覚えられてるなんて羞恥でしかありません!


天士(てんし)殿?」

「わっ、私が先に降ります!」

「念の為に明るくして降りた方が良い。昨晩見えなかった魔物がいる可能性がある」


 ちょっとシキさん、不吉な事言わないでくださいっ。

 とりあえず、広範囲なので照明(ミラ)ではない方の中級神術ですね。


明光(ミュール)


 ふわり、と穴の中が明るくなったのを確認し、綱を掴みます。

 え?飛ばないのか、ですか?

 私の翼、片側だけで自分が両手を広げた長さ程度はあるので、確実にぶつかって飛べないんです。

 それに今は人化しているので、現時点で翼は出していません。


「なんと、天士(てんし)殿は最下の階級にもかかわらず、中級の無詠唱ができるのでありますね!…ふーむ。天津神の試験官は何故、ここまで優秀な神族を最下の階級にしたのでありましょうか…」

「…無詠唱は階級職の最低条件ではなかったのか?」

「あくまで陸津神(ろくつかみ)の場合でありますが、天津神の天士(てんし)と同等の階級である神子(みこ)の条件は、最低一種類の属性での全下級神術が無詠唱でできる事と、中等学校までの知識を収めている事であります。中級ができる必要は無いであります」


 …何だか私の後ろで、非常に気になる話が聞こえるのですが…。え、私、降りて良いんですよね?


「その上は」

「自分の階級、束獲(つかえ)でありますね。条件は―――」


 えいっ。


 私はメイさんの話の続きが微妙に怖くなったので、ささっと下へ降りる事にしました。

 別に天士(てんし)で困っているわけではないので、階級がおかしいと言われても反応に困ります。

 確かに、誰かに利用されている可能性があると言われてしまったのには恐怖を感じますが、利用している本人がわからない以上、どうしようもありません。


 穴は三階建ての貴族の建物程度の深さはありました。

 床一面に透明でヌルヌルした液体?がつま先が浸かる程度に溜まっていて少々気持ち悪い歩き心地です。

 スライムらしき形は見えないのですが、もしかして、これがスライムの死骸なのでしょうか…。

 天井は、少々跳ねたら手がつきそうな程度の高さです。私が明るくした為、床の光は見えません。

 ここも“命の泉”の地下同様、ひたすらまっすぐな通路が、少し進んだ位置から急勾配の下り坂になっています。通路の幅もあの施設と同じく、私がギリギリ羽ばたけない程度です。


 ただし扉はどこにもなく、それに伴って踊り場もありません。

 転んだら最後、床に広がる透明でヌルヌルな液体?のせいで最下部まで滑り続ける事は確実です。

 …最奥の壁が、なにやら神術の光を反射して光っているように見えますが、何でしょう?


「あの奥に例の魔法陣がある」


 私が首を傾げていると、背後にシキさんが降り立ちつつ教えてくれました。

 …という事はあの術らしき壁を抜けないといけないんですね。


「湿気が酷いでありますね」


 続いてメイさんも降りてきました。

 これで揃いましたね。


「では、足元に注意し、ゆっくり進むように」

「大丈夫です!」

「自信を持つのは良い事でありますが、あまりぅあぇっ!?」

「ひゃっ!」

「なっ!?」


 ずさーっと、いえ、実際の音はグプグチュチュッ的な感じでしたが、視覚的にはずさーっと、私達は三つ巴で滑り落ちました。

 …メイさんに巻き込まれた私が、シキさんを巻き込んだ形です。

 角度の問題で光を反射していただけの、透明な最奥の壁にぶつかり、ようやく止まります。


「………またか…」

「メイさん……」

「も、申し訳ないであります…」


 服や全身がヌルヌルで気持ち悪いです。さらに最悪な事に、穴のすぐ下の場所の四倍程度、液体が溜まっていたせいで、頭から突っ込んでしまいました。…このヌルヌルの液体には神力が含まれていないみたいで、危うく窒息するところでしたよ!

 でもマホージンはどうにかしなければならないので、我慢するしかありません。

 ってあれ?


「…シキさん、滑って立てないのですが…」

「水で落とす事はできるが、少し待て」


 立とうともがいてもツルっと滑り、立てません。なのに私とメイさんが悪戦苦闘している横であっさり立ち上がったシキさんは、透明な壁の向こうをジッと見つめ始めました。

 僅かに眉を顰めて…、え?もしかしてこの壁の向こう、鬼系魔族が出て来てるという事ですか!?

 私には透明な壁の向こうに薄暗いだけの空間が少々歪んで見えるだけです。ですが“命の泉”の地下でハヤテさんが言っていた事が確かなら、彼は魔力の流れが判るので、目に見えない何かを捉えている可能性があります。


 何かの観察が終わったのか、シキさんがこちらに目をやり、バシャリ、と水が降ってきました。

 私達はヌルヌルな液体が再び上半身に纏わりつく前に慌てて立ち上がり、壁の向こうへ意識が行きかけたのですが…。


「ゼーレ、メイ、武器を抜いて下がっていろ。水壁の向こうにある魔法陣の間に、スライムが出現している」

「スライムごとき、自分は負けないであります!」

「そうですよね…。って、あれ?シキさん、出現しているというのは…」


 そうです。確かスライムは、生きている個体が分裂して増える魔物です。

 殲滅していたなら、いるはずがありません。


「この通路のスライムは、どうやら全て地下世界から漏れ出ているようなのだ。手が掛かる事に奴等は魔力…神族でいう神力を奪いに来る。魔力吸収の魔術で対抗できない場合は手足に絡まれると危険だ」

「神力吸収の術は土属性なのでいけるであります」

「メイは術名無しで発動できないだろう?下がれ。良いか、多すぎて見えん状態になっているが、この水の壁の向こうは、スライムがぎっしり詰まった状態だ」

「それは……!」


 出てきているどころか、まさかのギュウギュウ状態…!

 全然そんな状態には見えませんでした。…いえ、よく見ると、壁の向こう側のあちこちで、円形に風景の歪みが激しくなっている箇所が大量に生じています。おそらくあれがスライムの核なのでしょう。

 スライムというと、透明色とはいえ何か色が付いていた気がするのですが、地下世界からのスライムという事で地上世界の魔物とは違うのかもしれません。


「スライムの殲滅はこちらで担当する。お前達は魔法陣の復旧をやってもらわなければならん。通路いっぱいに火属性で壁でも作ってスライムを寄せ付けないようしておけ」

「りょ、了解であります!」

「シキさん、気を付けてくださいね」


「では、水の壁の固定化を解く」




 私とメイさんの前に立ったシキさんが、宣言しました。

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